浮気騒動?! 証拠写真もある?! なんで?! ~前編~
9月8日――
昼休み、ソニアがトイレから出てくると、例の風紀監査委員と鉢合わせした。風紀監査委員の娘は、いつものように厳しい目でソニアを見つめている。
ソニアは慌てて服装の確認をする。胸が収まっていないのは仕方ないとして、靴下はずり落ちていない。そのことが確認できるとソニアは、何か文句でもある? とばかりに強気に睨み返していた。ただし、はだけた胸は腕で隠していた。
「ソニア・ルミナス、あなたに見てもらいたいものがあります」
この日の彼女は、服装についていちゃもんをつけてくるのではなく、ソニアに一枚の写真を突き出した。
ソニアは、警戒しながらその写真を受け取ると、ちらっと眺めてみた。そこには、一組の男女が校舎裏のどこかでキスをしている姿が映っていた。
「これが何? あたしじゃないから関係ないじゃない」
写真の男子は金髪で、女子は赤髪である。確かに関係なさそうだ。
「そうね、女子生徒はあなたじゃないわ。でも男子生徒はどう?」
ソニアは再び写真に目を戻し、男子生徒をじっくりと確認した。すると、写真を見つめているソニアの表情が、だんだんと固まっていった。
「え? 嘘……」
ソニアは力なく呟いた。
写真の男子生徒は、ラムリーザだったのだ。
「残念ね、ラムリーザには他に本命が居たみたいね。あなたは諦めた方がよいのでは?」
「う、嘘よ! ラムがあたしを捨てるわけ無い!」
ソニアは、その写真を持ったまま、全力疾走で教室へ戻っていった。後ろから、風紀監査委員の「待ちなさい」という声が聞こえたが、構っている場合ではなかった。
教室の入口にある扉のレールに足を引っかけてつんのめりながらも、何とか転ばずに体勢を立て直して、ラムリーザの元に駆け寄っていった。
「ラム! これ何よ!」
ソニアは、肩で息をしながら目に涙を浮かべてラムリーザを怒鳴りつけた。
「なんだか知らんが落ち着け。何とか言われても、写真?」
「心霊写真かしら?」
「いや、ソニアが持ってるからエロ写真だと思いますわ」
リリスとユコは、好き勝手に語っている。
「泥棒猫共は黙ってて!」
ソニアはラムリーザの目の前の机の上に、思いっきり写真を叩きつけながら叫んだ。ソニアの声は高く響くので、クラスの生徒たちの何人かは、チラチラとこちらを見ている。
「何を怒っているのかしら……」
リリスは、ふぅとため息を吐くと、ユコと一緒にその写真を見てみた。
「あ、キスシーンですわ。やっぱり私の言った通り、エロ写真ですのね」
「あんたたちは黙っててって言ってるでしょ?! ラム! この娘誰よ!」
「誰よって、知らんがな」
ラムリーザは、その赤髪の少女に知り合いは居なかった。この学校の制服を着ているので、この学校の生徒だろう。赤い髪を肩の辺りまで伸びたツインテールにしている娘。ラムリーザは、それが誰だか知らなかった。
「だったらなんでラムとキスしているのよ!」
ソニアの半分泣きそうな声が、教室に響き渡った。一瞬教室がザワッとした。
「え? なんだって?」
ラムリーザとリリスとユコは、同時に驚きの声を上げてさらに詳しく写真を見つめてみた。
女子生徒はこちらに背中を向けているが、男子生徒はこちらを向いていて、顔の半分が見えている。
「あ、ラムリーザ様ですわ」
「ほんと、ラムリーザじゃないの。いつの間に愛人増やしたの?」
「いや、増やしたの? って、愛人は一人もいないよ。いやいや、そういう問題じゃなくて、知らんよ?! この娘誰? こっちが聞きたいよ」
ラムリーザには、全く心当たりのない事だった。その娘も、その場所も知らない。ソニアに問い詰められても、知らんがなとしか言うことができなかった。
「そんな事言って、こっそり会ってたりするんでしょ!」
「いや、いつ会うんだよ。毎日ほとんどお前が傍に居る状態じゃないか。終始お前が引っ付いている状態で、どうやってキスするまでに関係を深められるんだよ」
ラムリーザの言う通り、一日の大半をソニアと一緒に暮らしているのだ。ソニアに知られずに浮気を……って、そんなことをした記憶も、するつもりもラムリーザには無い。
「キュリオ見せて!」
ソニアは、ラムリーザのキュリオを要求した。もし本当に浮気をしているなら、キュリオに履歴が残っているはずだ。キュリオとは携帯型情報端末で、スマートフォンの様なものだ。
ラムリーザは、全くやましい所はなかったので、「勝手に見ろ」と言ってソニアに自分のキュリオを手渡した。
ソニアは、眉間にしわを寄せてキュリオの確認を始めた。
「通話着信履歴……、ジャン、ジャン、ジャン、ソフィア、ジャン、リリス、ジャン、リゲル、ジャン……、ちょっと待ってよ! なんでリリスとの通話があるのよ!」
それはリリスの誕生日の日、朝にかかってきた電話の事だろう。
「電話ぐらいいいでしょ?」
リリスはめんどくさそうにつぶやいた。そもそも今回は赤髪の娘の正体を知ることであって、リリスとラムリーザの付き合いを確認するためではない。写真の相手はリリスではないのだから。
