ロザリーンの相談事

 
 7月21日――
 

 この日はマトゥール島を海岸沿いにぐるりと一周旅行している。南海岸で昼食休憩をとってから、残り半分の旅に出ようと車に戻ったところ――

「ん? なんか妙だな?」

 リゲルの運転するバンは、数メートル動いたところでプスンと音を立てて止まってしまった。

「どうした? エンスト?」

「いや、そんなへまはしない」

 リゲルは落ち着いて、再びエンジンを始動させる。しかし、プスンプスンと音を立てるだけで動かない。こんなところで車の故障か?

「何者かがここに私たちを引き止めているのよ」

 リリスは、低いトーンでわざと他の人が怖がるように言った。

「ひょっとしてあの四体の悪魔……」

 ユコは怯えるが、東海岸ならそうだったかもしれないが、ここは南海岸だ。

「あの水の輪の力が働いているのかもしれないわね」

 リリスは、先ほど南海岸で見た物を挙げてくる。

「やんだぁ、ミーシャ怖いの!」

 妙な訛りを見せてミーシャは声を張り上げる。

「落ち着け、ガス欠だ」

 落ち着いているのはリゲルだ。いつもの口調で、車が動かなくなった理由を述べた。

「ガスが必要ならソニアの尻から採掘しなさいよ」

 リゲルの一言を聞いて、リリスはまた要らんことを言ってくる。

「車が動かなかったら、リリスに引っ張ってもらったらいいじゃないの。魔女馬の馬車にしよう」

 当然ながら、ソニアも妙な返しをしてくる。

 しかしガス欠で車が動かないのに、それほど悲壮感は見当たらない。大所帯だからだろうか?

「しまったな、来る前に燃料のチェックしていなかった」

「どうする? 歩いて帰るか?」

 ジャンは歩きを提案するが、こんなところに車を放置して帰るのもあまりよくない。それにこの車はまだぜんぜん古くなく、捨てるのはもったいない。

「さっきのジープに――」

 ユグドラシルはそう言いかけて周囲を見渡すが、後方からついてきていたジープはどこかに姿を消していた。

「あれ? 護衛役はどうたんだろう?」

「ああそこは彼らはプロなんだよ。あからさまに警護していますってのを見せずに、僕たちの気にならないように活動しているんだ。だから本当に危険が迫らない限り、ほとんど彼らは姿を見せないよ」

「あいつとかか……」

 ユグドラシルが不思議がるのでラムリーザは説明した。神妙な顔つきのレフトールの言うあいつとは、一度自分のグループが大変な目に会わされたレイジィのことだろう。

「でもこんな僻地でガス欠って、そこそこの機器じゃないのか?」

「そうでもないよ、ちょっと見えにくいけどあれを見てごらん」

 そう言ってラムリーザは、北の林の上方を指差す。木々の間から、遠くに銀色の塔のような建物が小さく見えている。高い煙突のようなものからは、煙が出ている。

「あれは何だ?」

「この島の、原油精製プラントだよ」

「なるほど、原油を採掘して精製していると言っていたな。つまりあそこに行けば、燃料を分けてくれると」

 リゲルの解釈に、ラムリーザは「そのとおり」と答えた。

「げんゆせーせーってなぁに?」

 よくわかっていないミーシャは、リゲルに説明を求めた。

「俺も詳しくは知っているわけじゃないが、原油を蒸留してガソリンとか各種素材を作り上げることだな」

「リリスが原油を飲みたいって言ってるよ」

「誰もそんなこと言ってないわ。ソニアは凝尿を飲みなさいよ、クリボーフォローチョ凝尿」

 ラムリーザは、また謎の言い合いを始めた二人はほっといて、車の外に出た。

「さて、燃料を取りに行くグループと、待機組の二手に分かれる。僕は行って説明しなければならないので燃料組。こっちは燃料を運ぶために、力がある人が集まった方がいいかな。一番力がある人は――」

