帝都でお買い物、ラムリーザは財布じゃないぞ
8月13日――
「ラムリーザ、おはよう」
帝都の実家の自室で、ラムリーザは携帯電話の着信音で目覚めた。それは、リリスからの電話であった。
ラムリーザはチラッとソニアに目をやったが、彼女はまだラムリーザの右脇に引っ付いて眠っている。
「おはよう、電話はめずらしいね」
ラムリーザは、ソニアが起きてこないように声を殺して返事した。リゲルやジャンからではなく、リリスからの電話となると、どうしてもソニアを気遣ってしまうのだ。
「なんで小声なの? えーとね、今日は私の誕生日なの。覚えていてくれたかしら?」
「ソニアがすぐ傍で寝ているんだよ。それと誕生日か、両親にしっかりと感謝を伝えるんだぞ」
ラムリーザは、以前ユコと話したときと同じように、フォレスター家の習慣をそのまま伝える。そうすると、電話の向こうからリリスのため息が聞こえてきた。
「違うわ、ユコの時と同じようにお願い。ユコの誕生日パーティで約束してくれたでしょ?」
「ああ、そういえばそうだったね、ごめんごめん。で、何か欲しいものあるの?」
「今日ライブでしょ? これから帝都に行くから、買い物に付き合って頂戴」
「はいよん」
「それじゃあ、そっちに着く頃にまた連絡するね」
ラムリーザが次に答えようとした時、突然右脇から声をかけられた。小声とはいえ、すぐ隣で話をしていたことになるので、どうやらソニアは目覚めてしまったようだ。
「ラム、誰と電話してるの? ジャン? ――にしては話し方が穏やか過ぎる、誰?」
ソニアは険しい目でラムリーザの顔を見ている。
「えっと、リリス――」
ラムリーザがリリスの名を口に出したとたん、ソニアは手を伸ばしてきて携帯電話を奪い取った。直前に「ソニア起きてきた?」って聞こえたような気がする。
「寝取るな黒魔女! 中途半端能力魔女!」
ソニアは大声で携帯電話に向かって罵った後に、通話終了ボタンをパネルが割れるぐらいの勢いで力いっぱいタップした。
「お前なぁ……」
ラムリーザは呆れて呟いた。電話で話しているだけで寝取ることになるわけないだろ、そう思いながらベッドから降りて着替え始めた。
朝食を終えて二時間程たった時、ラムリーザの携帯電話にリリスからのメールが入った。そろそろリリスの乗った列車が、帝都に到着するらしい。
ラムリーザが駅にリリスを迎えに行こうとして玄関に向かうと、ソニアが引っ付いてきた。
「どこに行くの? さっきのメールの件? 誰?」
「ん、リリスが帝都に来る。これから買い物に行く、誕生日なんだってさ」
「また来るの? リリスルートに入らせてたまるか、あたしも行く!」
「はいはい、ご自由に」
そういうわけで、ラムリーザはソニアと二人で駅に向かうことになった。
駅までは、実家で使っている車を一台拝借して、それを自分で運転して向かうことにした。早速運転してみる機会を得られたというわけだ。
駅にラムリーザが到着した時、ちょうどリリスが駅から出てくるところだった。ユコも同伴していて、二人とも制服姿だ。ライブの日と言うことで、一緒に来たということだろう。
ユコがライブ以外の目的で帝都に来るのは、建国記念日の祭りの日以来であった。
ラムリーザとソニアは、リリスとユコに挨拶をするために一旦車から降りた。久しぶりに見る二人、やっぱり美人だ。
軽く挨拶を済ませたところで、リリスがソニアを手招きする。リリスは口元に手を当てて、小声で何か語るかのような仕草を見せた。何か内緒話でもするのだろうか?
