徳を極めることはできますか?
9月26日――
今日もラムリーザとソニアの二人は、校舎の屋上で涼んでいた。
この暑い時期は、屋上で涼しい風に吹かれているのが心地よい。
二人の会話は、自然と昨日の続きとなっていた。ただし、竜神殿の話ではなく、八つの徳についてなのだが、ソニアの方から話し出したのだから仕方がない。
「ねぇ、あたしたちの中で、アバターリアに誰が一番近いかな?」
「待て、僕はそのアバターリアという物が何なのかさっぱりわからない」
ラムリーザの指摘を受けて、ソニアはアバターリアについて語りだした。それは、とあるゲームに出てくる八つの徳を極めし者の呼び方だそうだ。
つまり、優しさ、誠実さ、公平さ、勇敢さ、献身、名誉、清らかさ、謙虚さ、この八つの徳を極めた聖者の事を指すのだそうだ。
「まず、リゲルは優しさが足りないね」
ソニアは勝手に仲間の批評を始めた。
だが、ラムリーザはそうかなあ、と思う。ロザリーンには優しいし、聞いた話の範囲内では、ミーシャという娘も大事にしていたみたいだ。
ソニアがリゲルの事を優しくないと感じるということは、リゲルにはむしろ公平さが足りないのでは? と考える。
「リリスは謙虚さが無いと思う」
それはソニアに対してだけだ、とラムリーザは思った。グループの二枚看板ということにしたので、ソニアに対して対抗心を持っているだけだ。謙虚に譲り合うということをしないのは、ソニアも同じことだ。
「ユッコはなんか清らかさが無い気がする。帝都のメルティアやジャンもエロいから同じ」
ユコは、見た目だけを見たら清らかなのだが、内面は何かおかしなところがある。それはラムリーザもうすうす感じていることだった。
というか、エロいと清らかじゃないのか、まあそうか。ジャンはエロいが、メルティアはソニアで遊んでいるだけなのだが。
「ラムは公平さが不要」
それは昨日突っ込んでおいたので、あえて何も言わない。つまり、ラムリーザは聖者になってはいけないということなのか……。
「ローザは、……ローザはー……、うーん……」
「ロザリーンが聖者に近い?」
「いや、絶対にローザにも欠点があるはず」
しかし、八つの徳に関しては、ソニアはロザリーンの欠点を見つけることはできなかった。
「うーん、ローザはあれで献身さが足りないんだきっと」
「いや、献身的にクラス委員とかやってくれているじゃないか」
「むー、仮面優等生め……」
「仮面? それよりもな、欠点ばかり見てないで、良いところを見てやれよ。友達だろ?」
「これは友達としてじゃなくて、聖者にふさわしいか見ているの!」
「はぁ……、そうか」
ラムリーザは、ソニアのことは放っておいて、自分はみんなの良いところを探し始めた。リリスは……と考え始めたところで、ゲームに出てくる聖者の話だということを思い出して、別にどうでもいいやという結論にたどり着いた。
「こらっ」
その時、屋上への出口の扉が開き、低い声が響き渡った。
ソニアはビクッとして振り返ると、そこにはリゲルの姿があった。リゲルの顔を見て、ソニアは嫌そうな顔をする。
リゲルの後ろには、いつもの三人が控えている。
「やっぱり屋上を遊び場にするのは……、まあいいや、もう」
諦めたようにそう言いながら、ロザリーンはラムリーザの方へと近づいた。何度かの経験をしっかりと生かして、スカートを上からしっかりと押さえたまま。
「まぁ、こいつらは問題を起こすことは無いだろう。一部バカだけどな」
リゲルのつぶやきに、ソニアとリリスの二人がにらみつける。何か心当たりでもあるのだろうか?
