さらばマトゥール島
8月11日――
新しい朝が来た。マトゥール島での最後の朝だ。
長かったキャンプもこれでおしまい。朝の支度をする面々の口数が少ないのは、その寂しさから来るものだろうか? それともただ単に眠いだけだろうか?
「ラム~、頭がぼんやりするよぉ~」
ソニアは眠いだけのようであった。
コテージの広間に荷物を集め、忘れ物は無いかラムリーザは念入りに確認をしておいた。
「金塊、砂金、金が多いなぁ」
ミーシャは、金の塊と瓶に入った金の粉を眺めている。
「一度離れると、資源を輸送する定期便か、島の人が本土に移動する日ぐらいしか船が出てないので、なかなかこられないから忘れ物に気をつけてな」
「俺は青春と思い出をここに置いていくぜ!」
ジャンが何だかキザな台詞を吐くが、あまり反応はよろしくないようであった。
コテージに備え付けの物が多いということと、元々私物はあまり持ち込んでいないので、多少土産物が増えたぐらいである。
そこにコテージの管理人であるスーザンおばさんがやってきた。
「後一時間ぐらいで船が出るよ、コテージの後始末はこっちでやっておくから早く本館へ行きなさい」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
ラムリーザは、管理人のおばさんに挨拶とお礼を述べ、一同を率いてコテージかを出発した。
「いろんなことがあったよなぁ」
ユグドラシルは、懐かしそうにつぶやくのだった。
「一番の思い出は何かな?」
ジャンはそう尋ねてくるが、すぐにリリスから突っ込みを受ける羽目となった。
「あなたは思い出をコテージに置いてきたのではなかったかしら?」
「そっ、それは言葉のあやで、とにかく! 最初から振り返ってみよう!」
「あたしグンバゲンベリイでラムの操る飛空挺を撃沈させた!」
ソニアの一言に、ラムリーザ以外のメンバーは、頭にハテナマークを浮かべることになった。
「そこから思い出か? それキャンプの出発日の朝じゃないか」
「最初は何だっけ? サメ?」
「あたしラム兄にサメの肉食わされそうになった! というより、船から戻れなくなりそうになった!」
「階段を下ろさずに海に飛び込むからだ」
「それから海賊に襲われた?」
「いやあれは島民の演技だったろ?」
「気がつくまでビビって逃げ回っていたくせに」
本館までの道すがら、次々に思い出話を語り盛り上がっていった。
「スイカ割りは、手加減しないラムが破壊した。あとソフィーちゃんに叩かれた」
「あっ、あれはリリスさんの策略で――っ」
ソフィリータは慌てて弁明する。
「それから何をしましたっけ、ハッキョイ大会?」
「あれはリリスがずるい人間だということがよく分かったイベントだった!」
ロザリーンが持ち出した話題に、ソニアはリリス下げで噛み付いた。試合数がどうのこうので揉めていたっけ?
「でもああいった日程表を組む場合が現実にあるから、私は間違っていないわ」
「なんで日程表に細工して、消化試合数がずれるような仕組みにするんでしょうか?」
ロザリーンは不思議がるが、リリスは真似て試合表を作っただけで、その意図までは分かっていない。ただ単純に勝数だけで勝負して、ソニアの全試合数を少なくしただけだ。逆にリリスは多かった。
「のだま拳は……、ノーコメント」
これは酒の勢いで無茶苦茶になったイベントだった。
「それから砂金集めして、金塊探し?」
「あの探検にはまだ続きがあるみたいだけど、それはまたの機会にね」
謎の呪文が書かれた四枚の石版を解読して探し当てた金塊の山。しかしその金塊の間で新たな石版を発見し、他にも宝があるかもしれないことを匂わせていたのだ。
「あっ、リリスが鉄球をパンツの中に入れてきた!」
そんな中、ソニアはどうでもいいことを思い出しているようだった。
とにかく皆は、夏休みを十分に満喫していた。これでもかと言うぐらいに。それでも夏休みの全日程のまだ半分だけしか経っていないのだから、まだまだ楽しめそうである。
ラムリーザたちが本館に到着した時、既に整頓が終わって中はさっぱりとしていた。ここに居た者は、既に港へ向かっているようだった。
