二人三脚に騎馬戦
11月6日――
ラムリーザは、二人三脚のスタート地点で、ソニアと足を紐で結びながら確認する。
「えーと、フォームは覚えているよね? 一、二、三じゃなくて、一、二、一、二な」
「うん、勝とうね!」
ラムリーザとソニアは、紐を結び終えると立ち上がった。
ラムリーザはソニアの右肩を抱え、ソニアは左手で自分の大きな胸を抱える。胸を抱えていないと、走ると大きく揺れすぎて痛いのだ。
「さて、ソニアは何位になることに賭ける?」
「一位」
得意げな顔をして言い放つ。
「大きく出たな、僕は七位ぐらいにしておこう」
「何それ、最後から二番目じゃないの」
各学年八クラスを四つのチームに分けていて、二人三脚には各チーム二組ずつ出て競うようになっていた。
「とにかく、このフォームで練習してきたし、練習どおりにやればいい所までいけるはずだよ」
「それで何で七位に――、あっ」
ソニアは隣を見て、笑みを浮かべてその人物を見つめた。
ラムリーザが何だ? と思う前に、ソニアが振り向いた所に居た女の子が、ビクッと肩を振るわせる。赤い髪を短くツインテールにしている少女、チロジャルだ。
「チロジャルちゃん、あんたも出るんだったのねー?」
ソニアは気さくに話しかけるが、チロジャルは怯えたように首を縦に振るだけだった。
「こらー、お前はまたチロジャルを怖がらせる!」
チロジャルと一緒に参加していたクロトムガが、ソニアに非難の声を浴びせかける。ちなみに、クロトムガはチロジャルと付き合っている。
「やん」
ソニアは、クロトムガに睨まれて、ラムリーザの後ろに隠れようとする。しかし、足を結び付けているのでバランスを崩して転びそうになった。
「こらこら、遊んでるんじゃない。レースは次だぞ」
ラムリーザは、ソニアの右肩に回している手に力を込めて、転びそうになったソニアを支える。その勢いで、大きな胸を引き寄せることになってしまうが、今更その感触で戸惑うラムリーザではなかった。
一つ前の集団がスタートして、いよいよラムリーザたちの集団の順番がやってきた。
ラムリーザは、ソニアの右肩をぽんぽん叩いてリラックスさせてスタート位置に並んだ。チロジャルとクロトムガペアも、ラムリーザと一緒の集団に居るようで、隣に並んでいる。
体育教官が、スタートの合図を始めた。
「位置について――」
その時、ソニアはチロジャルに囁きかけた。
「チロジャル?」
「なっ、何?」
「どうして校舎裏でラムとキスしたの?」
「えっ? そんな、私そんなことしてないよぉ!」
「――スタート!」
ソニアは、ラムリーザと息を合わせて良いスタートを切れたが、ソニアの囁き戦術に動揺したチロジャルは、一瞬棒立ちになってスタートが遅れてしまったのだ。
「ソニアだったか、あいつせこいな……」
クロトムガはぼやきながら、チロジャルの背中を押して後を追うのだった。
ラムリーザとソニアは順調に飛ばしていたが、飛ばせば飛ばすほどソニアの胸が大きくバウンドする。左腕で押さえているが、押さえきれないほどの大きさだ。
「ふっ……、ふえぇ……」
「どした? スピード落とすか?」
「いやっ……、だいじょう……、ぶっ……」
しかし、進めば進むほどソニアのスピードは落ちていき、結果的に良くも悪くも無い四位だった。
ソニアは胸を抱え、頬を上気させハァハァ息をしながらとぎれとぎれに言った。
「どっちもはずれだ、ね。四位かぁ、とりあえず半分以上で、よかった、かな」
「ソニアがせこいことしなければ、五位だったかもね」
後ろの五位の位置から、クロトムガがこちらを睨みつけている。レース前にチロジャルに精神攻撃しなければ、どうなっていたものやら。
二人三脚が終わり、ラムリーザとソニアは再び部室に戻ろうとしたが、すぐにロザリーンに呼び止められた。
「待って、クラス対抗騎馬戦があるわ。次の次だから、ここに残ってなさい」
「あー、そういうのもあったねぇ……」
「女子の部もあるから、リリスたちも呼ばなくちゃ」
ロザリーンは携帯電話を使って、部室でのんびりしているリリスとユコを呼び出しにかかった。
騎馬戦もクラス対抗で、ラムリーザの属する五、六組は、七、八組と戦うことになった。勝ち抜き戦形式で、五人一組で八部隊同士の争いになる。
