グリーン・フェアリー
3月28日――
『ソニアに制裁をッ! 新人類に栄光あれッ!』
「ふっ、ふえぇっ!!」
「やかましい」
朝食後の二度寝を楽しんでいたラムリーザは、ソニアの悲鳴に叩き起こされた。ソニアの声は高く、よく響くため、大声を出されると大半の人が振り返る。
「……暗殺された」
「誰が?」
「あたしが……」
「……」
いったい何を言い出すのやらと考え、ラムリーザはベッドから身を起こす。
ソニアは、今日もラムリーザの部屋でゲームをしている真っ最中だ。今ではもう、自分の部屋に戻ることはほとんどない。ずっとラムリーザの部屋に入り浸っている。
そしてテレビの画面を見てみると、そこには『BADEND』の文字が書かれていた。
「……ゲームか」
やれやれ、とため息をつく。
「まあ仕方ないか、同胞虐殺したしなぁ」
「そ、それはラムが勝手に! ラムのせいでバッドエンドになった! ふえーんっ!」
「騒ぐな。これを反面教師にして、現実では精々善行を積むことだな。ふっふっ」
「もうやだ、このクソゲー! クソの中のクソ、テラクソ!」
ソニアはそう叫び、ゲーム機の電源を高速でON/OFFを繰り返した。そしてカセットのイジェクトボタンに指を叩きつける。その勢いでゲームソフトは20cm程飛び上がった。それを見て、ソニアは少し涙ぐむ。
「乱暴するなよ、壊れるぞ」
「だってー……」
「まあよい」
ソニアの騒ぎ声を聞いて、ラムリーザの二度寝をしようという気はどこかに吹っ飛んでしまう。下手な目覚まし時計より、ソニアに耳元で叫んでもらった方が、よっぽど効果的な目覚ましになる。
ラムリーザはベッドから降りて、ゲーム機の前でうなだれているソニアの隣に座った。ソニアは相変わらずのだぼたぼニットを変な着こなし方をしているが、ミニスカートから伸びる足はいつ見ても美しい。そっと手を伸ばして、その太ももに乗せてみた。
ソニアは一瞬ピクリと動いたが、ラムリーザの顔を見ると微笑みを浮かべて横からもたれかかってきた。ラムリーザは、手に少し力を込めて揉んでみる。
これがソニアの足か……
今までは見るだけだったそれが、今ラムリーザの手の中にある。そのまましばらくの間、揉み揉みしてみるのだった。ソニアの足は、張りはあるが柔らかく、揉んでいていつまでも飽きない。
ソニアはソニアでラムリーザの行動を受け入れているようで、特に抵抗せずにされるがままになっていた。
窓の外を見ると天気もいい。らむりーざは、こんな日はちょっと出かけるのもいいのかなと考えた。
バッドエンドという形だが、ゲームも一段落ついたようだし、いつまでも太ももを揉み揉みしているわけにもいかない。いや、いつまでも触っていたいという誘惑はあったりするのだが……
二人は連れ添って出かけることにした。
帝都の繁華街は、ラムリーザ達の住む居住区から離れた隣町にある。そこで、メイドに車を出してもらい隣町までやってきた。
並木道の桜はすでに散ってしまった後で、木々は緑色に染まっている。その代わりに、通りに沿ってファイヤーヒースの花が咲き並んでいた。
特に予定も決めてなかった二人は、ぶらぶらと繁華街を歩いて回る。二人で出かけるということに対して、デートという感覚はすでに無くなっていた。これまでどこに行くにしても、いつも一緒に居ることが多かったので、それが当たり前な気持ちになっていた。
しかしこれが、二人が恋人同士になってからの初めてのお出かけであった。その意味では改めてデートに、いや、初めてのデートと言うべきかもしれない。
「ラム、今日はどこに行くの?」
「そうだな、特に決めずに出てきたけど……ん、よし、もうすぐ帝都を離れることになるし、この繁華街ともしばらくお別れだ。何か記念になるものでも買うかな」
「記念品?」
「そうだ、服を買ってあげよう。いい加減そのモコモコニット見飽きたし、もっと別の格好を見てみたいな」
「……服はいい。どうせ……」
ソニアは少し俯き、声を落とす。
「ん?」
「……サイズが合わないから、それに……」
ソニアは、胸をぎゅっと押さえながら、小さな声で何かをボソボソとつぶやく。ラムリーザには、「胸」という単語だけが、かろうじて聞き取れたような気がした。
「どうした? 胸が苦しいのか?」
「な、なんでもないわ。あたし、アクセサリーがいい」
「ふむ、腕輪はもうしているから、今度は鼻輪とか?」
「なんでよ」
「じゃあ首輪がいい?」
「ネックレスって言ってよ」
――などと会話しながら歩いていたのだが、丁度目の前にゲームショップがあったので、ソニアはすぐにそこに入ってしまった。
先程プレイしていたゲームが不本意な終わり方をしたので、新しいゲームが欲しいのだろうか?
