より強いものに付き従う男
10月24日――
放課後になり、ラムリーザたちは今日も部室に集まって演奏の練習をしていた。
文化祭でカラオケ喫茶をやることになったので、一曲でも演奏できる曲を増やそうという話になっていた。
演奏する曲を選択するに当たって、全校生徒に意見を聞くのは流石に難しかったので、クラスでアンケートを取って曲を選択したのだった。
その結果を受けて、「できる曲」「練習すればできる曲」「無理、知らない曲」の三つに分けて、練習すればできる曲を片っ端から練習しているのだ。
「ギャルゲやエロゲの歌も、普通にリクエストにありますわねぇ」
どうやらこの学校の男子生徒、いや女子生徒も居るかもしれないが、自分の好きなものは好きだと堂々と言う人が多いらしい。
「私はそんなの歌わないわ」
「別にリリスのためじゃありませんの。これはお客さんに歌ってもらうためですの。だからリリスは演奏だけしていたらいいんですわ」
ユコは、どちらかと言えばそういったジャンルの曲について仕上げていた楽譜が多かったので、その系統については大体練習すればできる曲入りをしていた。
リリスは、ユコがゲームをやって気に入った曲の楽譜を作ることは知っていたが、まさかエロゲまで含まれているとは最近まで知らなかったのだった。
そして一時間ほど練習して、休憩と称して部室中央のソファーに集まって雑談が始まった。
ユコは、新しい楽譜の作成をしながら、何気なく聞いてみた。
「ソニアが居なかったら、ラムリーザ様は誰を選んでくれたのでしょうね……」
特に意味は無い。ユコにとっては、なんとなく口に出してみただけだった。
しかし、当然ソニアは激しく噛み付く。
「またその話?! ラムはあたしが居なかったら、一生誰とも付き合わずに独身で終わるの!」
「お前なぁ……」
ラムリーザは、こいつは何を言い出すのだと思いながらソニアを眺めていると、リゲルが珍しくこの話題に加わった。
「俺の予想だと、ケルム辺りと政略結婚――だな。奴のヒーリンキャッツ家は、この地方の領主ではあるが、実際はほとんど成り上がり。有力なバックボーンが無いんだ。ヒーリンキャッツ家そのものの実力だけで成り立っているんだ」
「ふーん、やっぱりすごいんだね」
ラムリーザは感心してみせたが、リゲルは話を続けた。
「お前はそうじゃないだろ? 親父は帝国宰相だし、お前に何かが起きたらすぐに飛んでくる兄貴が居る。その兄も城勤めなんだろ? 後ろ盾の大きさが桁違いだ。だから、ヒーリンキャッツ家にとって、フォレスター家との縁談はものすごく魅力的なはずだ」
「縁談ねぇ……」
リゲルはソニアの方を見つめて、少し笑みを浮かべてさらに話を続けた。
「新開地とこの地方が結びついたら、規模はかなり大きいぞ。ひょっとしたら帝都の次に大きな勢力になるかもしれんな。ついでにその二箇所を結ぶ手段として、俺の権力も増す。どや、ラムリーザ」
「なんね?」
「ソニアより、ケルムを選ぶ方が、お前はより強大な権力を手にすることができるぞ」
「ふざけないでよ! ふえぇ……」
ソニアは怒り、そして落ち込む。場合によってはそうなってもおかしくはない未来なのだ。
だからラムリーザは、ソニアの肩に手を回して抱き寄せ、安心させるのだった。
「大丈夫だから安心しろ。僕はケルムさんと作る巨大な権力より、ソニアと創るささやかな幸せと領地を選ぶよ」
「ふっ、よかったな」
リゲルは、ソニアに優しそうな視線を向ける。ほんと、ロザリーンと付き合うようになって、リゲルも優しくなったものだ。
その時、リゲルは何か思うところがあったのか眉をひそめる。
「ん? 今ふと思ったけど、隣国ユライカナンとの拠点は、新開地を新たに作らずにここでもよかった気がするぞ……。ラムリーザ、知ってたらでいいが、ちょっと教えてくれ」
「何だろう?」
「ユライカナンとの国交について取り仕切っているのは、ひょっとしてお前の親父か? 皇帝から一任されているとかそんな感じで」
「聞いた話ではそうなっているはずだよ」
「ふむ……、なんとなくわかった。あ、お前は気にしなくて良いぞ、俺に思うところがあっただけだ」
リゲルの想像は間違っていなかった。
宰相ラムニアスは、皇帝から隣国ユライカナンとの国交について任された時、その拠点をまず考えた。
その時隣国と一番近い場所は、今ラムリーザたちが生活しているポッターズ・ブラフ地方だった。
しかしラムニアスは、田舎の無名の領主が治めている地は無視することにして、新たな国交拠点を作ることにしたのだ。
