体育祭の練習

 
 11月6日――
 

 今日は、体育の授業で体育祭に向けた練習を行っていた。

 ラムリーザとジャン、リゲルにレフトール、マックスウェルといったいつものメンバーは、運動場の端にある校旗を掲げる棒の下に集まって雑談中。

「今年の騎馬戦は、手駒が揃いまくっててやりやすいぜ」

 そう言っているのはレフトール。普段はあまり授業に顔を出さない不良のくせに、騎馬戦の時になると普通に現れる。これだけはレフトールの楽しみでもあった。

 去年はラムリーザたちとレフトールは別のクラスで敵同士だったが、今年は同じクラスとなっていることもあって、レフトールの作戦立案にラムリーザの存在も加わっていた。

「去年はラムさん封じでラムさんの力を無力化してやったが、今年はラムさん封じ返しを考えよう」

 レフトールの言っているのは、ラムリーザが去年騎馬戦で向かい合った相手を力でねじ伏せようとして居たところを、レフトールの指示で襲われている者を囮にして背後からラムリーザのハチマキをうばってやるというものであった。

 たとえラムリーザに石を砕く握力があって、それで相手を封殺したとしても、背後まではカバーしきれない。単純な作戦だが、単純ゆえにあっさりとレフトールにしてやられたのが去年だ。

「集団戦に個人の武勇なんてあまり関係ないからな」

「そういうこと。でも一騎打ちの総当たり戦は、ラムさんと俺で二勝は約束できるってのもあるけど――おうわっ?!」

 突然レフトールの背後から大きな玉が転がってきて激突。レフトールはつんのめってラムリーザに飛び掛かってくる。思わずラムリーザは、レフトールの顔面をつかむ。

「わったた、待った待った、顔つぶれるつぶれる――って誰だコラァ!」

 レフトールは慌ててラムリーザの顔面攻めから逃れると、背後を振り返って怒鳴りつける。しかし目の前にあるのは白い大きな玉だけ。その玉を横に弾き飛ばすと、後ろにはソニアが控えていた。

「おっぱいちゃんか! 何しやがるんだ!」

「練習しようよ!」

 ソニアは一緒に大玉転がしに出るラムリーザを誘いに来ただけだ。ただ玉を転がせたのは良いが、勢いがつきすぎていて止まらなかったので、とりあえず丁度進行方向に居たレフトールにぶつけただけだった。

「んじゃ、ちょっと行ってくる」

 ラムリーザはソニアと並んで大玉を転がして去って行った。

「それじゃ俺もリリスと二人三脚の練習するか」

 ジャンはユコと雑談しているリリスの所へと向かって行った。

 ちなみにユコは何に参加するのかと言えば、キャタピラー競争――いわゆるダンボールクローラーに選ばれてしまっていた。

「無駄に疲れるだけですの」

 ユコは、手に持った大きなダンボールを見ながらつぶやいた。ダンボールは円状に繋ぎ合わされていて、その中に入って四つ這いで走って競争するといった競技だ。

 リゲルとロザリーンはそれぞれ徒競走に出ることになっているので、練習と言えば短距離ダッシュを繰り返すぐらいだった。ロザリーンはそれなりに活躍するだろうが、リゲルは苦労することだろう。

 ラムリーザとソニアは、大きな玉を転がしながら、運動場を適当に縦横無尽に走り回っていたが、そのうちコースに沿って走ってみようという話になった。実際の競技では、コースに沿ってまっすぐ走ったり、カーブを曲がったりしなければならない。

