南の島キャンプ始まる その五 ~夜の談話~

 
 7月17日――
 

 ラムリーザとソニアは、甲板に敷いた布団の上で並んで横になっていた。空には満天の星が輝いている。

 ソニアはおもむろに手を天に伸ばし、何かを掴み取ろうとするしぐさを見せた。

「届きそうで届かないね」

 ソニアの一言に、ラムリーザは一瞬何のことかわからなかった。しかしすぐに、夜空に浮かぶ星を手に入れようとしたのだということに気がついた。そこで尋ねてみる。

「宇宙を手に入れたいか?」

「手に入れたい」

 即答であった。

「ソニアの夢はでっかいな」

 ラムリーザは、一言そう答えておいた。宇宙の支配者ミンでも目指すが良い。

「ラムは宇宙を手に入れたくないの?」

「そうだなぁ……、今の僕には、フォレストピアで十分だよ。宇宙はソニアが支配するがよい」

「あたしは宇宙を支配して、ラムの町に地震とか竜巻とか起こしてやるんだ」

「壊すな……」

 呼吸する破壊衝動って何だったっけ? ラムリーザは、うろ覚えな記憶を探ってみるが、何も出てこなかった。

「ねぇ、ラムはサメの肉どうだった?」

 ソニアは唐突に話題を変えてくる。

「ん~、あれはあれで良いんじゃないかな。初めて食べたけど」

「あたしはなんかやだ。リゲルが釣った他の魚の方が美味しい」

 そういえば、サメの解体を始めた直後、無造作に切り取った肉片をソニアは無理矢理食べさせられそうになって逃げたっけ?

「自分で取ってきた貝、サザエだっけ? あれはどうだった?」

「苦かった……」

「そうか」

「ラム――」

 ソニアはラムリーザの目をじっと見つめ、笑顔を浮かべて続けた。

「今年の夏休みも一緒に楽しもうね」

 ラムリーザは何も答えず、ソニアの額に口付けした。

 

 一方リリスとユコ、ソフィリータに案内されて船室を探索中だった。

「ベッドで寝たいわ」

 リリスは寝室を探していたし、ユコも「甲板で雑魚寝もいいですが、やっぱり船室の方が落ち着きますの」と同意している。

 二人は、船首に近い部屋に入ろうとしたが、ソフィリータに止められた。

「ああそっちの部屋はダメです」

 リリスは言うことを聞かずに扉を開ける。薄暗い部屋の中には、なにやら鉄でできた大きな筒が左右に並んでいた。

「これってひょっとして、大砲?」

「ええ、いざと言うときの攻撃手段です。触らないほうがいいですよ」

「甲板の先端にもあったじゃないのよ」

「あちらと違って、こちらは本物――、いやいやいや、とにかく出ましょう」

 ソフィリータは二人を部屋から押し出して、バタンと扉を閉めた。

「寝室はあるのかしら?」

「こちらです」

 ソフィリータに案内されて、リリスとユコはベッドの置かれた寝室にたどり着けた。二人は今夜はここに泊まるようだ。

 

 再び甲板にて――

 ラムリーザは相変わらずソニアを抱き寄せて、二人して天を眺めていた。

「いつかはあの星々の大海に船出したいね」

「ラム提督?」

「僕が提督なら、ソニアは副官? いや待てよ――」

 軽く考えて言ってしまったが、非常に頼りない副官だ。参謀長リゲルに補助してもらわないと、役に立たないだろう。それから二人の間で、何の生産性も無い会話が続く。

「リリスは二等兵で十分よね?」

「わざわざ居ない人まで煽らないの」

「あ、でもこの船だったら砲兵が楽しいかなぁ。あとあたしの階級は元帥ね」

「元帥が副官の船って何だよ? お前は赤軍曹じゃなかったのか?」

「ラムは少佐ぐらい」

「提督が少佐で、副官が元帥ね。お前は軍隊のこと何もわかって無いだろ?」

「じゃあラムは上級元帥で」

「そんなのねーよ」

 ソニア軍団は、わけのわからないものに成長しつつあった。

「よっ、何か盛り上がっているな」

 その時突然ラムリーザたちが横たわっている場所に、二つの人影が現れた。船橋からの光で逆光となっているが、シルエットと声だけでラムリーザには誰だかすぐにわかった。

「あ、兄さんと、えーと――、そうだラキアさんこんばんは」

「はいこんばんは、ラムリーザさん、そしてソニアさん」

 兄嫁ラキアは礼儀正しい。ソニアも見習ってもらいたいものだ。今夜の挨拶も以下の通りである。

「こんばんは、ちっぱい姉さん」

「こらっ」

「ちっぱい? 何ですかそれは?」

 ソニアの無礼を怒るラムリーザに、無礼の内容をいまいち理解していないラキア。

「ところでソニア? またおっぱい膨らんだ?」

「膨らんでない!」

 嫁に対する無礼のお返しをするラムリアースであった。

「ところで兄さん、こんな時にラキアさんと二人きりじゃなくていいのかな?」

 ラムリーザの問いに、ラムリアースは「ラキアとは毎日仕事が終われば親密に過ごしている。だが帰省した時は、その時しか会わないラムリーザを優先する」と答えた。そしてさらに、先ほどの攻撃に対する仕返しをソニアに続ける。

