TRPG第一弾「死と埋設」 第二話前編 風船がすべてをぶち壊しにする
12月12日――
十二月に入ってから、ラムリーザたちはテーブルトークゲームで遊ぶようになっていた。
と言っても、毎日部活でゲームばかりするのも問題あると思ったので、週に一日か二日だけ練習をお休みして遊ぶことにしたのだった。
さて、今日はゲームで遊ぶ日だ。
いつもの部室、いつものソファーに陣取って、ゲームマスターをするリゲルの元で、物語の続きが再開された。
物語は、田舎町で連続殺人が発生しているといったところか。
「さて、一日目が終わったところからだったな。一晩休んで朝だ。さてどうするか?」
「ラムにおはようのキスをする」
そう答えたソニアを、リゲルはじっと睨みつける。ソニアも負けじと睨み返す。
「今日は事件のあったという河岸に行ってみよう」
「それよりも、医者に結果を聞きに行くのがいいと思いますわ」
「ですね、気にもなりますし。結果を聞いてから出かけましょう」
前回と同じで、ラムリーザとロザリーンとユコの三人は、真面目にゲームに参加している。
リリスは――、今日も戦闘待ちか? じっくりと様子を見ると、ソニアの様子をうかがっているようにも見えるが……。
「それなら病院だな。お前らが医者に会おうとしたところで、ガードマンのシェリフも丁度やってきた」
「えーと……」
ユコは何かを言いたそうにするが口ごもる。その理由は――。
「あの腕はどうだった? 何かおかしな点はなかった?」
すぐにラムリーザは、ユコの言い出しにくかったことを代わりに言ってやった。
「医者は、あの腕はどこから拾ってきたかを逆に尋ねてきた」
「いえ、昨夜襲い掛かってきた通り魔の落し物ですが……」
「医者は、昨日の通り魔? 馬鹿なことを……、と答える」
「何か、おかしな所でも? それとも、どこで拾ったかを言わないと結果が言えないようなやばいやつなのか?」
「あの腕の状態は、少なくとも死後一ヶ月以上は経過している。結果からして、昨日まで生きていたとは考えられない、と答えた」
ラムリーザたちゲーム三人組は沈黙し、何かを察したソニアはリゲルをまた睨みつけ、リリスは大きくあくびをした。
「一ヶ月? 昨日は、ピンピンしてダガーを振ってましたが?」
「ゾンビー……、ネクロマンサー……」
ロザリーンの指摘と、ユコのつぶやき。
「本当に昨晩襲われたのかわからんね」
「まぁ、一ヶ月前はここにはいませんでしたからね」
「そういえば、その腕が握っていたダガーはどうなりましたか?」
「ダガーはフレディ殺害の凶器と同じで、この村の雑貨屋で買えるものだ、と医者は答えた」
「日常品みたいなものか……、殺し方は関係無く、犯人は死体がほしかったのかもしれんね」
「ところで、フレディの遺体はどうなったんですの?」
「シェリフは、今朝早く、墓に埋めてきたと答えた。あと、医者が分かるのはここまでのようだ」
「では、河岸に行ってみますか」
そういうことで、冒険者のラムリーザたちは、河岸に向かうことにした。
河岸にて――
「河岸には、釣りをしている男が一人居る。彼は、ちらっとこっちを見たが、再び釣りに集中した」
リゲルは淡々と状況を述べる。
「釣り人ってリゲルのことでしょ? リゲルに話しかける、釣れてるー?」
なんというか、暢気に話しかけたのはソニアだ。リリスはソニアの様子をじっと観察しているが、ソニアはとりあえずゲームに参加するようにしたようだ。
リゲルは軽くソニアを睨みつけると、こう言った。
「今日はダメダメだと答えた。それと、釣り人の名前はアホソニアザウルスという」
「なによそれ!」
「こほん、無駄にリゲルも煽るんじゃない。それで、毎日ここに来ているのかどうか尋ねます」
ラムリーザは、ソニアを押えながら話を進め、リゲルはその問いに対して「毎日来ている」と答えた。
そこまで聞いて、ラムリーザはここからどう話を進めようか迷ってしまった。チラチラと、リリスとユコ、ロザリーンをうかがう。
