スシのサビで遊ぶんじゃない
- 公開日:2019年9月8日
休日のこの日、ラムリーザ達は先週と同じく駅前の大倉庫へ集まっていた。今日もユライカナンの食文化を体験しようイベント開催である。
今日のネタは、「スシ」というものらしい。ラムリーザ達にとっては初めて見聞きするものであったが、先週のように店主に迷惑をかけないよう、ソニアとリリスを監視しつつ、スシ屋の仮店舗へと入っていった。
「らっしゃい!」
リョーメン屋の店主と比べると、割と威勢の良い店主のようだ。
カウンター席にラムリーザとリゲルとジャンとレフトールが並んで座り、女性陣は座敷席でテーブルを囲んでいた。
「今日もよろしくお願いします」
「よっしゃ、何を握りやしょ?」
「は? ああ、えーと、それでは挨拶の握手を……」
ラムリーザがおそるおそる手を差し出すと、スシ屋の店主はきょとんとした顔になり、その直後「がはは」と大口を開けて笑い出した。
「やばいリゲル、こういう時はどうすればいいんだ?」
何が何だかわからないラムリーザは、いつものように困ったときのリゲル頼みにすがりついた。
「そう言われても、俺も初めてだから何とも言えん。ん~、よし、店主さん、俺たちはスシってのは初めてなんだ。まずはスシについて説明をお願いする」
「おおそうか、君たちはユライカナンにはまだ来たことがないんだっけな。よし、知らなければ話は進まん、スシというものはなぁ――」
かくして、店主のスシについての講釈が始まった。
スシとは、主に米飯と魚介類を組み合わせた料理で、ユライカナンの特産料理だ。
海と言えば、今住んでる所は結構内陸で、海に行くにはかなり時間を要する。そのため、海はあまり馴染みのあるものではなかった。
「そういえばリゲルは魚釣りが好きだったね。せっかくだから、スシという物も学んでみてやってみたらどうだい?」
「見た感じ、魚をきれいにさばいているじゃないか。俺はほぼ串焼きでやってきたから、包丁の扱いは慣れてないんだよな」
「だからこの機会に、あそうだ、スシを作っているところを見せてよ」
「あいよっ」
店主は、カウンター席の上に大きな桶を一つどかっと乗せた。中には米飯が山のように入っている。
「これは米みたいだけど、匂いがちょっと違うね」
「これは酢飯、ただの米じゃなくて、いろいろと味付けをしているんだな」
店主に説明されて、ラムリーザは一つまみ取って食べてみる。甘いような酸っぱいような、初めて体験する独特の味だった。
「結構おいしいね」
ラムリーザの一言を聞いて、リゲル達も手を伸ばして一つまみ試食してみた。
「これをどうするのかな?」
「こうしてと」
店主は魚の切り身を用意し、ひょいと片手で酢飯をすくうと、切り身と酢飯を組み合わせて握り、ラムリーザの目の前に置かれた皿の上に置いた。
だが早技過ぎて、ラムリーザの目には何がなんだかわからなかった。
「何かできたね」
そう答えるのが精一杯だった。
「ちょっとやってみな」
ラムリーザは、店主に勧められてスシ作成を体験してみることになった。
「ここをこうして?」
「にぎる」
店主に言われたように、ラムリーザはぎゅっと魚の切り身と酢飯を握ってみた。切り身はぐちゃっとつぶれ、握った握りこぶしの間から、酢飯がにゅるっとはみ出してきた。
「うわっ――」
「領主さん、力入れすぎだぞ?」
まだ領主ではなくて、未来の領主なのだが、店主はラムリーザのことを領主と呼ぶ。
「はっはっはっ、ラムさんは握力が百とかあるからそうなるんだよなぁ」
レフトールは笑いながらラムリーザをからかう。その握力で顔面を潰されたことは、もう忘れているようだ。
レフトールの「百」という言葉を聞いて、座敷席のソニアがギロリと後ろから睨んだが、割とどうでもよい。