本館から港はさほど遠くない。一同はそのまま本館を素通りして、港へと向かっていった。
「ところで、洞窟で見つけた赤い宝石は何だったんですのね?」
ユコは、島の内部にあった洞窟の奥にあった宝を気にしているようだった。あの時は持ち帰るのは危険と判断してそのまま置いておいたが、それ以降結局何の調査もしていない。
「気がかりと言えば気がかりだけど、後日の楽しみを残しておくのもいいじゃないか」
ラムリーザは、またこのメンバーで島に来るのかどうかわからないが、全てやりつくすのではなく何かを残しておこうと考えたわけだ。
港では、船の前で既にラムリーザの母親たちが待っていた。
「全員来ましたか? 置いてきぼりは居ませんか? ソニアもちゃんとついてきましたか?」
メイドのナンシーが、確認を取ってくる。
「なんであたしだけぼんやりさんみたいなこと言うのよ!」
「それだけお母さんに気をかけられているのだよ」
ラムリーザは、いきり立つソニアを後ろから抱えて優しく言ってやった。
「ソニアは南に行くと言って、真下に穴を掘って進んでたことがあるからね」
リリスは本当かどうかほからないことを言うが、ソニアは怒ったように「そんなことしたことない!」と叫ぶのだった。
船に全員乗り込み、いよいよマトゥール島とのお別れの時がやってきた。
波止場には、副管理人のメナードを始め、暇な人が何人か見送りに来ている。そして船には、何人か島民も乗っていた。交代制の休暇で本土に戻るのを、ついでに同じ船に便乗させてもらったわけだ。
「こんな時、紙テープをお互いに持っているんじゃないのー?」
ミーシャは、港にカメラを向けながらそんなことを言っている。
「媚び媚びミーシャが島に残って紙テープ持っててよ。あたしが反対側を船から持っていてあげるから」
ソニアはどさくさに紛れて、ミーシャ置いてきぼり事件を引き起こそうとしていた。
「バカなことはやめるんだ」
リゲルはソニアを睨みつけてそう言うのだった。
船が動き出した。
三週間近く過ごしたマトゥール島の波止場から、船は少しずつ離れていく。
「マトゥール島さようならーっ!」
ソニアは、船の後ろから少しずつ遠ざかっていく島へ手を振って叫んでいる。
「はぁ、終わっちゃいましたの」
一方ユコは、しんみりモードだ。
「この時間が、キャンプに行く度に毎回思う一番寂しい時間なのですよね」
ソフィリータも同意して、ユコの肩に手をやった。
「なあ、来年も来られないのか?」
その一方で、ジャンはラムリーザに訪ねてみる。こんな島だったら、毎年のようにキャンプに行きたいものだ。
「どうだろうか、別荘は他にもあるし、その時が来たら母と相談してみるよ」
しかしそろそろ親離れしてラムリーザ自身の意志で、別荘の行き先を決められる日も近そうだ。
「あ、そうだな。俺はリゲルの別荘にも行ってねーし。先にそっちでもいいかな」
ジャンはリゲルの方を振り返ってそう言った。
「俺の所は新しいルールが決まってな、ちょっと厳しいぞ」
「なんだなんだ?」
「体のパーツに緑色が多いものは、うざいから来てはならないことになっいてる」
ジャンはぷっと笑って、その該当者の姿を探したが、その本人は島に向かって大きく手を振り続けていた。
マトゥール島はだんだんと小さくなり、やがて水平線の彼方に点だけになってしまった。そして完全に見えなくなるまで、ソニアは一点を集中的に見つめていたのであった。
島が完全に見えなくなると、とたんに全員だんまりモードに突入してしまった。
皆楽しかった思い出を振り返り、いろいろと感傷に浸っているのだ。
島で十分に泳いだので、帰りの船で泳ごうと言い出すものは居ない。皆デッキで横になって、青い空を眺めていた。さらに言えば、ここに来てキャンプの疲れが一気に出たというのもあるだろう。
ラムリーザとジャンの二人は、船尾付近に設置されてあるデッキチェアに並んで寝転がり、今後の予定を話し合っていた。
「来週から、ユライカナンツアーを始めるから、体調管理はしっかりしといてくれよ」
突然ジャンは、聞きなれない言葉を発してくる。ユライカナンツアー?
