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唐突な話

 
 9月12日――

 

 ピクリスとの遭遇戦から二日が過ぎた。

 ラムリーザは、自分からはあまり近寄らないようにしていたし、向こうからも近寄ってこようとしなかったので、特に衝突は起こらずに淡々と過ごしていた。

 そしてこの日、昼休みにラムリーザは一人、校舎と校舎の間にある中庭で、一人ぼんやりと横になってのんびりとしていた。リゲルはロザリーンとどこかに行ったし、ソニアはリリスやユコとまだ昼食中だ。ジャンは、どちらかと言えば今はリリスに張り付き状態。ラムリーザとリリスではリリスを選ぶようになっていた。

 そんなことはどうでもいい。ラムリーザは、目をつぶって半分昼寝状態だった。

「ラムリーザ」

 その時、ラムリーザの近くで呼ぶ声を聞いた。ラムリーザは、ハッとして目を開ける。視界の隅に、苦手な人物を捕らえた。

「ケルムさん、えっと、こんにちは」

 ラムリーザは、身を起こしながらぎこちなく挨拶をした。

「そこは観賞用の場所です。芝生に入るなの立て札が見えませんでしたか?」

「えっ? そうだったっけ?」

 ラムリーザは慌てて立ち上がり、芝生から外に出ようとしたが、目に入った立て札にはこう書いてあった。

『芝生から出るべからず』

 ケルムから見ると、立て札の裏側になる。表には、おそらく『芝生に入るべからず』とでも書いているのだろう。つまり、一度禁を破って入ってしまうと、二度と出ることのできない魔境だったのだ。

「えっと、芝生から出るなって書いてあるよ」

 ケルムは、怒ったような顔で立て札の裏を見て、ため息をついた。

「また誰かのイタズラですね。それならそれでいいでしょう」

 こういったところは、ケルムが元々風紀委員を担当していたというのもあるだろう。細かいところまで思い通りになっていないと気がすまない、そんなところだろう。

 そこでラムリーザは、ケルムが一人ではないことに気が付いた。表面上ではお互いに無関心を装っているが、ある場所では顔馴染みとなった相手、ウサリギだ。彼とは、学校の裏山でよく見知った相手だった。

 ウサリギは、元々ポッターズ・ブラフ悪の双璧と言われていて、ケルムのボディガード二人集の一人だったが、レフトールの離反で今は一人だ。彼はラムリーザに関して、力が尋常ではないことに気がついていて、警戒しているところがあったりした。

 ケルムはラムリーザにウサリギをけしかけに来たのだろうか? いや、そうではなかった。

「ラムリーザあなた、今回の爵位の話は聞いていますよね? どうなりました?」

 ラムリーザは、やはりこの人はそこが気になるか、と思いながら答えた。

「えーとね、公爵だったかな。でも父親が公爵になって母親が公爵夫人になっただけで、僕はまだ未成年だから爵位とか関係ないから気にしなくていいと思うよ」

「やはりね……」

 ケルムは、険しい顔つきになる。彼女の家は、地方の貴族と言うことで伯爵号を授かっていた。

 その一方でラムリーザの家は公爵となり、皇室と関わりがあったりするはずだ。それはラムリーザの母親ソフィアが、現皇帝の姉であり、そういった関係があるのだ。昔ラムリーザの家系は、マトゥール島などの天然資源を基にした産業を持っていた。そこに目を付けた皇帝は、ラムリーザの父親に自分の妹を嫁がせるという形で自分の物にしたという過去があるのだろう。

 フォレストピアの開発も、フォレスター家にとって兄のラムリアースは跡継ぎとなる道があるが、ラムリーザは宙ぶらりんとなってしまうので、そのために新たに広大な領地を与えたような意味も含まれていた。

