デートってわけじゃないけどリリスを誘うだけで大騒ぎになるんだよね
6月10日――
ラムリーズ始動に向けて、大きな障害が発生してしまった。
ソニアとリリスの二枚看板態勢で行く予定だったのだが、その片割れリリスの経験不足が露呈してしまったのだ。
最悪、一枚看板ということにして、ソニア中心にすれば回らないことはない。
だがそうすれば、リリスはプライドを傷つけられ、ギタリストになりたいとか歌手になりたいとかいう夢は壊されてしまうだろう。下手をすれば、気まずくなり彼女たちの人間関係までギクシャクしたものになってしまうかもしれない。
それをなんとか回避しようと考えているラムリーザは、休み時間にリリスに声をかけた。
ちなみに、校庭ライブでの演習は、リリス問題がある程度片付くまで控えておくことにしていた。
「なあリリス、今日学校終わったら、夜遅くなるかもしれないけど僕に付き合ってくれるかな?」
「えっ?」「えっ?」
その発言に、リリスとソニアが同時に驚いた顔をラムリーザに向ける。
リリスの表情はそれ以上変化しなかったが、ソニアの方はみるみるうちに顔が赤くなり興奮しだした。
「ちょっとなんでリリスがラムとデートするのよ! リリスはかっこいい男が好きなんでしょ? イケメンの平民とフツメンの貴族が居たら、どっちを選ぶのよ!」
「そうねぇ……」
「迷うのならどこの馬の骨だかわからんイケメンと付き合え! あたしはたとえラムが貴族じゃなくて平民でもラムを選ぶ。たとえラムがフツメンじゃなくてイケメンだとしてもラムを選ぶ」
「あなたも顔で選んでいるじゃないの、くすっ」
「イケメンじゃなくて悪かったな……」
ラムリーザは少し不愉快になって、眉をひそめてソニアを見据えた。それでも不細工と言われなかっただけでもマシか。いや、普通ならそれで謙虚に満足しておくか?
「顔で選ぶのならリゲルの方がイケメンぽいじゃないの、デートはラムじゃなくてリゲルを誘ったらいいのに!」
ソニアはまだまだまくし立て、その発言にリゲルは舌打ちする。
「あのね、私じゃなくてラムリーザの方から誘ってきたのだけど」
リリスは冷めた表情をしてソニアに言うが、彼女は聞いていない。
「ラム! こんなちっぱいじゃなくてあたしと付き合ってよ!」
「ちっぱい? そりゃあJカップ様から見たらねぇ……」
「いいから落ち着けソニア……」
普段は冷静なリリス、そしてすぐに取り乱すソニア。なのにステージに立つと、ソニアは平然と振る舞いリリスは取り乱してしまうのだ。
こんな様子を見てラムリーザは、人間って不思議だな……、としみじみ思うのであった。
「それでリリス、今日は大丈夫?」
「そうねぇ、あなたの前に閉ざす扉は無いわ」
「よかった、ありがとう」
この了承を得るためにどれだけ遠回りしたことか。
ソニアが一人暴走しなければスムーズに事が進んだはずなのに、めんどくさかったな……とラムリーザは安堵のため息を吐きながら思った。
一方ソニアは、魂の抜けたような顔で「どうしてこうなった、どうしてこうなった……、ふえぇ……」とつぶやき、机に突っ伏してしまった。
ラムリーザは、リリスと大事な用事で出かけるだけなのに、なぜソニアがここまで大騒ぎしたり落ち込んだりするのか理解できず、リゲルに聞いてみることにした。
「なあ、なんでこんなめんどくさいことになるんだろうねー」
「お前がリリスをデートに誘うからだろ。まあその方が面白いから俺は勧めるけどな」
ラムリーザの問いに、リゲルはニヤリと笑って答える。
「そうか、これじゃデートみたいになっちゃうな……、これは迂闊」
そう言えばソニアはしきりにデートデートと騒いでいた。
とは言うものの、リリスと出かける必要があるのだ。
ラムリーザは、なんとかデートじゃない風に装う方便を探したが、これといった物が見つからないまま放課後を迎えることになってしまった。
「さあ行きましょう、どこに連れて行ってくれるのかしら?」
リリスは席を立ち、ラムリーザを待っている。
「そうだなぁ、まずは駅に――」
そう言ってラムリーザが席を立つと、すぐにソニアが抱きついてきて「あたしを捨てないで……」と涙声で訴えてくる。
「うざっ。この感じだとラムリーザ、今日は練習無さそうだから俺は天文部へ行くからな」
「ああすまん、そうしてくれ」
リゲルはソニアに軽く何か悪態を吐き、ロザリーンを誘って教室から出て行った。
