現在と過去が交わり苦悩する男

 
 4月8日――
 

 突如部室に現れた、帝都に住んでいるはずのミーシャは、リゲルの昔話に出てきた元彼女ミーシャ・カッシーニその人だった。

 リゲルは、ミーシャを見つめたまま固まって微動だにしない。何かいろいろと頭の中で考えが渦巻いているのがよくわかる感じだ。

 一方ミーシャは、リゲルとの再会を喜んでいて、無邪気な笑顔で近づいた。

「ねぇねぇリゲル兄やん、合わせグラスやろうよ。ほら、リゲル兄やんのモノクルと、ミーシャの首飾りを合わせると――」

 ミーシャは、手を伸ばしてリゲルの顔からモノクルをさっと取り外して、自分の首飾りの方へと持っていく。確かにその二つを合わせると、一つの普通の眼鏡になるようだ。

「ちょっと待て!」

 リゲルは突然ラムリーザの首を抱えると、そのままヘッドロックをしたような状態で部室の外へと連れ出した。後に残されたミーシャとロザリーンは、ぽかあんとしている。

 部室の入り口を閉め、外でリゲルはラムリーザを問い詰める。

「おいラムリーザ、これはいったいどういうことだ?!」

 いつもの落ち着いて冷静なリゲルは鳴りを潜め、あきらかに動揺しているのがわかる。

「えっと、何のこと?」

 ラムリーザも、突然リゲルに引っ張り出されて何が何だかわからない。

「ミーシャだよ、なんでミーシャがここに居るんだよ?」

「ぼ、僕もわからないよ、帝都で一度会ったことがあるけど」

「会ってたのかよ! お前、去年の夏休みにキャンプ場で話をしただろ? ミーシャ・カッシーニの話を!」

「いや、僕も知らなかったんだよ、リゲルの言っていたミーシャと、帝都で会ったミーシャが同一人物だとは。だってミーシャは妹の友達なんだぞ? おかしいじゃないか?」

 そう言ってラムリーザは、待てよ? と思う。確かソフィリータは、ミーシャが去年の春に転入してきて仲良くなったって言ってなかったかと。それならリゲルとミーシャが引き離された時期的にも合致する。

「ぬ、そういうことか……。ミーシャが俺を驚かせるって言ってた話はこのことか?!」

 そういえば以前、リゲルはソニアにラムリーザを驚かせるにはどんなことをするか? と聞いたことがあったっけ。

「でもよかったじゃないか、またミーシャちゃんと再会できて」

「よくない……」

 リゲルは、怒ったようにラムリーザを睨みつけながら小さくつぶやいた。

「そうか?」

「よくないぞお前、俺にはもうロザリーンが居るのだぞ」

「あ……」

 リゲルは確かに元彼女のミーシャと再会した。喧嘩別れをしたわけでなく、本人たちの感情とは別に、リゲルの父親によって強引に間を裂かれた二人が再会できた。そこまでは奇跡の巡り合わせとも言える。しかし今は……。

「と言ってもミーシャは親が認めない。親が認めた相手はロザリーン、しかし俺は……、俺はミーシャは……」

 リゲルは頭を抱えてうろたえる。ラムリーザも、リゲルのこんな態度はこの一年間見たこともなかったので対処に困る。この男でもうろたえることがあるのか、などと考えていた。

「……なんとかしろ」

「え?」

「お前何とかしろ!」

 リゲルは、突然ラムリーザの両肩を掴んでゆすぶりながら怒鳴りつけた。

「何とかって、何をどうすればいいんだよ?」

「お前のせいだ……」

「は?」

 リゲルは、じっとラムリーザの目を睨みつけながらもう一度つぶやいた、お前のせいだ、と。

「ちょっと待って、僕は別にミーシャにここに来いとは言ってないよ。妹が来るって話にはなっていたけど、ミーシャは知らないよ?」

「お前が『ハーレムが形成される呪いをかける』とか言い続けていたからこうなったんだ」

「いやいやいや、あれはねぇ……」

 ラムリーザも本気で言っていたわけではない。リゲルがいちいちリリスやユコのことでラムリーザをからかうから、反撃していただけなのだ。ほんの他愛無い冗談のつもりだった。呪いを信じるリゲルも、本来のリゲルじゃない。いや、ホラー好きならそういった面もあるのかもしれないが。

