マイン・ビルダーズ前編 ~魅惑の壷再び~
6月24日――
「今日発売のマイン・ビルダーズってゲーム、おもしろそうよ」
ライブ前日、今日も休み時間にゲーム雑誌を広げて、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの四人はゲーム話に花を咲かせていた。
「みんなで世界を共有して、戦うもよし、狩をするもよし、家作りに生産もできるサンドボックスゲーム。なんかいいね」
「でしょ? みんなでやろうよ」
「賛成!」
女の子たちは盛り上がっている。ソニア、リリス、ユコは言わずもがな、実はロザリーンもゲームで遊んだりしている娘だったのだ。
「ちょっと待て――」
だがラムリーザは、嫌な予感がしてそんな彼女らの盛り上がりに水を差した。
「――みんなでやるって、それはネットゲームか?」
「サンドボックスゲーム」
リリスは、じっとラムリーザの目を見つめて、自信満々な感じで言った。
その表情を見て、ラムリーザは止めても無駄かと思って諦めたように言い放った。
「んー……まあいい。もしまた前の時みたいになったら、僕はもう止めない。君たちとは絶交、ラムリーズも解散だ」
「ラムリーザ様、私たちも馬鹿じゃありませんわ、普通にプレイしますの」
「信じるぞ。あとソニアもだ。ゲーム廃人と一緒に暮らす気はないから、そうなったらすぐに学校専属の寮へ転入させるからな」
「ならないってばー、それよりもラムもやろうよ、ねー」
「またキュリオか……、前みたいになったら本気でキュリオ封印だからな」
そこに、リリスが「違うわ」と言いながらゲーム雑誌をラムリーザの方に見せてくる。
「このゲームは、ゲーム機でやるゲームよ。だからキュリオは関係ないわ」
「ああ、それなら部屋に一つあるね。帰ってからやればいい」
「一つじゃ二人でプレイできないでしょ?」
「ん……」
そこでラムリーザは気がついた。
確かに部屋には一つ、ソニアが持ち込んだゲーム機がある。だが部屋に住んでいるのはラムリーザとソニアの二人。二人に対してゲーム機は一つ。これは……。
「もう一個、ゲーム機とモニター買ったらいいと思うよ!」
ソニアが内容は無茶苦茶だが、それしか方法が無いことを言った。
「今日学校終わったらゲーム屋に行こうよ。ゲームはみんな買わなくちゃいけないしー」
「家に同じゲーム機が二台あるって、どういう状況だよ……あ、そうだ。なんだったらリゲルもやろう」
ラムリーザはふと思いついてリゲルも誘ってみる。彼女たちが暴走した時に、ラムリーザ一人で押さえるのがめんどくさいので、リゲルにも緩衝材になってもらうことにしたのだ。
ロザリーンはたぶん大丈夫だと心配していないが、残る三人は前回のこともあって一緒にゲームをさせるのは怖いところがある。
それに、しばしばリゲルはソニアの行動を抑えている場面もあったし、ソニアもリゲルを少し怖がっている感じもする。
「は? 俺が?」
「折角だし、リゲルもゲーム好きだとか言ってたじゃないか」
「ゲームはやるけど、何でこいつらと?」
「まーまー、そう言わずに監視役でいいから手伝ってくれよ、このとおり!」
ラムリーザに頭を下げられて、リゲルはしぶしぶ自分も参加することにした。
そして一言、「領主になるやつが、軽々しく頭下げないほうがいいぞ」と忠告めいたことを言うのであった。
放課後、六人は揃ってゲーム屋のぶくぶく書店に向かっていた。
演奏の練習は? という話も上がったが、もう十分やったし、あとは本番の日を待つだけという状況に到達していたので、息抜きも必要だろうという結論になったのである。
ゲーム屋では、みんなで一本ずつ「マイン・ビルダーズ」のソフトを購入。それに加えて、ラムリーザはモニターとゲーム機を追加で購入した。
「なんというか、ソフトも同じものが二本あることになるんだな……」
「ラムリーザ様がお金持ちで助かりますわね」
「ユコ、あんた様付けずっと続けるの?」
「当然ですわ、何度も言うけどラムリーザ様は私の尊敬する方ですのよ!」
