ネットゲームをやろう その1 ~キュリオを買おう~
5月17日――
今日もいつも通りの休み時間、それぞれいつものポジションに移動して雑談を始める、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの四人。ソニアがラムリーザ側に引っ付いてきて、それで空いたスペースにロザリーンがやってくるといったポジション取りだ。
そして今日も、学校に来る途中で買ったゲーム雑誌の話で盛り上がっていた。
「なんかおもしろそうなゲーム無いかなー?」
「このアウトドの闇とかどう?」
「このゲーム、テラクソ臭がするよ」
先日聞いたような、不穏な台詞が飛び出している。
「これなんかどうかしら? 最近サービス開始したばかりの『四神演劇レグルス』というキュリオゲーム」
「キュリオゲーム?」
ソニアはキュリオが何なのかわからなかった。
そこで、リリスは「これよ」と言って鞄から取り出して見せる。以前に少しばかり見せていた、携帯型の情報端末だ。この端末を使って、情報収集から通話までできてしまう万能感。分かりやすく言えば、スマートフォンみたいな物である。
ただし帝国では、それほど重要視されていないのか、臣民の間、とくに帝都地方では所持数はそれほど多くなかった。
「キュリオは、ゲームだけじゃなくて、通話やメールのやり取りもできるのよ」
そう言って、リリスは携帯型情報端末で何かの操作を行った。
するとすぐに、ユコの鞄の中から「たらららったったー」という電子音が聞こえた。なにかのゲームで聞いたようなファンファーレだ。レベルアップか?
そしてユコは、自分の携帯型情報端末を取り出してきてソニアに見せる。そこには、リリスがユコに送ったメールが表示されていた。
「へー、すごい。これがあれば簡単な連絡のやりとりができるね」
「そういうこと。ロザリーンは持ってる?」
「私も持ってないわ。でも必要みたいだったら、お父様に相談してみます」
「あたしも欲しいなー。あっ、そうだラム!」
ソニアはもたれていたラムリーザを振り返り、袖を引っ張りながら言った。
「今日キュリオ買いに行こうよ!」
「キュリオ?」
「これ見て、リリスとユコの、便利だよ」
ソニアはユコの携帯型情報端末を取ってラムリーザに渡す。そしてラムリーザはそれを手に取り、観察を始めた。大きさは手のひらにスッポリと収まるぐらいの大きさで、薄い長方形の板のような物だった。
「ふむ、メールというのは手紙みたいなものかな」
「そんなところね。でも、紙の手紙と違って一瞬で届くのよ」
そう言って、リリスはさらに携帯型情報端末を少しいじる。
すぐにラムリーザの持っている携帯型情報端末に電子音が鳴り、リリスからのメールが表示された。
差出人:リリス
件名:羊さんへ
本文:めぇ~
「……メールの内容はともかく、便利そうだね」
羊という名前は定着してしまうのか? とラムリーザは考えてしまう。そもそもラム=羊でそう呼ぶなんて、安直すぎないだろうか?
「そうでしょ、持ってないのならこの機会に買ったらどうかしら? いろいろと連絡もし易くなるよ」
リリスにそう言われて、ラムリーザは買うのも悪くないかなと思うのだった。
放課後、ラムリーザは今日は部活に行かずに、リリスたちと一緒に繁華街になる隣町のエルム街の方に出かけていた。
携帯型情報端末キュリオは、サウス・シーという店で売っているようだ。店内には、リリスたちが持っていたような携帯型情報端末がいろいろと展示されている。
「うわっ、高いよー。リリスはこれどうやって買ったの?」
「親に買ってもらったわ」
「ユコも?」
「うん」
「裕福なんだね……」
携帯型情報端末キュリオは、安くても金貨一枚からといった感じであった。
自分の持っている小遣いでは、手が届かないと分かったソニアはしょんぼりしている。
「ソニアも親にねだったら……って、親元離れてラムリーザと二人で生活しているんだっけね」
「ラムリーザさんに出してもらう……訳には行きませんの?」
「ラムに……」
ソニアはチラッとラムリーザの方を見る。
その頃、ラムリーザは一人で店内を見回っていた。とくに品定めをしていたわけではなく、ただ単純に買うなら緑のを、という考えで探しているだけだ。
しばらく見ていて、これだという緑色のキュリオを見つけ、ソニアを手招きして言った。
「ソニア、欲しいものは決まった?」
「え、いや、お金が……」
「決まっていないならこれにしようよ」
そう言って、選んだ緑色のキュリオをソニアに見せる。この端末は、ヒカリという名前らしい。
離れたところでリリスとユコは、二人のやりとりを見ていた。
「ソニアの持物に緑色のものが多いのは……」
「ひょっとしたらラムリーザさんの影響かもしれませんわね」
「この学校選んだのは、流石に偶然かな?」
彼女たちは、制服である緑色のミニスカートを履いていた。そして白いブラウスの上に着ているベストも緑色系なのであった。
結局ソニアは金が無いので、ラムリーザが同じものを二つ買うことになった。一つ金貨二枚だったから、合計で金貨四枚支払うことになったのだ。
「やっぱりラムリーザってお金持ち?」
ぽんと金貨四枚支払ったラムリーザを見て、リリスは興味深そうなそぶりで聞いた。高校生の小遣いは、一般的に銀貨50枚である。金貨にして半枚の価値だ。ちなみに銀貨の価値は、缶ジュース一本銀貨一枚ってところである。そんなところでほいっと金貨四枚も出したラムリーザには、何かあると勘付いたのだろう。
「えっと、まあそうなるかな」
「やった、これでキュリオのゲームができるよ、できるよ」
その一方で、ソニアは嬉しそうに興奮している。
その様子を見て、ラムリーザは微笑む。ラムリーザは、ソニアが幸せそうにしているのを見るのが好きなのだ。だから何でも買ってあげようという気分になるのであった。
「じゃあ、今日帰ったら早速『四神演劇レグルス』やってみよーよ」
「いいですわ。あ、折角同じゲーム内で勝負できるなら、一週間ぐらい育てて誰が最強になるかやってみませんか?」
これからプレイするゲームも決まり、ユコはもっと面白くなるように勝負事を提案した。
「あ、それおもしろそう、やろうやろう」
すぐに乗ってくるソニアだった。ソニアもキャラクターを育てるのは好きだった。学校が始まる前に帝都でプレイしていた戦略シミュレーションゲームも、戦略知識の乏しさを補うためにユニットを育てて力でごり押しするといったプレイをしていたものだ。
「では、一番勝った人が、好きなこと命令できるというルールでいいですわね?」
「ふっ、いいわよ」
「うん、いいよ」
こうしてリリスとソニアは乗り気だったが、このユコの提案が、一週間の地獄を作り上げるのだと言うことを、この時点で気がついているものは居なかった。
そんなことも知らないラムリーザは、まるで保護者のような感じになって、はしゃぎまわる三人を温かい瞳で見守っているのだった。
その夜、ラムリーザが夜風に当たっている時も、部屋でくつろいでいる時も、ソニアはキュリオでゲームをずっとやり続けていた。
そして、寝る時間になって、ラムリーザがベッドに入ったときも、ソニアはまだやり続けていた。
「おーい、そろそろ寝るぞ」
「うん、もうちょっと」
もうちょっとと言うが、動こうとはしないようだった。よっぽどゲームが気に入ったのか、携帯端末から目を離そうとしない。
仕方がないので、ラムリーザは先に一人で寝ることにした。
やれやれ、とラムリーザは思う。そして、ダブルベッドってやっぱり広いのだなぁと、改めてその広さを一人で体感するのだった。
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