親公認の仲にしてしまえば怖い物無し
3月20日――
「ソニアと別れちゃうのかなぁ……」
「それはあなたが決めることです」
昼下がりのフォレスター邸談話室。
先日言われたソニアの件で答えを出すために、ラムリーザは先日と同じ場所である母親ソフィアの元を訪れていた。そして、ごちゃごちゃと経緯を話しても長くなるだけなので、今は結論だけを語ることにした。
「決めました。次行くところに、ソニアも一緒に連れて行けるように取り計らってほしい」
「それは友人として?」
「恋人としてです」
「そう、決めたのね」
「はい……」
テーブル席に腰をかけているソフィアは、腕を組んでラムリーザを見上げていた。
「とりあえず座りなさい」
ラムリーザはソフィアに促されて、これも先日と同じく正面に置いてある席に座った。
実際のところ、ラムリーザは友人と恋人の線引きはよくわかっていなかった。昨夜恋人宣言したが、これまでやったことのないキスをしたぐらいで、それほど二人の関係は変わったようには思えなかった。だが、縁談とか伴侶という言葉を聞いて、ソニアとの関係を一歩進めてみただけなのだ。だから友人から恋人になったとして、二人の関係が劇的に変化するとは、この時は考えていなかった。
ただ、どうせこの先誰か一人を選ばなければならないことになるのなら、自分にとってはソニアが一番だと思ったのである。
「もう一度確認します。本当にソニアでいいのですね?」
「大丈夫です。これまで変わらなかった関係が、今後も変わることは無いと思ってます」
「ふむ……、いいでしょう。まぁ、とりあえずこの三年間様子を見ます。それでいいですね?」
「いいです」
「わかりました。ソニアの両親には私が話しておきましょう」
――三年間様子を見ます。
様子を見るということは、この春からの学校生活の間に最終決断を出せばいいということだろうとラムリーザは思った。ただし、そこにソニアを連れて行けないと、話が始まらないのだが。
「えーと、それでソニアも連れて行きたいのだけど」
「ええ、彼女も同じところに入学させるよう取り計らいます」
どうやらその心配はなさそうだ。
これからもソニアと一緒に居られること、そして新天地に一人で向かわなくてもよくなったこと。それは二重の意味で嬉しい事だった。
「それではソニアとの関係についてですが、どう考えていますか?」
「えーと……清い交際? いや……違うかな?」
ラムリーザはそう言ってみたものの、ソニアとは既に昨夜一緒に寝ているしなぁ、と思い直す。そんなことを考えながら、訂正する言葉を捜していたら、先にソフィアに話を進められてしまった。
「わかりました、当面は清い交際ということにしておきましょう」
「お、おう……」
結局その言葉がみつからないまま、この場はそういうことで収まってしまった。
それでも、夜、自分の部屋に直接ソフィアがやってくるということは、ここ数年では一度も無かったので、一緒に寝ていても気付かれることはないだろうと考えていた。それに、この数日間を凌げば、二人とも親元を離れていくのだから。
その日の夜、ソニアはソフィアに呼ばれて談話室に向かっていた。部屋には、ソフィアと執事とメイドが揃っていた。その執事とメイドはソニアの両親である。
ソフィアはテーブル席ではなくソファーに腰をかけていて、それを挟むように執事とメイドが立っている。
三人の視線を感じ、ソニアは緊張した足取りで部屋の中に入った。
「遅くなりました」
「別に構いません」
軽くお辞儀をしたソニアを、ソフィアはいつもの恍惚としたような視線で見ている。そしてその目に、ソニアは少し安堵感を覚える。ラムリーザの優しい視線とかぶるところがあるのだ。
ふとソニアは両親の方を見た。二人の方はソフィアと違い、真剣であり心配そうな目で見ている。その雰囲気の違いに、ソニアは違和感を感じていた。
「健康的で綺麗な脚ですね」
ふっと微笑を浮かべながらソフィアは語った。
ほぼ毎日のことなのだが、ソニアは脚を強調するのかいつも際どいミニスカートを履いている。それでいて、靴下などを履かずに素足なのだ。つまり、股下数センチ以下は、何も衣類をつけていない。
「それでラムリーザを虜にしたのかしらね、ふふ」