ロザリーンはラムリーザと目が合うと、身を乗り出してリゲルに向かって言った。
「この辺りに他に人がくることがあるか尋ねます」
その問いを聞いて、ラムリーザはなるほど、これはもっともな質問だと思った。もしかしたら、自称画家のフレディもここに来ていたかもしれない。
「するどいな」
リゲルはそう言って「休日には他にも釣りに来る人はいる。あと、風景が良いから絵を描きに来る人も居る」と話を続けた。
「絵描き?」
「この前――、ええと、フレディさんが襲われた日ね、この前も画家は来ていましたか?」
「来ていたような気がする、と答えた」
「その時、何か争い事は起きていましたか?」
すっかりロザリーンとリゲルの一騎打ちとなってしまった。やはり頭を使った作業は、ロザリーンに一日の長があるようだ。
しかし釣り人は、争いについては知らないようだ。それと、画家が来たのは一度だけだと答えた。つまり、ここに来た画家はフレディだけだということだ。
「この釣り人、犯人じゃないかしら?」
その時、リリスはボソッとつぶやいた。
「ほう、何故そう思う?」
リリスをじっと見つめてリゲルは問いかける。
「ええと――、いや、他に人は居ないでしょう? だったら画家と会うことがあるのはこの人だけじゃないかしら?」
「証拠は?」
畳み掛けて問いかけてくるリゲルに、リリスは顔を背けて黙り込んでしまった。あまり討論は好きではないらしい。
「釣りが好きな人は、冷たくて優しくないから画家を焼くかもしれない!」
そこに割り込んできたのはソニアだ。ちなみにリゲルは釣り好きだ。夏、海へ遊びに行ったときは釣りを楽しんでいたし、キャンプの湖畔でも釣りをやろうとしていた。
「犯人は、胸に風船のようなものを二つぶら下げていたということにしよう」
リゲルはソニアを睨みつけ、言い放った。唐突な情報だが、このようなゲームは、ゲームマスターの指示で全て決まるから、多少強引な展開もゲームマスター次第ということだ。
「ちょっと待った、話がおかしく――」
「何が風船よ!」
ラムリーザは話を元に戻そうとしたが、時既に遅く、ソニアは騒ぎ出してしまった。
「あー、なるほど。この事件は妖怪の仕業だったのね。犯人は風船おっぱいお化け、くすっ」
さらにリリスが煽る煽る。テーブルトークゲームよりも、ソニアをからかう事の方が楽しそうだから困る。
「ちょっと休憩、便所行ってくる」
ソニアの逆水平チョップをリリスが受け止めた所で、ラムリーザは埒が明かないと判断して、小休止を入れることにしたのだった。
ラムリーザはすぐに部室に戻ろうとはせずに、渡り廊下の手すりにもたれて、夕暮れをぼんやりと眺めていた。今戻ったところでソニアとリリスはいがみ合ったまま、ゲームになるわけがない。
沈み行く太陽を眺めていると、ふいに後ろから呼ばれた。
「ラムリーザ君?」
ラムリーザが振り返ると、そこにはロザリーンの兄であるユグドラシルがいつの間にか傍までやってきていた。
ユグドラシルは、ラムリーザの隣に来て同じように手すりにもたれると尋ねた。
「そういえばもうすぐ年末年始の休暇に入るけど、ラムリーザ君の予定はどうなっているのかな?」
「そうですねぇ。前半と後半に分けて、前半は実家に帰省して、後半はこちらで過ごそうかなと考えています」
「ああ、君の実家は帝都シャングリラだったね。年始祭はそっちで?」
「いや、フォレストピア――、今作っている新開地ね、そこに神殿がそろそろ出来上がるらしいので、今年の年始祭はそこに行ってみようと思っているのです」
今年の九月下旬に、神殿関係者が話に来たことがあった。竜神殿はそろそろ完成するという連絡が入ってきているのだった。
年始祭と言っても、たいしたことをするわけではない。精々運勢を占ったり、新しい年の願い事をお願いする程度だ。
それでもラムリーザは、折角だから新開地の竜神殿での第一回目の年始祭に行くのも悪くないと考えているのだった。