「お前やー!!」

 レフトールは車から出ながら、ラムリーザに向かって大声を張り上げる。

「レフトールなら力ありそうだね。後は――」

「おいマックスウェル、お前も来い」

 レフトールに呼ばれて、子分のマックスウェルも燃料組に参加する事となった。

「自分も力仕事には自信があるぞ」

 さらにユグドラシルも名乗りを挙げる。

「俺とジャンは待機組になろう、女子供だけをここに残しておくのも危ないからな」

 リゲルの提案で、男子二人は残る事となった。女子供などとリゲルは偉そうな事を言うが、分類上リゲルもまだ未成年だ。

「私はラムリーザさんに同行します」

 ここで珍しくロザリーンが燃料組に名乗りをあげた。女性陣の中で一番力があるのは誰か? と言われたらロザリーンだろう。ユグドラシルに「共にがんばろう」などと言われている。仲の良い兄妹だ。

 ちなみにソフィリータは、戦闘力は高いがどちらかと言えば軽量級。それに待機組の武力を考えると、ここは待機に回ったほうがよい。燃料組はレフトールなどが居るから武力は十分だ。

「それでは行ってくるからここで待っててね」

 ラムリーザはグループを率いて出発しようとすると――

「待って!」

 ソニアに呼び止められた。どうやらリリスとの舌戦が途切れて、ラムリーザの行動が目に入ったようだ。

「ラムが行くなら行く!」

 

 

 ラムリーザたちは林の中を進み、原油精製プラントへと向かっている。

 先頭はラムリーザ、続いてソニア、ユグドラシル、ロザリーンと続き、レフトールとマックスウェルがしんがりを勤めている。

 途中でロザリーンがユグドラシルに何か耳打ちをした。するとユグドラシルは頷いて、「ソニア君」と呼びつけた。

「なぁに、モテないロザ兄」

「モテないって、自分はソフィリータさんと清い交際を」

「うっ……」

 清い交際と聞いて、ソニアは呻く。なにやら都合の悪いことばなのだろうかねぇ?

 ロザリーンは、ユグドラシルとソニアが雑談し始めたのを見計らってから歩みを速め、先頭を進むラムリーザの隣へと並んだ。

「ラムリーザさん、丁度良い機会です。ラムリーザさんに聞いて頂きたい話があります」

「ロザリーンが僕に相談するなんて珍しいね。普段は僕の方が教えを請う方なのに」

 ロザリーンは少しだけクスッと笑い、すぐに真面目な顔になって話した。

「リゲルさんについて、ラムリーザさんの話を聞いてみたいと思いまして」

 それを聞いてラムリーザは、ああ来るときが来たかとすぐに感づいた。ロザリーンは「私とミーシャちゃんの間でリゲルさんは揺れています。どうすべきでしょうか?」と尋ねた。

「いつかこの日が来ると思っていたよ」

 ラムリーザはそう答えた。リゲルは、ミーシャが来てからは完全に二股状態だ。それも清々しいほどの。しかし他人から見て清々しくても、当事者としてはどうなのだろうか?

 やたらとラムリーザに重婚を強いてくるようになったのもこの頃からだ。

 これは、ラムリーザが去年散々仕掛けた「リゲルにもハーレムが形成される呪い」が成熟した結果なのだろうか?

