TRPG第二弾「カノコの依頼」 最終話
帝国歴78年 2月1日――
エア・フィールド・ソードを誇らしく掲げるファイター、リリス。
マインド・スマッシャーを誇らしく掲げるファイター、ソニア。
バンドグループのラムリーズ同様、冒険者グループでもこの二人は二枚看板だった。
「さて、あなたたちはいよいよ遺跡ダンジョン最深部、地下六階に到着しました!」
ゲームマスターユコの宣言で、今日のテーブルトークゲームが始まった。
「あれ? 地下五階じゃなかったっけ?」
「あっ……、えーと、地下五階は何も無かった! というわけでダンジョンを進むと、徐々に周囲の温度が上がっていきます」
ラムリーザの突っ込みにユコは一瞬言葉に詰まったが、強引に話を進めて間違いをスルーした。
「惑星の中心部へ向かえば向かうほど熱くなるからな。この世界も例外ではないのだろう」
「たった地下六階で?」
「こいつの設定はチート魔導師とか大袈裟だから、星の設定も大袈裟なんだろう」
「そこ外野、うるさいですの」
ラムリーザとリゲルの雑談を、ユコはびしっと制する。どうやら二人は外野扱いされてしまったようだ。
「僕が外野なら、主人公は誰なんだろうね」
ラムリーザはぼそっと呟いた直後、しまった、と思った。自ら進んで争いの火種を投げ込んでしまったのだ。
「主人公はあたし。リリスはライバル役の根暗吸血鬼。陰湿ないじわるばかりするけど、いつも最後は正義のヒーローのあたしにやられるの」
「ユコ、残念ね。この物語は風船おっぱいお化けが支配する、身の毛もよだつ怪談になってしまったわ。風船におびえるヒロインの私は、ラムリーザに励まされていつしか二人の間には愛情が生まれ――」
「なっ、なんであんたがラムと!」
「あなたはカノコと恋に落ちるの。ユコ、残念ね。風船のせいで、この物語は百合物になったわ」
「リリスはナリオに恋をして、一万エルドも貢ぎました」
「なっ……! 誰がナリオなんかっ!」
「外野うるさいですの! ダンジョン最深部を進んでいくと、遠くから唸り声が聞こえてきます」
ソニアとリリスも外野になってしまった。とうとう残るはロザリーンただ一人だけになってしまった。
楽しそうに状況説明するユコをほったらかして、ラムリーザとリゲルはひそひそと雑談していた。
「ラムリーザ、俺はかけてもいい。遺跡の守護者はドラゴンだ」
「ベタな展開だね。ゲームのラスボスもドラゴンってケースが多いよね」
「シンジという名前のラスボスを知っているか?」
「人の名前みたいだね」
「それがドラゴンなのだ。昔やったゲームだが、クリアするのが大変だったぞ。主人公はやたらでかくて、敵の攻撃に対して当たり判定がでかすぎる。歩く、しゃがむ、ジャンプをする、どの動作ももっさりしていて操作性は最悪だ。友人にプレイさせたら、最初のステージである城の前のつり橋すら渡りきれなかった――」
「外野! 雑談はゲームが終わってから! あなたたちが通路を進んでいくと、大きな部屋に出た。そこには――」
二人の雑談を戒めたユコを、リゲルが制して返す。
「ドラゴンが居るんだろう?」
「ドッ――」
ユコは、リゲルの顔を睨みつけながら言葉を止めた。少しの間沈黙の時間が流れ――。
「――こからみても巨大な化け物、フレアブラスが待ち構えていた!」
意地悪げなリゲルの顔を見返すユコのどや顔が、これまた美しい。
ゲームと関係ないところで、すでにバトルは始まっていた。
「フレアブラスって何?」
ラムリーザの問いに、ユコは少し考えてから答えた。
「……カッパードラゴンの一種で、オレンジ色に輝く銅製のうろこが炎系攻撃の大半を吸収する。強力な炎攻撃『クリムゾンノート』を行使する、ですの」
「なんだ、結局ドラゴンなんだね。それで、クリムゾンノートって何?」
「……一兆度の炎で焼きつくす超強力攻撃ですの」
「おおう、なんかすごい敵だね」
ラムリーザは、ドラゴンではない新種のモンスターを目の前に、高揚感を感じていた。しかし、炎系攻撃の大半を吸収してしまうのならば、得意のファイアーボールは控えなければならないか? などと考える。
「一兆度って、そんな高熱が発生したら、この惑星系は瞬時に蒸発して、二百光年以内にある星に住む生物も、放射線にやられて順次死滅していくことになるのだが?」
ユコの答えに対して、リゲルは物騒な説明で返した。無論ユコは、そこまで考えて設定していない。
「だ、大丈夫だよ、そのクリムゾンノートとやらを使わせなければいいよ。それにいざとなったらカノコが何とかしてくれる、……はず」
根拠は無いが、これまでの流れからラムリーザはそう考えた。
ファンブルやゲームで遊ばせることは大事だが、物語の進行とぶつかった時、ユコは進行を優先する傾向があった。だから、無茶な展開にはしないだろう。
「突撃する!」
ソニアは元気よく宣言し、攻撃ロールを行なうためにダイスを転がした。
リリスは混戦を避けるために、先陣はソニアに任せて様子を見ている。
ロザリーンは待機して、守勢に回ったときに備えている。
