一流クラブステージでエロゲソングを歌う女
7月9日――
試験期間も終わったということで、週末「ラムリーズ」のメンバーは、帝都にあるクラブ、シャングリラ・ナイト・フィーバーに集まっていた。
今回も切り込み隊長を任されて、一番にステージに上がっていく。これは、まだ学生ということも考慮して、あまり帰りが遅くならないようにという配慮からくるものであった。
そして、リーダーのラムリーザの挨拶でグループ「ラムリーズ」は動き出す。
もちろんラムリーザが語っている間、ソニアはいつものようにテンションが上がり、何とも形容しがたい不思議な踊りを踊っている。見ていると、脱力効果の方が大きい踊りだが、リリスなどはその得体の知れない踊りを見てリラックスしているものだから、人生何が役に立つか分かったものじゃない。
今回は、試験を挟んだりしていたので、新しい曲のレパートリーは、先日完成したばかりの一つしか増えていない。
そしてその新しく演奏できるようになった曲は、盛り上がってきた中盤に披露することにした。
リードボーカルは、先日海に遊びに行った時に、ビーチバレー勝負で決めたということで、リリスが担当することになっていた。
司会進行も担当しているラムリーザが、次にその歌をやることを告げたとき、傍にリゲルが寄ってきて話しかけてくる。
「おい、あのエロゲソング、まじでやるのか?」
「んー、歌としてはいい曲だと思うし、意外とエロゲソングだと気付かれないと思うから、そんなに気にしなくていいと思う。リゲルは何か気に入らないところでもあるのかい?」
「その界隈では有名なゲームだから知らんぞ。んや、俺が歌うわけじゃないからどうでもいい……」
リゲルはラムリーザから離れて、自分の立ち位置に戻っていった。
そして、新しい曲の演奏が始まった。ユコのキーボードが奏でる前奏から入り、ロザリーンのピアノの伴奏に合わせてリリスがしっとりと歌い上げる。
歌が始まったところで、一部の男性客がざわつく。舞台袖に控えているジャンも、「ほう、こういうのもやるのか」と呟き、感心しつつニヤニヤしている。
ラムリーザが気にしなくていいと言い、リゲルが気にしていた事は、残念ながら杞憂に終わらなかった。
一時間が過ぎて、今日の演奏時間を終えたラムリーザたちは、そのまま客席に移動して、夜の食事を取ってから帰ることにした。六人掛けのテーブル陣取って、各自好きなものを注文していた。
そこに、次のグループの紹介を終えたジャンがやってきた。そして、彼はラムリーザたちにいつもの気さくな感じで話しかけた。
「いやぁ、『ラムリーズ』はジャンル幅広いね。POPにロック、ゲームソングだけでなくエロゲソングも歌いこなすなんてな」
ジャンの言葉に、ソニアは「エロゲソング?!」と、びっくりしたような声を上げる。
「違うよ! きーらきーらはエロゲじゃないよ!」
「いやそれじゃない、それはギャルゲソングだろ。俺が言ってるのは、今日新しく披露したやつ」
「な、なんですって?!」
今度はリリスが驚く番だ。目を大きく見開いて、赤い瞳がジャンを凝視している。
「なんだ? リリスは知らずに歌っていたのか?」
ジャンは、何やら面白いものを見るような目つきでリリスを見ているが、当のリリスはそれどころじゃないと言った感じだ。
「ちょっとそれ聞いてないんだけど! ユコ、これどういうこと?!」
リリスは、ステーキを切っていたナイフをユコの方に向けて興奮する。
「何ですの?! あなたたちはどうでもいい理由で、すばらしい歌を馬鹿にするのですか?!」
ユコも負けていない。リリスの突き出したナイフを、持っていたスプーンで振り払う。カチンと高い音が響いた。
「いや馬鹿にしてないよ。むしろ幅広いジャンルを網羅していてすごいと思うよ」と、ジャンはユコの肩を持ってくれて、さらに「俺、あの歌もゲームも好きだし」と続けた。
「ほう、つまりお前はあれをオカズにしているというわけか」と、リゲルはにやりと笑って言う。
「へぇ、真面目で固そうな雰囲気だと思ってたけど、君もあのゲーム知っているんだな。いいだろあれ」と、ジャンはリゲルの挑発は気にしていない感じだ。