五人組は自由だったので、ラムリーザはリゲルを含めたその他三人と組むことになった。
身体の大きめのリゲルを先頭に、左右に二人を配備して騎馬を作る。後は上に乗る者と、後ろから支えるもので完成となる。
「早く乗れ」
リゲルはラムリーザに上に乗るよう急かしてくる。
「えっと、やっぱり僕なのかな?」
「当然だ、その馬鹿力で相手をやっつけてやれ」
リゲルはニヤリと笑い、ラムリーザを乗せるために傍でしゃがむ。仕方なくラムリーザは上に乗る。騎馬が立ち上がり、ラムリーザ軍団の完成だ。腕力勝負なら、ほぼ負けないだろう。
「作戦だ。最初から相手の鉢巻を取ろうと考えずに、まずは腕を掴むことに専念しろ」
リゲルは、ラムリーザに顔を近づけるよう言い、作戦指示をした。
要するに、相手がラムリーザの鉢巻を奪いに来たら、その手を掴み取れということだ。
「後は全力で握ってやれ。十中八九相手は怯むから、そこで初めて相手の鉢巻を奪うのだ。いいな?」
ラムリーザは、レフトールの件以降あまりそういうことはやりたくなかったのだが、クラスが勝つためだから仕方ないと考えた。せめて、大怪我だけはさせないようにしよう。
勝ち抜き戦は、まずは一年生同士の対決から始まる。
「一年七組、クロトムガ・トンボー!」
「一年六組、ラムリーザ・フォレスター!」
ラムリーザの最初の相手は、隣のクラスのクロトムガだった。妙に縁があるものだ。
二人は向かい合ったまま敬礼の姿勢を取り、勝負開始となった。
騎馬がガツンとぶつかり、クロトムガはすばやく手を伸ばしてラムリーザの鉢巻を奪おうとした。
しかしラムリーザは、リゲルの言ったとおりにして、頭を守るように上段に構えたまま、相手の動きを待っていた。
クロトムガの伸ばしてきた腕の手首をガッと掴む。クロトムガはすぐに反対側の手も伸ばしてきたが、ラムリーザは落ち着いてそちらの手首も掴み取った。
クロトムガは離れようと手を引くが、ラムリーザはガッチリ握ったまま離さない。
ラムリーザは、少し気が進まなかったが、ぐっと両手に力を込める。その瞬間、クロトムガは苦悶の表情を浮かべた。ラムリーザの驚異的な握力で握られて、手首が痛くて仕方ないのだ。
「しまった、そういえばこいつはそういう奴だった」
クロトムガはさらに腕を引こうとするが、時既に遅し。ラムリーザの手から逃れる術は無かった。
クロトムガがあまりの痛さに顔を背けた瞬間、ラムリーザは掴んでいた手を放してすばやくクロトムガの鉢巻をうばってやるのだった。
これでラムリーザの勝ちだ。
クロトムガは、手首をさすりながら退場していく。
「いいぞ、そのやりかたで行け」
リゲルはそう言うが、ラムリーザとしては相手を怪我させない加減の調整に苦労していた。本気で握ると指を脱臼させてしまう程の力なので、七割ぐらいの力、それを目安にしていた。
勝ち抜き戦なので、ラムリーザは残り、次の相手を待ち構えることになる。
「オイッス! 次の相手はレフトール・ガリレイなりぃ――って、ええっ? ラムさん?!」
次の相手はレフトールだった。そういえばレフトールも隣のクラスで、クロトムガと同じだったのか。
しかし、レフトールはラムリーザと相対するなり「ちょっと待ってくれ」と言い出した。
「ラムさんと掴みあうのか? これは……」
「そうなるねぇ」
「ほら、試合の前の敬礼しないか」
審判をしている先生に促されて、ラムリーザは慌てて敬礼のポーズを取る。レフトールも舌打ちしながら敬礼して、勝負が始まった。
先程と同じように騎馬隊がぶつかり合うが、レフトールは腕を伸ばしてこない。
リゲルの作戦で、ラムリーザは待っているので、騎手自体の動きは無い状態だ。
ラムリーザが上段に構えてじっとしているので、レフトールは手を出せないでいた。その構えは偶然にも、あの夜レフトールと決闘したときと同じ構えでもあった。そのため、レフトールはその時の事を思い出して、嫌な顔をしている。
動きが無いので、仕方なくラムリーザはゆっくりと右手を伸ばしてみた。すると、レフトールは掴まれないように左手を引くのだった。
「待て、自分から動くな。敵の腕を掴むことだけ考えろ」
「リゲル……、やっぱりその作戦で来るわけか」
