怪談前編 ~気味が悪い話と驚愕の馬鹿力~
8月21日――
クリスタルレイクにあるリゲルの別荘にて、今夜はここで怪談話をすることになった。
ラムリーザたちはリビングに集まり、輪になって物語を語っている。ラムリーザとリゲルはソファーに並んで座り、その前に左から、ユコ、リリス、ソニア、ロザリーンの順で並んで床に座っている。
部屋の電気は消していて、明かりは輪の中央に置かれたろうそくのみである。現在リリスの話が終わったので、一本消えて残りは十一本だ。
リリスの話が終わったところで、ユコが注文をつけ始めた。
「怪談になってないじゃありませんの。結局ずだ袋を被った男はなんなんですの?」
「それはあなたの想像次第」
ラムリーザ的には、リリスは艶めかしく語るので、怖さよりも色気を感じてしまって、ちっとも怖く感じなかった。だが、色気が通用しないユコに対しても怖くなかったようである。
「ああもう、私が怖い話の何たるかを教えて差し上げますわ!」
こうして二番目の語り手は、ユコということになった。
――昔々、あるところにおじいさんとおじいさんが住んでいました。おじいさんとおじいさんは、お互いにとても愛し合っていて、寝るときも御飯を食べるときもいつも一緒でした。おじいさんとおじいさんは、よく二人で深いキスをしていて――
「怖いよ! というか、気味が悪いよ!」
ラムリーザは思わず叫んでしまった。なんだこの不気味な世界観は、などと想像すると思わず身震いしてしまう。
「何ですの?! 話の腰を折らないでください!」
「ぬ、すまん」
ユコは気を取り直して話を続けた。
――ある日、おじいさんは山へ洗濯に、おじいさんは川へ柴刈りに行きました。おじいさんが山で洗濯をしていると――
「待て、それおかしくない?」
「うむ、おかしいな。正しくは、川へ洗濯、山へ柴刈りだな」
ラムリーザとリゲルは、二人でユコの話のおかしな所を指摘する。
「ああもう、邪魔ばかりしないでもらえます?」
ユコは不機嫌そうに声を荒立てて、二人を睨みつけた。
「ぬ、すまん」
ユコの話は続く。
――おじいさんが山で洗濯をしていると、向こうから「どんぶらこ、どんぶらこ」と言いながら、ホモが流れるようにくねくねと身体を揺すりながら歩いてきま――
「ううむ……」
「何ですの?」
「いや、なんでもない。続けてくれ……」
ラムリーザは、ユコの話の気味の悪さに突っ込まずにいられなかった。よく見ると、ソニア、リリス、ロザリーンの三人も、眉をひそめて聞いている。
――おじいさんは、山からホモを連れて帰りました。すでに川から帰ってきていたおじいさんは、「やあ、大きなホモだなぁ」と言いました。そこでおじいさんが、なたをふるってホモを真っ二つにしたら、中から――
「ちょっと待ってくれ……」
「何ですのいちいち!」
「ホモって人だよね? 男性の同性愛者のことだよね?」
「そうですが何か?」
「真っ二つにするのか?」
「スプラッターですの! もう邪魔しないでください!」
――ホモを真っ二つにすると、中から赤子が出てきました――
「なんでやねん」
「ラムリーザ様! いい加減にしてください!」
ユコは激怒するが、ラムリーザは突っ込まざるを得なかった。
なぜホモが流れてくるのだ。なぜなたで真っ二つにするのだ。なぜ赤子が出てくるのだ。
「次また話の腰を折ったら、本気で怒りますよ!」
いや、もう怒ってるよ……。
「ぬ、すまん」と言ったものの、果たして守れるかどうか……。
――おじいさんとおじいさんは、出てきた赤子を大切に育てました。でも、村の人々は、愛し合っているおじいさんとおじいさん、つまりホモから生まれたので、ホモ太郎と噂し合ったそうな。ホモ太郎はすくすくと育って、立派な青年になりました。おじいさんとおじいさんが居なくなってからは、ホモ太郎は毎日山を「どんぶらこ、どんぶらこ」と言いながら、くねくねと身体を揺すってさまよい続けていたのでした。
そこまで語ると、ユコは一息ついて、ふぅ、とろうそくの火を吹き消した。それから得意げな顔をして一同を見渡して聞いた。
「いかがです?」
誰も答えない。
しばらく沈黙が続いたので、ラムリーザは微妙な空気を吹き飛ばすために口を開き、ただ一言「気味が悪い」と呟いた。
「何ですの?! ラムリーザ様は最初は怖いって言ったじゃありませんの。邪魔ばかりするから怖さが薄れるんですの!」
「いやその、ホモ太郎って何? 山で何してんの?」
「どんぶらこ~、どんぶらこ~」
ユコは、そう言いながら手首をダラーんとさせて腕を突き出して、首と身体をくねくねと動かして見せるのだった。
「気味が悪いよ!」
「まあいいですわ、気味が悪いも怖いのうち。ラムリーザ様が気味悪がってくれたのなら成功ということにしますわ」
ユコはさらにリリスの方へ向かって、「どんぶらこ~」を演じてみせて、リリスから「気色悪いわね」と押し返されている。
ソニアとロザリーンも同じように気味悪がってか、先程から一言も発していない。
ラムリーザは、話が進まなくなったので、「次は僕がやるね」と言って怪談の準備を始めることにした。
まず、手元に持ってきていたりんごを、女の子たち四人に手渡す。首をかしげる四人に、「力いっぱい握ってごらん」と促した。
よくわからないまま、四人は「んっ」と喉奥で可愛い声を出して握り締める。
ソニアはすぐに何のことか察したようで、「知ってるからいい」と言って、ラムリーザにりんごを返した。
「で、これが何かしら?」
「りんごジュース作ってごらん」
リリスが尋ねたので、ラムリーザはさらっと言ってやった。
「ミキサーか金おろしはどこ? りんごジュースは、金おろしでおろすか、切ってからミキサーにかけなくちゃ」
「道具や機械に頼らずに、自分で作ってみよう」
今度はロザリーンが尋ねたので、それにもさらっと答えてやった。
「無理よ」
リリスは、すっとりんごをラムリーザに返した。
ロザリーンは、りんごを見つめて何か考え込んでいる。別の作り方でも考案しているのだろうか?
