以下省略も発動することなく何気なく過ごす平凡な夜……、だと思う
9月11日――
「ココちゃん!」
「何? ――ってか誰?!」
休日の夜、自室にて、ソニアが突然大声を出したので、ラムリーザは驚いて尋ねた。
「ココちゃんは、あの白いぬいぐるみ、いや、クッション!」
ああ、あれか、とラムリーザは思い出した。未だにぬいぐるみかクッションかで、ソニアの中で揉めているんだな、と。ちなみにそのぬいぐるみは、ソニアの足元に転がっているのだが……。
「ココちゃんどこ行ったの? ラムも探してよ!」
ソニアは、その場に立ち尽くしたままキョロキョロと辺りを伺っている。もう今更だが、ソニアの足元は大きな胸のために隠れていて、ソニアからは死角になっているのだ。
「もう見つけているよ、傍にあるじゃないか」
「ないよ! どこにあるのよ!」
ソファーに腰掛けているラムリーザは、ソニアの顔をじっと見る。二人の目が合った瞬間に、ちらっと足元に視線を移動させてみたのだ。
ソニアは、ハッと気が付いたように、大きな胸を抱えて一歩後退した。
「こんな所に……、嫌味な所に隠れる悪いココちゃんね! はげぼうず!」
「いや、別に隠れているわけじゃないと思うが……」
はげぼうずはげぼうずと言いながら、ソニアはぬいぐるみの顔面を、握りこぶしでグリグリやっている。はげぼうず言うぐらいなら、帽子を被せてやれよ……。
ソニアはラムリーザの隣に座り、ココちゃんをラムリーザの顔に押し付けてくる。一体何をやりたいというのだろうか。
「なんだよ、ココちゃんはもっと可愛がってくれって言ってるぞ」
「ココちゃんはクッションだから、可愛がられるんじゃなくて枕にするものなの」
「そ、そうか……」
ソニアはココちゃんをラムリーザに預け、今夜も今はまりの格闘ゲームを開始した。その様子を、ラムリーザはココちゃんを抱えたまましばらく眺めていた。
相変わらずヴェガを使って同じようなことばかりしている。ハメ技ばかり使っていて、見ていて面白くない。ソニアもよくこれで飽きないな、などと思うのだった。
見ていて面白くないラムリーザは、ソニアで遊ぶことにした。プレイ中のソニアの胸を突いてみたり、短いスカートの裾をめくってみる。
「もー、やめてよー」
もー……か。ラムリーザは大分前に、自分を動物に例えたらという話をリリスたちとした時に、ソニアは牛だと言っていたのを思い出した。今も変態乳牛とか言われてたような気がするが、気にしないことにした。
それなら、と今度は抱えていたココちゃんをソニアの方に押し付けながら言う。
「ねーねー、ボクと遊んでよぉ」
わざと甘えたような声を出してココちゃんになりきってみた。ココちゃんがどんな性格なのかは知らないが。
「ココちゃんはぬいぐるみじゃなくてクッションだから、遊ぶんじゃなくて尻の下に敷くものなの!」
「やだやだ、ボクはクッションじゃなくてぬいぐるみなんだい」
「そんなはげぼうずなぬいぐるみは無い!」
「はげぼうずじゃない、帽子被っとる!」
そういえばこいつは帽子を被っていたはずだが、と思い周囲を探す。帽子はソファーの上に転がっていた。
ラムリーザは、帽子を被せてさらに演技を続けた。
「ボクは帽子を被ったぬいぐるみ!」
ソニアは、ちらっとココちゃんを見て、指で帽子を弾き落とした。
「なによ、はげぼうずじゃないの」
ラムリーザは、ココちゃんの顔をソニアの腰に押し付けて、「えーんえんえんえん」と泣きまねをしてみせる。自分は何をやっているんだろう……、と思いながら。
「もー、ラム。クッションなんかかまってなくて見てよ、もうラスボスよ」
ソニアの言うラスボスは、見た目はソニアの使っているキャラと同じだ。というより、よく見たら色違いの同じキャラだ。ソニアが使っているのは緑色で、敵は赤色だ。そういえば、最初の頃対戦したときは、これがラスボスとか言っていたっけ。
「なんか自爆しているみたいだな」
ラムリーザは、淡々と感想を述べる。するとソニアはすぐに例え話で反論した。
「リリスの目みたいな赤は悪。やっぱり緑が正義だね!」
「うん、すごいねー」
赤が悪で、緑が正義か。宇宙戦争物の映画の設定に、そういうものがあったような気がする。
「それじゃあユコも正義?」
瞳が緑色のユコを引き合いに出してみると、ソニアは怒ったように言い返す。
「あれは呪いの人形!」
そんなやり取りをしながらも、ソニアはラスボスを撃破していった。ハメ技を駆使して……。
「クリアだね、おめでとう」