「ソ、ソフィア様、あたしはべつにそんな……」
ソニアは慌てて弁明する。別に誘惑とかを考えているのではなく、単にミニスカートが好きなだけなのだ。
「でも、上半身はぽっちゃりしているのね」
「ち、ちがっ……」
明らかにサイズが合っていないぶかぶかのニットを腹の辺りで弛ませて着ているので、スマートな下半身と比較して、モコモコとした上半身を見てソフィアは微笑む。
ソニアは顔を赤くして答えられない。実は太っているわけじゃないのだが、答えられない。
「本題に入りましょう」
ソニアは、ソフィアの口調が変わったのを察して、ソフィアの顔を見た瞬間思わず竦んだ。その目はいつもの恍惚としたような目つきではなく、金色の瞳が鋭い威光でこちらを見ているのだ。
そんな目を見るのは、ソニアにとって初めてのことだった。
「あなたはラムリーザの伴侶となる……という意味を理解してますか?」
ああ、そのことか……とソニアは考えると同時に分かっていた。昨夜、ラムリーザから聞いたことでもある。そして、これからもラムリーザと一緒に居られるにはどうしたらいいかを。
だからソニアはその目に怯まず、そして迷わずに素直に告げた。
「はい。あたしはラムが好きです、ラムを愛してます。一生ついて行きます、好きです。ラムと離れたくないです、そして――」
「ラムではありません、ラムリーザ様でしょう?」
メイドのナンシー――ソニアの母――が口を挟む。
「――ラム……リーザ様が、好き、かなぁ?」
突然口を挟まれて、口調がしどろもどろになってしまう。何故か疑問形で同意を求める感じになってしまったりする。
もっとも、ソフィアの方はその辺りは気にしていないようだったが。
「いいでしょう。ただし……これからの三年間様子を見せてもらいます」
三年間と言えば、この春からの学校生活にあてはまることだ。
ソフィアはこの三年間で、本当にソニアがラムリーザに相応しいか見極めるつもりでいるのだ。
「もし、あなたがラムリーザの相手として相応しくないと判断した時点で――」
ソフィアが話を続けかけたところ、突然談話室の扉が開いた。
「ラム?!」
「ラムリーザ、どうしましたか?」
そこに現れたのはラムリーザだ。部屋に入ってきたラムリーザは、黙ったままソニアの傍までやってきて、肩を抱き寄せ言った。
「たまたま部屋の外を通りかかったから聞こえたけど、ソニアが僕に相応しいとか相応しくないとかは、今更考えるようなことじゃないでしょ」
「ラム……」
「それと、付き合うことに駆け引きみたいなものを持ち込むのはやめて欲しいな。こうしなければダメ、こうしたらダメとか、ソニアを縛り付けないで欲しい。僕は自然のままのソニアが好きなんだ」
「……わかりました。あなたの意思を尊重しましょう」
ソフィアはそう言うと、にこりと笑った。
「それではソニアを連れて行きます。おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい」と、ソニアも続く。
二人はそのまま一緒に部屋から出て行った。
そして部屋には最初に居た、ラムリーザとソニア二人の親達が残されることになった。
「ソフィア様、この度は申し訳ありません。まさかあの二人がそんな関係になっているとは気付いていませんでした」
「別に私はソニアを伴侶とすることを認めていないわけではありません」
「恐れ多いことです……」
「いいのよ、あの子の言うとおりです。今更……ね」
ソフィアには分かっていた。ラムリーザがソニアを大事に思っていて、ソニアがラムリーザを慕っているということを。だから、今更外野がどうこう言う必要はないのだ、と。
こうして、ラムリーザとソニアの関係は、お互いの親公認となったわけであった。
その夜もソニアはラムリーザの部屋に転がり込んだ。
ラムリーザもそれを拒絶することなく、喜んで受け入れるのであった。
今までよりも密に一緒に過ごすことを楽しむために。
「ソニアって、これまで付き合った人って居たっけ?」
「ううん、居ないよ」
「そっか」
ラムリーザは、この機会に一度聞いてみたいことを聞いてみたわけだが、あっさりと居ないよと答えてきたのだ。確かにほぼ一緒に居たが、ソニアにはそんなことは無かったと思える。
ボーン、ボーン……。