帰省、列車でチュ♪
8月6日――
ラムリーザは、夏休みだということで、しばらく帝都の実家で過ごそうと考えた。いわゆる帰省というものである。ちょっとした荷物を作りながら、帰省準備をしていた。
ソニアは、そんなラムリーザの行動を気にする様子は無く、テレビの前の絨毯にぺたりと座ってゲームをプレイしていた。
「ソニアは今日もゲームか?」
「うん、新しい格闘ゲーム買ったよ。ラムもやる? 対戦できるよ」
テレビ画面を見ると、二人の格闘家が戦っている。
ソニアが操作しているキャラは、緑色の軍服を着た男で、相手はレスラー風の大男だ。軍服の男は、ときおり光り輝いて横飛びをして、それに当たった相手は青白く燃え上がってすっ飛ばされている。
しばらく蹴ったり殴ったり、光り輝いたりを繰り返した後、ソニアは勝利した。ゲームのキャラは、首切りポーズを取って得意げだ。
「それじゃあ、しばらくお別れだな」
ラムリーザは一試合見終わった後で、実家に持っていく鞄を部屋の入り口前に置いて言った。
ソニアは慌てたように「え? なんで?!」と叫んで、コントローラーを投げ出して立ち上がった。
「これから何日か実家に帰省する。まぁ、こっちでも食事出るから困ることは無いだろう」
「やだ、待ってよ! あたしも帰る!」
ソニアは慌てふためいて、帰省準備を開始した。なにやらぶつぶつと、「ラムのいじわる」と呟いている。
「僕が朝から分かりやすいように帰省準備していたのに、何の関心も示さずにゲームしていたのはソニアの方だろ……」
「何を持って帰ればいいんだろう。あ、ゲーム機と新しいゲーム持って帰らなくちゃ」
日用品は実家にもあるので、主に着替え……と言っても、着替えも実家にあるので、必要と言うわけではない。土産は駅ででも買えばいいだろう。
「ライブがあるからな、制服を持って帰るぐらいでいいはずだね」
主に週末にやっている「ラムリーズ」のライブでは、グループとして統一させるために、制服を着ることにしている。
だが、ソニアの返事は斜め上を行っていた。
「靴下も要る?」
「当たり前だ。というよりその質問が来ること自体がおかしいよね? 制服と言ったら靴下も入るよね?」
「むー……」
ラムリーザは、何故か納得行かないように口を尖らせるソニアを急かして準備を進めさせた。
ソニアの準備も終わり、部屋を出て使用人にしばらく帰省することを伝える。そして二人は屋敷から出て、駅に向かっていった。
駅に向かう途中、ラムリーザとソニアの二人は、リリスとユコの二人組みと出会った。
この二人は、大抵一緒に居ることが多い。妖艶なる黒髪の美女と、それを作り上げた者だ。この二人の場合、主導権を握っているのはどちらなんだろう……。
「二人とも今日は一緒に買い物?」
「うん、ラムリーザ様もご一緒しませんか?」
ラムリーザが問うと、ユコは誘いをかけた。これは何だ、荷物持ち要員か、財布要員目的か?
「ごめん、こっちはこれからしばらく帰省で帝都に帰るところなんだ」
ラムリーザは普段ならばどっちの要員でも別によかったが、今日は誘いを断っておいた。
「そうですの……しばらく会えないんですね」
おおっと、ユコは寂しそうな顔をしていて、残念そうな顔ではない。ラムリーザは財布要員か? と考えたことを心の中で詫びた。
「大丈夫、週末になればライブで会えるさ」
「あ、そうですわね」
「それじゃあ次の週末に……って、今日じゃん!」
なんだか一人ボケツッコミみたいな感じになってしまったラムリーザを、リリスとユコの二人はくすっと笑って見て、そのまま別れて行った。
ラムリーザとユコが話している間、ソニアとリリスは新しい格闘ゲームについて話をしていたようだ。そのうちゲームで決着をつけるなどと言い出しそうである。
「このポッターズ・ブラフの名産物って何だったっけ?」
「注射器じゃない?」
「なんでそうなる……、それってどういう街だよ……」
ラムリーザは、ソニアに聞いても適当な答えしか返ってこないので、仕方なく一人で駅の売店でお菓子を購入した。基本的にお菓子なら間違いないだろう。
ここが田舎の始発駅ということもあり、列車の中はガラガラで座席はほとんど空いている。
ラムリーザとソニアの二人は、四人掛けの席を選んでゆったりと過ごすことにした。
「ラム、二人だけの旅は久しぶりね」
ソニアは、ラムリーザの隣の座席と正面の座席を行ったり来たりしながら話しかけた。
「何をバタバタしているんだ?」
「正面で見つめ合うのと、横から引っ付くのとどっちがいい?」
うろうろしながら質問に質問で返してくる。
ラムリーザは、一瞬「立ってろ」と言いそうになったが、「いつも横に引っ付いているから、たまには正面で」と答えた。
そういうわけで、ソニアはラムリーザの正面の座席に座り、見つめ合うということになった。
ラムリーザは、じっとソニアを上から下まで観察する。ソニアは、今日もいつものキャミソールにプリーツミニスカート姿だ。日によって色が違うが、形はほとんど同じである。
股下数センチ以下は、衣類を何もつけていなくて、素足にサンダル。これもお決まりのスタイルだ。
改めてさらにじっくりと観察。
胸は大きく盛り上がっている。
ラムリーザは、去年まではそんなに意識していなかったが、こうしてじっくりと観察すると、他の娘とは規模が全然違う。何と言うか、圧倒的な存在感を放っているのだ。