若干棒読み気味に、ラムリーザは祝辞を述べた。
「対戦しようよ!」
「また~? もう、飽き飽き……」
「ほらこれ!」
ソニアはラムリーザに、もう一方のコントローラーを手渡した。
ラムリーザがコントローラーを受け取って画面を見てみると、やはりソニアはヴェガを選んでいる。
まあよい、たまには好きなだけ負けてやろう。ということで、ラムリーザも緑色のキャラを選んだ。ソニアの選んだキャラとは別のキャラで、緑色の肌をした南方の野生児だとか。
「こいつも緑色だから正義か?」
「いや、それただの化け物」
「そうか……」
こうして久々に対戦が始まった。
ラムリーザの操作するキャラは、ボタンを連打することで身体に電気をまとうようだ。
「お、これは近寄れないか?」
「ラムずるい」
ずるいハメキャラを使っていて、ずるい戦いばかり仕掛けてきている癖に何を言い出すのやら。
電流放出中は移動することができないようだが、ソニアが蹴ってきても、すぐに感電して燃え上がってしまうようだ。いい気になって、ラムリーザはしばらくボタン連打を続けていた。
「むー……」
ソニアはいろいろと技を試していたが、スライディングキックをすることで、ラムリーザのキャラをすっ転ばすことができたのだった。
「なーんだ、足元がお留守なんだね」
「たぶんこいつも足元が見えないんだよ」
「うるさい! もう怒った!」
「勝手に」
ラムリーザは軽く受け流したが、この後「サイコ投げ」四連発で終わり。やっぱりソニアは、勝てれば内容はどうでもいいみたいだ。
「やっぱお前はきたない」
「なによー、ラムが下手なだけ」
「ほーお、そんなこと言うのね」
ラムリーザは、少しソニアを懲らしめてやろうと思い、二ラウンド目が始まったときに、そっとソニアの傍に近づいた。
ソニアはラウンド開始と同時に、二段蹴りからの通常攻撃を組み合わせた「ダブルニーハメ」を仕掛けた。ラムリーザは防御で固められたまま動けない。
そこでラムリーザは、左手でコントローラーを防御に固定したまま、右手を離して隣に居るソニアの胸を揉んでやった。
「ひゃん!」
ソニアが悶えて連続攻撃が途絶えた隙に、ラムリーザは何発が攻撃を叩き込むことに成功した。
「ず、ずるいよ!」
「何のことやらさっぱりわからんねぇ」
その後も、ソニアが攻勢に出ようとする度に、ガードを固めて胸を揉むのだ。
「ふえぇ……」
再びソニアが悶えている隙に、ラムリーザは一気に攻撃を叩き込んで、二ラウンド目を勝ち取った。
涙目でラムリーザを睨むソニアの顔は、微妙に赤い。本気で胸が弱点な娘ですこと。
最終ラウンドが始まり、再びラムリーザがソニアの胸に手を伸ばそうとすると、ソニアはすぐに立ち上がって、ソファーの端に移動してしまった。
「おっ、勝つためなら僕の傍から離れていくんだね」
「ふんだ」
「今日は別々に寝る?」
「絶対嫌!」
「あれ? 僕の傍に居るのが嫌になったんじゃないのか?」
「ゲーム中に胸揉むな!」
「何のことやら」
こんな感じに無駄口を叩き合っているが、戦いはソニアの「ダブルニーハメ」で完封。結局ラムリーザはラウンド開始から終わるまで、ずっと防御しているだけだった。
そこまで攻撃を徹底できるソニアは、姑息なのやら上手なのやらよくわからない。
「やった! ラムに勝った!」
「参った、ごめんなさい敵いません。二メートル様」
「ちょっと待って! 二メートル様って何よ?! それ……、超乳の化け物じゃないの!」
「数年後にはそうなってるんだろ?」
「どこまで成長するのよ……」
そう言いながらも、ソニアは自分の胸がここの所成長が止まらず、毎年5cmずつ大きくなっているのを知っていたので、不安になっていた。この勢いで成長すると、二十年後には……。
格闘ゲームに満足したソニアは、今度はアクションゲームを開始した。
それと同時に、元居た位置に戻ってきて、ラムリーザの右隣にぴたりと引っ付くように座ってくる。
だがラムリーザは、すぐにソニアを抱え上げて、自分の股の間に座らせた。
「ちょっと、何?」
「このゲームをやるときのポジションはここだからね」
そう言って、後ろからソニアの胸を抱え込む。
「嫌っ! やめてっ!」
「揉まれながらクリアできたら――」
「無理だから嫌!」
「それなら今日はルールを変更。しゃべったら動く、ね」
「えっ?」
その一言に合わせて一回揉む。
「――っ!」
「そうそう、黙っていたら動かないからね」