「くっ……、ラム様……、違う……」
ユコの剣幕に押されてソニアも様付けしてみようと思ったが、どうやら馴染めないように口ごもる。
「あ、そうそう。ヘッドセットも買っていってね」
リリスは追加で提案した。
ヘッドセットを使えば、ゲームをしながらリアルタイムで会話のやりとりができるというのだ。
リリスとユコはすでに所持していて、よく使いながらいっしょにゲームをプレイしているというのだった。
幸いまだ持っていなかったのが金持ち組みだったので、追加で買うのには不自由しなかった。
「ラム……ヘッドセット買うお金が無い……」と思ったが、一人だけ庶民がいたようだ。
結局ラムリーザはソニアの分のヘッドセットも買うことになってしまった。たかが一本のゲームをやるために、何をこんなに買い込んでいるんだろう……と思いながら。
みんなと別れて、ラムリーザとソニアは下宿先の屋敷にある自室に帰ってきた。
そしてラムリーザは、モニターとゲーム機を、テーブルの上に用意する作業に取り掛かった。そこは食卓テーブルなのだが、食事時は下宿先にある食堂を使っているので、普段部屋で食事をするためには使っていないのだ。主に用途は学校の宿題をする時だが、その時にはモニターなどをテーブルから降ろせば問題ない。
しばらく経ってセットが完了し、ラムリーザがゲームの説明書を眺めていると、ラムリーザとソニアの携帯型情報端末キュリオが同時に着信音を鳴らした。
見てみると、リリスからのメールだった。
差出人:リリス
宛先:ソニア、ラムリーザ、リゲル、ロザリーン
件名:コミュニティ
内容:ネットにつないだら、コミュニティ「魅惑の壷」に参加してね(^ー゚)ノ
「……また魅惑の壷か」
ラムリーザは前回やったネットゲームの同盟を思い出して顔をしかめる。
それでも過去のことを蒸し返しても仕方ないので、ゲーム機を立ち上げコミュニティに接続することにした。
「えーと、魅惑の壷魅惑の壷……ったく、怪しい壷売りじゃあるまいし、なんで壷なんだよ……ってあった、コミュニティ申請っと」
ぶつぶつとつぶやきながら、コントローラーで操作しているラムリーザ。
[ラムリーザ・フォレスターがコミュニティ 魅惑の壷 に参加しました]
しばらく経って、このように画面に表示された。
そして、画面に表示されている音声チャットを有効にすると、すぐにヘッドセットから声が聞こえた。
『ラムリーザってやっぱりフォレスターなんだね』
『さすがラムリーザ様ってところですわね』
「えーと、これでいいのかな? 聞こえているかな?」
『あ、ラムリーザようこそ』
『お待ちしておりましたわ』
どうやら通じているようだ。
電話みたいなものだな、とラムリーザは思った。
[ロザリーン・ハーシェルがコミュニティ 魅惑の壷 に参加しました]
[ソニア・ルミナスがコミュニティ 魅惑の壷 に参加しました]
しばらくして、画面に次々とコミュニティ参加者が表示されていく。
『後はリゲルさんだけですわね』
『みなさんごきげんよう』
「よろしくねー」『よろしくねー』
ソニアだけ、ヘッドセットからの言葉と同じ部屋から聞こえる言葉が重なって、なんか妙な感じに聞こえる。元々の声が高く響くのでなおさらだ。ラムリーザの位置からだと、テーブルのすぐ前にあるソファにソニアは居るので、両方から声が聞こえるのだ。
リゲルは果たして来てくれるかな、とラムリーザは考えていると――
[リゲル・シュバルツシルトがコミュニティ 魅惑の壷 に参加しました]
――と表示された。
「これで全員集合だよ!」
とソニアが元気よく叫ぶ。そしてすぐにリゲルの舌打ちが続けて聞こえる。
『なあ、これは個別に音声のボリューム調整できないのか?』
『どうするんですの?』
『ソニアの音声小さくする』
「なんでよ!」『なんでよ!』
『うっせーな、もっと静かにしゃべれ……』
「むー……」『むー……』
「揉めてないで、早速ゲーム開始するぞ」
『おー』『おー』『おー』『おー』
娘たちの元気な掛け声とともに、「マイン・ビルダーズ」を開始するのであった。