そっと指を伸ばして、その存在感たっぷりな大きな胸に突き刺してみた。
弾力のあるやわらかさ。指を押し込むと、ずぶっと沈んだ。
ラムリーザは、次に目線を下ろしてソニアの脚を見た。ラムリーザがソニアに対してこれまで意識して見ていたのは、胸ではなく脚だった。スカートが短すぎて、裾が座席に届いていない。
胸に押し当てていた指を離すと、今度は太ももに指を伸ばして突き刺してみた。
胸よりはちょっと硬いか? だが、すべすべで触り心地はよい。
「ねえ、何してるの?」
ラムリーザの一連の動作を、きょとんとした顔で見つめていたソニアは、不思議そうに尋ねた。
「ん、おっぱいと太ももの感触の違いを確認点検中」
ラムリーザは、慌てる様子も無く淡々と答えた。ソニア相手に、いまさらドギマギする必要も無い。
「もー、見つめ合うって言ったのに」
「それはお前、僕は確認。役割分担だね」
「違うっ! それにあたし一人で見つめ合うって何? ラムも胸や足じゃなくて顔を見て!」
ソニアは、ラムリーザの指を掴んで太ももから離して、これ以上身体を触られないように手を離さずにいた。
そこでラムリーザは視線を上げ、二人は見つめ合う形になった。
ソニアの視線は力強い。眉毛もキリッとしていて、軽く微笑を浮かべた口。ぱっと見ただけでは、ソニアは気の強い女の子だという印象を持つだろう。
だが、ラムリーザは最近ソニアは、ただ気が強いというわけではないことを察していた。何かあるとすぐに「ふえぇぇん」だから困る。
気は強くガンガン攻めてくるが、実は打たれ弱い。だがへこんでも立ち直りは早い。能天気なのか情緒不安定なのか……。
これが、ラムリーザから見た今のソニアの印象である。
「キスしようか」
ソニアは、ラムリーザの目を見ながら唐突に提案した。人は少ないが、列車の中でキス。
「キスだけだぞ。ここだとそれ以上はやらないからな」
ラムリーザの「それ以上」と言うのは何を指しているのか。ソニアはそれを察したのか、「うん、それでいい」と一言言って、目をつぶった。
ラムリーザは、ソニアに掴まれていない方の手をソニアの頭に伸ばして支え、そして二人はそっと唇を重ねるのだった。
列車は帝都の駅に到着した。
ラムリーザにとって、今住んでいるポッターズ・プラフより、この帝都シャングリラの方が、まだホームタウンだと感じていた。長く住んでいた年数から来る感覚は、そう簡単にひっくり返るものではない。
それに、ポッターズ・プラフの下宿先は親戚の家では、ずっと客人という気持ちで居るし、そもそもこの一年しか滞在しないと決まっているのだ。
現在、正午を少し回ったところ、夏の日差しは少し強い。帝都駅の前には、ここの象徴にもなっているブビンガの巨木が大きな影を作っていて、その下に汽車の来る時刻を待っている人たちがちらほら居る。
ラムリーザは、折角だからどこかに寄って食事してから帰ろうと考えた。
「おハロー、お二人さん」
駅を出たところで、幸か不幸か二人はメルティアと遭遇してしまった。彼女は去年まで帝都に居たソニアの友達だ。
ソニアは咄嗟に胸を庇い、ラムリーザの後ろに隠れてしまった。
「おっ、メルティアか、久しぶり。これからお昼なんだけど、一緒に行かない?」
「あ、いいよ。ちょうど私もお昼にしようと思ってたんだ。えっとね、駅前に骨付鳥ゴンヂュウって新しい店ができたんだよ、行かない?」
「鳥肉か、いいね。そこにしようか……、ん? ソニアどうした?」
ソニアはラムリーザの後ろから出てこない。
「私がぱいぱい攻めるの警戒しているのよね、ソニアちゃん」
「これ以上胸を大きくされてたまるかっ」
メルティアが笑みを浮かべながらラムリーザの後ろに回り込もうとすると、ソニアは離れようとして反対側に回り込む。ラムリーザを軸にして二人はぐるぐるまわっている。
「やれやれ、お前らバターになるぞ」
「キャミソールなんて無防備ね。このメルティアちゃんの攻撃を防ぐには、プレート着込まないと無理よん」
「どっ、どこにプレート着る女子高生が居るのよ!」
「騎士になったらプレートを着る機会もあると思うよ。私も将来騎士になろうかな、なんちゃってね」
「ふん、騎士は植木鉢みたいなブーツ履いてて、献血してパワーが減るんだ。ほうりきが使えるからっていい気になるなっ」
「何の話だ?」
「ソニアちゃんのことだから、どうせゲームの話じゃない? それよりも、そろそろぱいぱい百に到達した?」
「うっ……さい! どこにそんなお化け胸が居るのよ!」
ソニアはメルティアに反論したが、少々顔色が悪い。そりゃそうだろう。驚異の胸囲百、お化け胸そのものなのだから。
「ほら、食べに行くぞ。その店はどこだ?」
ラムリーザは、メルティアを促して鳥肉屋に向かうことにした。
最近のソニアいじりは程々にしておかないと、いつ「ふえぇぇん」になるか分かったものじゃない。
三人は、メルティアの先導で駅前の鳥肉料理店に向かっていくのであった。
お肉美味しい、とソニアがすぐに上機嫌になったのは、言うまでもないことだ。
こうして昼食を終えた後、メルティアと別れて、この春まで住んでいた実家へと帰るのであった。
妹のソフィリータに迎えられて屋敷に入った時、ラムリーザはようやく落ち着ける場所に帰ってきたと感じたのである。
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