「……知らんな」
知らない振りを通すリゲルの方が、身を引いてしまう感じだ。
「何ですのあなたたち、オカズってそんな言い方!」
「いや、エロゲだろ」
リゲルは知らない振りを通すつもりだったが、思わずユコに突っ込んでしまった。
ユコは憤慨して、テーブルに両こぶしを叩きつけて立ち上がり、リゲルの方に詰め寄って力強く語った。
「あなたの言っているのはエロゲじゃなくて抜きゲです! 男の方がオカズにするのは抜きゲであって、エロゲではありませんですわ! エロゲは、アダルティックなシーンのあるドラマですの!」
「お、おう……」
ユコの剣幕に押されて、リゲルは言葉に詰まった。
「えー、コホン。いいかな?」
ラムリーザは、このままでは荒れた場が収まらない、と判断して一同を制する。
「話は後で僕が聞くから、静かに食事しようよ。ほら、ロザリーンも困ってるぞ。だからこの話はこれでおしまい、いいね?」
「……わかりましたわ」
ラムリーザの宣言で、エロゲソングの是非についての論議は、ひとまず先延ばしという形でこの場は収まった。
「とりあえず、次回からはソニアが歌っていいわ」
「まだそんなこと言うんですの?!」
折角落ち着いたと思ったら、リリスがまた余計な一言を言うのでユコが騒ぎ出す。
「こほん! 話は後で!」
「…………っ!」
ラムリーザに一瞥されて、ユコは口を尖らせたまま黙る。
「というかさー、リリスさっきから肘が当たってうっとーしいんだけど!」
今度はソニアが騒ぎ出す。スプーンでスープから芋をすくった所、隣に座っているリリスの左肘がぶつかってきて、芋がスプーンから飛び出してテーブルに転がってしまったために文句を言ったのだ。
「あなただってぶつけてくるじゃないの。その言葉そっくりそのままお返しするわ」
「いいからナイフとフォークの持つ手を反対にしてよ! ナイフは右手、フォークは左手がマナーでしょ?!」
「こほん! 話は後で!」
「…………っ!」
なんだかいろいろな問題が先送りにされていく。
ラムリーザは、食事を進めながら先送りにした問題について考える。エロゲソングは一つの歌と見ることにして、余計な偏見は持たない。テーブル席に並んで座るときは、リリスを一番左になるように配置するとして――。
「ところでラムリィ、いいかな?」
「こほん! 話は後で!」
――それからジャンの、ジャンの……、えーと、何だっけ?
「……すまん、ジャンの問題は何?」
突然素に戻ったラムリーザを見て、ジャンは「ぷっ」と軽く吹き出した。
「お前の言うとおり後でいいや。それよりも――」
ジャンは、「ラムリーズ」のメンバーを見渡してから言葉を続ける。
「――お前の新しい仲間は、おもしろい奴が集まってるな」
「リーダーは、みんなをまとめるのに大変だよ。去年まで君がどれだけ大変だったか、よくわかった気がするかな」
「いや、まとめるのは楽だったぞ。お前は常識的だし、お前の妹は従順で大人しいし、ソニアもそれほど騒がなかったからな」
確かにソニア単体では騒がない。ソニア爆弾は、リリスやユコと言った起爆剤があるから爆発するのだ。去年までの状況で考えると、メルティア辺りがメンバーに入っていたら、ジャンもソニアを御するのに苦労していたはずだ。
みんなの食事が終わったところで、今日はもう帰ることにして席を立った。
そこで再び騒動再開。
「リリスあなた、歌に余計な偏見を持つなんて酷いですわ!」
「リリスのせいで、お芋二つお肉一つダメになった!」
「ちょっと何よ、なんでステレオ攻撃で私を非難するのよ」
どうやらラムリーザの言った「後で」の意味を、「食事の後」と捉えていたようだった。「僕が聞くから」と言ったことは、興奮状態で聞いていなかったというわけか。
ラムリーザが、とりあえず彼女たちを分断させるか、店に迷惑がかからないようにさっさと帰るか思案していると、再び司会を終えたジャンがラムリーザたちのところにやってきた。
「ラムリィ、もう帰るのか?」
「うん、あまり遅くなると彼女たちの親が心配するからね」
