今は過去も未来も気にせず、踊り続けよう
11月13日――
ラムリーザは、ダンスパーティで新しい楽しみ方を満喫していた。
踊ることに興味は無くても、演奏するのは好きだった。
ジャレス、セディーナ、ユグドラシルの先輩たちに混ざって、肩から吊ったスネアドラムを愉快に叩きながら、グラウンドに作った簡易ステージの上を左右に移動していた。
時折立ち止まっては、グラウンド中央のかがり火を眺める。参加者はみんな、かがり火を囲む形でダンスを踊っている。
校庭の端から眺めている生徒は、カップルになれなかった残念な人たちだろうか。
あ、チロジャルとクロトムガも踊ってる、ラムリーザはそう思いながら再び動き回ろうとした時だ。
「ラームッ!」
ステージの端から大声が響いた。
ラムリーザが振り返ると、そこにソニアが居て、必死な形相でラムリーザを見つめていた。今にもステージ上に上がってきそうだ。どうやら見つかってしまったか、どうせダンスをしようという話なのだろう。
「ラム、踊ろうよ! ほら、リゲルとロザリーンも踊ってるよ! だからあたしたちも!」
しかしラムリーザは、演奏を引き受けているのでステージから離れるわけにはいかない。だからこそ引き受けたというのもあったのだが……。
「ソニアの大声が聞こえたと思って来てみたら、ラムリーザはここに居たのね」
リリスの登場に、ソニアは激しく言い放つ。
「ラムはあたしが先に見つけたのだから、あたしが踊るの!」
「ラムリーザ様発見!」
「ユコも遅い!」
しかしソニアがステージに上がろうとしたところ、実行委員の生徒に止められてしまった。ラムリーザとのダンスは諦めろということだろう。
「それだったら!」
ソニアはどこかに向かって駆け出し、再び戻ってきた時には、背にベースギターを背負い、両手に小型のスピーカーと電源を持って現れた。
「こら実行委員! あたしも演奏する、これなら悪くないでしょ? ラムも演奏しているんだし!」
実行委員は、困ったようにユグドラシルの方を見たが、ユグドラシルは頷いて好きにやらせろというサインを送った。
そういうわけで、ソニアはラムリーザと並んでステージを左右に移動しながら演奏を始めた。その光景は、ダンスをしているのとさほど変わらないように見える。
リリスはそんな二人を見て、ダンスは諦め自分も演奏しようとギターを取りに戻ろうとした時だった。
リリスがステージから少し離れると、目の前にジャンが現れた。ジャンは軽く微笑むと、リリスの方へと一歩近づく。
「リリスさん。いや、リリス、俺と踊らないか?」
リリスは驚いて目を丸くする。まさか自分が誘われるとは思ってもいなかったのだ。だが、目を見ただけでジャンは本気なのだとわかった。
「私はラムリーザと踊らなくちゃいけないので、失礼するわ」
しかしリリスは、ラムリーザの名を出してジャンの誘いを断ってみた。
「そうか、やっぱり君の中ではラムリィ――、ラムリーザの存在が大きいのか。俺の存在が大きくなるまでお預け、かな? まぁ、焦る必要も無いか」
ジャンは、回れ右をしてリリスに背を向けた。だがそのまま少し待っている。
この時リリスは、何故かジャンが立ち去るのに抵抗を感じていた。
冷静に考えて、ラムリーザがソニアを捨てない限り、自分に出番が回って来ることは無い。それどころか、ラムリーザの家は名家だ。幼い頃から一緒に過ごしてきたソニアならともかく、得体の知れない自分が周囲に認められることはないと言っていい。
リリスは、表面上はソニアの邪魔をしていたが、根底にあるこの事実は受け入れていたのだ。
それと、ラムリーザからジャンと親しくしておくのは、良いことだと聞かされていた。
ジャンはラムリーザの親友で、帝国有数のナイトクラブ営業者の息子だ。ラムリーザには劣るが、十分に金持ちでもある。それに、新開地に新しい店を出す話も聞いていた。
そこでリリスは、ジャンとの関係を少し密にしてみようと考えたのだ。こうして誘ってくるということは、ジャンは現在フリーなんだろう。
「ジャン――」
リリスの呼びかけに、ジャンは振り返る。
「踊りましょう」
「そうこなくちゃ」