「ロザリーンにはリゲルの父親という強みがあるんだよ。リゲルの父は、ロザリーンを推していてミーシャを選ぶことは無いだろう。現に去年――」

 そう言いかけてラムリーザは口をつぐんだ。リゲルとミーシャが父親の手によって強引に引き離された話は、今は要らないだろう。

「でもリゲルさんは、ミーシャちゃんを見ると嬉しそう」

「元カノなんだよ、いや元なのかな? 父親に――」

 再び口をつぐむ。無理矢理引き離されたのであって別れているわけではない、これは言う必要あるのかどうか悩ましいところだ。

「私は身を引くべきでしょうか? リゲルさんのことは好きですが、私なら他にいくらでも縁談はあるでしょう。でもミーシャにはそれほど無いと思われます」

「それは二つの問題があるよ」

 ラムリーザは、ロザリーンの顔を見据えて言った。ロザリーンも真剣だ。

「一つはロザリーンが身を引いたとリゲルの父親に知れたら、絶対に理由を追求してくるだろう。そうしたらミーシャの存在に気がつくまでにそうはかからないだろう。そうなると、また強制離脱食らってしまう可能性が高い」

 これはリゲルとミーシャの問題だ。続いてもう一つの問題を語る。

「それにロザリーン、君はそんなに簡単にリゲルから身を引いて良いのかい?」

 ロザリーンは少し目を伏せて黙り込んだ。

 その時、突然ソニアが二人の間に割って入ってきたのであった。

「ちょっと、なんでラムとローザが親しそうに二人きりで密談しているの? ローザもあたしからラムを寝取るつもり?」

「ちがいますよ」

 突然の事に、ロザリーンはびっくりして伏せがちだった目を見開いて答えた。そしてユグドラシルの方をちょっと睨む。

 ユグドラシルは、両手を合わせてごめんのポーズで無言でロザリーンに謝罪している。

「ちょっ、ちょっとソニア?!」

 ラムリーザは、ソニアの矛先をロザリーンからそらすために「ソニアは僕をリリスが盗っていこうとしたらどうする?」と言った。そしてすぐに、ソニアの勢いに押されて火種になりそうな話題を展開してしまった。言ってからしまったと思うが、後の祭りである。

「そんなリリスは殺してでもラムを奪い返す。ラムを奪うなんて、やっぱり根暗な魔女ね」

「いやいや、そこまでいきり立たなくていいから」

 そう言いながらもラムリーザは、自分のうかつさを呪うのだった。ただ、ソニアの矛先をロザリーンからリリスに向けた事で、一時的ではあるがロザリーンは守られたのであった。

「ところでソニア君、もう一つ聞きたいことが!」

 ユグドラシルは、自分が逃がしてしまってラムリーザとロザリーンの会話に割り込んできたソニアを再び引き剥がす。

「リゲルさんはミーシャちゃんが好きなのよね、私には解ります」

「ごめんよ、僕が君とリゲルを結び付けようとしたばかりにこんなことになっちゃって……」

「いえ、いいのです。約半年間ですが、リゲルさんと過ごした日々は楽しかったです」

「そう悲観的にならなくても……」

「ありがとう、ラムリーザさん。でもリゲルさんも、きちっと計ったように等間隔で私とミーシャちゃんと付き合っているのよね」

「そこは凄いと思っているよ。二人以上を平等に愛せるというのは、リゲルみたいなのを言うのだろうな」

 ラムリーザは、リゲルのことを考えこむ。最悪のパターンは、リゲルがミーシャと駆け落ちするという結末であるが、リゲルの性格的にそれはないだろうと思う。しかし、人の気持ちは変わるものである。リゲルがこの先、ずっと今のように冷静な人物であり続けるといった保証は無い。

「それにしても、年始のお参りで引いたお告げを思い出しますね」

 ロザリーンは、唐突に過去の事を持ち出してくる。

「お告げ? 龍神殿の?」

 ラムリーザは、お告げの事は忘れかけていたのだ。

「私は災厄を引きました。確か内容は、『落ち着いた交際の続くこと無しであろう』だったと記憶しています。実際ミーシャちゃんが現れて、落ち着かないことばかりです」

「ああ、そんなこともあったね。みんな災厄を引いたってのは覚えているけど、内容は忘れちゃったよ。ああいうのって、当たるも八卦当たらぬも八卦、信じたい人だけが信じろってことだからね」