「へぇ、そりゃすげーや。領主さんは良い物ばかり食ってるから、そんなに力持ちになれるんだなぁ」
店主は感心して見せるが、ラムリーザの食べてきた物はソニアも同じように食べてきている。何かの数字が百に到達できる、という点ならあながち間違いではないが。
「それよりおなかすいたよー、早く何か食べたいなぁ」
座敷席からミーシャの不満そうな声が聞こえてきたので、リゲルは店主に言った。
「適当に握ってくれ」
「あいよっ」
店主は威勢よく答え、魚の切り身などを使って握り始めた。
この店は、店主以外に手伝いは二名ほど居る。それでも三人で一つずつ握るものだから、今日の客十人相手には多すぎる。ちなみにこの十人は、ラムリーズのメンバーにジャンを加えたものだ。ジャンもほとんどメンバーのようなものだから、十人のバンドグループ、大きくなったものだ。
「ああそうそう」
ラムリーザは座敷席の方を振り返って言葉を続けた。
「今日は大食い禁止だからね。いや、今日だけじゃないな、あれはあまりお店に対する印象がよくないし、行儀も悪いから、以後永遠に禁止とするね。禁則を破ったらソニアは桃栗の里行きだからね」
「なっ、なんであたしだけ罰則?!」
「ソニアがやらなければ、リリスもやらないから」
「む~……」
別に大食いは、大会などが開かれて実施されていることもある。しかしソニアとリリスの二人は、リバースするまで加減を知らず食べ続けるからよくない。
その後しばらくの間、無言で食べ続けていた。
………
……
…
全員が五つほど食べ終わった地点で、ラムリーザはみんなに意見を聞いてみた。
「僕はこのスシというものはおいしくて良いと思うけど、みんなはどうだったかい?」
結果は満場一致でおいしかったという結果となり、このスシ屋はフォレストピアに出店することが決定した。
「しかし、テンポが悪いな」
リゲルはそう評価する。
「スシは嗜好品だ、ガツガツ食うものではないぞ」
店主も言い返す。
「でももっと人が入れば、作るのが追いつかなくなっちゃうよ。何か良い手は無いものかなぁ」
「こうすればいいじゃないか」
リゲルは、すぐに提案を出してくる。この男は自分で提案をしておいて、後からその弱点を突いてくるところがあるから油断できないところがあるのだが、ひとまず聞いてみる。
「注文の統計を取るなりして人気商品をあらかじめ知っておく。それを先に作っておいて、出来上がったものを皿に乗せて店内を巡回させ、客に好きなものを自由に取らせたらいい」
「そのやり方なら、会計はどうするんだ?」
店主の問いに、リゲルは淡々と答える。
「皿の数で支払ってもらえばいい。一皿百エルドぐらいでいいんじゃないか?」
「それなら価格的に一皿に二品ずつになるな。高級なネタなら一品しか乗せられないが」
そういうやり取りもあり、ひとまずはその案で店を作ってみることにした。
しかし、座敷席から「五個では足りない」という声が上がり始めたので、店主は再び握り始めるのだった。
「僕らももう少し堪能してから帰るかな」
ラムリーザも、メニューを一通り制覇してみようと無謀な事を考えながら、まだ食べていないネタを注文するのだった。
めでたしめでたし――
………
……
…
――とはならなかった、残念ながら。
座敷席のリリスは、調味料などと一緒に、小さな壷に入った薄緑色の何かを練ったような物が置いてあることに気がついた。リリスのこの気づきが無ければ、めでたしめでたしで終わっていただろう。
これは何かしら? などと考えながら、少しすくって口へと運んでみる。
とたんに脳天を激しく刺激するような、ツーンとした感覚が駆け巡った。
リリスはこの調味料が、先ほどから出てきているスシにほんの少しだけ混ぜられているのに気がついた。少量だと薬味が効いていい感じだが、これが大量に入っていると、一体どうなるだろうか?