「それはそうと、自分は帝都にも行ってみたいんだな、これが」
ユグドラシルは話題を変えて、帝都訪問の希望を述べた。
「それなら二十四日に、ジャンの店でライブをしますから、見に来るといいですよ」
「ジャン?」
「ああ、帝都にあるナイトクラブに居る僕の友人です。文化祭の時に遊びに来ていたけど、ユグドラシルさんは会ってなかったかな」
「まあいいや、折角だからその日は帝都に行ってみよう。どっちみちロザリーンも行くことになっているので、自分も行ったとしても不都合は無いはず」
「まぁ、来る分には全然問題ないですが……。あ、それと、その日はソニアの誕生日ですよ」
「ああ、それはお祝いしなくちゃいけないねぇ」
「やっぱりそうなのね」
ラムリーザは、未だに誕生日で祝ってもらうことに慣れないでいた。フォレスター家では、誕生日は両親に対して、「これまで育ててくれてありがとうございました」と感謝する日、という認識でいた。むろん、フォレスター家で一緒に育ってきたソニアも、その認識でいた。
それが、リリスやユコと過ごすうちに、少しずつ他の考えに触れるのだった。
「そういえば――」ラムリーザはふと思い出して言った。
「――年が明けると、いよいよ生徒会の交代時期ですね。僕はユグドラシルさんを応援しますよ」
「ああそうだね、よろしく頼むよ。でも、問題ないかなぁ」
ラムリーザは全然気にしていなくて知らなかったことだが、十一月末、文化祭終了の数日後に立候補受付等があったのだ。
文化祭での活躍を考慮してか、対立候補はすぐには現れず、一応ユグドラシル以外にも何人か立候補したようだが、それほど熱心では無さそうだった。
まず、オーバールックホテルでのパーティで知己を得たニバスがユグドラシル派になったため、ニバスの取り巻き女性陣等が一気に流れ込んだのだ。当のニバスは、生徒会等に興味は無く、日々享楽にふけることに専念しているので、ユグドラシルがやりたいと言うのなら任せようというスタンスなのだった。
ついさっき思い出すまで、ラムリーザはこの辺りの流れを全然知らなかった。
「ぜひ、投票は自分にお願いするよ!」
「了解、部活のメンバーや、レフトール一味にも声をかけてみるよ」
一通り話が終わると、そろそろ日は沈もうかといった具合になっていた。そろそろ帰る時間だ。
「そういえば、ラムリーザ君はこんな所で一人で何をしていたんだい?」
「あ、しまった、ゲームの途中だった。完全に忘れてた!」
「ゲーム?」
「いや、部活でゲーム……、なんかやってたら怒られるわなぁ、なんでもないです」
「ん~? なんだか面白そうなことやっているな?」
「なんでもないなんでもない、それではユグドラシルさん、また今度!」
「あ、待ちたまえっ」
ユグドラシルの声を後ろに聞きながら、ラムリーザはその場を立ち去って、急いで部室へと戻っていった。
「あ、戻ってきた」
ラムリーザが戻ってくると、入り口の傍のテーブルで楽譜作成をしているユコに声をかけられた。
ロザリーンはピアノを弾いているし、リゲルはソファーで本を読んでいる。リリスとソニアは、ソファーで、お互い怒ったような顔でダイスを転がして何かをやっている。
どうやらゲームはお流れになったようだ。
「お前が戻ってこないし、こいつら喧嘩止めないからゲームは中断することにした」
ラムリーザがソファーに腰をかけるとリゲルはそう言った。
「いや、喧嘩の原因はリゲル、君だからね」
そもそもの発端は、リゲルの「風船」発言である。いまさらどうでもいいが……。
ラムリーザは、そろそろ帰ることにしようとしたが、少しぐらいは部活らしいことをしておこうと考え、ドラムの所に移動して、「一曲歌って帰ろう」と言った。
その一言が発せられた時、リリスはスッとすばやく立ち上がると、部室奥の簡易ステージに登っていった。そしてギターも持たずマイクの前に立つと――。
緑色の『風船』飛んだ、広い空に一つ――
なんてことはない童謡だったが、なぜか風船の語句を強調して歌う。
やめろ……。