○○○はいてないから恥ずかしくないもん
12月30日――
『――青コーナーより、キガス、クレセント、ゴーレム入場です!』
大観衆のひしめく中、三人のレスラーがリングに向かって入場を進めている。ゴーレム選手を先頭に、クレセント、そして大将のキガスと続いている。いよいよメインエベント、60分一本勝負の6人タッグマッチが始まった。
リング上に揃った三選手は、軽くステップを踏んで身体をほぐしている。
『赤コーナーより、ドラゴ、ムルチ、グロン組の入場です!』
リングアナウンサーのコールで、反対側の出入り口より新たに三人のレスラーが登場した。グロンを先頭に、ムルチ、ドラゴと続く。会場にドラゴコールが鳴り響く。ドラゴは、帝都プロレスのヒーローなのだ。
リングアナウンサーにより、各チームのメンバーがコールされ、いよいよゴングを待つのみだ。
先陣は、ドラゴ軍からはムルチが出て、キガス軍からは大将キガスが出ることになった。
両者、リング上でガッチリと組み合い、力比べを始めた。
「キガスがんばれーっ」
ソニアは、テレビに向かって大声を張り上げた。
いよいよ年末を迎えた夜、ラムリーザとソニアは、部屋でソファーに並んで腰掛けて、テレビでプロレス中継を観戦していた。
いつもはソニアのプレイするゲーム画面を眺めているラムリーザだが、帝都の実家へ帰省する際にゲームを忘れたので、普段と違う夜を過ごしていた。
まぁこういう夜も、いいだろう。恋人と二人一緒にテレビを見るのも、たまにはいいものだ。
「ソニアには気の毒だが、キガス軍はドラゴ軍に負けるよ」
「なっ、なにをぅ?」
ラムリーザの指摘に、ソニアは口をとがらせて不満を表す。
「いや、どう見てもゴーレムが負け役だってば」
「まっ、負け役言うな!」
ラムリーザの考察は、的を射ているかもしれない。
帝都プロレスは、各種いろいろな軍団が混在しているメジャー団体だ。そしてその中でも大きな軍団が、ヒーロードラゴが率いる帝都正規軍。これは、リーダーの名前を取ってドラゴ軍と呼ばれていた。
それに対抗するアンチ軍団が、コルトン率いるチーム・サスペリアだ。
今回の試合では、コルトンはセコンドに徹していて、成長著しい若きレスラー、ゴーレムを抜擢している。ゴーレムは軽量級だが、ジュニアヘビー戦線の英雄グェスラを前大会で破っており、今一番注目されているレスラーだ。
「だが、このスーパーヘビー揃いの面子の中では、小柄なゴーレムが見劣りしているのは否めない」
「なんだとぉ、小さな巨人、リトルジャイアント舐めるなぁっ」
ちなみにソニアは、アンチ軍団のチーム・サスペリアファンだった。ラムリーザが日和見主義的に、一番人気のドラゴ軍を応援するものだから、プロレスを見る度に喧嘩になる。
試合では、ラムリーザの予想通りゴーレムがドラゴ軍のコーナーに捕まって、ボコボコにされている。
「うん、ゴーレムも仕事しているな」
「ジョバー言うな!」
「言うとらんがな」
試合開始から十数分を回った頃に、試合が決まりそうな展開となる。
六選手が入り乱れ、その後ムルチはキガスと、グロンはクレセントともつれ合いながらリングから落ちる。そのまま場外乱闘となった。
主導権を持ってリング上に残された二人は、ドラゴとゴーレム。露骨な表現で言えば、勝ち役と負け役がリングに残った。お約束と言えば、お約束の展開だ。
「見てろよ、ドラゴのバーティカル・スープレックスが出るから」
「むー……」
ドラゴは、ゴーレムを垂直に持ち上げる。バーティカル・スープレックスと呼ばれている、長滞空ブレーンバスターだ。
「おお、今日の滞空時間は、いつもの数倍増しだねぇ」
長く長く溜め、そのまま脳天からゴーレムを叩きつける。そのままスリーカウントが入るまで、ゴーレムはピクリとも動かなかった。万事休す、バーティカル・スープレックスからの体固めで、ドラゴの勝利だ。