「まずはまっすぐ、行くぞ」

 まっすぐの道はそれほど難しくない。二人の速度を合わせて進めばいいだけだ。

「よし、カーブだ。ソニアは少し速度を落として」

 ラムリーザは、コースの内側にいるソニアに指示を飛ばす。しかしソニアは、「えっ? えっ?」と声を殺して泣く――じゃなくて戸惑っているだけだ。

 結果、あっさりとコースアウト。

 丁度トラックの内側で二人三脚の練習をやっていたジャンとリリスが、ソニアの失態を間近で見ることとなった。

「へたくそやのぉ」

 ジャンがニヤニヤ笑いながらつぶやいたのを、ソニアは聞き洩らさなかった。

「笑ったな?!」

「はーっはっはっ」

 ソニアが怒ったので、ジャンはさらにわざとらしく笑ってみせる。

 ソニアは大玉の後ろに回ると、ジャンの方向めがけて突進した。このままジャンに大玉をぶつけてしまう気だろう。

 ジャンはソニアのわかりやすい攻撃を、かわそうと横にそれる――が、足をリリスと結びつけていたのであまり動けない。しかもリリスは自分が避けようとジャンと反対側に引っ張る。その結果、ジャンは大玉の真正面に立つこととなってしまった。

「ちくしょう! こんなもの!」

 ジャンは大玉を正面から受け止めようとするが、大玉とソニアの体当たりを同時に食らったようなもの。後ろに尻もちをついて倒れてしまった。

「やったー!」

 してやったりといった表情のソニアと、くすっと笑うリリス。結果的にリリスはソニアのアシストをして、ジャンに攻撃することとなっていた。なぜか時々ソニアとリリスのコンビネーションが炸裂することがあるものだ。

「遊んでないで、コーナーの練習をするぞ」

 ラムリーザは、座り込んでいるジャンをさらに下から顔をさかさまにして見上げるようにしてからかっているソニアを引っ張って立たせると、大玉を転がしながらコーナーの入口へと戻っていった。

 しかしソニアがついてこない。

 ラムリーザが振り返ると、ソニアはリリスに近づくところだった。

「何かしら?」

 リリスは首をかしげて近づいてくるソニアに尋ねる。

「ちょっといいこと思いついた」

「え?」

 リリスはソニアの視線が自分の下半身に向いているのを察して警戒する。果たしてソニアは、リリスの太ももに手を伸ばした。

 リリスは素早く飛び避けようとしたが、先ほどと逆で足をジャンと結ばれていて動けなかった。そしてリリスの予想していた通り、ソニアの手はリリスの履いているサイハイソックスの太もも部分の履き口に手を掛けられ、そのまま一気に足首辺りまでずり下ろされてしまった。

「ちょっと何すんのよ変態乳牛!」

「おおっ、ニーソも良いけど生足も悪くないな」

 ソニアにずらされた方の足は、ジャンと結ばれていたのでリリスの生足を間近で見つめることができたジャンは、なんだか嬉しそう。そして二人に嫌がらせのできたソニアは、意気揚々ラムリーザの元へと戻っていった。

 ソニアは見逃さなかったのだ。コーナーで失敗したソニアを笑うジャンの隣で、同じくくすりと笑ったリリスを。だから報復しておいたのだ、意味のない嫌がらせで。

「もー、なによあのエル魔人……」

 リリスはぶつくさ文句を言いながら、ずらされて団子状態に盛り上がっている靴下に手を掛けた。

「俺が直してやろうか?」

 ジャンの何気ない提案に、リリスは「任せるわ」と言って座ったまま後ろに手をついて空を見上げて大きく伸びをした。ジャンは感激のあまり、目に涙を浮かべながらリリスの足へと手を伸ばす。