 そもそもそのような能力があるのなら、呪術師としての人生も歩めるかもしれない。望むや望まないかは別として。

「こうなったらお前も道連れだ、リリスとユコを食ってお前もハーレムを形成しろ」

「いやいやちょっと待って、逆でしょ? ラムズハーレムとか言ってからかっていたのはどっちだよ?」

「俺もお前も仲良くハーレムを作ろうではないか、目指せニバスだ」

「う~ん、ニバス先輩はちょっと……」

 リゲルは、完全に取り乱してしまっていた。リゲルもこんな態度見せてくれるんだな、ラムリーザは、リゲルも一人の人間なんだなと改めて実感していた。

 その時、部室のドアが開いてミーシャが出てきた。

「リゲル兄やん」

「ん~? なんだい?」

 とたんにリゲルは、にこやかな笑みを浮かべてミーシャに向き直る。

 リゲルのこんな表情を、ラムリーザは今初めて見た。やはり今でもミーシャのことが……、と考えるのだった。

 それと同時に、新しい面倒事が出来上がったのだと把握していた。

 

 部室で男女分かれての雑談が繰り広げられていた。

 女性陣にソファーを占拠されたので、ラムリーザとリゲルとジャンの三人は、部室内の簡易ステージに腰をかけて話をしていた。

「まとめると、リゲルの別れた元カノが、戻ってきたわけだな」

 ジャンの話にリゲルは「別れてはいない」と訂正した。

「親に無理やり間を引き裂かれたのであって、喧嘩別れではないのだよ」

 ラムリーザの話に、リゲルは「うむ」と同意する。

「それならは、今でもリゲルはミーシャの事を?」

 ジャンの言葉にリゲルは首を横に振って答えた。

「いや、俺にはロザリーンが居る。一番大事なのはロザリーンだ」

「ロザリーンって誰のこと?」

「おわあ!」

 いつの間にかリゲルの隣にミーシャが腰掛けていてリゲルに尋ねた。それを聞いて、リゲルは素っ頓狂な声をあげて驚く。ミーシャが現れてから、リゲルも人間味が出てきたようだ。これまでのリゲルは、ソニアの評する氷柱というのがはまっていた。

 リゲルが固まって答えないので、ジャンが空気を読まずにソファーに座っている眼鏡をかけたポニーテールの娘を指差して、「あの娘がロザリーン」と答えた。

「こ、こら……」

 リゲルはジャンの行動に狼狽するが、ミーシャはそんなリゲルに「あの人がロザリーン? あの人がリゲル兄やんの何?」

「何って、こ……」

 リゲルは言えなかった、この先をミーシャに言うことはできなかった。

「恋人?」

 ジャンが聞く。

「違う……」

 リゲルは苦しそうに答えた。

「はっきりしろよ、ロザリーンと付き合っているんだろ?」

 ジャンは、悪意ではなく現実をミーシャに知らせて、話が複雑にならないようにという計らいでリゲルに聞いた。はっきりさせないで二人の女性の間をうろうろして刺される、などというのはよくあることなのかないことなのかはわからないが。

 だが、それを聞いてミーシャは、困ったような顔をリゲルに向けた。

「えー、リゲル兄やんあの人と付き合ってるの? ミーシャは? ミーシャはどうなるの?」

 リゲルは、現在の彼女と、過去の彼女の間に挟まれて苦悩していた。

 リゲルとミーシャがべたべたしているのを見て、ロザリーンも心配してラムリーザたちの側へとやってきた。

「リゲルさん、どうしたのですか?」

「うむ……」

 リゲルは答えられない。

「リゲル兄やん……」

「うむ……」

 またしても答えられない。

 ジャンは、そんなリゲルたちの様子を見て、プッと吹き出して言った。

「なんかギャルゲーの設定ができそうだな? これリゲルを主人公にして、三角関係を扱った作品が書けないか? ラムリーザが主人公のソニア一筋物語より面白いと思うぞ?」

「ふざけるな!」

 リゲルはジャンの襟首を掴んで怒鳴りつける。ジャンは「まぁ怒るな」と言って、話を続けた。

「隣国ユライカナンには、正室と側室という制度があるらしいぞ」

「で、そのセイシツとソクシツとは何だ?」

「正室は、分かりやすく言えば、君たちが知っているお嫁さんと同等なものだ。正妻とも言う、まぁこれはこの国の制度にもある。で、側室だが、簡単に言えば正妻以外のお嫁さんだ」

