エルドラード帝国、歴史の一部
10月4日――
週の頭から始まった試験は、今日で二日目。明日でおしまいというところだ。
ソニアとリリスは、連日に及ぶ勉強会の成果があってか、前回と違って手ごたえ有りと言っている。しかし、結果が出るまで信用できない。前回ソニアは言った、ばっちりと。だからラムリーザはもうだまされない。
今日もリリスとユコは、ラムリーザの下宿先である屋敷に、学校が終わるとすぐに家に帰ることなく直接やってきた。一秒でも多く試験勉強をするためだ。
リリスなどは、最初やってきた時のような不満な顔はしていない。
それもこれも、勉強机として使用している、ラムリーザの部屋にある机の上に、潰れたゴムマリを置いたままにしてあるからだ。
ラムリーザが握り潰したゴムマリは、ある意味よい牽制になっていて、不真面目なソニアとリリスを引き締まらせている。ラムリーザが最初に、ゴムマリを握り潰しながら怒鳴りつけたというのもあって、怯えているという理由も多少あったが……。
そういうこともあって、明日の試験科目の一つである「歴史学」についての試験勉強をスムーズに開始することができたのだった。
エルドラード帝国の歴史
今は四代目皇帝エドウィン・ハッブル・エルドラードが統治している。
この皇帝の下で宰相の地位についているのが、ラムリーザの父親である、ラムニアス・ミレニアム・フォレスターだ。
今現在、もっとも力を入れている事業の一つが、西の隣国ユライカナンとの国交強化だった。
この指揮は、全面的に宰相ラムニアスに任されており、国交の拠点とするための新開地を、帝国の最西端に作り上げていた。数年後には、ラムリーザがこの地の領主として君臨する予定であった。
皇帝エドウィンは38歳とまだ若く、とりわけ名君でも暗愚でもなく、少々宰相ラムニアスに頼りきりという点もあったが、羽目を外すこともなく、無難に帝国を動かしていた。
また、エドウィンには姉と妹が居て、姉の方がソフィア・マリーチ・エルドラード・フォレスター、ラムリーザの母親である。
三代目皇帝ジョージ・ガモフ・エルドラードの時代は、今から十二年前以前の話だ。
この頃のラムリーザは、幼稚園に入るか入らないかという時期であり、この皇帝についての記憶は全く無い。この時期には、ラムリーザとソニアは生まれたときから一緒と言うこともあって、既に一緒に暮らしていたが、リリスとユコはまだ出会っていない。
さて、この三代目皇帝の最大の功績は、西のポッターズ・ブラフ地方から、東のクエスタ・ベルデ。最南端の港町アントニオ・ベイから、北の国境都市ハドンフィールドにかけての領土を確立して、安定した帝国の基盤を作り上げたことだろう。
この頃から、エルドラード帝国は、大きな国と他国に認識されつつあったのだ。
ラムニアスは、三代目皇帝の時代の途中から帝国宰相の地位に就くことになり、それ以前は高級文官のまとめ役であった。この時代の中期にラムリーザの母親である、ソフィア・マリーチと出会い、結婚している。
二代目皇帝アダムズ・ルヴェリエ・エルドラードの時代は、ラムリーザはまだ生まれていない。父親ラムニアスもまだ少年時代という頃である。
この時代では、西の隣国ユライカナンが、さらに西にあるヌマゼミという国と争っていたという状勢であった。
そこで帝国は、ユライカナンに協力して、ヌマゼミを併合させることにしたのだった。そうしなければ、北西の大国ルジアがヌマゼミを乗っ取って勢力を拡大してしまうという危機感があったからだ。
ユライカナンを少しでも強くすることで、帝国とルジアの間の壁ととして機能するのだ。
この頃から、帝国とユライカナンの間に同盟関係が結ばれていた。
ヌマゼミは民族的に粗野で扱いにくい国だったが、ユライカナンは礼儀正しい文化を持った国だったので、こちらを選んだという背景があったとかなかったとか……。
三代目皇帝が内政に秀でた皇帝だとすれば、二代目皇帝は外交に秀でた皇帝だったと言えるだろう。