ソニアがリリスの口元に耳を近づけたその瞬間――。
「本気で寝取ってやろうかしら?! この変態乳牛!」
突然リリスはソニアの耳元で大声で発した。その勢いで、ソニアは思わずのけぞる。
「なっ、何よ突然! びっくりするじゃないの!」
ソニアはびっくりしてドキドキした胸を押さえながら、抗議の声を上げた。
「あなたが今朝やったことでしょ? 電話でいきなり叫ぶなんて、一体何を考えているのかしらね」
「あんたがラムを誘惑するのが悪いのよ!」
「電話かけただけじゃないの、毎日傍で寝ている癖に余裕無いのね」
「電話するな! ラムに用事があるときは、秘書のあたしを通してちょうだいね」
「はいはい、秘所がJカップの秘書様、足元がお留守ですよ」
リリスはソニアのすねを蹴り付けてきて、ソニアには胸のせいで死角になって見えない場所なので避けることもできずにそのまま蹴られてしまった。
「やったな! この魔女オンナ!」
頭痛が痛いみたいな妙な呼称を放った後、ソニアはリリスの制服の靴下をずらそうと太ももに手を伸ばしたが、リリスは軽快なバックステップでそれをかわした。
「やっぱり靴下狙うのね、この変態乳牛は」
「はい、お楽しみはそこまでだ。時間切れ引き分けね」
ラムリーザは、この二人は放っておいたらいつまでも続けかねないので、間に入って二人を制する。久しぶりに顔を合わせたらこれだ。まぁ、仲が良いってことだろう。
「繁華街まではあたしが運転するよ、するよ!」
「怖いわ、やめてもらえないかしら?」
これから乗ってきた車で繁華街に向かうわけだが、ソニアの運転をリリスは嫌がる。だがソニアも、一応実技試験をパスしているのだから、普通にやれば問題ないはずだ。
「教習所でならった通りにやるんだぞ。ウルトラCとか訳の分からんことやったら、二度と運転させないからな」
「大丈夫、ウルトラCの上を行く、ウルトラQで行くから」
ラムリーザは、助手席に乗り込みながら注意を促したが、ソニアは斜め上の返答を返してくるのだった。わけがわからない。
「なんだそりゃ……」
「変な怪奇事件に巻き込まれそうですわね……」
それでも一応ソニアに運転させて、四人は帝都の繁華街に向かって行った。繁華街に着いてからは、リリスの希望により徒歩で楽器屋に向かうことになった。
帝都にある楽器屋は、帝国内で一番品揃えの良い店である。ここならば、大概のものは手に入るだろう。
「へー、やっぱり帝都の店は違いますわね」
ユコは感心したように呟くと、店に入るなり一人でキーボードのコーナーに向かっていった。そして一言「あった」と言って、一つの製品の前でじっくりと品定めに入っている。
一方リリスは、ラムリーザの腕を引っ張って、ギターコーナーへ連れて行った。そして、一本のエレキギターの前で止まり、「私、これが欲しいの」とねだってきた。
結構高級そうなギターだが、ラムリーザは「リリスが喜んでくれるなら、これでいいよ」と言って手に取り、買ってやることにした。
「あたしの誕生日には、今まで何も買ってくれなかったのに……」
後ろから付いて来ていたソニアは、不満そうに呟いた。
「あなたは指輪とかブレスレット買ってもらってるくせに」
それを聞きつけたリリスはそう言って、さっさとラムリーザを連れてレジに向かうのであった。
「ラムはリリスの財布じゃない……」
ソニアは、今度はリリスを睨みつけて呟いたが、その言葉はリリスとラムリーザには届かなかったようだ。
レジの前で、ラムリーザは先に来ていたユコと鉢合わせした。ユコは、大きな箱をカートに乗せて来ていた。
「あ、ラムリーザ様。このシンセサイザー見てくださいな。ずっと前から欲しかったので、小遣い貯めてライブの報酬も使わずに全部投入してようやく手に入れましたわ」
「うん、それはよかったな。今まで使ってたのは?」