「無理と言ったね」
ラムリーザはリリスの顔を見て、にっこりと笑顔を作ってみせた。この場面でその作り笑顔に不気味さを感じたのか、リリスは少し眉をひそめる。
「前置きなんていいから早く作って」
一方ソニアだけは、真顔で催促してくる。彼女だけは、既に知っているのだ。
「前置きしなくちゃ怖くないだろ。それじゃあ皆さん、このりんごにご注目下さい」
ラムリーザはそう言って、みんなの視線が右手に握ったりんごに注目しているのを確認してから、ふきんを敷いたボールの上に右手を近づけていった。そして、ゆっくりと力を加えていく。
ぐしゃり……
りんごはラムリーザの手のひらの中で潰れ、付近の上に汁と破片が零れ落ちた。
「ひっ!」「ひいぃ……」
ユコとロザリーンの悲鳴が同時に上がった。二人とも持っていたりんごをポロリと落としてしまった。
リリスも、まるで目の前に悪魔でも現れたかのように、目を見開いて固まっている。リゲルも腕を組んで、一言「うむ」とだけ唸った。
ソニアだけが、それがどうした? という表情で、ぼんやりとラムリーザを見ている。
ラムリーザは、ユコとロザリーンが落として転がった二つのりんごを両手に持つと、今度は同時に二つとも握り潰して見せた。
このパフォーマンスを見て、リリス、ユコ、ロザリーンの三人は、完全に言葉を失ってしまった。リゲルも再び「うむ……」と唸る。
ラムリーザは、持ってきたりんごを次々と握り潰していって、ふきんの上に砕けた破片の山ができていった。指を使って破片をさらに細かく握りつぶして、今度はふきんで包み込んで、思いっきり絞り込んだ。ボールの中に、ポタポタと滴が流れ落ちている。
ラムリーザ以外、観客の中で平常心なのはソニアだけだった。みんな黙ったまま、ラムリーザのりんごジュース作成を、まるで怖いものでも見るような目つきで眺めていた。
ボールの中にりんごの汁が溜まり、ラムリーザ作成のりんごジュースが完成した。
「ほら、お待たせ。ご要望のりんごジュースができたよ。ちょっと行儀悪くなるけど、欲しい人から順にボールで飲んでくれ」
ラムリーザはそう言ったけど、やっぱりコップを取ってこようと思い直して、手を洗うついでにということでソファーから立ち上がって台所の方に向かっていった。
誰もラムリーザの残したボールに手を伸ばそうとしない。気味が悪いものでも見るような目つきで、中に溜まったりんごの汁を見つめていた。
「誰もいらないの?」
ソニアは、リリスたちが脅えた様な表情をしたまま動かないので、ボールを手に取って聞いてみた。
リリスは「いやいやいや……」と呟き、ユコは「気味が悪い……」と自分の話でラムリーザに言われたことを逆に言い返し、ロザリーンは自分の手のひらをしげしげと見つめている。
「ま、しょうがないかぁ。ラムが掴もうとしたら、帝都のツッパリも避けるからね」
ソニアの言う通り、この間帝都に帰ったときに、公園で出会ったツッパリ集団のボス、アキラはラムリーザが手を伸ばすとその手を振り払っていた。多少付き合いのある彼は、ラムリーザに掴まれたらどうなるかわかっていたのだ。
「あいつの握力いくらだ?」
リゲルの問いに、ソニアは「知らない」と言う。
「確か80後半、90kg近かったと思いますわ……」
正確には、春に行われた体育の授業での体力テストでは、握力89kgを記録していた。今現在は、さらに力を付けてひょっとしたら90kg台に乗っているかもしれない。
「やれやれ、なんてやつだ」
「リゲルさんはどれぐらいですの?」
「61kg。ちなみにこれでも平均よりは上だぞ、あいつが化け物過ぎるんだ」
「まさに怪談ですわね……」
そこにラムリーザが、コップと漏斗を持って帰ってきた。ラムリーザを怪訝そうに眺めるリリスやユコを見て、ソニアはほくそ笑んで言った。
「ラムが怖いのだったら、付きまとわなくていいのよ。ラムは、付き合うには難易度の高い男なのよ」
「難易度って何それ? はい、これで分け合って飲んでね。ああ、そうそう、忘れてた」
ラムリーザは、ろうそくを一本吹き消して、自分の番を終えたのであった。別に談話していないが、一同を十分に怖がらせたので成功と言える。
りんごジュースには、ソニア以外はあまり触れようとはせずに、飲み終わるのにしばらく時間を要したのだった。