上流社会のハーレム
10月8日――
今日は二週目の週末だが、先週は試験前ということで行なっていなかった、オーバールック・ホテルでのパーティが開かれることになった。
来月も、体育祭や文化祭で週末は潰れる可能性があるので、できる時にやっておこうという話になったのだ。
ラムリーザは、現在週末はパーティとライブの二本立てという忙しさだ。ライブの方は、これで二週連続で休ませてもらったことになる。この埋め合わせはいずれ考えなければならなくなるだろう。
やはり学校と仕事の両立は難しい。それに、今住んでいるポッターズ・ブラフと帝都は離れすぎている。この辺りもできるならなんとかしたいところだ。
さて本日のパーティ。
前回と同じく、ホテルの近くまでリゲルの車でやってきたラムリーザたち。
ソニアは、「またあのおいしいお肉が食べられる」などと言いながら、不思議な踊りを踊りながら会場に向かっている。
「普通に歩きなさい。また段差で転んだり、足を引っ掛けたりするぞ」
浮かれているソニアを戒めるようにラムリーザは言ったが、ソニアは気にしない感じで言い返した。
「ちゃんと足元見てるもーん……、あ……」
残念、ソニアの下方向の視界に入るのは、ほとんど巨大な胸だけだ。怖くなったのか、「ふえぇ……」と言いながらラムリーザに引っ付いた。
「あほだな」
リゲルが面白そうにつぶやく。しかし、プールで疲れ果てた時と違って、元気な時のソニアは、すぐに噛み付いてくる。
「何よ! リゲルも胸に風船ぶら下げて歩いてみろっての!」
「何だ? 風船おっぱいお化けだっけか? 風船というのは自分で認めているんだな」
「くっ……」
ソニアは、自分で言い出しておきながら、先日プールで小さな子供に言われたことを思い出して顔をゆがめる。
それは置いておいて、ロザリーンはいつもラムリーザたちと一緒だが、兄のユグドラシルとは一緒じゃないのかな、と思ったラムリーザは、その事をロザリーンに聞いてみた。
「家族より、リゲルさんと一緒に行きたいのです。あ、ラムリーザさんもソニアさんも面白いですし」
「いいねぇ」
ラムリーザの同意に、リゲルもまんざらではないといった感じだ。この二人はうまく行ってるな、ラムリーザはそう思うのだった。
「ラムは車を買わないの?」
そこにソニアは、風船についての論議は止めて聞いた。
「ん~、リゲルのもあるし、今は特に要らないかなぁ」
「休日に車で出かけることもできるのに」
「いや、お前休日はゲームばかりしているだろ?」
「むー……」
などと雑談をしているうちに、ホテル内にある会場へ到着。
会場に足を踏み入れるや否や、ソニアは一直線にビュッフェのような食事ゾーンに向かっていくのだった。
「あっ、今度はクライザトラックのエヒフだ」
ソニアは既に食事に手を伸ばしているし、リゲルもロザリーンと一緒にアルコール抜きの飲み物で乾杯している。
一人手持ち無沙汰なラムリーザは、周囲を見渡していた。
まず目に入ったのは、このポッターズ・ブラフ地方の領主の娘であるケルムだ。取り巻きに囲まれているが、その中に先日見かけたウサリギやレフトールの姿は無いようだ。
ラムリーザは、ケルムと目が合いそうになって、あわてて視線をそらす。偽造写真事件以来、どうもケルムが苦手に思うようになっていたのである。ケルム自身が悪いわけではないのだが、事件そのものも、彼女の雰囲気もめんどくさかったのだ。
「今夜も俺の可愛い小鳥ちゃんたちが集まってくれたんだね。さて、今日はどの娘が相手をしてくれるのかな?」
「あたしー」
「あたしー」
ラムリーザは、後ろの方からハーレムチックな雰囲気を感じて振り返った。そこを見ると、一人の男性が複数の女子をはべらせている。所謂ハーレムというものだ。
その様子を見てラムリーザは、自分もああいう風に見えているのかな、と思って少し恥ずかしくなっていた。