「解ったかソニア、兄弟が帰省しているのにネットゲームを優先する奴は、たとえ普段学校や仕事に行っていたとしても、優先順位を理解していないネトゲ中毒だからそんなやつは勘当な」

「何よラム兄! あたしネトゲやってない! それに勘当って何よ!」

「じゃあ桃栗の里行きね」

 ラムリーザは、ちょっとだけ修正を加えるのだった。そこにソフィリータが現れる。

「こんばんは、リアス兄様にリザ兄様」

「おーソフィーか、元気にしてたか?」

「はい、丁度皆さんをそれぞれ寝室に案内してきたところです」

「面倒見がいいな。そういう仕事はメイドのソニアがやるべきじゃないのか?」

「あたしメイドじゃない!」

 ラムリアースのソニア攻撃は続いている。さらにこんな攻撃までしてくるのだった。

「これで兄弟全集合、ラキアも嫁だから身内、ソニアだけ外様の他人」

 などと言ってのけるのだ。

「待ってよ! あたしもラムと結婚する!」

「まだしてないから部外者」

「恋人だもん! 身内のようなもの!」

「鯉人――、比較的流れが緩やかな川や池、沼、湖、用水路などにも広く生息する大型の淡水魚人――」

「なんやそれ?」

 少し外した。ラムリアースの「恋」と「鯉」をかけた言葉攻めは、ソニアはともかくラムリーザにも理解できなかったようだ。

「にぎやかですね」

 クスッと笑ってラキアは言う。

「ずっとこんなだったさ、仲の良い三人兄弟とその他一人の他人」

「他人言うな、ふえーんっ!」

「ところでラムリーザ、学校は上手く行っているか?」

 ソニアが悲鳴を上げたところで、ラムリアースはラキアに対する無礼を許したようだ。話題を変えて、ソニア攻撃を終わらせた。

「うんまぁ順調、レフトールも味方になったっぽいからね。あと音楽の方も、レコード作ってみてユライカナンでヒット――したんだっけ? 後でジャンに確認しとこ」

「ヒットしたからユライカナンでコンサートやったのじゃないのか?」

 ユライカナンライブの話は、ラムリアースの所まで届いていたようだ。

「そうなるのかな。あと夏休みの後半は、ユライカナンでツアーみたいなのやるみたい。それにフォレストピアは、帝国側に一番近い地方都市サロレオームと姉妹都市のようなものを締結する予定だからね」

「なんだか部活にしては話が大きくなりすぎていますね」

 ソフィリータは、ラムリーザの話を聞いて驚いた。しかしラムリーザはなんでもないかのように話を続けるのだった。

「音楽活動の拠点はジャンの店にあるスタジオだし、学校の部活はぶっちゃけもうどうでもいい――かな? 部室では雑談かゲームしかやってないし」

「部長も決まってませんよね? 部長が居ないので、私まだ仮入部扱いですし」

 ソフィリータの確認に、ソニアは「あたしが部長だから、リリスは勝手に名乗っているだけ。悪いのはリリス」と言い張るのだった。まぁリリス側もそう思っているだろう。

「そう言えばあまり聞けなかったけど、さっき出てきたレフトール。あいつどうやって迎撃したんだ?」

 ラムリアースに聞かれて、ラムリーザはあの夜のことを詳しく説明した。用心棒レイジィを呼び寄せたこと。彼にレフトールの部下を片付けてもらい、自分はレフトールと一騎打ちをしたこと。身体の防御を捨ててカウンターを撃ち続けたこと。拳を握りつぶしたり、顔に穴を空けてしまった事等を話したのだった。

「ラムリーザは頑丈だからな。それを利用したわけか……。ところでクロー攻撃、アイアンクロー? そんなに強いのか?」

「うん、顔をつかんだまま持ち上げられるかな? と試してみたら、本当に持ち上げられて自分でも驚いた」

「ちょっと握ってみてん」

 ラムリアースは、ラムリーザに手を差し出す。ラムリーザはその手を取って握ってみると、すぐにラムリアースは悲鳴をあげる。

「おおう、これはヤバい。お前は鍛える場所が偏りすぎているぞ」

「握力103cmだったからね、今年の春に行った体力テストでは」

 わざと間違えたわけではない、素で間違えたのだからあしからず。だがラムリアースは聞き間違えなかった。

「ん? cmっておかしくないか?」

「あ、それソニアのおっぱい。103kgの間違い」

「ソニア103cm? でっか! 握力103kgよりそっちの方がすげーわ」

「うっ、うるさいわねっ!」

 またしてもソニア攻撃が始まってしまうような雰囲気になってしまった。ラムリアースは余計なことまでいろいろと尋ねた。

「103cmってカップ数どのくらい? K? L?」

「さぁ? ジャンとかはエルって呼んでいるけど」

「Lカップかぁ――、そっかなるほど、その力でサメを掴んでいたわけか。サメも逃げられないわけだな」

 ソニア攻撃はもう十分と判断したラムリアースは、さっさと話題を元に戻した。

「リザ兄様の部屋にあるテーブルの上には、何故かつぶれたゴム鞠も転がっていますよ」

 ソフィリータに言われてラムリアースは「何それ怖い」と言うのだった。

「握力の話は怖い、もういい。ところでソフィリータ、好きな人とかできたか?」

「え、あ――はい」

 突然話を振られてソフィリータは驚いたが、すぐに頷いた。

「紹介できる?」

「えっと……、はい。まだ起きているかどうか確認してきますね」

 そう言って、ソフィリータは船室へと入っていった。

 