「えっと、今現在ものすごく話題になっているゲームは、ドキドキパラダイス?」
「あたしギャルゲーなんてやらない」
「そうだろうねぇ」
ソニアは別のゲームを手に取って見せてきたが、ラムリーザは記念品がゲームではちょっと物足りないと思って却下することにした。そのうち飽きるゲームではなく、一生の宝になるような物を与えたかったのだ。
というわけで、二人はゲームショップをでてしばらく歩き、ちょっと高価な物も扱っているアクセサリーショップに入った。平日の昼間ということもあり、店内に人は少なく静まり返っている。
学生にとっては春休みだが、一般の学生が入るような店ではない。この店は、それなりに値段がする宝石店だったりするのだ。金貨一枚から数十枚するような指輪や首飾りが、陳列棚を色鮮やかに飾っていた。
「ねぇラム、記念ってなると、今日は何記念日になるの?」
「うーむ、記念日というより帝都の繁華街の思い出かな。当分来ることはなくなるだろうからね」
そこでラムリーザは、指輪を選んだ。その指輪には、エメラルドが五つ並んでいて、それを囲むように小さなダイヤモンドがついている。ラムリーザは緑色が好きだったりする。
「エメラルドとダイヤモンドファイブストーンハローリングか……緑色がやっぱりいいよな」
「あたしの髪も?」
「ちょっと青みがかかっているけど、十分OKだ」
「てへっ」
そう言って、ラムリーザはソニアの青緑色の髪を撫でる。緑色が好きなラムリーザにとって、青色の瞳が残念だ。瞳の色も緑だったら完璧なのにな、とか思ったりすることもあった。しかしそれは贅沢な注文であったし、そのままのソニアが一番好きだったりした。
そして会計を済ませると、早速指輪をつけてあげようとした。
「ほら、この指輪だ。お前を緑色でいっぱいにしてやる。さあ、右手出して」
ラムリーザはソニアの右手を掴んで持ち上げる。手首には、去年買ったエメラルドが数珠繋ぎになっているブレスレットがはめられている。
そして今回ラムリーザがつけようとしたのは、右手の人差し指である。落ち着きのないソニアに、集中力が生まれますように、と祈りながら。
「わあ、奇麗な指輪。ありがと、ラム。ずっと宝物にするよ」
だがソニアは、ラムリーザから指輪をひょいっと奪って、すぐに自分の左手の薬指にはめる。そして、少しの間その指輪を眺め、ラムリーザの目の前に左手を差しかざして、うれしそうに言った。
「見て、これでラムと永遠の愛!」
「お、おう」
まだ婚約したわけじゃないが、まあよいと思うラムリーザだった。結婚前提の付き合いをしているわけだし、同じことかと考えた。
どうもソニアと一緒に居ると、厳かな儀式となるべく行為も、その場のノリと雰囲気に流されて賑やかな振舞い、そのような感じになってしまう。だが、その雰囲気は悪くない。
そしてラムリーザは、ソニアとの間に生まれるそんな雰囲気が好きだった。
グリーン・フェアリー――
活気あふれる緑の妖精と、この雰囲気をずっと続けていきたい、そう思うのだった。