リリスはその疑問を解消するため、それと大量に食べた時の反応を見るために、一つ罠を仕掛けることにした。
自分の手元にあるスシの、魚の切り身と米を分解して、その間に大量にその薄緑色の練り物を塗りこんだ。その後魚の切り身を乗せなおして、塗ったことを隠す。
「ソニア、ちょっといいかしら? この魚、おいしいわよ」
そしてあろうことか、自分で試そうとはせずに、ソニアにそのスシを提供してしまった。
何も知らないソニアは、リリスからもらったスシを手にとって、口に運び頬張った。
「ふっ、ふえぇっ!」
とたんにスシを吐き出し、顔をしかめて頭をかかえるソニア。
「ど、どうしたっ?!」
ソニアの悲鳴に、ラムリーザは慌てて座敷席を振り返る。ソニアは頭を抱えて悶絶しているし、リリスはそれを見てクスクス笑っている。テーブルの上、ソニアの目の前には、吐き出したスシが散乱している。
「ああ、それはサビの実を潰して作った調味料だ。入れすぎたら刺激が強すぎるので、ほどほど適量にな」
苦しんでいるソニアを見て、店主は普通に解説をしてくる。
「違う! あたしそんなの入れてない!」
ソニアは、イタズラを仕掛けただろうリリスを涙目で睨みつけながら叫んだ。当然リリスは知らん振りをして、席を立ち便所へと向かっていった。
リリスの立ち去った後には、スシが一品皿の上に残っていた。それは、魚の切り身ではなく、海老が乗っているようだ。また、サビの入った壷も並んでいる。
ソニアは手を伸ばしてその皿と壷を手元に引き寄せると、海老と米を分離して以下同文。
リリスは便所から戻ってきて、取っておいたスシを手に取った。
ソニアはうつむいてまだ苦しんでいる素振りを見せ、ロザリーンは溜息を吐き、ユコとミーシャは目をキラキラと輝かせながらリリスの様子を眺め、ソフィリータはコップに入った水をすすっている。
「ぎゃべっ!」
ソニアのサビ仕込のスシを口に入れたリリスは、当然のごとく吐き出してその場でのけぞった。
ユコは吹き出し、ミーシャは大笑い、ロザリーンはまたしても溜息を吐き、ソニアは「ざまぁみろ」とからかう。
「さっきから何をやっているのだ?」
ラムリーザは、ソニアやリリスが続けざまに悲鳴をあげるの聞いて、不思議そうに振り返る。店主は「サビの入れすぎだろ」と言いながら、何事も無かったかのようにスシを握り続けている。
「ソニアてめぇ……」
今度はリリスが涙目でソニアを睨みつける。
「ごめんごめん、このお茶でも飲んで口直ししてね」
流石にやりすぎたと思ったのか、ソニアは誤りながらコップをリリスに手渡した。しかし――
「ぶはっ!」
今度はお茶を盛大に吹き出してしまう。
「ちょっと汚いよ!」
正面に居たソニアは、リリスの吹き出したお茶をもろに被ってしまう。なんてことはない、ソニアはお茶にまで大量のサビを混ぜ込んでいたのだった。
「サビは入れすぎると刺激が強いから、適量、ほどほどにな」
スシのおかわりを持ってきた店主は、ソニアとリリスに言って聞かせてから、また厨房へと戻っていった。
ソニアは悶絶するリリスを見てニヤニヤしながら、新しいスシに手を伸ばした。
「待って!」
その行動をリリスは止めて、言葉を続けた。
「ラムリーザが呼んでるよ、ちょっと行ってきたらどうかしら?」
リリスは、ソニアをラムリーザの側へと行かせようとした。ソニアは、何も考えずに席を立ち、ラムリーザの側へと近寄っていった。
「ラム、何の用があるの?」
ラムリーザは、別にソニアを呼んだわけではないので、振り返りながら言った。
「いや別に呼んでないよ。ああ、もしリリスと変な事して遊んでいるのならやめなさい」
そう言いながら、ラムリーザはソニアの肩越しにリリスの行動が目に入ってしまった。
リリスは、壷からサビを大量にすくい出すと、スシに混ぜ合わせてソニアの席の前に置いたのだ。要するに、先ほどと同じ手口。
「あ、ちょっと――」
ラムリーザは言いかけたが遅かった。ソニアはさっさと自分の席に戻り、ラムリーザがカウンター席をから立ち上がってやってくる前に、目の前のスシを口に運んでしまった。
「ふっ、ふえぇっ!」
再び悶絶するソニアを見ながら、ラムリーザはサビの入った壷をリリスから取り上げた。
「これは没収!」
ミーシャのきゃっきゃっと笑う声を聞きながら、ラムリーザは壷を持ったままカウンター席へと戻っていった。
こうして、無事にスシの品評会は終わった。本店舗の準備ができ次第、街の中にスシ屋ができるだろう。
帰り道、リゲルはミーシャに、「今日のネタの中で何が一番気に入った?」などと聞いている。
ミーシャは「たまご!」と答え、リゲルは「かわいいかわいい」と妙にニコニコしている。が、ハッとすぐに我に返ると、「みんなは何が気に入った?」と尋ねてきた。
リゲルが積極的に問いかけてくるのは珍しいなと思いつつ、ラムリーザは「モケケピロピロってやつかな?」と答えた。ジャンは「やっぱりグリアザスだろう」と答え、ソニアは「カニミソ」と答え、リリスは「なまこ」、ロザリーンは「マンボウ」、ユコは「うに」、ソフィリータは「クラゲ」、そしてレフトールは「ハンバーグ」と答えた。
魚を挙げたのはロザリーンだけだった。それだけ、海に馴染みの無い面々だったのである。
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