前夜祭後編 賑やかな人たち
11月12日――
ドン、ドコ、ドンドコ――。
えらく適当なリズムを刻むドラムの音が、喫茶店へと変貌を遂げた軽音楽部の部室に響き渡っている。
クラスの文化祭実行委員レルフィーナは、まるで珍しいおもちゃでも手に入れたかのように、ドラムセットの前に座って叩いている。しかし、残念ながらかなり適当なリズムだ。
それを見ていた他のクラスメイトも、おもしろそうにレルフィーナの周りに集まってきている。
ステージ上には、ドラム以外の楽器も置いてあるので、手に取って眺めている生徒もいる。
「おーい、壊すなよー」
あまりにレルフィーナが無茶苦茶に叩くので、ラムリーザは思わず声をかけた。
さらに、生徒の一人がリリスのギターに手を伸ばす。これは、リリスの誕生日にラムリーザが買ってやったものだ。
「私のギター、金貨十八枚だからね。壊したら分かってるわね?」
リリスがギターを持とうとした生徒に、怪しげな微笑を浮かべて見つめる。そうすると、びっくりしてギターを手に取るのをやめるのだった。
そろそろ二十時を回る頃、すっかり夜遅くなってきたが、喫茶店の中は賑やかなままだ。
そこに、生徒会長のジャレスが部室に登場する。
「あっ、生徒会長のジャレス先輩だぁ」
女子に人気があるのか、数人の女子がジャレスの周りに集まった。
レルフィーナもドラム椅子から立ち上がり、ジャレスの傍に行ってお辞儀をする。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「え? 結局メイド喫茶で行くのか?」
ラムリーザの突っ込みに、レルフィーナは舌をちょろっと出して笑った。
「あ、間違えた。思わず出ちゃった」
思わずとは何だろう。彼女はメイド喫茶でバイトでもしているのだろうか?
一方ジャレスは、装飾きらびやかな喫茶店と化した部室を見渡して、少し笑いながら言った。
「前代未聞の軽音楽部の使い方だけど、なかなか楽しそうだね」
「お客様、ここではいろいろな音楽を提供できます。このリストから自由に選んで、その気になったらあちらにありますステージでどうぞ」
レルフィーナは、ジャレス相手に慣れた感じで接客をする。当日もこんな感じに進行していくのだろう。
ジャレスはしばらくリストを眺めていたが、「これにしよう」と言ってレルフィーナに何かを話しかけた。
「アンダーグラウンド一丁、ラムリーザ、後は任せたわ」
ラムリーザは、レルフィーナに促されてステージへと向かっていく。
「ほか、ソニア、リリス、ユコ、行くぞ」
「ええ、これは映画の歌ですわ」
そういうわけで、予行演習というか、ジャレス相手に演奏が始まった。ジャレス自身も軽音楽部の部員なので、客といえるかわからない。それでも、本番を想定した演習にはなる。
「永遠なんて思ったほど長くは無い、ただ孤独なだけさ――」
二十一時を回り、普段ならみんな自宅でくつろいでいる時間だ。
晩御飯だからもう帰るだの、晩飯代わりにお菓子食べただろだの話し合っている生徒もいる。
「何を言ってるのよ? 前夜祭はまだまだこれからよー」
レルフィーナはまだまだやる気だ。賑やかなのはいいが、これはいつ終わるのだろうか? まさか徹夜はないだろう。明日の作業に影響が出てしまう。
リゲルとロザリーンも、天文部の作業が終わったのか、部室に戻ってきてクラスメイトと合流していた。早速ロザリーンの奏でるピアノの周りに集まって、なにやら歌を歌って楽しんでいるグループも現れた。
ラムリーザは一人、賑やかな雰囲気に背を向けて、窓辺にもたれて外を眺めていた。
群青色の空に、大きな月と小さな月が並んで浮かんでいる。
「月が出た出た、二つ出た。まあるいお月様が二つ出たぞー」
ラムリーザは、周囲に聞こえない程度の声で歌いながら、これまでのことを思い返していた。
夏休み明けからもいろいろあった。
偽造写真事件に、レフトールの襲撃。それぞれ大変だったが、終わってみたらクロトムガやレフトールと知り合えて親しくなれたのだ。ソニアもチロジャルを気に入っている。昨日の敵は今日の友というか、雨降って地固まるというか、いい方向に物事は進んでいる。
この地に越してきてから半年、新しい仲間もたくさんできたものだ。
