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くるみ割り人間

 
 9月2日――

 

 エルドラード帝国の首都、帝都シャングリラにそびえたつ城ルテイザー・キャッスルにて。

 四代目皇帝エドウィン・ハッブル・エルドラードの思いつきで、とある試みが実施されていた。

 曰く――

「帝国に尽くしてくれておる貴族に、褒章と明確な地位として爵位を授ける。ラムニアスを呼べ」

 皇帝は、この試みを実現させるために宰相の名を呼んだ。

 

 

 朝食時食卓にて、夏休みも終わり今日から再び学校が始まった。

 一ヵ月半ぶりに着る制服に、早速ソニアはこれ嫌いと文句を言ってくる。

「ソニア姉様は、制服が嫌いなのですか?」

「制服じゃないよ、どうせ靴下が嫌いだってことだよ」

 ソフィリータが不思議そうに訪ねてくるので、ラムリーザは補足しておく。

「そうよ、もうこんなの履きたくない」

「そうですか? 私は気に入ってますけど」

 ソフィリータの反論に、ソニアはキッとにらみつけて言い返す。

「ソフィーちゃんは、鍛え上げてごつい足を隠すために履いているだけ。あたしの奇麗な足を隠すのはもったいないってラムも言っている」

 そして何故か、ラムリーザに話を持っていく。ラムリーザは、「言っとらん」と短く答えて、一人黙々と朝食のパンにかぶりついていた。

 要するに、最初にラムリーザが言ったように、学校が始まって久しぶりに着た制服で、ソニアのサイハイソックス嫌いが再発しただけである。

 朝食が終わって食堂から出ようとしたとき、ラムリーザは母親のソフィアに呼び止められた。

「今日は帝都から大事な話があるので、なるべく寄り道をせずに早く帰ってくること」

 とまぁ、そんな具合の朝であった。

 

 屋敷を出て、ラムリーザはソニアとソフィリータを従えてフォレストピアの駅に向かう。この地に来てから数ヶ月が過ぎ、三人で通うのも日常となっていた。

「ソフィーちゃんはどうしてそんなの我慢できるのよ」

 屋敷の敷地を抜けて、町へ続く一本道。竜神殿の隣を通りながら、ソニアはソフィリータに尋ねてくる。

「そんなのですか?」

 ソフィリータがきょとんとしているので、ソニアはソフィリータの足に手を伸ばす。ソフィリータはソニアの手が近づいてきたので、バックステップを取るような形で距離を取った。島キャンプでのプロレス大会、あの時にソニアから食らった変態攻撃は忘れていないようだ。

「蹴りを放つとき、直接足をぶつけるよりも間に何か緩衝材を挟んだほうが、自分の足に来る衝撃を抑えてくれますよ。バクシングでも拳を保護するためにグローブはめるじゃないですか。それの足版みたいなものですよ」

 それでも、普通に持論を聞かせる。

「そんな薄い布で保護なんてできない」

 ソフィリータは説明するが、ソニアは納得いかないようだ。

「すねとサイハイソックスの間に薄くて硬い繊維質のものを挟めば、蹴りの威力も上がりますよ。これだとすねだけでなく、膝や太股も保護できますし。あとやっぱり筋肉質の足を晒すのは……」

「むー、だったら長ズボン履け」

「長ズボン履いたら負けだと思っています。ソニア姉様もいつも無茶苦茶短いスカート履いているのもそういうことでしょう?」

「違う! ラムがあたしの足を見ていたいというからなの!」

「そんなことは一言も言ってない」

 突然ソニアがまたラムリーザに振ってきたので、短く答えて否定しておいた。

「何よ、リゲルみたいな口調で言って!」

 そんな会話をしながらも、フォレストピアの町中心部に到着。少し離れた所に、バクシングジムのレサーワイルドが見えてきた。ジムの前では、経営者のゴジリが掃き掃除をしている。

「ゴジリさん、おはようございます」

「おう、領主さんおはよう。ソフィリータも一緒か、今日も元気かい」

「あ、はい。完璧です」

 ソフィリータは、得意な蹴りに加えて拳の戦いも強化させようと、このジムにちょくちょく通うようになっていた。

 そこでラムリーザは、ジムの前にある看板に、バクシングだけでなく、キックバクシング、プロレスと書いてあるのに気がついた。

「あれ? プロレスもやるようになったのですか?」

「今の所この町にはジムのような場所はここだけだからな。当面は方針をちょいと変えて、広く浅くやっていこうと考えたものだ。リングを使った競技全般ってところだね」

「ならあたしはソフィーちゃんとプロレスするの?」

「嫌です」

 ソニアの提案を、ソフィリータはキッパリと断る。やはりキャンプでの出来事は忘れていない。

 それほど時間がないので、ゴジリとの会話は早々に切り上げて駅へと向かう。ゴジリさんに捕まって、などという遅刻の理由は認められないだろう。

 駅に到着し、電車待ちのジャン、リリス、ユコと合流。ここでラムリーザとジャン、ソニア、リリス、ユコ、ソフィリータの二組に分かれてしまうことに、ジャンは若干不満げだ。