「それじゃあ、ちょっとリリスを貸してもらっていいか?」
「リリスに用? まあいいけど」
ラムリーザはリリスの方を振り返ったが、リリスはソニアとユコの尋問責めを受けている真っ最中だ。まずはリリスを解放してあげなければいけない。
まずラムリーザは、ソニアに金貨を握らせて、「これでさっきの食事の支払いを済ませてこい。釣りはやる」と言って、リリスからソニアを引き剥がす。
その流れを見ていたリゲルは、「俺の分は自分で払う」と言って、ソニアと一緒にカウンターの方に向かって行った。
次にユコに対して、「文句があるなら僕が聞くから、そのくらいにしてやれ」と言って、リリスから引き離す。そして、リリスの肩を押して、ジャンの方に行かせた。
ユコは、「別にラムリーザ様に言う文句はありませんわ」と言って、ジャンの方に行ってしまったリリスを睨んでいる。
そういうわけで、ようやくジャンは、リリスに落ち着いて話しかける機会を得ることができた。
「リリス、よかったら連絡できるようにアドレス交換しないか?」
それを聞いたリリスは、「えっ?」と呟いて、うーんと考えるような素振りを見せる。
ラムリーザはその様子を見て、リリスの肩をぽんと叩いて「交換しておきなよ。ジャンは悪い奴じゃない」と自然な表情で言って聞かせた。
ジャンは、「お、いいこと言ってくれるね。ラムリィ、お前はいい奴だ」と言ってうれしそうだ。
「でも、いいのかしら……」
「リリス、君にとって必要なものを考えてごらん」
まだリリスは躊躇しているみたいなので、ラムリーザは言って聞かせるようにリリスに話しかけた。
「私に必要なのは心の支え。それはラムリーザあなた自身。今はそれで十分」
だがリリスは、ラムリーザ以外必要ないようなことを言い出してしまう。
「その先は?」
「その先?」
「うん、その先。リリスが一人前になって、やっていけるようになったらその時どうする?」
「えっと……舞台で歌う事?」
「うん、そうだね。そうなった時に大事になるのが縁故。そしてジャンはクラブ経営者の息子。友達とか恋人候補とかそういう考えは追々考えるとして、ジャンと仲良くなっておくのは将来役に立つぞ」
「ラムリーザらしい考えだな。まあ将来のことは置いといて、友達ぐらいいいいだろ? 俺はラムリーザの友達。リリスとラムリーザは友達だろ? それで友達の友達は、友達だろ?」
「友達……」
そう言ってリリスは、カウンターの方で支払いをしているソニアの方をちらっと横目で睨む。その目は、ソニアさえ居なければラムリーザとは友達じゃなくてそれ以上の……、などと考えているような嫉妬に似た感情が込められていた。
「んー、やっぱりラムリーザじゃないとダメか?」
リリスはジャンをしばらく見つめてから、意を決して携帯電話を取り出しながら静かに言った。
「……そうね、よろしく、ジャン」
「おっ、ありがとう! ちなみに俺は何人目の男友達かな?」
ジャンも、携帯電話を取り出しながらうれしそうな声で、探るように聞いた。
「……三人目」
「つまりラムリィと、たぶんグループ仲間のリゲルってのと、俺だけ? 嘘だろ、他に男居ないのか?」
「居ないわ、それじゃあまたね」
そう言い捨てて、リリスは先に店を出て行ったユコの後を追って、店から出て行った。
ジャンは、リリスが歩いていく後姿を眺めていたが、彼女が出て行くとラムリーザに顔を近づけて、小声で訊ねた。
「リリスって、あの美人でこれまでに付き合っていた男が居ないって、ひょっとして訳あり物件?」
「いや、そういう解釈は間違ってると思うぞ。ソニアだって、他に付き合っている男居ないし……たぶん」
「あれはお前にしか興味ない女だろ。まさかリリスも?」
「いいじゃないか、ライバル少なくて」
その時、ステージで演奏していたグループの演奏時間が終わったようで、メンバーは次々にステージから引き上げている。
「おっといかん、じゃあまたな!」
ジャンはそう言って、ステージの方に急いで向かっていった。
「それで、歌の是非についてですけど」
「リリスのテーブルマナーについてだけど」
「「くどいよ!」」