「呼ばれて飛び出てなんとやら?」

 しばらくしてから、ソフィリータはユグドラシルを連れて戻ってきた。

「初めて見る顔だな、初めましてだ。ラムリーザの兄ラムリアースだ」

「ユグドラシルです、よろしくです」

 お互い初めてだったラムリアースとユグドラシルは、礼儀正しく握手する。

「ふ~ん、まぁ感じの良さそうな人だな。ソフィリータは彼のどこが気に入ったんだ?」

「あ、それ自分も聞いてみたいなぁ」

 ラムリアースは、ソフィリータに二人の馴れ初めを聞いてみた。ユグドラシルもちゃっかり興味津々だ。

「えっ? その――、最初はリザ兄様と時々一緒に居る人って感じでしたが、よく見てみるといつも学校のことを考えていて、いろいろとイベントを楽しませようとしてくれます。そういったひたむきなところが、リザ兄様とは違って、かっこいいと思いました」

「ちょっと待って、僕はひたむきじゃないのか?」

 ラムリーザは慌てて尋ねる。ソフィリータの言い分だと、自分はひたむきじゃないと言われたようなものだ。

「リザ兄様は、いつも昼寝ばかりしているイメージで……」

「こほん……」

 日常を見られ過ぎているラムリーザと、学校での活躍しか主に見られないユグドラシルとの差であった。

「そう言えばラムリーザは、サメ捕まえた後ずっとデッキチェアで昼寝していたな」

「潮風を浴びながらのんびりする風情がわからないとは、困った人たちだ」

 ラムリーザは、やれやれと首を振りながら反論した。

「で、ユグドラシルはイベント開催とか言っていたけど、学校で何か役職についているのか?」

「ユグドラシルさんは、生徒会長なのです。それと、ポッターズ・ブラフ地方の首長の嫡男です」

「お、やるじゃんソフィリータ。これは本人同士の好みも加わった政略結婚か?」

「そんなのじゃありませんっ」

 慌てて否定するソフィリータ。

「冗談だよ」

「でも良いのですか? 自分などがソフィリータと付き合うことにお兄さん的には?」

「かまわんよ」

 ラムリアースはあっさりと答えた。そして、さも得意気に話を続けるのだった。

「他の家ならともかく、フォレスター家は他の家の力を必要としていないからね。政略結婚と言っても、基本的に相手側に益することは多くてもこちら側にとってはそう大した影響力が増えるわけじゃない。縁組で強化する必要が無いのさ。だからよほど変なのじゃなければ、本人の好みを最優先している。ソフィリータが君を好むのなら、そうしたらいいってこと。幸い君は良さそうな人物だからね」

「は、はあ、ありがとうございます」

 ユグドラシルは、そう答えるしか無かった。

 ラムリアースはそこまで言い切ってから、今度は怪しげな笑みを浮かべて付けた。

「まぁこの組み合わせは利用できるけどね。いずれはラムリーザの治めるフォレストピアと、君が首長になるであろうポッターズ・ブラフ地方を纏めて統治できるかもしれん」

「話がでかすぎます」

 ソフィリータは将来の進呈の大きさに、少し戸惑っているようだ。

「この休暇の期間内に、いつか二人で話をしたいものだな」

 ラムリアースは、ユグドラシルに興味を持ったようであった。

「お供させていただきます」

 ユグドラシルは、礼儀正しく受け入れた。

「ん、ソフィリータも好きなようにやればいい。ラムリーザだっておっぱいが好きだからソニアを手放さなかったようなものだ」

「ちょっ、なっ……」

 突然話を振られてラムリーザはびっくりする。

「何よ! ちっぱい好きの馬鹿ラム兄! ふえーんっ!」

 ソニアは拗ねて立ち上がると、その場を離れ舳先の方へと行ってしまった。

「ふふっ、ラムリーザ」

「はい?」

 ソニアが居なくなると、途端にラムリアースは真顔になって、ラムリーザの目をじっと見つめながら言葉を続けた。

「ソニアを守ってやれよ。あいつはいつでもお前が一番だった、これからもずっと一番だろう」

「わかってるよ」

 ラムリーザも立ち上がり、舳先の方へと向かっていった。

 

 夜間も船はゆっくりと南に進み続けていた。

 明日の朝にはマトゥール島についているだろう。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き