麗しき乙女達の雑談
1月13日――
今日も朝からいつもの光景、いつもの雑談が教室の座席で繰り広げられている。
「ナリオ製品って知ってるかしら?」
リリスの問いにソニアは「知らない」と答える。会話の流れもいつもと同じだ。
「CMで今やってるわ、ナリオカレーとナリオふりかけ」
「ああ、あれね。ああいうの、買う人居るんですの?」
ユコの問いにリリスは、今度はドスを効かせた声でCMの真似をして見せる。
「子供たちよ、よーく聞け。今度は、ナリオカレーとナリオふりかけが、毎月千五百名様に当たる」
本来のCMで語っている中年のおっさん声には程遠いが、CMの台詞をそっくりそのまま言い切った。
「懸賞?」
「いや、製品らしいわ。お店の棚に応募用の葉書が並んでいて、一枚二百エルドで売られているのよ。雑貨屋で今朝登校途中に見たわ」
「それ、普通のレトルトカレーとふりかけの価格と同じぐらいですのね」
「意味分かんないよ! 葉書買って応募して外れたら、カレーもふりかけももらえないの? それって酷くない?」
「そういうことになると思うわ」
商品に、おまけとして懸賞が毎月何名様に当たる、というのはよく聞く話だ。
だがリリスの挙げたこの製品は、製品自体が懸賞になっているから意味が分からない。その上、応募用の葉書の価格自体が他の類似品とほぼ同じ価格なのだから、さらに意味が分からない。
「そんなの要らない! そんなの買うぐらいなら、ホログラムテレホンカードや文具潜水艦買う!」
何が不満なのか騒ぎ出すソニアを横目に、ロザリーンは冷静に分析してみる。
「でも、千五百個以上売れたら後は丸儲け、商売としてうまいですね。商売として成り立つのかは不明ですが」
ロザリーンの言うとおり、商売が成り立っているのかは不明だが、最近話題になっている新手の販売方法に、世間はざわめいていた。
「当たったらプレミア価格で転売できるかもしれませんわねぇ」
早速ユコのように、せこいことを考えている人も少なくない。
「ユコ、確か年末年始の休暇中に、一曲楽譜を完成させたんですってね?」
「ええ、そうですわ」
「エロゲ?」
「違います! というか、エロゲでも歌ってもらいますの!」
ひとしきり、いつものやりとりを済ませた後で、リリスはソニアに対して提案を持ちかけてくる。
「今の世の中、いろんなせこい真似をしてお金を稼ごうという輩が増えてきている。そこで――」
リリスは、ソニアの方を正面から見据えて目の前に左手の人差し指を立て、片目をつぶって続けた。
「――次のリードボーカルは、よりずるく、姑息にでもいいからお金を稼いだ方がやるってのでどうかしら?」
「なんだかよくわかんないけど、乗った!」
リリスの提案も途方も無いが、よく考えずに乗るソニアも無鉄砲だ。
「それで、ルールはどうするんですの?」
「今流行の、ネットオークションを使用するわ。それぞれエルドラードネット銀行に口座を作って、一ヵ月後に残高が多い方が勝ち」
「だったらラムにいっぱい入れてもらお、それであたしの勝ちだ」
「ソニア、硬貨入れを出して」
リリスは、左手を伸ばしてソニアに硬貨入れの提出を求めた。さらに、ラムリーザに対して忠告めいた風に言ってくる。
「ラムリーザ、聞いていたよね? 贔屓は無しよ」
ソニアに背を預けて空を眺めていたラムリーザは、ソニアたちの話は全部聞いていたわけで、リリスの忠告を聞き入れる。
「いつもの勝負だね? わかった、ソニアが不正しないように監視しておく」
「ラムは誰の味方よ!」
「正義の味方だ」
リリスは、剥れるソニアから硬貨入れを取り上げると、中から金貨を一枚だけ取り出して、残りは硬貨入れと一緒にラムリーザに押し付ける。その後で、自分の硬貨入れもラムリーザに預け、同じく金貨一枚だけ取り出した。
「スタートは金貨一枚、これから口座を作りにいくわ。後で口座の入金履歴を見たら、不正したかどうかわかるからね。入金が、ネトオク以外にあったら、その時点で負け確定ね」
「待ってよ! 最初によりずるく、姑息にでもいいからお金を稼いだって言った!」
妙な所でソニアはよく聞いている。
「ええ、ネトオクでならどんなことをしてもいいわ」
リリスは、いつもの怪しげな笑みを浮かべて言った。いや、どんなことと言っても詐欺をしたら犯罪だからね。
「勝負の間、買いたい物が出てきたらどうするのよ? 帰りにお菓子とか食べたくなっても買えないよ?」
「この勝負の間は、そういった雑費はラムリーザに出してもらうことにするわ」
「ええと、僕が君たちのお金を預かっていていいのかなぁ?」
「ラムリーザなら、勝手に私たちのお金を使い込むようなことはしないでしょう?」
「うん、まぁ……」
実家から多額の仕送りをもらっているラムリーザは、わざわざソニアやリリスの金を使う必要が無かった。そもそもソニアのための雑費は、いつもラムリーザが支払っているようなものだ。
「オークションは知ってるけど、売る物はどうするのよ?」
「金貨一枚で仕入れたものを売ればいいわ」
リリスの目指しているものは、安く仕入れて高く売る転売のようだ。CMで見たナリオ製品のようなものを運よく手に入れられれば、転売で稼げるかもしれない。
