TRPG第一弾「死と埋設」 第二話後編 永遠の都、フィオリーナ
12月13日――
「君たちは数週間前までの、この村を知らんかったようだな?」
フィオリーナ村の村長ドップスは、冒険者たちに語り始めた。
「昔の事などどうでもいい。埋葬された棺の中にあった心臓の話が聞きたいな」
「それと食堂で働くフレディさんについてもね」
ラムリーザとロザリーンの問いに対して「ふん」と鼻を鳴らし、話を続けた。
「謎の魔物の襲撃を知らんようじゃな。魔物の襲撃で切り裂かれた者、施設で火球で繭のまま焼き殺された者、彼らには整形が必要だ、昔のようにしてやらねばならん」
ドップスは、得意気に冒険者たちを見渡しながら語り続ける。
「それで葬儀屋ね」
「ふっふっふ、それがわしの芸術だ。わしはその秘法を墓へ持っていく……」
「まさか村を襲わせたのお前か?」
「そうではない……、そんなことはどうでもいいんだよ。人間は死ぬと病気にかからん、年も取らん……。わしが手を加えると実に健康になる。埋められん……、彼らは生きている人間より美しい!」
「その美しい人間はちゃんと成長するのか?」
「成長? 成長とは老いのことかな? そのようなものは必要ない」
ドップスはそこまで一気に語ると、両腕を広げ、恍惚とした表情を浮かべて叫んだ。
「ああ、永遠の都、フィオリーナよ!」
放課後部室にて、ゲームマスターリゲルの元で始まったテーブルトークゲームは、いよいよクライマックスを迎えていた。
死んだはずのフレディが食堂で平然と働いていたのは、葬儀屋兼村長ドップスの魔術によるものだったようだ。魔術と言っても、それは屍術と言えるかもしれない。
「もう怒った! 復元できないぐらい、ぐちゃぐちゃにしてやるぅ!」
ソニアはそう叫び、ダイスを強く握り締めた。
「ドップスは、さあ、剣を取れ、わしの仲間入りを手伝え! と言った」
「どういう意味だ?」
ラムリーザの問いにリゲルは、「殺すことはできない。死なせるだけだ」と答えた。
「死人の村ね……」
リリスはつぶやき、「ドップスに攻撃をしかけるわ」と宣言した。
「新しい誕生もないわけだな、この村は進歩しないよ」
「ラムリーザ様、舌戦はもういいですわ、やっつけましょう」
こうして、最終バトルが始まった。
だがドップスの耐久力は、思ったよりも低く、ソニアとリリスがそれぞれ一度攻撃しただけで退治できてしまったのだ。
「このじじい、弱くない?」
ソニアのつぶやきに、リゲルはにやりと笑い宣言した。
「ドップスはのそり……、と起き上がってきた」
「なによそれ……」
「既に死んでいたのね、ここからが本番ってわけか……」
リリスは、剣のつかを握りなおすかのように、ダイスを握りなおした。
「そしてさらにドップスはこう言った。私の子供たちよ、集え! と」
「来るよ!」
「何が?!」
ラムリーザとリリスの声に、リゲルはさらに宣言する。「ゾンビと化したシェリフが現れた!」――と。
「何でそうなる?!」
「村人と対決ですか?」
「ついでに店員のねーちゃんと、フレディもゾンビ化して襲い掛かってきたからな。ちなみに、こいつらを倒さないと、村長には手を出せないからな」
予想外の展開にラムリーザはあっけにとられ、ソニアは不満そうな顔をする。逆にリリスはバトルが始まり楽しそうにしていて、ユコとロザリーンは冷静だ。
「ロザリーン、プリースト技能で聖なる力を剣に宿せば、こういったアンデッドには効果抜群ですわ」
「そうね、ホーリー・ウエポンを使用するわ。まずはリリスとソニアの武器に放ちます」
「なんか気分が乗らないから、ローザそれっぽいこと言って」
ソニアは、ロザリーンに魔法の詠唱をうながした。なりきる事で物語に対する不快感を払拭しようと言うのだ。