むろんその地の領主につけるのは自分の息子。
兄弟の長男は、自分の跡取りになるのは決まっていたが、次男の行き場が無い。そこで、今回の国交について任された時に、それを最大限に利用してフォレスター家の権力を大きくしようとしたのだった。
そのことについて、リゲルはなんとなく気がついたが、ラムリーザはそこまでは思い至ってなかったのだ。
「でもさあ、この地方に限って言えば、ケルム派ってやばいよね。ウサリギやレフトールを従えているんでしょう?」
リリスは嫌な顔をしてつぶやいた。この学校に限れば、暴力面についてケルムが牛耳っているのだ。
「レフトールぶつけてきたのは、ケルムの陰謀だったりして」
リリスの何気ない発言に、リゲルの眉がピクリと動く。また何か思ったのだろうか。
「待った待った待った待った、あいや待たれい、待たぁれぇい! 俺はラムさん派だぞ?!」
その時、部室に聞きなれない声が響いた。
「なっ、あんたまた来たの?」
リリスはさらに嫌な顔をしてみせる。
部室にいつの間にかレフトールが入ってきていたのだった。
「外で演奏聞いていたけど、邪魔したら悪いと思って終わったから入ってきたんだぞ。リゲルがギターやっているのは知っていたけど、まさか根暗吸血鬼までギターやってたなんてな。上手いなお前ら」
「こいつ嫌いだわ、帰ってもらいましょう?」
「そうですの、部外者立ち入り禁止ですわ!」
リリスとユコは、ラムリーザが最後は勝ったという話を聞いて、レフトールに対して多少は強気に出ている。
「賛成! 野蛮人のレフトールは帰れ!」
ソニアも大声で非難して大声を出す。
それを聞いたレフトールは、口をへの字に曲げ、困ったような顔をしてつぶやく。
「まだ怒っているのかよ、ラムさんに喧嘩売ったのは悪かったって言ってるだろ?」
「ラムを気絶させといて今更何よ!」
「ううっ、俺もラムさんにこっぴどくやられたからおあいこだよ……」
レフトールはそう言って、「ほら見ろ」とばかりにソニアの前に自分の両手を差し出して見せた。
両手とも指がガチガチにテーピングされていて痛々しい。
「ふんっ、自業自得だわ」
ソニアは、レフトールの手から顔を背けて言い捨てた。
しかしラムリーザは、流石にその様子を見て心配そうに声をかけたのだ。
「やっぱりやりすぎたなぁ……。どうだ? まだ痛むか?」
するとレフトールは、軽く笑って答えた。
「指が何本か変に脱臼してしまったが、テーピングして固定していたらそのうち治るってさ」
「顔の方も酷いな……。本気で戦ったことは初めてだから、加減できなくて悪かったよ」
「ラムリーザは悪くないわ」
すぐにリリスは庇ってくる。それでも、ラムリーザと違いレフトールのやられ方が酷すぎる。
「あざは殴られた後だとして、その五箇所の傷は何かしら?」
「ラムさんに掴まれた。ブレーンクローってやつだ。手も顔も握り潰されたようなものだ。ったく、そんな化け物じみた握力があるなら、最初から言えっての! いや、そもそも宰相の息子ならもっと早く言ってくれよ!」
レフトールがイライラした感じで言い放つので、リゲルは冷淡に問いかけてみる。
「知ってたらどうしたんだ? ん?」
「最初から関わろうとしない。というか、ラムさんに自分を売り込むわ」
「ふっ、お前は権威主義だからな」
レフトールは、リゲルに皮肉を言われたが、気にする様子もなく腕組みをして持論を述べ始めた。
「あたりまえだのクラッカー。俺はより強いものにつく、それが俺の生き方だ。ケルムさんよりも、ラムさんの方が、権力的にも腕力的にも上だから、こっちにつくことにした」
「ほう、それならラムリーザよりも権力が上の奴が出てきたら裏切るんだな?」
「宰相の息子の上? そうなれば皇帝の息子か、そりゃあ当然だな」
リゲルはレフトールの持論に鼻を鳴らして小さく笑った。
「ふっ、お前とはこうしてじっくりと話したことは無かったが、予想通りの奴だな。まぁ皇帝の息子がここに居たとしても、ラムリーザと敵対するとは考えにくいな。でもなぁ、そこに居るソニアが居なければ、ラムリーザはケルムと繋がっていたかもしれんぞ?」
「うるさい!」
自分の存在を無かったことにされかけて、またソニアが叫ぶ。
「あー、この爆乳娘はソニアって言うのか、よろしくな」
「ふんだ! 爆乳言うな!」
「しかしラムさんとケルムさんか、その方が俺もやっていきやすいわ。ラムさん、ソニアを振ってケルムさんと付き合えよ」
「ふえぇ……」
さっきからソニアは、怒ったり落ち込んだり忙しい。