ソニアは嫌そうな顔をしたが、口をつぐんだままゲームを開始した。手を当てられているだけならなんともないのだろう。
しかし、やはり気になって仕方が無いようだ。
「やっぱり手を当てられていたら気にな――ひゃあん!」
しゃべってしまったために手を動かされ、悶えた瞬間一機やられてしまった。
再び口をつぐんでプレイを再開したが、チラチラとラムリーザを睨みつけている。むろん、ラムリーザは知らん振り。
こうして、ソニアは胸に手を当てられたまま、一言もしゃべらずにプレイしつづけていたのだった。
手を当てられているのに慣れたみたいで面白くなくなったので、ラムリーザは第二段階に入った。
「よし、ここからルール変更ね。しゃべったら動くの反対で、黙ってたら動く、ね」
「えっ?」
ソニアは一言しか答えなかったので、ラムリーザはそこから手を動かし始めた。
「ひゃあっ! やめっ、しゃべってたら動かないんでしょ? これでいいよね? えーと、えーと、何これぇ、何なん、これ何なん、黙ったらダメなの? やだっ、ゲームに集中できないよ! あっ、あっ、黙ってないよ、あーあーあーいーうーえーおーってもう嫌! こんなルール嫌!」
ソニアはジタバタともがくが、がっちりと抱きかかえたラムリーザから逃れることはできない。
だが、しゃべり続けさせるのもうるさいので、さらにルールを変更することにした。
「それじゃあやめよう。今度は……、ん~、よし。動いたらしゃべれ。これで行こう」
「えっ?」
「ダメダメ、まだ動いてないのに声を出したらダメだよ」
少しの間沈黙が流れ、また何事も無かったかのようにゲームが再開された。
しかし、ソニアはすぐに振り返って抗議した。どうやらこのルールの理不尽な所に気がついたようだ。
「ちょっと待ってよこのルール! あたし揉まれるの止める手段が無いじゃない!」
「おっ、よく気がついたねー」
「もう嫌!」
ソニアはその場に立ち上がって叫んだ。その間にも、画面上のキャラはまたやられてしまったようだ。
「ふえぇ……」
「わかったわかった。ほら、ここに座って」
今度は普通にラムリーザの右隣に座らせてやった。
こうして、また以下省略発動まで行くかと思われたが、今日は普通にゲームをすることになったのである。
くあぁ……。
「ちょっとラム、寝てるの? 起きなさーい!」
「なんだ?!」
突然耳元で大声を出されて、ラムリーザははっと目が覚めた。どうやら眠ってしまっていたようだ。さすが目覚ましボイス。
「ほら、もう最終面よ」
「クリアできたね」
「クリアできたら好きなもの買ってくれるんだよね?」
「おっぱい揉まれながらだったらな」
「ふんっだ」
ソニアは手馴れた操作で、ラスボスのカバさんを退治してクリアしたのだった。
アクションゲームもクリアして、エンディング画面を見ていたとき、突然ラムリーザの携帯がメールの着信音を発する。
ラムリーザはすぐに携帯を手に取り、差出人を確認した。リリスだ。
「誰から?」
ソニアが聞いたので、「リリスから」と答えた。隠す必要も無いので、素直に教えたのだ。
すると次の瞬間、ソニアはすばやくラムリーザから携帯を奪い取り、ものすごい勢いで手早く何かを打ち込んでから突っ返した。
ラムリーザが画面を確認すると、先程のメールに返信したことになっていた。何だ?
『寝取るな暗黒魔女』
やれやれ、またこれか。メールが来たぐらいで寝取ることになるわけないだろうに……。
その直後、今度はソニアの携帯が、メールを着信した音を発した。
ソニアは自分の携帯を手に取り覗き込むが、次の瞬間怒りの表情を見せる。そして何やらものすごい勢いで打ち込み、してやったりといった顔をしているのだ。おおよそ、リリスからのメールだろう。
すぐに再びソニアの携帯にメールが届き、同じように怒りの表情を見せて返信してどや顔をする。やれやれ、メールでまで喧嘩するなよ、全く……。
それはそれで放っておくことにして、自分に来たメールの用件は何だったのかを確認した。
『暇でしょ? 今から二人で出掛けない?』
……もう夜だぞ。こんな時間に二人で出掛けようだなんて……。
これはソニアが「寝取るな」と言って荒れるのは仕方ない、とラムリーザは思った。
ラムリーザは改めて返信する気にもならず、メール戦争勃発中のソニアを放っておいて、一人ドラムを叩き、軽快なリズムでソニアの闘争心を煽るのであった。
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