ラムリーザは、ソニアの剣を強化しようと、エンチャントウエポンを放とうとしたが、リゲルに魔剣に魔法はかけられないというルールを教えられ、逆に防御を強化させようと、ソニアにプロテクションを放つ。カノコにかけてもらったプロテクションで命拾いしたラムリーザは、その魔法の有効性をよく知っていた。
リゲルは、シーフ技能ではフレアブラスと戦うすべが無いので待機している。
カノコは、ゲームマスターが何も触れないので、待機しているのだろう。
「ダメージ点は、コロコロと、はい、ソニアはこれだけダメージを与えました。さて、ドラゴ――フレアブラスの反撃です。飛び掛ってきたソニアに打撃攻撃が行ったよ」
「回避する!」
ソニアは再びダイスを転がす。
「しかし、大きな両脇浮き袋が邪魔で、足元が見えずに転んでしまって、ドラゴンに踏まれてしまった」
「ちょっと何よそれ!」
横から口を挟んできたリリスに、ソニアはすごい剣幕でどなりつける。
「勝手にゲームマスターを奪わないでくださいですの! それにドラゴンじゃなくて、フレアブラスですの! コロコロ、ん、回避しましたね」
ユコは先ほど自分で「カッパー『ドラゴン』の一種」と説明したことは忘れているようだ。
二ターン目。
ソニアは再び突撃する。
リリスも突撃するが、正面はソニアに任せて横に回りこむ。
ラムリーザは、リリスにもプロテクションをかける。
リゲルとロザリーンとカノコは待機。
「このターン、ド――フレアブラスは攻撃してきません。クリムゾンノートの攻撃準備に入りました」
毎回言い間違えかけるところ、結局はドラゴンなのだろう。
「やば、一兆度だ。その攻撃の範囲はどれぐらい?」
「一点集中の熱線ですの。フレアブラスは、目の前に居るソニアに照準を定めています」
「リゲル、炎を防ぐ魔法はある? いや、一兆度が出てきた瞬間に銀河が消滅だっけ?」
「いや、そこまで規模を大きくない。だが今俺たちが住んでいる惑星は蒸発するな」
「そこ! 空想科学理論を展開しない! えとね、一つヒントを出すね。リリスの持っているエア・フィールド・ソードには、エア・スクリーンの魔法が込められていて、その衝撃波でブレス攻撃を跳ね返すことができるの」
ユコは、戦闘では外野だが、設定に突っ込みを入れてくるリゲルを一瞥してヒントを与えた。
「なるほど、ソニアが攻撃を食らう次のターンに、リリスがその魔剣の力を放ったら、防ぐだけでなく反撃にもなるんだね」
「リリス! ノーエアーうんこを放って!」
リリスは、ソニアの挑発じみた発言にむっとしてやり返した。恥ずかしい台詞を大声で言うソニアも困ったものだが……。
「ラムリーザ、私はあなたを守ってあげるわ。ラムリーザに魔剣の魔力を放ちます」
「ちょっと待て、ソニアに放てよ!」
ラムリーザは、リリスの突拍子もない行動にすっかり慌ててしまった。今回は後衛に徹することができて後方に下がっているラムリーザを守っても意味が無い。
「何ですの! リリス真面目にやってよ!」
ゲームマスターのユコも非難する。
「そうねぇ……、ソニアには要望通りノーエアー……」
リリスは言葉を止めた。その先を言ってしまうと、取り返しの付かないことになるのは逆にリリスの方だ。
リリスが黙ってしまったので、ユコは仕方なく救済策を出す。
「その時、カノコがソニアにミサイルガードをかけてくれました。これは、効果がかかっている人に向って来る物体や魔法を弾く防御膜を形成する魔法で、クリムゾンノートも防ぐことができます」
「なんだ、その魔法を使えばよかったんだね。じゃあ僕もその魔法を、念のためリリスにもかけておく」
「いえ、この魔法はカノコが独自に開発したもので、彼女しか知りません」
「なんやそれ……」
再び炸裂する、ユコのオリジナルルール。独創性はあるが、汎用性が無い物だからプレイヤー的にはあまり意味が無いしおもしろくない。
「おい、カノコって一体何者だ?」
リゲルの問いに、ユコは「スペルクリエイターですの」と答えた。それを聞いたリゲルは、「うむ」と唸って腕を組み、黙り込んだ。
三ターン目。
クリムゾンノートが来ることを宣言していたので、ソニアは下手に動かず守りを固める。カノコの放ったミサイルガードの効果も相まって、ソニアはほとんど無傷でクリムゾンノートを耐えることができた。
リリスは、ラムリーザにエア・スクリーンを無意味に放つ。
ラムリーザは、ミサイルガードが使えなかったので、フリーズダガーをフレアブラスに放つ。炎系攻撃の大半を吸収すると言うが、氷刃ならダメージを与えることができたようだ。
ロザリーンは待機、いつでも回復魔法を使えるように精神集中している。
リゲルは「待機」と一言言っただけだ。
カノコは、先ほどユコが言ったように、ソニアにミサイルガードをかけていた。
どうやら、一兆度のクリムゾンノートが炸裂しても、惑星は蒸発しなかったようである。
四ターン目以降も、ミサイルガードで防御を固めたソニアと、エア・フィールド・ソードを持つリリスのコンビは、互いに罵りあいながらも功を競って譲らず、その結果絶妙なコンビネーションを生み出すことになり、フレアブラスを圧倒していた。
………
……
…
冒険者一同の活躍により、ついにフレアブラスを退治することができた!
