新開地の暫定的名称フォレストピア
10月26日――
新開地として開発している場所は、アンテロック山脈でポッターズ・ブラフ地方と分けられている。山脈の西側が新開地、東側がポッターズ・ブラフだ。
そして、これらの地域を結んでいるのが、リゲルのシュバルツシルト鉄道と、山脈をオーバールック・ホテルを経由して乗り越える山道だけだ。それともう一つ、一直線で結ぶ道としてトンネルの建設が現在進められている。
さて、ラムリーザはリゲルから聞いたとおりにして、新開地で食糧生産を始めることにした。
これは、隣国ユライカナンとの国境の川までの広大な平野を開拓すればいいだろう。所々に大小様々な川が流れているので、水に困ることは無い。
ラムリーザは、現在出来上がっている地図と見合わせながら、リゲルから聞いた意見を参考にしつつ計画を立てていた。
そこに、リゲルから電話がかかってきた。
「はい、こちら大魔道です」
「厨二病患ってんじゃねーぞ、こら、何が大魔道だ。そろそろ西方の平原に、農地を作るという考えに至った頃だろう?」
「すごいねー、まさにそうだよ。リゲルは読心術、マインドリードのスキル持ちか何かかな?」
「儀式を学んだ……、じゃなくてだな……」
最初の冗談で気が和んでから本題に入る。元々リゲルはこういったノリは無かったものだが、最近はこうして突っ込んでくれるようになった。
やはりロザリーンとの交際は、良い方向へと向かっているようだ。
「えーと、所々に川があるから、水に困ることが無いのがいいよね」
「うむ、そこでだ。川があるということは、治水も重要になってくるからな」
「ちすい? 血吸い? 吸血鬼対策?」
「厨二病でボケているのか? なんかお前、ソニア化してて馬鹿がうつってるぞ。治水しないと、大雨の度に川が氾濫してしまうじゃないか。まぁ、それも手だが……、氾濫農耕な」
「えーと……」
そろそろラムリーザは、リゲルの話についていけなくなってきた。治水という言葉も、氾濫農耕という言葉も初耳だ。
もっともリゲルも、治水はシミュレーションゲームからの受け売りだ。だから実際にやったことがあるわけではないのだが、それが領地を作り上げるうえで必要なことに変わりはない。
「とりあえず、農業従事者と一緒に、治水の専門家も集めるんだな」
「チスイねぇ……」
「わかっとらんようだな。まあいい、これからお前の所に向かう、そこで詳しく話をしてやる」
そういうわけで、今日はリゲルがラムリーザの下宿先の屋敷に来るという話で、一旦電話を終わらせることにした。
いつもの使用人からの「お客様がお見えです」に始まり、珍しくリゲルがラムリーザの部屋にやってきた。リリスとユコは何度か遊びに来たことはあるが、リゲルは部屋まで上がってくるのは初めてかもしれない。
ラムリーザは、再びリゲルから話を聞いて、開拓の手始めとして農業従事者、治水の専門家を募集することにした。それに併せて畜産業もやっておこうということで、牧場経営もできる人も募集した。
土地はいくらでもあるのだ。帝都にも募集要項を掲げて、新開地で一旗上げてみようと考える人を集めようとしたのだ。
「税は、三公七民でいいか。あまり高くすると暴動が起きるからな。こちらの取り分が少なくなる分、耕地を広げたらいい」
部屋の中央にあるテーブルで、二人はいろいろと話し合っていた。
ラムリーザは知らないことをいろいろ聞けて助かるし、リゲルもゲームだけでの体験だった開拓を実際にやってみるということで密かに盛り上がっていた。
こうして、いよいよ新開地での開発が本格的に始まったのだった。
既に話が決まっている竜神殿は、こういった住民の心の支え、ジャンの店は気晴らしの場として活かされる事だろう。
こうやって、一つずつ作っていこうじゃないか。
しばらくの間、二人はいろいろと計画について話をしていたが、ふとラムリーザは思い出したかのように聞いてみた。
「そういえば、ロザリーンと一緒に来なかったんだね」
「彼女は文化祭や体育祭のことで忙しい。新開地開発は、俺とお前とでやっていこう。というより今日は遊びに来たわけじゃないしな」