よく見ると、そのハーレムの主は見覚えがある。ラムリーザは、そのハーレムに近づいていって挨拶した。
「ニバスさん、こんばんは」
そう、そのハーレムの主こそ、先日学校の裏山の秘密スポットで出会ったニバスであった。
「おぉ、君か。フォレスター家のラムリーザ君だったかな?」
「覚えていてくれてありがとう」
「なるほど、ここに居るなら本物だな。まぁ別に俺は疑ってなかったけどな」
ニバスはニヤッと笑って手を差し出したので、ラムリーザも手を伸ばして握手をする。
ニバスは、手を握られた瞬間、「ん?」という感じに握られた手を見て眉をひそめたが、傍にいた女の子たちが話しかけてきたので、すぐに優しそうな笑顔を見せるのだった。
「ニバス様ー、この人誰ー?」
「初めて見るんだけど知り合いー?」
その中の一人は、ラムリーザにも興味を示したようだ。
「あれ? なんかこの人もかっこいいー」
そう言ってラムリーザの手を握ろうとした。
「あんがーっ!」
その時、ラムリーザの後ろから、まるで口の中に何かをほおばったまま叫んだような、くぐもった大声が聞こえた。
ラムリーザに近づく女を察するセンサーを張り巡らせているのか、こういう時のソニアの反応は早い。
ソニアは、手に持った骨付き肉をほおばりながら、ものすごい形相でラムリーザの傍に駆け寄ってくる。
「こああ! ングング、ごっくん」
怒っているのだろうが、食べながらだと全然迫力が無いし、まともな言葉になっていない。
「こらこら、食べながらしゃべったりしていたら行儀が悪いって、ナンシーにいつも言われているだろう?」
ナンシーとは、ソニアの母親であり、フォレスター家のメイドだ。
「ちっぱいがラムに近寄るな!」
ソニアは、半分身が残った骨付き肉を振りかざして、ラムリーザに手を伸ばしかけた女の子に凄んだ。残念ながら迫力は無いが、食べかけの骨付き肉を振りかざす姿は、上流家庭の娘たちには気味が悪く写ったようだ。その娘は「なにこの人?」といった感じに、一歩離れるが、それはソニアの望んだとおり、ラムリーザからも離れることになった。
「あの時一緒に居た娘か、ふふっ、元気な娘だな」
一方ニバスは、そんなソニアを見て軽く笑ってみせる。ニバスにとって、ソニアの奇行は許容範囲だということか。
ニバスがソニアに対して好意的なのを見て、ハーレムの住人たちは突然現れたよそ者に、むっとした感じで詰め寄った。
「あなた何その胸。無駄に大きすぎるわね、何なのかしら?」
「うるさいわね! ちっぱい!」
「ちっぱいって何? 大きければいいってものじゃないわ」
さらに別の女の子は、ソニアにとって痛い事を尋ねた。
「あなた誰? 家は何?」
ソニアも負けていない。食べかけの骨付き肉を掲げながら堂々と答えてみせる。
「あたしは新開地自治領主夫人。なんか文句ある?!」
残念ながら、相手はきょとんとしているだけだ。それにソニアも、なにやら自治領などとユコみたいなわけのわからないことを言っているが、興奮しているだけだろうからこの際気にしないでいてあげよう。
「シンカイチジチリョウシュフジンって何よ、そんな家名は聞いたこと無いわ」
まだできてないのだから聞いたことが無いのは仕方ないだろう。そもそも自治領ではないから、永遠にできることはない。
ソニアは怒って、手に持った食べかけの骨付き肉で殴りかかろうとして振り上げたため、ソニアに突っかかっていた女の子はささっと逃げてしまった。
その時、再びラムリーザの後ろから気のよさそうな声が聞こえた。
「なんだかにぎやかそうにしている声が聞こえると思ったら、ラムリーザ君の所のソニア君じゃないか」
「あ、ユグドラシルさんこんばんは」
「あっ、ロザ兄だ。モテナイ残念なロザ兄こんばんは!」
「うるささ」