初代皇帝シャングリラ・エルドラード、この地域に散らばっていた少数民族の長の一人だったが、周囲を纏め上げて、一つの国家を作り上げた建国の父である。すべての基礎、そういうものだった。
彼の名前がそのまま帝国の名前と、首都である帝都の名前になっている。
これが、教科書に載っている範囲での、エルドラード帝国の歴史を要約した内容である。
四人は、黙々と教科書を読んで復習しながら、試験勉強を続けている。
「ってかさー、ラムリーザの父上って、教科書に載ってるのね」
リリスは感心したように言った。そこにソニアがまた要らんことを言う。
「リリスも事件起こしたら、新聞の三面記事に載るよ。その方が目立つねー」
「何それ、意味がわからないわ。だいたい私は教科書って言ったんだけど、なんで新聞になるの?」
「事件は事件でも、テロとか起こしたら歴史に残るでしょ? 根暗吸血鬼の乱とかさー」
「そんなのだったら、牛女の恐怖でいいじゃない、このメスミノタウロスが」
「なっ、まっ――」
「こほん、勉強進めるよ」
二人がまた喧嘩始めそうなので、ラムリーザは二人の間に潰れたゴムマリを投げ込んでみるのだった。すると、二人はすぐに大人しくなるのである。なかなかの牽制能力を持ったゴム鞠の残骸だ。
歴史学の勉強は、エルドラード帝国の歴史だけでなく、周辺各国の歴史についても学ばなければならない。四人は、二時間ほど教科書とノートとにらめっこして勉強を続けていた。
ソニアとリリスは、当然のごとくノートを取ってなかったので、そこはラムリーザとユコがノートを貸して写させるのだった。
「ところでふと思ったんですが?」
一息ついたところでユコが尋ねた。
「新開地はいつまでも新開地ですの? 何か街の名前とか決めないのかな?」
「そうだね、何かに決めないといけないと思ってるけど、まだ未定だったりするんだな」
「良いのがあるよ! あるよ!」
そこにソニアが乗り込んできた。
「ラムちゃんシティってどう?」
「却下」
ラムリーザは短く答えて切り捨てた。
「むー、なんでよー」と口を尖らせて剥れるソニアに、「そんな恥ずかしい名前はダメだ。作りたければソニア一人で作ってくれ」とラムリーザは答えるのだ。
「よーし、絶対に作ってやる。新開地の中に自治領を作るんだ」
「はいはい、ソニアが自治領主で、ユコが念願の自治領主夫人でよろしくね」
「待ってください、なんで私が百合をやらなくちゃならないんですの?」
「リリスならどんな街の名前にするかい?」
ラムリーザは、ソニアとユコはスルーしてリリスに話を振ってみた。
「そうねぇ、魅惑の壺かしら」
「聞いているのは街の名前だからね。壺の名前じゃないよ」
そういうわけで、リリスの案は却下。リリスはなぜこんなに壺にこだわるんだろう……。
最後に、先ほどラムちゃんシティの自治領主夫人に任命したユコにも聞いてみた。
「そうねぇ、ヌートピアとかいかがですの?」
「は?」
「有名ロックアーティストの作った架空の国ですわ、ヌートピア」
「それ、ヌードみたいね」
ソニアが横から要らん事を言ってくる。
「な、何ですの?!」
「はい却下、おしまい」
ラムリーザは、なんだか三人が揉めそうなので話を終わらせた。
しかし、いつまでも新開地ではまずいなと思った。ラムリーザは、今年中に街の名前を考えておこう、ということにしたのだった。
「さて、次は数学の勉強をしよう」
歴史学の次は数学だ。
「ソニアに問題。この三角形ABCの面積はなんぼかな?」
ラムリーザは、簡単な問題をソニアに出してみた。三角形の面積の出し方ぐらい理解しているだろうか……。
「えっと……、さんぼ?」
「は? さんぼ? ぼ?」
「いや、なんぼ? って聞かれたから三角形だから三だと思ったので三ぼ」
「もういい」
こうなったら基礎の基礎からやりなおしだ。
この日も、夜遅くまで四人の勉強は続いていくのだった。これまで一度もやらなかった試験勉強といった、苦難の旅が始まった日でもあった。