「ラムの馬鹿!」
「なんでや……」
「もう怒った! ラム! 勝負だ!」
ドラゴ軍のテーマがテレビから流れてくる中、ソニアはラムリーザに飛び掛ってきた。ラムリーザは、素早くソニアの両肩を挟み込むように掴むと、そのまま立ち上がり持ち上げてみせる。レフトールの顔面を片手で掴んだまま持ち上げるラムリーザにとって、ソニアを持ち上げることは容易いことだった。
「さて、何の勝負をするんだろうねぇ?」
ラムリーザは、少し高い位置にあるソニアの顔を見つめて、小首をかしげて聞いてみる。ソニアの怒った表情も、なかなか可愛い。
「プッ、プロレスに決まってる!」
ソニアは持ち上げられ、足をばたつかせながら叫ぶが、両肩をつかまれているので手も足も出ない。いや、足は出せるけど、ラムリーザには届かないから同じことだ。
ラムリーザは、加減しながら少しずつ両手に力を込めていく。ぐぐぐっと両肩を握り締めていくのだ。本気で掴めば、ゴム鞠を破壊したり、レフトールの顔に穴を開けてしまう破壊力。レフトールとの戦いで、自分の握力が尋常じゃないことを知ったラムリーザは、ソニアの様子を見ながら、慎重に握っていった。
すぐにソニアは、「痛い!」と叫んだ。
ラムリーザはそこで力を加えるのを止め、「痛いじゃないだろ? 言う台詞は、ギブ・アップじゃないかな?」と意地悪げに言ってみた。
決まり手は謎だ。さしずめショルダークローツリーって所か?
「卑怯者ーっ、正々堂々と勝負しろーっ」
卑怯と言われても困る。普通に正攻法で攻めているのだから。特に反則攻撃はやっていない。
ラムリーザは少し考え、新しいルールを提案してみた。
「まぁ、普通にやってソニアの勝ち目は無いよね。それじゃあ特別ルールを設けてあげよう」
「なっ、何よっ?」
「そうだなぁ、先に相手のパンツを見た方が勝ちって所でどうだい? これならソニアにも勝機が生まれるはずだよ」
ラムリーザは、我ながら馬鹿馬鹿しい勝負方法だと思ったが、ふっと頭に浮かんだことがこんな妙なことだったのだから仕方が無い。
「そっ、それでいいから早く離せえっ!」
ソニアが叫ぶと同時に、ラムリーザはポンッと後ろに投げ飛ばした。ソニアは少しよろめいたが、転ばなかった所はよく踏ん張ったと褒めてあげよう。
ラムリーザは、ズボンのベルトを締めなおしながら、「さてと、どうするかね?」と言った。
ソニアはすぐにラムリーザのベルトに手を伸ばしかけたが、同時にラムリーザの手がソニアの下半身に伸びているのを見て、ハッと何かに気がついたような顔をして、サッと後ろに飛び下がってラムリーザとの間に距離をとった。
「どうした? かかってこないのか?」
「ひっ、卑怯者っ!」
今晩二度目の卑怯者呼ばわりだ。
「なんでや……」
「あたしミニスカートなのよ、ずるいわ!」
「うん、そうだねぇ……」
ソニアは、いつものお気に入りの際どい丈のプリーツ入りミニスカートだ。ソニアがラムリーザのベルトに手をかけている間に、少しめくって上げれば、すぐにでもパンツを拝めてラムリーザの勝利になる。際どさゆえに、動き方によっては飛び掛かってくる時にチラリと見えてしまう可能性も、無きにしもあらずといったところか。
ラムリーザはそこまで見越して、この馬鹿馬鹿しいルールを提案したのだが、頭に血が上って逆上していたソニアは、よく考えもせずにこのルールを受け入れたのだ。
ソニアは、ラムリーザの視線が顔と腰を行き来しているのを見て、口をへの字にしてむすっとする。ただ、一度受け入れたルールを変更させるのも、それはそれで負けかなと考えて撤回する気にはなれないでいた。
しばらくにらみ合いが続いた後、ふいにソニアはラムリーザの後方、ソファーと壁の間へ入り込んだ。ラムリーザが振り返ってみても、ソニアはソファーの背もたれの後ろに隠れてしまっていた。奇襲戦法にでも出るつもりなのだろうか?