「それもそうだね。それじゃあ次は――」
この時、部屋と浴室を繋いでいる扉が開いた。
そこから現れたのは――。
「あーいい湯だった。はい上がったよ、ラムどうぞー」
そう、同棲中のソニアが現れた。
ソニアは、濡れた髪にタオルを巻きながら出てきたが、バスローブは着ているものの下着は全然つけていない。バスローブははだけていて、大きなスイカから何から何まであらわになっている。
いや、これはいつもの事だし、ラムリーザにとっては珍しくも無い日常の風景だった。
しかし今日は――。
「あ……」
ソニアとリゲルの目が合った。
「ちっ、こいつが居たか……」
リゲルはおもしろくなさそうに視線を外したが、ソニアは大パニックだ。
「いいぃややゃああぁぁぁ!!!」
まるでサイレンのような絶叫を上げると共に、胸を抱えて後ろを向いてしゃがみこんでしまった。
いつものようにソニアは無防備な格好で風呂から出てきたのだった。
「なっ、なんでリゲルが居るのよぉ!」
「俺はお前が居るほうが邪魔だ」
ソニアの猛烈な抗議に、リゲルはいつものように冷めた口調で言い返した。
「リゲル帰れ!」
「お前が帰れ」
「なんでよ! ここあたしの部屋よ!」
「お前の部屋じゃなくて、ラムリーザの部屋だろ?」
「あたしも居るの!」
「じゃあ俺が居ても別に不都合なかろうが、この風船おっぱいお化けが」
「なっ、なにおぅ!」
ソニアはしゃがんだまま叫び続けているが、リゲルは落ち着いたままだ。
「落ち着け。ソニア、下着付けて、バスローブをきちんと閉めてから出てきなさい」
ラムリーザは、ソニアに言って聞かせるように語った。しかしソニアは簡単には落ち着かない。
「下着はそっちのクローゼットにあるのに!」
クローゼットに向かうには、部屋の中央にあるテーブル席に腰掛けているリゲルの傍を通らないと行くことができない。
仕方が無いので、ラムリーザはリゲルにお願いをすることにした。
「すまんリゲル、数分間部屋から出ていてくれ……」
リゲルは、ふっと鼻で笑うと、言われたとおりに一旦部屋から出て行くのだった。
ソニアの着替えが終わり、落ち着いたところでリゲルを呼び戻す。
ソニアは、ラムリーザの隣に座ってリゲルを睨みつけているが、リゲルは知らん振りだ。
「えーと、話を戻そうね。次は何の話だったっけ?」
ラムリーザは、ソニア騒動で話の流れをすっかり忘れてしまった。
とりあえず話を記録していたノートを見直してみたが、話は一区切りついていたようできっちり終わっている。
「そういえば――」
リゲルは思い出したかのように言った。
「いつまでも新開地なのか? 名前を決めなくていいのか? いつまでも新開地にしておくわけにもいくまい」
「ラムちゃんシティに決まってるよ」
ソニアは、険しい目で睨みつけながら言い放った。
「そういうネーミングは、ゲームの中だけにしておけ」
「なによー、あたし真面目に言ってるよ」
「冗談なら笑えんが、本気ならもっと笑えんな」
「むー、リゲル嫌い」
「それは助かる。俺は不倫をせずに済む」
「あのねぇ……」
ラムリーザは、口を挟んで話を元に戻すことにした。
全くソニアは、相手が誰であれ、からかわれたり煽られる。スルースキルを磨いて欲しいものだ。リゲルもリゲルで、ソニア相手に遊びだすから困るというものだ。
「えーと、街の名前だけど、ジャンがいい響きの名前を言ってくれたんだよね」
ラムリーザは、先日ジャンと電話する機会があったときに、ついでに聞きなおしてみたのだった。ジャンも自分の言ったことは覚えていたようで、すぐに答えてくれていた。
「ほう、あいつか。それで何だ?」
ラムリーザは、これでどうだという気持ちになり、ちょっと得意げに言うのだった。
「フォレストピア――」
それは、ラムリーザの家名であるフォレスターと、ユートピアを合わせた名前だった。
「暫定的にこの名前で行こうと思うんだけど、どうかな?」
「うん、いいと思う!」
「まあ問題なかろう」
ソニアもリゲルも、とくに異論は無かったようだ。