「はい、ケルムさんの話はもうやめ。僕はソニアが一番だから、残念ながらケルムさんを選ぶことはありえないよ」
ラムリーザがそう言うと、ソニアは嬉しそうに引っ付いてくるのだ。
「しかしなぁ……」
レフトールはソニアの胸をまじまじと眺めながら聞いてみた。
「こいつのバストサイズなんぼ? 体育館裏で初めて見たときも気になっていたけど、ボタン留まってないし不自然じゃね?」
「不自然言うな!」
ソニアは喜んでいたと思ったらすぐ怒る。怒る、悲しむ、喜ぶ、怒る。喜怒哀楽を短期間のうちにころころ変える娘だこと。
「百」
「5kg」
その答えをリリスとユコが簡潔に答えるから、「だまれちっぱい!」とまた騒ぐのだった。
「百だと? 1メートル?! すごいな! ちょっと揉ませろよ」
「絶対嫌!」
ソニアは叫ぶなり、ラムリーザに正面から抱きついてしまった。大きな胸をラムリーザに押し付けて揉まれないようにしているつもりだ。
しかしレフトールは、横からはみ出た胸に手を伸ばしてくるが、その手首を、ラムリーザはすばやく握った。手首を掴まれたレフトールは、少し狼狽してしまう。
「待ってくれ待ってくれ、まだ治ってないんだ、これ以上酷くしないでくれ!」
レフトールは明らかにラムリーザの握力を恐れていた。ソニアの胸ではないが、こちらも百に到達しそうな勢いだ。
夏休みに帝都の公園で再開したアキラが、ラムリーザの手を避けていたのはこれが理由だったのだ。
「ふん、腕が完全に使えなくなるぐらいに潰してやればいいのに」
ソニアがボソッとつぶやくのを聞きつけて、レフトールはラムリーザに困った顔を向けて「ラムさん……」と言った。
「ソニアに手を出すな」
それだけ言い聞かせて、ラムリーザはレフトールの腕を開放してやった。
「わかったよ、それじゃあもこっちの根暗吸血鬼――」
「待て」
ラムリーザはレフトールの言葉を遮ってきつく言った。
「リリスだ。二度とその蔑称は使うんじゃない」
「――ああ、すまん、リリスと、えーと……」
「ユコだ」
「リリスとユコには手を出していいか?」
ラムリーザは、困った奴だと思い、ため息を吐いて言い聞かせた。
「嫌がったらやめろよ」
そこでレフトールは、二人に「いいか?」と律儀に聞いてみることにしたようだ。だが二人は声をそろえて「嫌」と答えるのだった。
最後の望みをかけてロザリーンに顔を向けるが、ロザリーンは一言「私はリゲルさんと交際してます」と述べるだけだった。
「世知辛い世の中だなぁ」
みんなに拒絶され、レフトールは頭を抱えるしかできなかった。
そんなレフトールに、ソニアはラムリーザに抱きついたまま首だけ向けて聞いた。
「てかさー、なんでレフトールがあたしたちに付きまとってんの?」
「そう言うなよ。いや、俺はお前らは知らん。ラムさんに付いているだけだ。そうしたらたまたまお前らが居ただけだ」
レフトールは、拒絶された娘たちはすっぱりと諦めて開き直る。
「まあいいだろう。レフトールの存在は、ウサリギに対する牽制になるしな」
リゲルは戦略的なことにも頭が回る。レフトールの存在価値を瞬時に生み出したのだった。
「おー、さすがリゲルはわかってるね」
「ウサリギは、狂信的にケルムに従っているからな。そこが打算的な付き合いをするお前とは違うところだ」
「お、俺はより強いものに従うだけだっ」
「ふっ、いざとなったらウサリギと相打ち覚悟で戦えよ」
「きっつー、ラムさんと組んで戦えば、ウサリギなんて屁でもないと思うけどな」
レフトールの提案に、リゲルは気に入らないといった感じに腕を組んで冷たいまなざしを向けながら言った。
「お前はラムリーザを矢面に立たせるのか。自分の存在価値を自ら下げる発言をするとは馬鹿な奴だな」
レフトールもリゲルと同じように腕を組んで少し考えてから、しょうがないかといった感じで言った。
「わかったよ、俺はラムさんの用心棒みたいな立場ね。まぁ、色々あらーな」
「そういうわけで、せっかくだから仲良くしよう」
そう言いながらラムリーザが笑顔をレフトールに向けてみると、レフトールは調子に乗るのだった。
レフトールはソニアたちに笑顔を向けて、「うんっ、仲良くねー」と言ってみたけど、返事は「つーん」であった。
レフトールがグループに溶け込むにはまだ時間がかかりそうだ。しかし、面倒なことが一つ取り除かれたことに変わりは無い。以後レフトールは険悪な態度で絡んでくることはないだろう。
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