ソニアと二人だけという環境から始まったポッターズ・ブラフでの生活。気がつけば親しい仲間は十人を超えている。こうして少しずつ、輪を広げていけばいいだろう。ラムリーザは、妙な充実感の中に居た。
「はいラム、これが夜御飯だって」
窓辺のラムリーザの傍にソニアがやってきて、食べ物を渡してくれた。
パンの間にひき肉をこねた物をはさみ味付けしたもの、ハンバーガーだ。これは、エルドラード帝国でもメジャーな食べ物の一つだ。
「ありがとう」
ラムリーザはソニアからハンバーガーを受け取ると、さっそくパクついた。胡椒とソースで味付けされた肉が上手いし、パンもできたてで柔らかい。
「ねぇラム、陸上部がいかめし屋さんやるんだって」
いかめしとは、海産物のいかに小麦をこねた物を詰めて味付けしたものだ。ソニアは、祭りのたびにいかめしに固執している。一つだけでなく、二つ三つ食べることもざらだ。
「それはよかったな」
「あ、月が並んでる。ラムとあたしみたい」
「なるほどね。それじゃあ一緒に寝るのは五日だけにして、残りの二十五日は別々に寝ないとね」
「なんでそうなるのよー」
二つの月は、それぞれ公転速度が違い、二つが傍に並んで見えるのは一ヶ月のうち五日程だ。
また、二つの月が重なるときに、天変地異が起きるとか言われている。実は毎年一度だけ重なり、見かけ上一つになるだけで、災厄が起きたことはない。
「他にも残っているクラスあるんだね」
ソニアの言うとおり、校舎を見ると所々まだ明かりが点いている。他のクラスや部活も、明日に向けて準備の真っ最中か、ここと同じように前夜祭でもやっているのだろう。
ラムリーザの背後では、賑やかな中にレルフィーナの張り切った声が響いている。
「接客業の心得、いつも笑顔を絶やさず」
などと聞こえてくる。
カラオケ喫茶、一応喫茶店でもあるので、演奏だけでなく合間にお菓子などの提供もすることになっていた。材料から作るのか、出来上がり品を配るのかはラムリーザにはわからなかったが、喫茶店の方はレルフィーナを始め、他のクラスメイトに任せるとしよう。
ラムリーザたちが喫茶店の作業をやらなくて良い事になっていたので、曲を増やすことに専念できたというのだが、そこはレルフィーナの人事の妙だったかもしれない。
「そう言えば、知ってますの?」
窓辺で外を眺めているラムリーザとソニアの傍に、ユコがやってきた。
「文化祭の後夜祭では、ダンスパーティするんですってね」
「ダンスねぇ」
ラムリーザは、ダンスにはあまり興味は無かった。社交界でダンスをする機会はあったが、いつも適当にお茶を濁していたのだった。
「そのダンスパーティが何なの?」
ソニアの問いに、ユコは何か企むような笑みを浮かべて答える。
「後夜祭のダンスパーティで踊ったカップルはうまく行き、そこでキスをしたカップルは、永遠の幸せを約束してくれるんですの。学校に伝わる伝説らしいですわ」
ユコの説明で、ソニアは力強くラムリーザの腕を掴んだ。
「絶対に一緒に踊ろうね!」
「お、おう……」
「残念ながら、ラムリーザ様とソニアが踊るとは決まっていませんの」
「そういうことね」
いつの間にか、リリスも傍に来ている。
「ラムリーザ様の真の相手は、後夜祭ではっきりしますわ!」
ユコは力強く宣言し、ソニアは顔をゆがめてそんなユコを睨みつける。
「こ、こいつ……、寝取る気だ……」
なんだかやる気満々な娘たちとは他所に、ラムリーザはまたしてもめんどくさくなり、ダンスパーティの時間はトイレにでも隠れていてやろうかと考えるのだった。
部室、いや喫茶店では、接客の練習をしていたり、誰かが適当に音楽を演奏していた。
しかし酷い音楽だ。
ラムリーザは、ソニアたちを促してステージに戻り、そこで遊んでいるクラスメイトと代わってもらうと、ちゃんとした演奏を始めるのだった。
レルフィーナは、カラオケが復活するのを見ると、すぐにマイクの前へと移動する。この娘は、明日もマイクの前にずっと陣取るのではなかろうか……。
「それでは、ラムリーズ・クラスメイトバージョンより、前夜祭の演奏を行ないます」
カラオケ風ではなく、いつものラムリーザの進行で動いている。
「それでは行くぞっ。クラス代表レルフィーナによる『私の手を握って』を送ります」
喫茶店に、レルフィーナの元気な声が響き渡り、前夜祭はよりいっそう盛り上がるのだった。
この前夜祭は、日付が変わる時間まで続いたそうな……。