さて、ラムリーザはソニアを不幸にしない方法を改めて考え、これしかないという結論に到達した。
「あー、ソニアも来い」
すなわち、両手に花作戦。傍から見たら優柔不断、二股とも見えるがこの際仕方ない。
ラムリーザはソニアとリリスの二人を連れて駅へと向かっていった。
「それでラムリーザ、どこに行くのかしら?」
「シャングリラ・ナイト・フィーバーだ」
「えっ?」「えっ?」
今日のソニアとリリスはよく息が合っている。
シャングリラ・ナイト・フィーバー、それは帝都シャングリラにある規模の大きなナイトクラブだ。
「今から帝都に行くのかしら?」
「そうだよ。ちょっと時間はかかるし泊りがけになるけど大丈夫かな?」
そこでラムリーザは、リリスに家の方に連絡するよう促して、きちんと親の了承を得られてから帝都へ出発することにした。ラムリーザとソニアに関しては、帰省と取れるので問題ないだろう。
汽車で帝都に向かい、そのまま客待自動車を利用してナイトクラブに向かっていった。
クラブに三人が到着した時は、まだ準備中で客は入っていなかった。
そしてステージ前に、ジャン――クラブ経営者の息子でラムリーザの友人――が待っていてくれた。
ラムリーザとジャンは軽く挨拶を済ませ、たわいない雑談を始める。
「ジャン、今日はちょっと我侭言わせてもらってすまんね」
「いいってこと、俺とお前の仲じゃないか。それよりも、だ!」
ジャンはソニアとリリスの方を向いて言葉を続ける。なにやら興奮しているようだが?
「これ制服? すごくいいじゃん、ミニスカニーソ! しかもソニア、胸のボタン留まってねーぞ?」
「あーもう、制服イヤ!」
ソニアは胸を腕で隠して叫び、その隣のリリスは、わざわざ靴下を上げ直す仕草を見せる。
なぜそのようにすぐに人を誘惑するような仕草ができるのに、ステージ上ではダメなのかね……、やっぱり人間ってわからない、とラムリーザは考えるのだ。
「いいねいいねぇ」
「いや、だからそんなエロオヤジみたいな反応はよせって……、相変わらずだな」
「いやいや、ソニアのおっぱいの大きいのはわかっていたけど、ここまであからさまに見せ付けられるとねぇ」
「それはもう、自分以外の女を全てちっぱいと見下すJカップ様だから」
うれしそうに話をするジャンに、くすっと笑って燃料投下するリリス。
「何? Jカップて、ソニア、おま――っ」
「本題に入るぞ」
これ以上今の話題が続くと、またソニアが騒ぎ出す予感がして、ラムリーザは話を進めることにした。
ジャンに、リリスがステージ上で緊張して取り乱してしまうことを話し、場慣れさせるためや経験させてもらうためにステージを貸して欲しいという話をした。
「電話で言ってた話だね。リリスさんかぁ……うん、先月祭りの日に一緒に来ていた娘だな。……待てよ、よく見たら俺、こっちのがソニアより好みだわ。どうせソニアはラムリィにしか目を向けないんだしな、カマかけるだけ無駄だ。というわけでリリスさん、今付き合ってる男居る?」
「いや口説くな、ってそれだと軽すぎるぞジャン……」
「はっは、それじゃ話は後にして、早速やってみようか」
そういうわけで、四人ともステージに上がってい、その途中でジャンはラムリーザにたずねる。
「えーと、リリスのパートは?」
「リードギターとボーカルだ」
「主役か、そりゃ大変ですなぁ。そもそも気が弱いのなら主役張らずに、サイドギターやった方がいいと思うんだけどね」
「いや、気が弱いってわけじゃないんだけどね……」
リリスの気が強いのか弱いのかで分けると、まちがいなく強い方だろう。ソニアの暴力的な存在感に臆することも無く、むしろやり込めている場合の方が多いのだ。
というわけで、ステージ上で一曲演奏してみたところ、問題なく終わらせることができたのである。
「あれ、彼女普通に歌も演奏もできてるじゃん。しかも普通に上手いし」
「うーん、今ここに僕たちしか居ないからねぇ」
ラムリーザは、空っぽの客席を見ながら言った。やっぱり客が居るとダメなのか、と考えるが、リリスの本当の問題を掴みかねていた。
リリスはジャンとは、先月の祭りでは挨拶したぐらいだから、今日もほとんど初対面のようなものである。それにもかかわらず、先ほど誘惑するような行動に出るのだ。
つまり、人見知りってわけではない。