「ツアーって? ユライカナン?」
「まぁ首都とかで大掛かりなものをやるほどじゃないから大丈夫。サロレオームでこの前ライブやっただろ? そこを中心に、その近辺の会場や公園などを数日間異動しながらいろんな場所でライブをやる企画だ」
「なっわっ、それは大変だろう?」
唐突な話に、ラムリーザは多少声が上ずった。
「段取りは俺が全部仕上げるから、ラムリーザたちはいつもどおりに演奏してくれたらいいよ」
「あーそれ、俺パス」
二人の会話が聞こえたのか、レフトールが割って入ってきた。
レフトールは、夏休みの前半をマックスウェルとだけ南の島で遊んでいた。後半は、他の子分皆との交流を深めたいと考えているようだ。
「自分もちょっと夏休みの後半は予定が立て込んでいて……」
続いてユグドラシルも参加を取りやめた。なんでも生徒会メンバーでのイベント企画が入っているようだ。
二人とも、ラムリーザたち以外にも交流があるのだ。
「そういえば、もうすぐリリスの誕生日だ」
さらにジャンは、思い出したかのように付け加える。
「覚えていたのね」
それを聞いて、リリスは嬉しそうな笑みを浮かべる。
残念ながら、ラムリーザは忘れていた。というよりは、家の風習の違いによって、他人の誕生日を祝うといったものが無いので、まだまだ慣れていなかった。
去年は帝都のシャングリラ・ナイトフィーバーで大きく祝ってあげて、リリスが過去を振り切るきっかけとなったイベントでもあった。一方ソニアはひどい目にあっていた、自業自得だが。
「今年はどうしてくれるのかしら?」
リリスも誕生日を祝ってくれると嬉しいらしい。ジャンの傍に行って、期待の視線を向けている。ジャンにとって、リリスの中での株を上げるチャンスだ。
「今年は俺の店、二号店でパーティをやろう」
「僕も出なくちゃダメかなぁ?」
「ん~」
ジャンはそこで考え込む。ラムリーザの家風を知っているので、これまでにほぼ参加していなかったが気にしていなかった。去年はたまたまライブと同じ日程だったので、参加したようなものと考えていた。
「あなたも出るべきよ」
リリスはラムリーザをじっと見つめながら言った。それを聞くとジャンも「ん、出ろ」と言うのだった。
「来年はお前の誕生日パーティもやってやるさ」
「いや、それは別にいいけど……」
ラムリーザは口篭るが、ジャンは「いいさ、いいさ」といって、なし崩し的に来年の計画まで立てようとした。
その内、ラムリーザとジャンの周囲も静かになった。こうなると、船の上はシンとしたものだ。波の音と船のエンジン音ぐらいしか聞こえない。
「なんだかしんみりですの」
ユコがぽつりと漏らした。改めて、楽しかったキャンプ生活は終わったのだなと実感する。
「終わりがあるから楽しいの。終わりが無ければ永遠、永遠なんていつか退屈になるだけ。終わりがあるから人はその日その日を精一杯生きるの。昨日は今日の思い出、今日は明日の思い出。思い出の数だけ人は生きる意味を見出すの。思い出をくれたことに感謝します」
適当なメロディに合わせて、ミーシャは何だかすごく真面目なことを歌い上げてしまった。
「なにその歌、聞いたこと無いですわ」
ユコの言葉にミーシャは、「今の気持ちをそのまま歌ってみたのー」と答えた。
「媚び媚びミーシャの癖に詩人。でも詩人は全ての武器が使えるから、魔女のリリスよりはずっと優秀」
ソニアは少しよく分からないことを言うが、ミーシャはさらに歌を続けた。
「終わりは新しい出来事の始まり。終わりが無ければ同じことの繰り返し。繰り返しなんて退屈なだけ。人は終わりがあるから新しい一歩を作り出せるんだ」
「なんだかカッコいいこと言ってますの。これミーシャ作詞にして、私作曲してみますの」
ユコは、ミーシャの歌詞ではないが、新たな一歩を作り出そうとしているようだ。
「ミーシャが歌詞書いたから、ミーシャが歌うの。レコードのA面で人気ナンバーワンになるの」
「絶対ダメ!」
ソニアとリリスは口を揃えて否定し、ミーシャの自作曲も奪う気満々なのであった。
船は黙々と北を目指している。
船上で一泊して、明日には本土に到着するだろう。
しかしこの時本土では、大量発生したゾンビが橋の上などをブラブラと大変な騒ぎに――そんなことは、全く無いのである。
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