「ラムリーザあなた、このポッターズ・ブラフ地方の支配に興味は無いかしら?」

 ケルムは、意味深な問いを投げかけてくる。しかしラムリーザは、迷わずに答えていた。

「いや、僕はフォレストピアで十分だよ。ポッターズ・ブラフはケルムさんの物です」

 ラムリーザがそう答えた時、ケルムは少し歯軋りをした。静かな中庭にかすかに響いたその音を聞き取り、ラムリーザは「えっ?」と首をかしげる。

「なんでもありません」

 ケルムはすぐに、いつものすまし顔に戻って答えた。

 帝国に隣国ユライカナンとの交流都市の話が挙がった時から、ケルムは自分のヒーリンキャッツ家が新開地の開拓を任されると思っていた。しかし蓋が開けてみればフォレスター家が入ってきて、勝手に町の名前まで作ってしまっていたことに、ケルムは不快感を感じていた。

 そこに今回の爵位授与の話である。ケルムはラムリーザの家の強さを知ってから、作戦を変更することにした。ラムリーザを潰してしまうのではなくて、取り入れることにしたのだった。

「あなた、私と付き合ってみませんか?」

「えっ? 急になんで?」

 ケルムの突然の提案に、ラムリーザは驚愕しつつ思わずのけぞる。ケルムの瞳を見直すが、彼女は普段通りキリッとした、少し怖いような表情だ。

「近いうちに、計画を立てます」

 慌てふためくラムリーザをじっと見据えたまま、ケルムは毅然とした態度で言い放った。

「いや計画って、ちょっとま――」

「貴方は私についてくればよいのです」

 ケルムはラムリーザに話させない。ラムリーザはソニアが居るからそんなことはできないと言いたいのだが、それをさせてくれない。そもそも計画とは何なのか、そこが不気味だったりする。それに、ついてくればよいって何だそりゃ? ラムリーザは、口をパクパクとさせるしかできなかった。

「僕には――」

「楽しみにしておくのよ」

 結局ケルムは、最後までラムリーザに口を挟ませずに言うことだけ言って約束のようなものを取り付けると、すぐにきびすを返してしまった。

 ラムリーザは、ケルムの言うことがよくわからなかった。自分と付き合うように言ってくるが、ソニアがすでに居るのに強引に話を押し進めようとしてくる。

 その時、何故かリゲルの言っていた事が脳裏に浮かんだ。ユライカナンの文化にある、正室側室というもの。まさかケルムとソニアと、そういった関係を持てということなのか?

 否定しようにも、ケルムはウサリギを率いてすたすたと遠ざかっていく。今更追いかけるのも、なんだか妙な気がして、その後姿をぼんやりと眺めていた。

「そういえば、去年の今頃までは、レフトールもあそこに並んでいたのだよなぁ」

 ふと、そんな呟きが漏れる。

 ケルムは何も言ってこないけど、レフトールに去られて内心良い思いはしていないだろう。ラムリーザは、自分の知らないところでレフトールがケルムやウサリギとの確執を抱えているのだろうかな、などと思いをめぐらせていた。ただし、レフトールにはレフトールの考えもあるだろうから、ラムリーザからはその意思を重視して口出しはしていなかった。

「あーあ、ケルムさんはめんどくさいなぁ」

 ラムリーザは、再び進入禁止になっているはずの芝生に寝転がった。

 校舎の間から見える青空を見つめながら、ロザリーンやユグドラシルのハーシェル家がこの地方の領主だったら過ごしやすかっただろうなぁ、などと考えていた。もしもそうなっていれば、ラムリーザとリゲルとロザリーンの関係で、この地域一帯に強固な連帯を生み出せていたかもしれなかった。しかし、別の考えも存在する。