しかし、ソファーから飛び出してこないと、ラムリーザに手出しすることはできない。これは誘っているのだろうか?
ラムリーザが動きかけたところ、ソニアはソファーの後ろから飛び出してきて、ラムリーザへ正面から立ち向かっていった。先程と同じように、ラムリーザのズボンを脱がせるために、ベルトへと手をかけた。
ラムリーザは、ベルトに手をかけるソニアを左手で邪魔をしながら、右手をソニアの腰へと伸ばす。そして、難なく短いスカートをめくり上げた。
「えっ?」
そこにはパンツは無かった――。
ラムリーザの目に入ったのは、ソニアの生のお尻。そこは布切れ一枚覆っていない、ありのままのお尻が存在していた。
「よし、ベルト外した!」
ソニアは、ラムリーザがあっけに取られている隙に、ベルトの留め具を外すと、思いっきり引っ張ってベルトを引き抜く。そして今度は、ズボンのホックに手を伸ばした。
「いやいやいや、外したじゃないよ、何でノーパンなんだよ!」
「馬鹿には見えないパンツなの。なぁに? ラムには見えないの?」
「見えないのじゃない! ってかお前こんなことして恥ずかしくないのか?」
確かにはいていなければ、ラムリーザはパンツを見ることができないから、勝負に勝つことはできない。
「パンツはいてないから恥ずかしくないもん」
「いやいやいや……」
どこかで聞いたような台詞だが、こうして臆面もなく実現されると何も言い返せない。
こうなったらラムリーザは防戦しかない。
先に相手のパンツを見た方が勝ちとしてしまった以上、プロレス技で叩きのめしてパンツを見るしかない。しかしソニアは何故かはいていないので、見ることができない。
「あ、ひょっとしてさっきソファーの後ろで?」
ラムリーザは、ソニアが飛び掛ってくる直前に、ソファーの後ろに隠れてモゾモゾしていたのを思い出した。
そうこうしているうちに、ラムリーザはズボンのホックを外されてしまう。慌てて後ろに引こうとしたが、ソファーにぶつかってしまい座ってしまうことになった。
ソニアは、ラムリーザに覆いかぶさるようにのしかかってきて、正面からズボンを引き下ろそうと引っ張り始めた。ラムリーザは、ソニアを押し返そうとするしか、手の打ちようがなかった。
「やった! ラムのパンツ見えた!」
「こっ、こいつはっ!」
ラムリーザは、喜ぶソニアの顔を自分の腰に押し付け、再びスカートに手をかけて何もはいていないお尻をむき出しにしてやった。
「リザ兄様、お風呂が沸いたみたいですよ」
そのタイミングで部屋のドアが開き、妹のソフィリータがひょいと顔を覗かせる。
部屋の入り口からみた光景は、丁度ソファーでもつれ合うラムリーザと目と目が合う形になる。ということは、ラムリーザの股間に顔をうずめたソニアのむき出しのお尻は入り口の方へ向けられたままになっていて――。
「…………」
ソフィリータは、その光景を見て固まった。
「いや、これは清くない交際じゃないよ。えーとね、プロレス……」
「……ベッドの上の裸プロレスですか?」
「いやいやいやあのね、パンツを先に見た方が勝ちで、そしたらソニアがパンツ履いてなくてね、いや、なんだろうねぇ……」
あまりにも突然の出来事で、ラムリーザは頭がうまく回転していなかった。言い訳にもならない台詞しか出てこない。ソニアはソニアで、ラムリーザの股間に顔をうずめたまま硬直している。
「私は知りません。リザ兄様とソニア姉様のモラルに任せます」
ソフィリータはそれだけ言い残すと、部屋のドアを閉めてその場を立ち去った。
「いや、モラルも何も……」
ラムリーザは、ソニアを押しのけるとソファーから立ち上がった。着替えのバスローブをクローゼットから取り出しながら考える。
次の春から、ソフィリータを含めてまた家族で一緒に暮らすようになる。すると、今さっきのような事故が発生する可能性は限りなく高くなるのだ。これは意識改革が必要になるかもしれんな……。
ラムリーザは、来春からのソニアとの付き合いをどうすべきか。それを考えながら、浴室へと向かうのであった。
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