こうして新開地、暫定名称フォレストピアについての話し合いは終わった。
「そういえば、ロザリーンが言っていたけど、体育祭の部活動対抗リレーに軽音楽部も出ることになったらしいぞ」
リゲルは一瞬帰ろうとしたが、思い出したかのように付け加えた。
「え? 文化部なのに? って誰が申請したんだ? ソニアお前勝手に……」
「あたしやってないよ!」
「いや、グラウンドのコースが六コース。予選と決勝を行うにあたって、十一個しか運動部が無かったから、空いた場所にもぐりこんだみたいだ」
「何でそんなことに……」
運動部に混ざって軽音楽部が出たところで、参加賞ぐらいしか望めないだろう。
「生徒会長のジャレス先輩が、深く考えずに穴埋めしたそうだ」
そういえば、生徒会長のジャレスは軽音楽部だった。普段は生徒会の仕事で忙しくてほとんど部室に顔を出さないが、ラムリーザに限って言えば、校庭ライブの申請で何度か顔合わせしている。
まぁ、ラムリーザが出る種目は、ソニアと一緒にやる二人三脚と、クラス対抗騎馬戦ぐらいなので、もう一つぐらい出る種目があったら暇つぶしになるだろうと考えた。
「とりあえず六人出ることになるから、お前も覚悟しておくんだな」
「僕は別にいいよ。えっと、運動能力的に僕とジャレス先輩とリゲルとロザリーンは確定だね。後はリリスと――」
「あたしも走るよ! 走るよ!」
ソニアは大声で自分をアピールする。まぁ、ソニアとユコなら、ソニアの方が運動神経は良いから無難なところだろう。
「で、順番も今決めておくの?」
「そうだな、明日ロザリーンに話して生徒会に持っていく」
「えーと、第一走者は――」
「アンカーお前な」
「えー……」
唐突にリゲルに言われて、ラムリーザは絶句する。アンカーって一番目立つ場所じゃないか、ラムリーザはアンカーだけは嫌だった。
「リーダーのラムが最後にどんと構えてくれていたらいいと思うの」
「いや、部活で言えば、リーダーは部長のセディーナ先輩だよね」
「久しぶりに聞く名前だな」
「部長も生徒会の方で忙しくて、部活出てこないじゃないの。ラムで決定!」
「待てよ……」
ラムリーザは、いやな予感を感じた。生徒会と言えば、ジャレスも生徒会長だしそっち優先だ。
ひょっとして、エントリーするだけしておいて、後は主な活動メンバーであるラムリーズに丸投げなのではなかろうか、と。
「ひょっとしたら僕たち六人で出ることになるかもしれない……。言っちゃ悪いけど、ユコとか入れてもあまり良い結果は出せないぞ」
「いいんだよ、どうせ陸上部とかに勝てるわけは無い。えーと、一番ロザリーン、二番俺、三番リリス、四番ユコ、後はお前ら二人で締めろ」
「ちょっと待てよ――」
「うん、あたし副将がんばる!」
ラムリーザの反論を押しのけて、ソニアは大きく同意する。
いや、最終的に最下位でゴールするのはアンカーの仕事になってしまうのだけどね……。
というより明らかにリゲルは、自分が恥を掻かない順番で決めている。
「えーとね、ここはリーダーの意見を最優先して……」
「リーダーは部長のセディーナ先輩だろ?」
「…………」
ラムリーザは、もういいやって気分になって、すべてを諦めることにした。
気がつくと、夜も遅くなっていた。
ラムリーザは、リゲルに泊まっていくか? と聞いたが、リゲルは首を振って言った。
「好意はありがたいが、ソニアと同じ部屋で寝たら馬鹿になるかもしれんから帰る」
「何よ! あたし赤点取ってない! 馬鹿じゃないよ! それにキャンプで一緒の部屋で寝たじゃない!」
「平均点取ってから馬鹿じゃないと言え。あと、キャンプでお前と同じ部屋で寝てしまったから、休み前の試験と比べて三位下がって十一位になってしまった、お前のせいだ」
「むー……」
「ということで、また明日な」
そう言って、リゲルは帰っていった。
それにしてもリゲルも饒舌になり、ソニアとの会話が増えたものだ。以前なら一言嫌味を言って終わりだったが、いろいろと心境の変化があったようだ。
いろいろ決まった一日、全てがいい方向に動いている。
「さてと、のんびりと湯にでもつかるか」