ニバスのハーレムゾーンに現れたユグドラシルは、ニバスと軽く会釈し合ってから、再びラムリーザたちに絡んできた。なんだかんだで、妹のロザリーンと仲良くしている二人ということで、興味を持ったようだ。
とくに、愉快なソニアが気に入ったようで、ロザリーンよりもソニアのところへ優先的にやってくるみたいだ。
「そうだユグドラシル、お前にちょっと聞いておきたいことがあったんだ」
「なにかな?」
ニバスに呼ばれたユグドラシルは、ソニアいじりを止めて向き直った。
「お前、生徒会長に立候補するとか言ってたから、そういった役員的な、なんというか、風紀的なことにも詳しかったりする?」
「うん、多少はね」
ニバスは身体を乗り出して、少し神妙な顔つきでユグドラシルに問いかけ始めた。
「あのさぁ、最近風紀に関して妙に厳しくないか? 写真部のやつら使ってパパラッチみたいなことまでさせて、ちょっと大げさすぎないか?」
ニバスがじっとユグトラシルを見据えると、周囲の女の子たちも同じようにじっと見つめ始める。
いきなり視線が集中して、ユグドラシルは、かつてのリリスのように慌て始めた。
「いやいやいや、自分は風紀にはほとんど関わってないぞ。風紀はあの娘――」
そう言ってユグドラシルは、会場の一角、ケルムとその取り巻きが集まっているところを指差して話を続けた。
「――ケルム君が仕切るようになってから、ほとんど彼女任せで特に何もやってないんだ。彼女は厳格だし、そういった方面には十分に任せていられるからね」
「ちっ、あいつか……。入学して半年経ってきたころだし、調子に乗ってきたわけか。めんどくさ……」
ニバスは椅子にもたれこんで、女の子の一人が差し出した飲み物を受け取り、ぐいっと一飲みして一息ついた。
「それよりもさ、ニバス、これだけ女の子居るんだったら、一人ぐらい自分に分けてくれないかなぁ?」
ユグドラシルは、何故かソニアの目を見ながらそんなことを言うのだった。当然ソニアは文句を言う。
「な、なによ。あたしこの人の女じゃないよ!」
「あれ? ここはニバスのハーレムゾーンで、ここに居る人はみんなニバスのハーレム要員だと思ったけど、違うのかな? ラムリーザ君」
「え?」
ラムリーザは一瞬何のことだかわからなかったが、すぐにラムリーザ自身もニバスハーレムの一員にされていることに気がついた。
「そんなわけ――」
反論しかけて、これはユグドラシルのボケだと感づき、方向転換して悪乗りしてやることにした。
「――じゃあ、ユグドラシルさんの相手はこの僕かぁ……」
「ラムリーザ君……、いいね、男の娘ってのも新しい世界が切り開けるかもしれない」
「ユグドラシルさん……」
「ラムリーザ君……」
「やめてよ! ラムはあたしのだから、ロザ兄にだってあげないんだから! だいたい、りんご握り潰すような人を娘とは言わないよ!」
妙な空気をソニアの大声が吹き飛ばしてしまった。
「ごめんごめん、自分は男の娘には興味ないよ。本命はこっちの緑色の女の子」
「だめ! あたしはラムのだから、ロザ兄は勝手に取っちゃダメ!」
「しょうがないなーもー。というわけでニバス――」
ニバスは、やれやれといった感じで周囲を見渡して言った。
「誰かユグドラシルの相手をしろ。首長の跡取りだ、悪くない物件だぞ」
ニバスの一言で、一人の女の子がユグドラシルにまとわりついた。顔を近づけて艶めかしく囁いてくる。
「ユグドラシル様、私あなたのひょうきんなところ、好きよ」
「お、おおお……?」
ユグドラシルは、自分で求めておきながら、いざ美女を手に入れてみると急にドギマギし始める。実は女性が苦手なんだろうか?
「ハーレムねぇ……」
ラムリーザは、うーんと伸びをして、ついでに大あくびをして、美女に遊ばれているユグドラシルをぼんやりと眺め続けているのだった。
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