「貴様……、一夫多妻制と言え」

 リゲルは、さらにジャンの襟首をぐいっと締め上げる。

「まぁ、さらに簡単に言えば、そうなるな」

「この国も、皇帝陛下やそれぞれの地方の領主には妾が多数居ると聞くけど?」

 ラムリーザの問いにジャンは「そういうこと。だからリゲルも平等に二人を――、あいたたた」と答えかけたが、リゲルがさらに締め付けるので、とうとう悲鳴をあげ始めた。

「落ち着けリゲル、ジャンが死んでしまう」

 ラムリーザに諭されて、リゲルはジャンを掴んでいた手を放した。

「よし、ラムリーザがフォレストピアの領主として、ハーレムを築け。その領民も、領主に倣う、それでいこ――」

「リゲルさん……」

 ロザリーンに心配そうに見つめられて、リゲルは「おっと」と言葉を止めた。ミーシャもリゲルの腕にしがみついて、リゲルの顔を見つめている。

 そんな状況を見ながら、ラムリーザも複雑な気分になっていた。

 元々リゲルとロザリーンを引っ付けようとしたのはラムリーザだ。リゲルが過去に縛られていて、冷たく後ろ向きな感情に支配されていた。だから次の世界へと導いてあげようとしただけだ。

 その甲斐もあって、リゲルはテーブルトークゲームなどを通じて、初めて会ったころとは違ってユーモアや明るさも現れた。

 そういった変化を見て、ラムリーザは良い事をしたと思っていたのだ。

 しかし、リゲルの父親によって間を引き裂かれた娘が、その一年後に戻ってくるとは予測していなかった。ラムリーザは、リゲルとミーシャの二人は、完全に終わってしまったと思っていたのだ。

 しかし、現にミーシャは戻ってきて、リゲルはミーシャとロザリーンの間で宙ぶらりんの状態になってしまった。

 今更「やっぱりミーシャと付き合うからロザリーン別れてやってくれ」は酷だろう。

 それに、リゲルの父親が許すはずが無い。むしろ、ミーシャが戻ってきたことがリゲルの父親に知れたら、そっちも心配だった。

 そもそも、この一年間接してきたリゲルの雰囲気と、帝都で一日遊んだだけだがその時接したミーシャ、この二人が付き合っているイメージが沸かないのも事実だ。ソニアが氷柱と称する男、甘ったるい媚び声と、軽快なダンスで魅了する女、繋がりが全く無い。

 一年前以前、この二人はいったいどのような感じで、どのように付き合っていたのか。

 ラムリーザは、そんなことも気になり始めていた。

 ――待てよ……。

 ラムリーザは、ふとあることを思い出して、ポケットから携帯型情報端末キュリオを取り出した。そして、グループメールの過去ログを漁り始めた。

 そこには、リゲルの謎の痕跡が残されていた。

 

投稿者:リゲル

本文:うん、リゲルは平気だヨ!お前も風邪引かないように暖かくしているんだぞ(`・ω・´)b

 

 このメール送信は誤爆で、ひょっとしたら送信先はミーシャだったのだろうか?

 リゲルはこの後「バグった」とメールしてきているが、バグってこんな内容が表示されるだろうか?

 ひょっとしたらこの男は、自分の知らないもう一つの面を持っているのかもしれない。ラムリーザは、そう考えながら、現在と過去が交わり苦悩しているリゲルの横顔を見つめていた。

 この日リゲルは、途中でやっていられなくなったのか、一人先に帰ってしまった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き