 そしてポッターズ・ブラフの駅で、逆方向からやってきたリゲルとロザリーンと合流。駅の外ではミーシャが待っていた。ミーシャは桃栗の里から直接学校に行かず、こうして駅に向かってから皆といっしょに登校する事が多い。

 ここではラムリーザとジャンとリゲル、ソニアとリリスとユコとロザリーン、ソフィリータとミーシャの三つのグループに分かれる事が多い。男女後輩と奇麗に分かれるのだ、やはりジャンは不満げだが。

 久しぶりの登校とは言え、休み前と何ら変わりない日常が繰り返されるのであった。

 ちなみにレフトール一味は、朝のホームルームの時に顔を出すことはほとんどない。子分達とどこかでふけているのか、出てくるのは早くて二時間目以降だ。

 

 ホームルームまでのちょっとした空き時間。いつもの席につくと、ラムリーザの後ろに居るリゲルが肩をつついて呼びつけてきた。

「おい、珍しいものをまた仕入れてきたぞ」

「チョコレートかな?」

「そんな高級嗜好品ではない。まぁちょっとした木の実だ」

「木の葉と言えば、カミソリという木の葉かな?」

「葉じゃない、実だ。それにカミソリの木の葉は鮎という魚のことな、これ覚えておけ」

 といった具合に少しばかりよく分からない会話のやり取りがあった後、リゲルは持ってきた袋から何かを取り出した。親指と人差し指で挟めるぐらいの大きさをした木の実。硬い殻に覆われている。

「あっ、クルミだっ」

 丁度ラムリーザとリゲルのやり取りをなんとなく見ていたソニアは、リゲルの出してきたものを瞬時に理解して、ラムリーザからすばやく奪い取ってしまった。

「あら、クルミですのね」

「私にも頂戴よ」

 即座にリリスとユコも気がついて、リゲルにねだってくる。リゲルは仕方ねーな、と言った感じで、クルミの入った袋を皆が取れる位置に置くのであった。

 早速クルミを手にするソニア達。しかしリゲルの持ってきたクルミは殻に覆われたままのもの。すぐに大事なことに気がつくこととなった。

「クルミ割りが無いと殻を割れないよー」

 ソニアは、殻付きクルミを持った手をぐるぐる振り回して困ったように言う。ユコは机の上に置いたクルミに拳を振り下ろしてみたが、痛いだけで割れない。それを見たリリスは辞書で叩いてみたが、角で叩いても上手く割れない。

「そうだ、いい方法があるわ。ソニアあなた試してみなさいよ」

「何よ!」

 リリスは、自分の持っていたクルミをソニアの胸元に近づける。ソニアはすぐに胸を手で隠す。

「あなたの胸の間にクルミを挟んで、両側から押しつぶすことによって殻が割れるわ。やってみなさい」

「そんなので割れるわけがないじゃない! もう、リゲルのいじわる! 食べられない食べ物を持ってきた!」

 ソニアはリゲルに悔しそうな視線を向けて吐き出すように罵った。食べられない食べ物という表現は、なんだか変な表現ではあるがこの際気にしない。

 それでもリリスは思いついた方法を試すことに熱心なようで、手を伸ばしてソニアの着ているブラウスの胸の部分のボタンに手をかけた。去年までは通常サイズのブラウスを着ていたので、胸が大きすぎてボタンが留まらない状況で、常にその巨大な胸を半分さらけ出していたが、今年に入ってからは特注のブラウスを仕立ててもらい、普通に隠れている。若干乳袋気味になっているが、半晒しよりはマシだ。

 ソニアはすぐにリリスの侵入に気がつき、持っていたクルミを投げつけた。クルミはリリスの額にぶつかって大きく跳ねたが、床に落ちる前にラムリーザがキャッチして受け止めた。そのままラムリーザは、クルミの殻を握りつぶして中身を取り出して口に運んだ。