「それよりもさー、みんなで八つの徳を極めてみない?」
ソニアは、ラムリーザにした説明と同じものを繰り返してみんなに聞かせて提案した。
「聖者への旅路ね」
「うん」
リリスだけは、すぐにゲームの話だということがわかったようだ。
「ソニアは知性が足らん」
一通りソニアの話を聞いた後で、リゲルは馬鹿にしたように言い放った。
「それ徳じゃない! それに何? あたしは馬鹿だってこと?!」
いやまぁ、それもあながち間違いとは言えない。
「ちょっと、私に清らかさが無いって何ですの?」
ユコは、ソニアの評価が気に入らない風に文句を言った。清らかじゃないと言われたら、普通に怒るだろう。
「なんとなく」
ソニアの答えは適当だ。そもそも清らかさって何なのだろう。ソニアは、エロと清らかじゃないと思っているみたいだが、どうなのだろう。
「なんとなくで清らかじゃないって言わないで欲しいですわ!」
そこにリゲルがユコに問いかけた。
「ユコ、上級生ってゲームについてだが、やっぱり一番いいのはシュリルだよな?」
「うーん、私はリンダの方だと思いますわ。あ、でもジョイスとの友人エンドもお勧めですわ」
「何のゲーム?」
話のわからないラムリーザは尋ねてみる。するとリゲルは、淡白に「エロゲー」とだけ答えた。
「そういう所が清らかじゃないのよユッコは。リゲルも清らかさの欠片も見えない! 魂は彷徨っている!」
ソニアは、勝ち誇ったように宣言する。それに対してユコは、不満爆発だ。
「何ですの?! エロゲは、アダルティックな要素を含んだドラマですの! 抜きゲーと一緒にしないでくださいます?!」
どこかで聞いたような理論だ。割とどうでもいいが……。
「わかった。よくわからないけど、とりあえずわかった。だから落ち着こうね」
ラムリーザは牽制してみせるが、話が盛り上がってきたところで、リリスはソニアに対して攻撃を仕掛け始めた。
「みんな何らかの徳が足りないのはわかったわ。それで、ラムリーザはソニア一筋だと言うのなら、公平さが足りないってことになるわね」
「いやちょっと待って。それなら僕は、聖者になるためにあちこちに手を伸ばして、公平にいろんな女の子と関係を持てと言うのか? それおかしくない?」
「目指せ性者ですわ」
「ナイスボート」
ラムリーザの発言に対して、リゲルとユコはよくわからないことをつぶやく。
一方ソニアは、リリスの撒いた餌に、普通に食いついた。
「それでいいの! ラムは公平さなんて要らないの! そんなことよりリリスは寝取るから誠実さが足りない! この悪党が! 反省するがよい!」
「ソニアは自分さえよければそれでいいのね。献身さが足りないわ。えーと、ひどく自分勝手だ。他人の事を考えよ、だったかしら?」
「相手が彼氏無しだからって自分のを差し出せと言うのが献身さなら、そんな徳なんて要らない!」
いつも通りに始まったこの口喧嘩を聞いて、ラムリーザはふとこの二人の言い分は正しいのでは? と思った。
恋人を優先せずに、友達や他人と同等に扱う公平さは必要だろうか? 一人で寂しい相手のために、恋人を差し出す献身さは必要だろうか?
だがしかし、領民に対する公平さや献身さは必要かもしれない。
つまり、聖者になるためには、女性関係という俗物的な物は捨てなければならないということか、めんどくさ。でも、聖職者の結婚は禁じられているという話もあったような気がする。どっちにしろ、めんどくさ。
ラムリーザが一人、物思いにふけっている頃、話し合いの結論が出そうになっていた。
「こうしてみると、ローザがやっぱり一番非が無いね……」
「私が聖者ですか?」
「ああ、この中で一番まともだな」
やはり優等生のロザリーンは、非が見つかりにくい。リゲルも肩を持って同意する。
しかし、そんな結果に落ち着くのにソニアとリリスが簡単に認めるわけがない。
だから、ソニアはとんでもないことを言い出した。
「それじゃあ勇敢さを示すために、ラムに喧嘩を売ってやっつけてみよう」
ロザリーンは、「えー……」とつぶやいて、困ったようにラムリーザの方を見つめた。
なんとなくラムリーザも調子に乗って、ロザリーンの方に手を差し出して、手のひらを上に向けて、ぐっと握りこぶしを固めてみせる。
「出た! アップルクラッシャー!」
リリスも調子に乗ってうれしそうに叫び、ロザリーンは夏のキャンプの事を思い出して、顔をしかめる。彼女にとって、りんごを握りつぶす行為は、恐怖でしかなかった。
「仲間はやっつけません!」
だからロザリーンは、語気を強めて言い返す。
「おう、優しさと名誉が上がったな」
リゲルはロザリーンの味方をする。やはりこの二人は、いい関係を築けているようだ。
だから結局、ソニアとリリスは仲間割れを始めてしまった。
「仲間をけしかけたから、ソニアの優しさと誠実さが下がった。なんと冷たい心だ!」
「うるっさいわね! リリスは元から優しさなんて無いじゃない! 人の苦しみを知るがよい!」
「卑怯で恥さらし! ナメクジの方がまだましだ!」
「自惚れ、誇りが高すぎる! 控えめさを知れ!」
ソニアとリリス、二人の徳がどんどん下がっている。清らかさの欠片もあったものじゃない。
もういい。
ラムリーザは二人から視線を外して、遠くの山を眺め、心の中でつぶやいた。