「ジャンさん変態ですの。あ、エロトピアでしたのね」

 ちょうどダンボールキャタピラーで傍を通りかかったユコが、震える手でリリスのサイハイソックスを持ち上げるジャンを見て、呆れたようにつぶやいた。

「ジャンは悪くないわ。変態はあのミドリムシよ」

 ソニアはミドリムシにまで退化させられてしまっていた。

「良いことを教えてやる、これがハイソックス」

 ジャンは、リリスの靴下を膝下まで持ち上げてから言った。リリスとユコは、ぽかあんと見つめている。

「そしてこれがニーハイソックス」

 ジャンは少し持ち上げて、膝頭を覆う程度まで持ち上げてから言った。

「そんなに力説されなくても、知ってますけど……」

「いいえ、なんだかジャンの講座を聞いてみたいわ」

 リリスとユコ、正反対の反応を見せている。リリスが好意的なので、ジャンはさらに調子づいて、今度は太ももの半ばから少し下の辺りまで持ち上げた。

「そしてこれがオーバーニーソックス。この辺りまで持ち上げると、絶対領域を形成できるのだ」

「ジャンさん、気持ち悪いですの」

「なんだかかっこいい響きね、くすっ」

 同じエロトピアでも、人によって受け方が違うものだ。そしてリリスの履いている靴下は、まだ少し持ち上げる余裕があった。そこでジャンは、最後まで上げきる。

「一番長いタイプがサイハイソックス。ここ数年前から流行りのようで、制服の指定のある学校では取り入れられることが多い、と」

「変態エロトピア」

「講座ご苦労様、くすっ」

 ユコは呆れた顔で首を振ってから、再びゴソゴソとダンボールキャタピラーを操りながら這い去って行った。

 ジャンが靴下講座をやっていたころ、ラムリーザとソニアは大玉転がしのカーブを練習中。全力で転がすのではなくて、スピードを落として綺麗に曲がることができるようにするところから始めて、徐々に速度を上げていた。

 こうして地道な練習を繰り返していくことで、二人は結構大玉転がしを上達できたのかもしれない。

「よし、最後は全力ダッシュでやってみて、それが終わったら次のグループと交代しよう」

 クラスで大玉転がしに参加するのはラムリーザとソニアだけではない。他のグループも待っているので大玉を独占するわけにもいかないので、最後に一回飛ばして終わりにすることにした。

 直線コースで大玉を突きながら全力疾走、そしてカーブに差し掛かる。

 内側のソニアは少し速度を落として、外側のラムリーザは少し速度を上げる。カーブも練習できたのでスムーズに曲がっていく。

 しかし全力疾走に近い形で走っていたので、ちょっとしたミスでラムリーザとソニアの膝がぶつかりあう。外側から押される形でソニアは転倒、ラムリーザも転倒したソニアに足を絡められてそのまま転がってしまった。

 大玉はころころとコースアウトしてトラックの外、リゲルとロザリーンの居る辺りまで転がって行ってしまった。

「あーん、膝打った、痛いの!」

「ごめんよ、でも膝がむき出しじゃなくてよかったな」

「やだ、この靴下嫌い」

 なんだかグダグダで終わってしまったが、今日の練習はここまででいいだろう。ラムリーザは大玉を次のグループに譲って、邪魔にならないようトラックの内側に入り込んで休むことにした。

「風船が邪魔で足元見えずに転んだのね、くすっ」

 その横を、ジャンとリリスの二人三脚が横切り、その最中にリリスが一言余計なことを言ってそのまま走り去ってしまった。

「ジャン! 吸血鬼の傍にずっといたら、吸血病が移るよ!」

 膝が痛いので、ソニアは追いかけずに嫌味を言い返すだけだった。

 ラムリーザは周囲を見渡して、仲間たちの姿を確認してみた。

 ソニアはひとしきりリリスを罵った後で、何事も無かったかのようにラムリーザの隣にぴとっと引っ付いてくる。

 ジャンとリリスは、二人三脚で適当に走り回っている。

 リゲルとロザリーンは、運動場の隅でスタートの練習をしている。

 運動場を這いまわっているダンボールキャタピラーの中の一つにユコが入っていることだろう。

 レフトールは――いつの間にか姿を消していた。

 他のクラスメートと言えば、レルフィーナなどは練習してないで仲間たちと雑談ばかりしている感じだ。

 クロトムガとチロジャルは、ペアで出るようで男女混合二人組綱引きなどをやっている。

 夏も終わり、風も涼しくなってきたある日の風景であった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き