「ジャンが多いよ、ラムが男好きってホント? ラム×ジャン?」
「いや、ラムリーザ様の性格ですと、ジャンが攻めでラムリーザ様が受けだと思いますわ」
「腐ったようなこと言うな、ライブの打ち合わせだよ」
妙な流れになってしまったが、ひとまずは通話履歴に怪しい所は無いことが分かった。
「次はメール受信履歴……リリス、リリス、ユコ、リリス、リリス、ソニア、ユコ、リリス、リリス、ジャン、ユコ、リリス……。メールはリリス多すぎ! 何よこれ! リリスを着信拒否設定しなくちゃ!」
「別にメールぐらいいいでしょう?」
「だな、メールぐらいいいだろ、そもそも写真の相手はリリスじゃないんだし」
「ちょっと何これ! なんでジャンにあたしの体操服姿の写真送ってるのよ!」
「あ、しまった……」
ラムリーザに、一つだけやましいところがあるのを忘れていた。あれは、夏休み前の体育の時間、バレーボールをやっていた時の話だな。
とにかく、メールの履歴にも、怪しい相手は居なかったのだ。
「こうなったら、この娘を探し出して、小一時間問い詰めてやらなくちゃ!」
しかし、この学校の中から知らない女子生徒を一人探し出すのは困難だ。特徴を掴んで絞り込むしかないが、赤髪の娘も多いし、ツインテールも珍しい髪型ではない。
ソニアは、その娘の全身を見て、特徴的な一点を探し出すことができた。
その娘は、制服のサイハイソックスの右足部分の太もも半ばの裾の所に、アクセントとして赤いリボンを巻いているのだった。
ソニアは、早速クラスを見渡した。すぐに赤髪ツインテの娘を一人発見し、大きな胸を揺すりながら駆け寄っていく。
「ちょっとレナ! あんた何校舎裏でラムとキスしているのよ!」
「はぁ? 何の話? 私、ラムリーザとなにもしていないんだけど」
「ラムリーザっていつもあなたと一緒にいるじゃない、何言ってるの?」
レナと呼ばれた娘とその友達が、ソニアが何を言っているのだろうと不思議な感じで言い返した。
「ちょっと足見せて! 証拠があるんだから!」
「気味が悪いわね、何よ……」
「右足の靴下の裾の所に赤いリボン巻いてるでしょ?!」
レナは、めんどくさそうに立ち上がって右足を見せた。だが、太ももに赤いリボンは巻いていない。
「いつも付けてるけど今日は外しているとかじゃないの?!」
「いや、付けたことないんだけど」
「ええ、レナはそのようなアクセサリー付けてたの、見たことないよ」
二人に言われて、ソニアは「ふんっ」と言ってその場を立ち去った。二人は、「嵐は立ち去った」とばかりに、お互い顔を見合わせてため息を吐くのだった。
ソニアはもう一度クラスを見渡したが、他に赤髪をツインテールにしている娘は居なかった。長く伸ばしている娘は居たが、たとえほどいていたとしても、それだと写真の娘と長さが違う。
クラス内に候補者が居ないと分かると、ソニアは教室から飛び出していくのだった。
「おい、あれはちょっとヤバくないか?」
リゲルはラムリーザに忠告する。確かに頭に血が上ったソニアをこのまま放っておくのは、猛獣を檻から出して放置しているようなものだ。
「全く、しょうがない奴だな……」
ラムリーザは、仕方なく立ち上がった。
ソニアは、すぐ隣の教室を覗きこんでみた。見慣れない女生徒の登場と、その特徴的な胸に男子の視線が集中するが、ソニアは全く気にしていないようだ。
じーっ、と教室内を見渡していくと、真ん中辺りの席に集まっている女子集団の中に、赤髪ツインテの娘の姿を発見した。
ソニアは、遠慮なく隣のクラスに乗り込んでいく。隣のクラスだからと言って、物怖じせずに突っ込んでいく強気は、ソニアの強さの一つだろう。
その赤髪の娘は、入口には背を向けて立っていたが、ソニアが座席と座席の間の通路に入ると、その全身が目に入ることになった。
そしてすぐに、右足の太ももに赤いリボンを巻いているのが確認できたのだった。
「こらぁ! この泥棒猫!」
「ふに?」
赤髪の娘は、突然ソニアに怒鳴りつけられて、きょとんとした顔を見せている。
ソニアはちらっと周囲を見回して、視線が自分に集中しているのに気が付いた。そこで、その娘を教室の外へ連れ出すことにした。廊下ならあまり人は居ない。
「ちょっと来て、小一時間問い詰めたいことがあるから!」
「や、やあん、痛い、痛いよ放して!」
ソニアは悲鳴を上げる娘の胸元を掴んだまま、廊下まで引きずっていった。ソニアの方が体格が良い分、それなりに筋力があるようだ。
廊下に引きずり出した娘をソニアは問い詰める。
「あんた普段からその髪型? それと脚のリボンもいつもつけてるの?」
「髪型ずっと一緒だよ、それに、リボンぐらい、アクセサリー自由じゃないの?」
赤髪の娘は、おびえたように答えた。その視線は、ソニアの目と胸を移動し続けていて、全然落ち着いていない。ひょっとしてソニアの事を風紀委員か何かと勘違いしているのか?