「ラムリーザさんは占いとかは信じないのですか?」

「占いに自分の人生を縛られたくないからね。ああでも否定はしないよ、本物の占い師は本気ですごく当たるって話だからね」

 ラムリーザの影響か、ソニアも占い系には興味を持っていない。何かと問題行動の多いソニアには、事前に事細かに占いを確認して、問題を回避したいとは思っている。

 例えばオークションやゲーム実況などで、元からめんどくさい事態に発展するとわかっていたら、最初から全力でやらせないようにしただろう。

「ま、それよりも、こういった相談をしてくるってのはリゲルの行動に問題が出てきたってことなのかな?」

「それがわからないのです。ミーシャちゃんは天文部関係には首を突っ込んできませんし。少なくともそちら方面ではリゲルさんと二人きりです」

「このキャンプではどうなのだろうかなぁ」

 ラムリーザは、十八日の夜にミーシャがリゲルの布団にもぐりこんで来たのは知っている。その翌日から部屋割りを変え、ラムリーザはソニアと二人で別のコテージへと移動していた。その事をロザリーンに言うわけにはいかない。

「一昨日、十九日の夜ですね。リゲルさんが突然私の部屋に現れて、今夜は一緒に過ごそうと言ってきたのです」

「ぶふぉっ」

 それを聞いて、ラムリーザは思わず噴き出した。ミーシャと寝た翌日は、その埋め合わせをやるかのようにロザリーンの元へと赴く。ここまで徹底しているとは驚きでいっぱいだ。

「き、昨日は?」

「昨日は来ませんでした」

 つまり、昨日はミーシャと一緒だったということだろうか?

 今夜ロザリーンの元にリゲルが現れたら確実だ。だがそれを確認する手段はあまり無いし、確認してどうするというのだろうかというのもあった。

「ローザ、リゲルと寝たの? あの氷柱と居て寒くなかった?」

 再びソニアが二人の会話に割り込んでくる。ユグドラシルは、お手上げといった感じでこちらを眺めていた。もうこれ以上ソニアを引き止めてられないというのだろう。

「別に同じ布団でってわけでは、ベッドが二つあったので並んで寝た感じです」

 ロザリーンはそう言いながら、十分ラムリーザに相談できたと思ったのか、ラムリーザから離れていった。

「ユグドラシルさんはソフィリータと何かありましたか?」

 ラムリーザは、ついでにユグドラシルのことについても聞いてみた。こちらも何か動きがあったのだろうか?

 だがユグドラシルは「大丈夫だよ」としか答えなかった。そして「ソフィリータ君も本気だよ」と付け加えた。

「それならいいんだ。ユグドラシルさんなら安心してソフィリータを任せられるよ」

 ラムリーザはそう言うのだった。

「なんだなんだ? カップルの話か? それなら俺はおっぱいちゃん!」

 そこにレフトールが割り込んできた。しかし当然ながら、すぐにソニアは反抗する。

「むっ、おっぱいちゃんっ?! おっぱいちゃんのマックスウェル、この番長が呼んでるよ」

「そんな馬鹿な?!」

 ソニアはマックスウェルに押し付け、おっぱいちゃんあつかいされたマックスウェルは、驚くのだった。

「なんか俺、番長が定着しつつないか?」

「番長じゃないのよ」

 レフトールとソニアは、なにやら楽しそうにやりとりを繰り広げるのだった。

 そしてそこで丁度林を抜け、目の前には大きな原油精製プラントが並んでいた。

 ラムリーザが事情を話すと、施設管理人も「わかった」と答えて、従業員を二人ほど回してくれたのだ。燃料のガソリンは扱いが危険だから、ラムリーザたちだけに任せるのは危ないと判断し、扱いに慣れた島民をよこしてくれたのだ。

 

 林の来た道を戻り、車に到着して燃料の補給が終わった時、太陽は西の空真ん中辺りまで移動していた。

 そして、空は徐々に曇り始めたのだった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き