「赤子の方が歯応えあるわ! 力無き者は見るのも汚らわしい!」
ソニアが放った勝利宣言の台詞に、リリスとユコは顔をしかめる。夏休み明けの試験勉強の日、ソニアのハメ攻撃で喧嘩したことや、ラムリーザのゴム鞠潰しを思い出したために。
「ラムも勝利の台詞言って!」
そんな二人の負の感情は何処吹く風、ソニアはラムリーザにも勝利宣言を求める。
「あー……、えー……、紅天の世はすでに終わった! 今こそ翠天の世を創り上げる時だ!」
「ラム、それ世界観違う」
「知らんがな」
ラムリーザは、つい最近プレイしたゲームで、自分の陣営の総大将が言っていた台詞を真似てみただけだ。そこを責められても困るというものだ。
「えーと、おめでとうですの。フレアブラスの居た部屋の奥にある部屋に、霊薬エリクシャーが飾られていました。カノコは、みんなにありがとうと言って、エリクシャーを手に取りました」
「エリクシャーって、売ったらどれぐらいになるの?」
ソニアの問いに、ユコは「百万エルドぐらいかな?」と答えた。すると、ソニアはすかさず皆が驚くような宣言をする。
「カノコからエリクシャーを奪って逃げる!」
みんなぽかーんと、ソニアを見ている。ソニアは、百万で売れるということに高揚しているのか、鼻息が荒い。
「だっ、ダメですの!」
ユコは、その宣言を認めない。ロールプレイは自由だが、ストーリーを逸脱されてはかなわないのが彼女の信念らしい。
「だって報酬は一万エルドでしょ? それならエリクシャーを売って百万エルドを手に入れる!」
「そうね、私もその話乗ったわ。売った金は二人で山分けしましょう」
リリスも、ソニアに賛同してエリクシャー強奪を試みる。
「ラムも手伝って!」
「いやいやいや、最後の最後で裏切るってそんなことできないよ」
「おお、やめとけ。たぶんカノコと戦っても勝てん。そいつなんかチートキャラだし、またカノコしか使えない変な魔法を放ってくるぞ」
ラムリーザは人道的に反対し、リゲルも別の意味で反対した。
「ラムの裏切り者!」
裏切り者のソニアに裏切り者呼ばわりされたラムリーザは、正義のヒーローということになる。マイナスのマイナスは、プラスだ。
その時、ロザリーンはラムリーザに何か耳打ちをした。ラムリーザは、うんと頷いて宣言する。
「ソニアとリリスにスリープクラウドを全力で放ちます」
「はい、クリティカルヒット、リリスとソニアはその場で眠り始めてしまいました」
「ちょっと待ってよ! 抵抗判定は?」
「裏切り者に判定は必要ありませんの!」
「なっ……」
「えーと、いいかな。ソニアとリリスを担いで、カノコに『これでもう安心、エリクシャーを持っていきなさい』と言う」
ラムリーザは、不満顔のソニアとリリスを相手にはせず、物語を奇麗に終わらせようとした。
「はい、それでいいですの。みんなは町へ帰りました。リリスとソニアが目覚めた時は、カノコもエリクシャーを持って何処かへ立ち去っていました。はいおめでとう、クリアですの」
「勝手に話を進めるな!」
ソニアはユコに突っかかるが、ユコもすまし顔で応じる。
「フレアブラスを倒した時点で、ゲームで言うエピローグに入っていますの。だからそこからは操作できずに見ているだけですの」
「なんで! ドラゴンファンタジー4では、エピローグの天空の城で扉を増殖させて、普通には行けない場所にある雲の穴から落ちて、その後土偶戦士にわざと負けて全滅して復活したら、エンディングに出てくる町を操作できるよ!」
「そんなバグはこのゲームにはありませんの! ってか何の話ですかそれは!」
「ユコの馬鹿! もう知らない!」
ソニアはそう言い放って、部室から飛び出していってしまった。
下校を告げる時間までまだもう少しあったが、今日はここらでお開きにして解散することにしたのであった。