「それっぽいことって、そうねぇ……。竜神テフラウィリスよ、我が剣に悪しき者を打ち払う力を! こんな感じでいいかしら?」
「それでいい、リゲルに攻撃する」
「ゲームマスターに攻撃するな。フレディとでも戦っていろ。あ、ついでにゾンビと化した医者も現れたからな」
「待てリゲル――」ラムリーザは手を上げリゲルを制して言った。「――ひょっとして村人全員出てくるんじゃないだろうな?」
リゲルはその問いには答えず、淡々と戦闘を処理している。リリスはシェリフと一騎打ち、ソニアはフレディと一騎打ち、ユコは店員の人と一騎打ちをやっている。その間、ロザリーンはサポートに徹しているのだった。
「そういうわけで、ゾンビと化した釣り人が現れたからな」
「またかよ!」
「この調子ですと墓守も来ますわね」
「よくわかったな、ゾンビと化した墓守が現れた、と。あと、村長に最初に合った時に死化粧を施していた婦人も現れたことにしよう」
「敵多すぎ!」
五人の冒険者に対して、ゾンビは村長を除いて七体である。三体は一騎打ちで対応しているが、四体は自由に動き回っている。一対二になれば、ソニアたちも苦戦するだろう。
「よーし、僕が魔法一発で蹴散らしてやろう。ファイアボールでもぶち込みます」
ラムリーザはソーサラー役だった。強力な火炎魔法をぶち込むというのだ。アンデッドは火に弱いという特性を持っているので、効果的だろう。
「ラムもそれっぽいこと言って」
またしてもソニアは、魔法の詠唱を要求する。それを聞いて気分を上げたいのだろう。
「ん~、火の玉飛んでけファイアボール」
「だめ!」
「何が?!」
「そんなの普通すぎてつまんない!」
「つまります! ってか普通でええやん」
「だめ!」
「しょうがないなぁ」
ラムリーザは、詠唱の内容を考える。適当にソニアが気に入りそうなことを言っておけば、満足しそうではあるが、そう簡単には頭に浮かばない。
「とりあえず四体はラムリーザの方へ向かってきていることにするからな」
リゲルも場面だけは提供する。
「えーと……」ラムリーザは、頭に浮かんだことを整理させながら言葉を選んだ。「炎の源となる魔神ボルディギリーヴよ、その吐息を焼き尽くす破壊の炎とし、我が歩みの妨げとなる全ての存在を消滅させよ! そして私も消えよう! 永遠に!」
一気にまくし立てた勢いで、どんとテーブルを叩く。
何度目かの沈黙が、部室を支配した。
「ど、どしたん? それっぽくなかった?」
ラムリーザは、炎の魔神を創作してみたり、ソニアのプレイしていたゲームでちらっと見かけたようなフレーズを混ぜて、詠唱の台詞を作り上げてみたのだ。たぶんソニアのお気に召すと思ったのだが、正面に座っているリリスとユコは、ポカーンとラムリーザの顔を見つめている。一方ソニアは、満足したような嬉しげな表情をしている。
「ラムそれすごくいい。あっ、なんかそれいい、予想外にいいよ」
「いや、敵だけじゃなくあなたまで消えてどうするのかしら?」
リリスの指摘に、ラムリーザはあれ? と思う。そんなこと言ったっけ? と。
「ソニア、最近ドラゴンファンタジー5をクリアしましたの?」
ユコの問いにソニアはうんと頷く。
「やっぱりねぇ、ラムリーザあなた、ラスボスが滅亡する時の台詞言ってるわ」
ラムリーザは「知らない知らない」と答え、「リゲル、今のでファイアボールを放ったことにしていいよな?」と言って、さっさと話を進めようとした。
「で、魔神ボルディギリーヴって何?」
「知らんから話を進めようね、みんな!」
ラムリーザは自分が劣勢なのはわかっていた。ソニアを満足させるために支払った代償は大きい。
「わかった、それではダメージ判定をするからダイスを振ってくれ」