「じゃあ、この写真に写っている女はあんただね」
ソニアが写真を取り出して見せようとした時、不意に後ろから声をかけられた。
「あれ、チロジャル? 何してんの?」
「あっ、クロトムガ! 助けて! この人が突然……」
赤髪の娘はチロジャルと呼ばれた。それと、新しく現れた男子生徒はクロトムガという名前の様だ。
だがソニアは、男子生徒の出現を気にすることなく、赤髪の娘チロジャルに写真を見せつけて言った。
「これ、あんたでしょ?」
チロジャルは恐る恐る写真を見て、「あ……」と言った。どうやら心当たりがあるようだ。
ソニアの後ろからクロトムガと呼ばれた男子生徒も覗きこみ、「あ、やばい、ばれた?」と言った。
「やっぱりあんたか! ラムを寝取るとはいい度胸ね!」
廊下にソニアの大声が響き渡り、チロジャルは首をすくめて萎縮してしまった。
「ラムって誰だよ……って、チロジャルお前! 俺たちの秘密の場所に誰を連れ込んでいるんだよ!」
「知らない! 私知らないよ!」
クロトムガは写真をよく見て、そこに写っているのがラムリーザとチロジャルがキスしている所だということに気が付いて、声を荒げた。チロジャルも必死で否定する。
「ところで、あんた誰?」
ソニアは、今度はクロトムガに怪訝な視線を向けた。
二人の話では、この二人はどうやら恋人同士らしい。しかし、チロジャルがラムリーザと写っているので、クロトムガは怒りだしてしまった。
「この人軽音楽部のドラムの人じゃない、私校庭ライブで見たことあるだけで話したこともないよ!」
「お前は昔からアイドルとか好きだったから、ああいう場所に連れていきたくなかったんだよな」
「違う! 私この人と何も無い!」
「じゃあなんで秘密の場所で会ってるんだよ! キスしてんだよ!」
「やってない! 知らないよこんなの!」
ソニアを置いてきぼりにしてで、二人は口論を始めてしまった。そんな二人を、ソニアは何も言わずにじと目で睨み付けていた。
「やっぱり騒ぎになってたか。ソニア、落ち着けよ」
その騒ぎの中に、ラムリーザがやってきた。胸の下で腕組みして、少し胸を持ち上げた感じになっているソニアを挟んで、知らない二人が口論になっているのだ。
「あたし何も言ってないよ。写真見せたら勝手に騒ぎ出した」
その時、ラムリーザとクロトムガの目が合った。
「あ、お前だな?! 何チロジャルに手を出してんだよ!」
クロトムガはラムリーザが写真に写っていた男の方だと分かるや否や、胸ぐらをつかんできた。
「やめてクロトムガ、私この人と何もしてないよ!」
「ラムに乱暴するな!」
取っ組み合いの喧嘩になりそうになったので、二人の女の子がそれぞれの反応で止めに入る。
ラムリーザはやれやれといった感じで、右手で掴んできた手首を握った。
「まあ待て、落ち着いて話しよう」
「これが落ち着いていられるかっての!」
クロトムガが胸ぐらをつかむ手に力を入れたので、ラムリーザも手首を握った手を放し、今度は掴んでいるクロトムガの握りこぶしに対して、指の付け根辺りを握り直す。そして引きはがすために力を込めた。
「あがっ――、ちょっ、待――っ」
次の瞬間、クロトムガが苦悶の表情を浮かべる。すぐにラムリーザの胸ぐらから手を放して、ラムリーザの手から逃れようとしている。
「ふんっ、りんごみたいに潰しちゃえばいいんだ」
その様子を見たソニアは、ざまあみろ的な感じで吐き捨てた。
ラムリーザはクロトムガの手を放してやったが、クロトムガはラムリーザに握られた手をかばったまま俯き苦しそうにしている。
「な、何? 大丈夫?」
そこにチロジャルが心配そうに寄ってきたが、クロトムガは少しの間何も言えずにいた。
「やばいやばいやばい、なんだこいつ……、なんて握力してやがるんだ……」
クロトムガは、脅えたように一歩ラムリーザから離れた。これで落ち着いて話ができるということだ。
前の話へ/目次に戻る/次の話へ