「あんなの、銀貨数十枚のおもちゃですわ。それで、リリスのプレゼントは何ですの?」
ラムリーザは、持ってきたギターをユコに見せると、そのまま会計に向かっていった。その様子を、ユコはじっと見つめている。
会計を済ませた後で、ラムリーザがリリスに「はい、お誕生日おめでとう」と言って、リリスにギターを手渡したところで、ユコは小さく「ずるい……」と呟いた。
「え? 何か言った?」
「ずるいですわ! ラムリーザ様に金貨二十枚もするギター買ってもらうなんて!」
「でしょ? あたしもリリスはずるいと思う」
ソニアもユコに同調して、二人してリリスに文句を言ってきた。
「な、何よ。あなたたちも宝石買ってもらっているくせに、何文句言ってるのかしら?」
リリスは不満そうな声で言い返す。自然とその目は、ソニアの左手の薬指にはまっているエメラルドリングに向かっていった。リリスの予想が正しければ、それは金貨六十枚はしているはずだ。
ラムリーザは、場の空気が微妙になってきたのでソニアやユコにも何か買ってあげようかと考えて聞いてみた。
「ユコも何か欲しい? 例えばドラムセットとか……」
「なんでドラムなんですの?」
「ラムは財布じゃない! それにユコが叩くならあたしベースやらない!」
残念ながら、ラムリーザの判断は逆効果だった。ユコはあまり嬉しそうにはせず、ソニアに至っては怒り出してしまった。
「ユコには、僕がどうしても出られない時の代役を任せたいだけなんだけどね」
「ラムリーザ様が出られないときは中止ですわ」
「うん、ラムが出ないならあたしも出ない」
またソニアの、ラムリーザ依存論が飛び出してしまった。
なんというか、妙なところで意気投合する二人だ。ラムリーザはめんどくさくなって、それ以上対応するのはあきらめることにした。しかし、ふとリリスの表情を見て、これはいかんな、と少し思った。
リリスは、誕生日プレゼントを買ってもらっただけなのに、ソニアとユコに騒がれて、面白く無さそうな顔をしている。まるで買ってもらったことを悪いように言われているのだから仕方ない。まぁ、確かにその額が普通ではありえないとも言えるが……。
ラムリーザは、このまま責められてばかりではリリスが可哀想だと思い、三人から少し離れて姿を隠し、携帯電話を取り出してジャンに連絡を取った。
ジャンのいつもの調子の良い挨拶に続き用件を問われ、ラムリーザは「実は今日、リリスの誕生日なんだ。折角だから何か企画してやってくれ」と頼んでみた。
リリスを気に入っているジャンは、それに対して「そうなのか、任せとけ!」と力強く了承してくれたのだった。
「ラム! 誰と電話してるの?!」
ラムリーザの姿が見えないことに気がついたソニアは、すぐに辺りを探してラムリーザを見つけてきたようだ。そして、丁度携帯電話の通話を終了させる直前を見られてしまったのである。ソニアは最近、ラムリーザの電話相手にうるさい。
「お、お姉ちゃんと……?」
別にジャンと電話するのは何もやましくないが、リリスに対する誕生日サプライズの話をしていたので、咄嗟に変な誤魔化し方をしてしまった。だが、その誤魔化し方はあまりよろしくない。ラムリーザは、自分でも何故お姉ちゃんと言ってしまったのかわからなかった。
「誰!」
ソニアはつかつかとラムリーザに歩み寄ってきた。ラムリーザに兄と妹は居るが、姉は居ない。少なくともソニアは姉の存在を知らない。
「えっとねぇ、ソニアは知らないかもしれないけど、十五歳年上の姉が居たんだ。僕らが幼稚園に入る前には嫁いでいたから、ソニアは知らないだろうねぇ、ははは……」
「ふーん、ソフィア様は今四十歳ぐらいよね。何歳のときの子供になるの?」
普段はちゃらんぽらんな癖に、妙な所でソニアは鋭い。ラムリーザは、冷静になってくると誤魔化し続ける必要性を感じなくなったが、ソニアの矛先をリリスから自分に向けようと考えて、おもしろくもない物語を続けることにしてみた。