リゲルの指示を聞いて、レフトールは唸るようにつぶやいた。
「でもレフトールは攻めてこないからなぁ」
ラムリーザは、右手で頭を守りながら、今度は左手を伸ばしてみる。しかし今度も同じように、レフトールは右手を引いて掴ませないようにするのだった。
「折角脱臼した指が治ったというのに、また潰されてたまるかよ。おい馬共、押せ! 押し出してやれ!」
レフトールは、掴みあう勝負は避け、押し出して勝つことを選んだ。対決は円の中で行なわれ、そこからはみ出してしまうと場外負けというルールもあったのだ。
だが、体格の良いリゲルは、ちょっとやそっとでは動かない。
逆にリゲルが踏み込むと、レフトール側の騎馬隊はバランスを崩してしまのだった。足場が揺れて、レフトールは前につんのめってしまった。
ラムリーザは、チャンスとばかりにレフトールの両手を掴み取った。
「しまった! ギブアップ!」
「何だそりゃ……」
レフトールもクロトムガと同じように逃げようとするが、一度ラムリーザが掴むと、よほどの力が無いと逃げ出すことは不可能だ。
「痛い痛い痛い、痛いって、やめろよ!」
「いやぁ、やめろと言っても勝負だし、作戦だしなぁ」
「くっそリゲルめ、こんな作戦立てやがって痛いって!」
「手首なら怪我しないよね」
「いや痛いって!」
レフトールは顔を背けて必死で腕を引き抜こうとするが、その時がラムリーザにとって第二のチャンスとなる。
ラムリーザは掴んでいた手を片方外すと、他所を向いているレフトールから簡単に鉢巻を奪ってしまうのだった。
奪った鉢巻を掲げでガッツポーズを取るラムリーザと、手首をさすりながら睨みつけるレフトール。
「ラムリーザ、握力百に乗せろ。それは武器にもハッタリにも使えるぞ」
「冗談じゃねーや!」
レフトールはそういい捨てて、引き下がっていった。
「いいこと思いついた。お前の女ソニアのバストサイズと、お前の握力で勝負しろな」
「いや、だからそれはちょっと、ね」
ラムリーザとリゲルが雑談している間に次の相手が来たが、先程からの勝負を見ていて相手は最初から逃げ腰だった。
この地方に住む生徒は、ラムリーザの事は知らなくてもレフトールのことはよく知っている。
おっかないという評判のレフトールがあれほど苦しんだのだ。ラムリーザを警戒するのも仕方が無い。
結局勝ち抜き戦は、ラムリーザの無双で終わってしまった。掴みあう事が大前提の勝負で、その掴みあう事で相手が怯んでしまうのだから仕方が無い。要するに、リゲルの作戦勝ちだった。
しかし、残念ながら乱戦となるとこの作戦も役に立たなかった。
乱戦ではレフトールの作戦勝ちで、囮役を用意してラムリーザに腕を掴まされた所で限界まで我慢をさせて、その隙にレフトールがラムリーザの鉢巻を奪ってしまったのだった。
「ちっ、レフトールは子分の使い方を心得ていやがる。お山の対象も伊達じゃねーや」
「ラムさん悪く思わないでくれよ、そしてざまーみろリゲル」
「ほう、調子乗るなよ。来年はそうはいかないからな」
「へっへっへっ、おっ、マックスウェル右だ、右に回れ」
レフトールは、ラムリーザたちから離れ、てきぱきと子分に指示を飛ばしながら戦闘に戻っていった。
「お疲れ様」
騎馬戦が終わり、クラスごとに指定された観客席にラムリーザとリゲルが戻ってくると、ロザリーンはすぐに労いの言葉をかけてくる。
「あっ、おつかれラム!」
ソニアもハッと気がついて急いで労う。なるほど、少しは成長しているらしい。
「乱戦では負けたけど一応二位だったし、勝ち抜き戦では全部勝っているから、今の所私たちのグループがトップよ」
「それはよかった。さてと、僕たちが次に出るのは部活動対抗リレーだけか。最後の方だから大分時間があるね」
「また部室に行くの?」
「鍵開けっ放しだからね」
リリスとユコは、騎馬戦が終わった所で、すでに部室へ向かっていったのか、ここには居ない。
ラムリーザもソニアに引っ張られて、部室に向かうのだった。
こうして再び部室で涼みに、ではなくて暇つぶし、でもなくて、文化祭のカラオケ喫茶に向けた練習を始めるのだった。
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