ジャンは、ニヤリと笑ってリリスに近づくと、その手を取る。
「でも、キスはまだよ」
リリスの忠告にジャンは苦笑するが、「今はそれでいいか」と小さく呟くのだった。
ステージや、その周辺では、ジャンとリリスがダンスの輪に加わっていくのが見て取れた。
「へー、リリスがジャンとねぇ」
「ふん、リリスはジャンと付き合えばいいんだ。それでラムに付き纏わなくなるんだったら、みんな幸せ」
ステージ脇のユコと、ステージ上のソニア。それぞれの感想を呟いた。
そのうち何もすることが無いユコは、退屈になってきて思わず大あくびをする。
「へっへっへっ、美人が台無しだねぇ」
「なっ、何ですの?!」
ユコは突然横から声をかけられて、慌てて口を閉じて振り返る。キッと睨むと、そこにはあのレフトールが立っていた。
「暇そうにしてんなぁ、俺と踊る?」
「冗談じゃありませんの! 誰があなたなんかと!」
「ま、そうなるわな。じゃあ俺はもう帰るわ、んなバイナラ、ナライバ」
レフトールはあっさりとユコを諦め、一人学校から立ち去っていくのだった。
ステージではソニアが不思議な踊りを踊り、ラムリーザはその周りでスネアドラムを叩きながらグルグル回る。楽しそうなのやら、不思議な光景なのやらよくわからない。
そんな二人をよそに、ジャレスは甘い声でバラードを歌い始める。明らかに歌と太鼓のリズムの乗りが全然違うが、ダンスパーティはどんどん良いムードになっていった。
会った時からリリスに興味津々だったジャンは、一緒に踊りながら尋ねた。
「リリスって、ラムリーザ以外に好きな人って居るのかな?」
リリスは、少し寂しそうな微笑を浮かべて答えた。
「居ないわ。それにラムリーザも微妙。ソニアをからかうついでにモーションかけてるけど、彼はソニアで決まりよあれは……、よっぽどの事が無い限り……」
「そうだろうな、親公認の仲だしな。幼馴染ってのは、普通恋愛には発展しにくいものだが、昔からあいつらはお互いにお互いを求め合う仲だしな。ラムリーザは無意識のうちにナイスボート警戒している節があるし――、ああいやいやなんでもない」
ジャンは、笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ちなみに俺はフリーだぜ、これほんと」
「いっぱい相手が居て決められないんじゃくて? くすっ」
リリスも、妖艶な微笑を浮かべて答えた。
また別の場所では、リゲルとロザリーンが二人の世界を築き上げていた。
「ロザリーン、本当に俺でいいんだな?」
「ええ、リゲルさんなら私は全然構いません」
「そうか……。それならラムリーザじゃないが、俺たちも新しい世界を作るか」
リゲルはそう言うと、思い切ってロザリーンの頭の後ろに手を回して抱き寄せる。次の瞬間、二人は口付けを交わしていた。
それらの様子は、生演奏ステージの上からはよく見えている。
「あっ、リゲルとロザリーンがキスしたよ」
「次の世界を二人で作っていくんだ、いいことさ。リゲルもいつまでも過去に囚われていたんじゃダメだからなぁ」
ソニアは不思議な踊りを止めて、ラムリーザを見つめて尋ねた。
「ねぇ、あたしたちはどうなの? キスしなくても大丈夫なの?」
「僕とソニア? この春から次の世界を作り続けているじゃないか。僕たちの愛の形は完成した姿はまだ分からない。だからいつまでも二人で探求し続けるのさ」
「なんかかっこいいこと言ってるね」
「雰囲気に酔っているだけさ」
再びソニアは不思議な踊りを踊りだして、周りを回りながら太鼓を叩く謎の雰囲気。これも愛の形の一つなのかもしれない。そんなわけあるか。
みんなのいろいろな思いを乗せて、ダンスパーティは進行していく。
そのまま変わらぬ者、一歩進む者、覚悟を決める者、それぞれの思い。この思いを大切に、いつまでも平和に仲良く過ごしていきたいものだ。
新たな一歩だが、先は分からない。
だから、今は過去も未来も気にせず、踊り続けよう。
明日の事は明日考えよう。
来年の事は来年考えよう。
今はこれでいい。
これでいい。
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