「そうだねぇ。ソニアは不可能だと思っているかもしれないけど、生物的に人間は十二歳ぐらいから産めるみたいだよ。犬だと二歳ぐらいで産むしね」
「むー……そうなんだ」
うん、ソニアは単純だった。あっさりと信じた、というか一応事実でもあるのだから、あっさりと受け入れたというか。
「あ、居た。ラムリーザが急に居なくなったと思ってたけど、突然どうしたのかしら?」
そこにリリスとユコが現れる。その時ソニアは、現れた二人に余計なことを言ってきた。
「えーとね、ラムのお母さんが二歳の時に産んだ姉が居るんだって。あたし今始めて知った」
「はぁ?」
なんだか話が違う。せめて十二歳って言おうね。それでも妙な話だけど……。
「こほん、買い物は終わりね。ごはんに行く?」
「あ、待って。ラムリーザあなた、電子ドラム買わないかしら?」
「ん? そんなのがあるのか?」
「ええ、折り畳み式だったら持ち運びに便利なので、出掛けた時などでもすぐに使えるわ」
ラムリーザは、リリスからそう聞いて「そうか」と答えて、とりあえず買っておくことにするのだった。確かに折りたためば、専用の鞄に入るのでどこにでも持って行けそうだ。
さて、買い物が終われば、夜のライブまでとくにやることはない。そういうわけで、四人は、ひとまず夜まで時間を潰すということで、ラムリーザの実家に向かうことにしたのであった。
六月にリリスは泊めてもらったことがあるが、ユコにとっては初めてである。
「へー、ここがラムリーザ様の実家なのですね」
「あたしの実家でもあるよ」
屋敷に住み込みで働いている両親の元で育った娘の立場は何なんだろう。同じ実家なのか、居候なのか……。実家じゃないとしたら、ソニアの家はどこということになるのか。
屋敷に入った所で、ラムリーザは、偶然ラキアと出掛けようとしていた兄のラムリアースと鉢合わせしてしまった。
「おろ? ラムリーザお前、ソニア以外の女連れ込むのか?」
ラムリアースは、初めて見る二人の美少女を見て言った。
「ああ、向こうでできた友達、バンド仲間かな。リリスとユコって言うんだ。――って、連れ込むじゃなくて、付いてきた……いや、連れて来たけど、変なことはしないよ」
「へぇ、この美人な娘たち、お前の取り巻き?」
「取り巻きという言い方はアレだけど、乱暴に言えばそうなる……のかな?」
「なるほど、ソニア一筋と見せかけてハーレム形成していたか。いいぞ、それでこそ我が弟だ」
ラムリアースは、笑いながらラムリーザの肩をバンバンと叩いて言ってきた。ハーレムという言葉を聞いて、ソニアは不満そうに顔をしかめる。
「えっと、向こうの友人にはそれらしいこと言われたよ。やっぱりそうなるかぁ」
ラムリーザは、以前リゲルに言われた『ラムズハーレム』と言う単語を思い出していた。
ふと気がつくと、母親のソフィアもこちらを見ているではないか。だが目つきはいつもの恍惚としたものだ。とくに気にしていないようだ、問題ないだろう。
さて、実家に帰ったからと言って、特別やることがあるわけでもない。
ラムリーザは、兄にこれ以上からかわれるのを避けるために、自室に篭ることに決めた。だが、後ろから三人はついてきている。
「へー、ここがラムリーザ様の部屋なんですね。おじゃましまーす」
「ここはダメ! 客室はあっちなんだから、ユコはリリスとあっちに行って!」
ユコはソニアの言った事を無視して、ずかずかとラムリーザの部屋に入り込んでいった。
ソニアは、傍若無人なユコの態度に腹を立てて睨みつける。そしてその視線は下半身へと向けられていった。
「あ、ユコ逃げた方がいいわ、変態乳牛が狙って――」
ソニアの視線の動きを察したリリスの忠告は遅かった。ソニアの手はユコの太ももに伸びて――。