そういうわけで、なし崩し的にリードボーカル争いは、ネトオクでの稼ぎで決めることになった。
昼食後の昼休み、校内のテラスで同じように四人は集まって雑談をしていた。
「そういえば、交換日記でも書いたけど、ワクワク動画で有名になってるS&Mっていいよね」
「何それ? あたしまだ見てないよ?」
「それなら今、キュリオで見てみたらいいじゃないの――ってかあなた、交換日記読んだの?」
キュリオとは、携帯型情報端末。所謂この世界でのスマホだ。
「読んだ。マキアベリ的なたまごが食べたいって書いて、ローザに渡した」
「それ読みました。最近は日記と言うより、チャットみたいに一行だけ書いて回す人が多いですね。続ける意味があるのでしょうか?」
交換日記の衰退を、ロザリーンは感じ取っていた。自分自身はなんとか真面目に書いていたが、ソニアと男性陣のいい加減さが最近目立つ。
「ちゃんと書いてください。折角親睦を深めるために始めたっていうのに、全く……」
言いだしっぺのユコは憤慨するが、グループメールも存在しているのに交換日記までやるのはめんどくさい。これは、男性陣の言い分。
「私は真面目に書きました。マキアベリ的なたまごの作り方をね。あれはスイカとたまごをチーズで――」
「またですの?! ロザリーンの日記はいつもレシピになってて、日記になってませんの!」
どうやら、交換日記はあまり機能していないようだ。
その間にも、ソニアは自分の携帯型端末を操作して、リリスの言うS&Mの動画を探していた。
「何これ、ソフィーちゃんじゃないの」
その動画に辿り着いたソニアは、とくに驚くでもなく淡々と反応した。
「ソフィーチャン?」
リリスはソニアの一言に、いぶかしげな顔を向ける。
「ソフィーちゃん。このギターで伴奏しているのは、ラムの妹のソフィリータよ」
「あらそうなの? そういえば、見たような気がするわね」
実は一度だけリリスはソフィリータに会っている。だが特別印象的な娘でもないし、一度だけしか見ていないので忘れていたようだ。
「それで、この踊り手は誰ですの? ずいぶんと上手ですのね」
「私は知らないわ」
「どこかで見たような気がするのですけどね」
リリスは知らないようだが、ロザリーンは心当たりがあるようだ。
「ソフィリータがSなら、Mで始まる名前じゃないのかしら?」
「あたし知ってるよ、確かミーシャちゃんだった。休暇中一緒にきしょい映画を見に行ったよ」
「なんですの? きしょい映画って……」
「なんかね、島に行ったら死体が蘇って襲ってくるの」
「ゾンビですか……、ああそういえば帝都の映画館でゾンビ物の映画やってましたね」
ロザリーンは、リゲルにゾンビ物の映画をやっている映画館に連れていかれそうになったことを思い出した。テーブルトークゲームなら遊べるが、映像で見るのは避けたいものだった。
「ダンスかぁ。私たちのグループにもダンスを取り入れるの、良いかもしれませんわね」
「私がリードボーカルやるから、ソニアは乳揺れおっぱいダンスでもやってたらいいと思うの」
「何よその死霊が踊るみたいなの! リリスがストリップダンスやったらいいじゃないの!」
ロザリーンは呆れて、「下品ね……」と言いながら溜息を吐く。
下品な言い争いをしている二人を尻目に、ユコはロザリーンに話しかけた。
「そういえば、交換日記は今誰が持ってますの?」
「私はリゲルさんに回しました」
「あの二人は日記を滞らせがちだから、後で催促しておかないといけませんわね」
昼休みは終わり、予鈴が周囲に鳴り響いた。
放課後、部室に集まった六人は、ソファーに陣取ってまたテーブルトークゲームを始めようとしていた。
今回もゲームマスターはリゲル。
キャラクターの設定は前回から引き継いでプレイすることにした。
「さて、今回お前らは南の小さな島へバカンスに出掛けた、という設定から始める」
ラムリーザとロザリーンの真面目組は黙って物語に耳を傾け、サブマスター的立場のユコは、今一度キャラクターシートの確認をしている。
その一方で、リリスとソニアは開始前から不穏な雰囲気を見せていた。といっても、リリスが笑みを浮かべて見つめ、ソニアが不満顔で睨みつけているよくある光景だが。水面下では、昼休みの件でまだ揉めているようだ。
ラムリーザは、ソニアとリリス二人の動向に注意しつつ、プレイを進めていた。
物語の内容としては、案内役のNPCが怪我をしたので、島にある病院へ向かっているところだ。その途中で、休憩を取ることとなった。
「さて、お前らが茂みの中で休憩していると、目の前の地面がモコモコと盛り上がり、中から何かが出てきた」
それを聞いた時、ラムリーザは嫌な予感がした。というより、リゲルの作り上げたストーリー自体、最近どこかで見たような気がしていた。
「まさか……、な?」
リゲルは、にやりと笑うと話を続けた。
「そこからは、ほとんど骨と皮だけになった顔が現れた。大分古い死体がゆっくりと身を起こす。泥にまみれた顔、窪んだ眼孔の中には、ミミズの群れがうごめいていた」
ラムリーザは完全に思い出し、テーブルをバンと叩いて叫んだ。