「あっ、ラムが食べた!」

 見ると、リゲルはラムリーザに一粒渡して割ってもらい、リゲル自身も何食わぬ顔で食べていた。

「二人だけずるい!」

「どうやって殻を割ったのかしら?」

 リリスはソニアの胸に侵入するのは中断して、ラムリーザの行動を凝視する。ラムリーザは、袋の中からクルミを取り出すと、殻に指を立ててその力で割っていた。

「ずるい! あたしのも割って!」

 ソニアは自分の持っていたクルミは投げ捨ててしまっていたので、リリスの持っていたものを奪ってラムリーザに差し出した。そしてラムリーザに殻を割ってもらい、ようやくクルミの実にありつけたのだった。

「贔屓はだめよ」

 リリスは新たにクルミを手に取りラムリーザに差し出してくる。しかしその腕を掴んで引き戻したのはジャンだった。

「リリス、お前のは俺が割ってやるよ」

 ジャンは笑顔を浮かべてリリスにクルミを渡すよう促す。リリスはくすっと笑って、ジャンに持っていたクルミを差し出した。

「クルミ割り人形というものがあってだな――」

 クルミを受け取ってジャンは、両手で持って爪を立てて割ろうとする。なんだかもそもそとやっているうちに、徐々に表情が苦笑いへと変わっていく。

「どうしたのかしら? 早く割ってちょうだいよ」

 リリスはジャンを急かす。

「ここまではうまくいっているんだ。ちょっと待てよ、えーと――」

 ジャンはクルミを手のひらで挟んでグルグルと回している。むろんそんな方法で割れるわけが無い。

 その時、リゲルが何も言わずにジャンの方へクルミをもう一つ投げてよこす。ジャンは急に飛んできたクルミだが、なんとかすんでのところで受け取る事ができた。

「何だよ急に」

「一つだけで割れるのは化け物ぐらいだ。その殻の堅い凸部分を合わせて握ってみろ」

 ジャンはリゲルの言った意味がよく分からなかったが、言われた通りに二つ持って力を込めて握り締めてみた。その結果パキッと鳴り、クルミの殻は二つとも上手く割れたようであった。

「おおっ、どうだ? ほら、割ってやったぞ」

 なんだかよく分からないが、結果よければ全てよし。ジャンは得意気にリリスへクルミの中身を渡してあげた。

 一人中身にありつけていないユコは、ラムリーザに自分の持っていたクルミを渡そうとする。

「ダメ! ラムのクルミ割りはあたし専用!」

 しかしソニアに凄い剣幕で怒られてしまう。そしてソニアも新たなクルミをラムリーザに差し出すのであった。

 ラムリーザは何も言わずに二人から二つのクルミを受け取り、それぞれ片手に持ってソニアとユコの目の前へと突き出した。そして同時に、二人の目の前で殻を握りつぶしてしまった。

「こっ、怖いですの!」

「怖かったら食うな!」

 ユコは怯え、ソニアはそのユコに文句を言う。しかしユコは、割れた殻を取り除いて実にありつけて、「怖いけどおいしい」と言うのであった。

「そういえば、聞いたことがあるわ――」

 その時リリスは、まるでどこぞの解説役のような口調でぽつりと言った。

「何よ」

「クルミの実を搾って作った油は、とてもよく効く火傷の薬になるのよ」

「ふーん」

 ソニアは、最初は興味を示したようだが、火傷の薬には興味が無いようだった。

「そこで、本当に薬になるかソニアで試してみましょう。まずソニアの尻を燃やしてから――」

「いっ、嫌よ! リリスが魔女みたいにいっひっひっいっひっひっ笑いながら壷でお湯を煮て、その中に顔を突っ込んで火傷したらいいじゃないの!」

「尻が嫌ならその無駄にでかいおっぱいでもいいのよ――あいたっ!」

 ソニアの投げつけるクルミが、リリスの額に再び命中した。

「そういえば、帝国貴族の位が決まるらしいぞ」

 しょうもないことでギャーギャー騒いでいるソニアやリリスは置いておいて、リゲルはラムリーザに話しかけてきた。

「あ、その話かな? 朝出かける前に、母から大事な話があるって聞いていたよ」

「といっても普段の生活には影響無さそうだけどな」

 この地方でラムリーザの知っている貴族階級の家柄と言えば、リゲルの所とロザリーンの所。後はケルムの所やニバスの所が該当するだろう。去年、オーバールック・ホテルで見かけた人物が、それに該当する。

「位付けして意味があるのかな?」

 ラムリーザの問いに、リゲルはあまり興味が無さそうに答えた。

「わからん。俺には単なる皇帝陛下のお戯れでしかないと思うけどな」

 そこでラムリーザがふと振り返ると、ソニアとリリスは互いにクルミを投げつけあっていた。

 ラムリーザはいつもの光景にくすりと笑い、リゲルは冷めた視線で二人を見ながらクルミの入っている袋を片付けるのであった。

 こうして、新たな日常が始まった。
 
 
 
 
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