ラムリーザは、リゲルに言われたとおりにダイスを二つ転がした。ダイスの目は五と六だ。
「お、回ったな、クリティカルだ。もう一度ダイスを振れるぞ」
もう一度転がすと、今度は五と五の目を出した。
「あ、また回った」
「私の目の前のゾンビ、店員のお姉さんかな? ファイアボールの効果範囲内に押し込みますわ」
「何だそれ?」
「ついでに退治してもらいますの」
ラムリーザは、さらに六と六、五と五を繰り出し、ダメージ数はどんどん増えていった。それで、最終的に六回ダイスを転がすことになった。
「無茶苦茶なダメージだな、えーと、五十ダメージか。村人は全滅でかまわん。ソニアとリリスの相手も巻き込まれて爆死な」
「えー」
リゲルの判定に、ソニアは不満そうな声を出す。
「別にそれでいいわ。さて、あとは黒幕のじじいだけね」
リリスは、残るドップスと対峙するようだ。
冒険者たちは、ドップスの方へ向き直った。
「ドップスは崩れ去った――」
リゲルは、淡々と戦闘終了を宣言した。
とどめの一撃を持っていったリリスは、満足したように一息ついてソファーにもたれなおした。
逆にソニアは不満そうだ。
「淡々としすぎ、断末魔の呟きとか無いの?」
「無い」
リゲルは、キャラを演じるということはやらずに、事務的にゲームマスターをこなしていた。
「ふふっ、リゲルさんはホースパレス理論に毒されていますわね?」
ユコの言うホースパレス理論とは、テーブルトークゲームにおけるプレイヤーのなりきりキャラ演技を否定することを述べた、とあるコラムのことであった。
「もうリゲル嫌い。ラム、ドップスの断末魔を演じてよ」
「なんで僕が……」
「俺は別にお前に嫌われても不都合は無い」
いろいろと思惑はあるようだが、ソニアにせがまれてラムリーザは仕方なくつぶやいた。
「ば、馬鹿な! この私が……、わ、私の体が崩れて……ああ…永遠の都…フィオリーナ……。――これでいいかい?」
「ラムそれすごくいい。あっ、なんかそれいい、予想外にいいよ」
ソニアの反応は、先程と同じようであった。
「ラムリーザ様は、結構役者の素質があるみたいですわね」
ユコに褒められてラムリーザは戸惑う。ラムリーザとしては、昔からソニア相手にゲーム的な会話のやり取りをしてくるので、このくらいはすぐに演じることができるのだ。もっとも、今年に入ってからはゲームの邪魔――とくにおっぱい揉み揉み――をすることを楽しんでいたが。
「でもさぁ――」ソニアは不思議そうに尋ねた。「どうしてガードマンや食堂の人が襲い掛かってきたの?」
「この町の住人は誰一人生きてはいなかったのよ……、はじめからね」
ソニアの問いに答えたのはリリスだ。さらに「残りの村人ゾンビも一掃せんとダメね」と続けた。
「酷い話だな。リゲル、続きは?」
「無い。村長がやられた時点で、全てのゾンビは崩れ去ったということでおしまいだ。めでたしめでたしでよかっただろ?」
「めでたしめでたし……なのかな?」
「お前らは、邪悪な屍術士ドップスの野望を食い止めたわけだ」
「ああ、なるほどね」
というわけで、第一回テーブルトークゲームは無事に終了した。
最初からいきなり気味が悪い物語だったが、そこはゲームマスターの趣味で語られるので、リゲル好みの展開になったのだろう。
ロザリーンは謎解きを楽しんでいたし、ソニアとリリスは最初は喧嘩ばかりだったが、ゾンビ的な話になるとリリスは楽しみ、ソニアも戦闘は楽しんだようだ。
「それでは次の話は私がゲームマスターをやりますわ」
テーブルトークゲームに理解のあるユコは、続きをプレイする気満々だし、リゲルも一同を気味悪がらせたことで満足していた。
次回があるのかどうかはわからないが、今回の話はこれにて終了。