「でもロザリーンも真面目だしなぁ」

 ただし、それだとロザリーンがケルム化していた可能性も捨て切れなかった。

 なにはともあれ、皇帝陛下の気まぐれで爵位などと言うものが制定されてしまった。それがまた、ラムリーザの立場をややこしいものとしているようだった。

「あっ、ラム見つけた」

 そこに、馴染みの声が響いてきた。ラムリーザの一番大事な娘、ソニアだ。ソニアはリリスとユコを連れ、三人でラムリーザの所に現れた。

 ソニアは柵を乗り越えて芝生に入ろうとするが、ラムリーザに止められた。

「ここには入ってはいけないことになっているみたいだよ。そこの立て札を読んでごらん」

 ソニアは芝生に突っ込みかけた片足を引っ込めて、立て札を覗き込む。そこには『芝生に入るべからず』と書いてあった。

「でもラムは入っているよ」

「知らずに入ると間違いで済むが、知って入ると怒られるんだよ」

 ラムリーザは、ケルムとの話についてソニアに言いたくなかったので、あえて優等生振りを演じてソニアの間違いを正そうとする。しかしソニアは、立て札などお構いなく芝生に入ってきてしまった。リリスとユコも、一緒に入り込む。

「ねぇラム、さっきあの風紀委員とすれ違ったんだけど、何かあったの?」

「そうだ、ソニアは女爵の地位はどう? うまくやっているかい?」

 ラムリーザは、ソニアからケルムの話題があがったため、やや強引に質問返しをして話題を逸らした。

「ん~、何も変わらないかな」

 単純なソニアは、簡単に変えた話題に乗ってきた。だからラムリーザは、そのまま同意する。

「そんなものだよね」

 だが、次にソニアの言ったことは、ある意味深いものだった。

「ラムもそうだよ。ラムが公爵になっても、大魔王になっても、あたしにとってはラムはラムだから」

 ただし、いろいろと間違っているのが残念だ。まず前者、ラムリーザが公爵になったわけでも、将来的に公爵の地位を継ぐわけでもない。後者の大魔王については、説明無用であろう。

 それに加えて、ソニアがラムリーザと二人きりだったら、ソニアのラムリーザに対する愛を語った名場面――にもならないかもしれないけど――で終わったが、リリスとユコ、特にリリスが居たことで謎の展開に発展していく。

「女爵閣下!」

 リリスの言った閣下とは、男爵以上の貴族に対する呼び方だったりする。ただし、女爵というのはソニアの中にしかないものだから、この場合正しいのかどうか不明だ。いや、女爵の地点で間違っていると言えるだろう。

「なによ平民」

 ソニアの返しは、選民思想に凝り固まった冷たいものだった。と言うよりも、平民同士が意味も無い呼び方をしているだけ。しかしそれに対するリリスの返しは、ソニアにとって辛辣であり、それでいて正確な事情を述べていた。

「私は女爵って意味不明な爵位を僭称するぐらいなら、一介の平民である方がマシだわ」

「まっ――、なっ――」

 ソニアはリリスに言いくるめられて、顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせる。そこにリリスはさらに追い討ちをかけてくる。

「皇帝は帝国に一人だけ、だから尊いし希少価値。女爵も帝国に一人だから、ある意味希少価値を持った貴重品だわ」

「そっ、そうでしょうよっ! あたしも尊びなさいよっ!」

 ソニアは苦しそうにリリスに同意を求める。しかしリリスは、その言葉にも続きがあり、さらにソニアを陥れるものだった。

「皇帝陛下は帝国の最頂点におられる方。でも女爵はその反対で、帝国で最底辺の者に与えられる称号。奴隷よりも階級が低い、生きている意味の無い不思議な存在。くすっ」

「根暗吸血鬼は動物以下の存在! 人間ですらない汚らわしい悪魔!」

 結局ソニアは、リリスと共にラムリーザの傍に騒乱を引き起こすためにやってきたようだ。ただしリリスは落ち着いて煽っているだけなので、騒いでいるのはソニアだけ。いつもどおりだ。

 ラムリーザはそれでも、ケルムとの話を根掘り葉掘り聞かれるよりは、こうして賑やかに騒いでいるだけの方がいいかなと思い、ソニアの怒声を子守唄にして、再び目を閉じて休み始めるのであった。

 ケルムの計画というものも気になってはいたが、今は深く考えるのをやめることにした。

 青い空に白い雲が流れてゆき、昼休みの終了を示す鐘の音が響いた。お休みは、これまでだ。
 
 
 
 
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