動画再生回数戦争 ~中編 マクロ自動化の恐怖~
2月9日――
この日は、朝から微妙な空気が流れていた。
ユコは折角作ってきたテーブルトークゲームの開始が、またしても一週間お流れになることが確定したことに対する不満を漂わせている。
ソニアとリリスは、お互いの行動に対する牽制と警戒。
中立的なロザリーンだけが、いつもと同じ雰囲気を保っていた。
新曲のリードボーカルの座をかけた、ゲーム実況動画の再生回数争い。それはそれは、妙な方向へと事態は進展していた。
「ええと、ソニアさんの再生回数は、一本だけで千五百七十二回。リリスさんの再生回数は、一本目が三十二回で、二本目が八百四十二回、合わせて八百七十四回ですね」
「何だか知らないけど、伸びていますわねぇ」
ロザリーンの報告に対して、不機嫌なユコは投げやりな感想を述べる。
「ちっ、一日分の差が埋まらない……」
リリスは、歯軋りをして呻く。同じ時間、同じ労力では、一日早く始めたソニアが有利だ。
「後四日、後四日……」
ソニアは逃げ切る気満々だ。後四日もクリック作業を続けるというのも驚異的だ。
正直動画サイトの画面だけ更新する作業はつまらないとソニアは感じていた。しかし、リリスに勝つためには次の週頭までは、この迂遠な作業を繰り返すしかない。
「何をやっているんだよお前ら……」
ラムリーザもあきれ返ってしまう。
面白そう、楽しそうで始めたゲーム実況は、既に意味不明の作業へと変貌を遂げてしまった。
そしてリリスは、不平を言いながらも自分の携帯型情報端末キュリオの画面を叩いている。どうやら、携帯端末でも動画の画面更新作業を繰り返しているに違いない。
ソニアはすぐに気が付き、慌てて自分も同じ作業に没頭する。
本当に何をやっているんだか……。
「二人とも何をやっているのですか?」
自体を把握していないロザリーンが不思議そうに尋ねるが、二人とも黙々と作業を繰り返している。
「既にまともな勝負じゃなくなっているな……」
事情がわかっているラムリーザは、来週頭までの辛抱だと諦めることにした。
ただ、動画の面白さを競って再生回数を争うのも勝負だが、自分でクリックして再生回数を増やす勝負も、ありと言えばありだ。そう、クリックゲームと称される一部ネットゲームのように……。
二人は、まるでクリックしたらポイントを増やすことができるゲームの様な物をやっているだけなのだ。
動画の再生回数を増やすのと、お婆さんがクッキーを焼いて増やすのとで何が違うのか。数字が増えるといった点では同じではないか。
ラムリーザは、この異常事態をそう捉えることで、自分を納得させていた。
翌日、異変が生じた。
リリスが朝からぐったりとしている。肌も髪も荒れ、美少女台無し。
ラムリーザは、この様子を大分前に見たことがあった。ひょっとして今回もまた発生したのか? と警戒する。
「ええと、ソニアさんの再生回数は一本だけで二千三百六十八回、リリスさんの再生回数は、一本目が四十回で、二本目が三千六百四十五回、逆転しましたね」
リリスが昨夜何をやったのかわからないが、再生回数は逆転していた。
「なっ、何でよっ!」
ソニアは机をドンと叩いて怒鳴るが、リリスは充血した目で笑みを浮かべると、そのまま机に突っ伏してしまった。
「リリス、徹夜したな……」
ラムリーザはリリスの様子を見て、ラムリーズ結成前の事件を思い出していた。
それは、「四神演劇レグルス」というネットゲーム、ソニア、リリス、ユコの三人は、連日の徹夜でキャラクターを育て、一週間後には廃人のようになってしまうという事件があった。
リリスのあの動画が大ヒットするわけがない。これは、徹夜で動画の画面更新をやり続けた結果によるものだろう。
そんな事情は一向に気にした様子を見せないソニアは、リリスがダウンしている間に、遅れを取り戻そうと今日も携帯端末とにらめっこだ。
「リリス!」
ラムリーザは、ぐったりしているリリスを力強く引き起こして、顔を見ながらきつい口調で言った。
「そういうのはもうやらないって約束したよね?」
「ネットゲームは、してないわ……」
力なく答えるリリスの答えを聞いて、ラムリーザはぐっと台詞に詰まる。
ネットゲームはやるな、雑談部にするな、それがあの時の約束事であって、今回リリスは違反しているわけではない。
あの時のように、これからラムリーザも参戦して再生回数を競えと言われても、この調子だと追いつくことは到底不可能だ。また、あの時のように、金で再生回数を稼ぐというのも、そういうサービスがあるのかどうか不明だ。
しかも何だ? 勝ったからと言って何を禁止する?
ゲーム実況を禁止しても意味は無い。徹夜をするなと言うのは、仕事などで時と場合によっては仕方ないこともあるので横暴だ。クリック禁止、画面更新禁止という命令も、意味が分からない。
ラムリーザは、とりあえずソニアの徹夜だけは、力ずくでも制止するしかなかった。
その夜も、ソニアはずっとマイコンの前に張り付いてクリックし続けている。
ラムリーザは、これはネットゲームに熱中しすぎて周りが見えなくなっているのと何も変わらないのでは、と思った。
動画を作成した夜以降、ソニアは一度もラムリーザと遊んでいない。ずっとマイコンのボタンクリックだけだ。
「そんなしょうもないことで徹夜はさせないぞ。もし徹夜するようなら明日から学校指定の寮、桃栗の里だからな」
「それじゃあリリスに勝てないよ」
ソニアは、マイコンから目を放さず、不満そうに答えた。
「すでにまともな勝負じゃないだろ? 面白い動画を作るんじゃなかったのか?」
「リリスは再生回数で勝負と言った、だからあたしは再生回数増やしているの」
「そんな変なことしなくても、面白い動画を作っていたら、自然に再生回数は増えるんじやないのか?」
「あたしの作った動画が面白いと感じない人が変なの!」
ラムリーザは、そんなことはまずちゃんと実況した動画を作ってから言えと思ったが、そんなことを言っても事態は進展しないので、最初に言ったことを繰り返した。
「とにかく、いつもの時間にベッドに入らないと、桃栗の里だからな。脅しじゃないぞ、手続きすればすぐにでも移動させられるぞ」
ソニアは、眉をひそめて口を尖らせるが、ラムリーザに反抗できない。自分が変な事をしているのはわかっていた。だが、リリスに勝つためには、いたしかたがない。
「ラムもクリックしてよ」
ソニアは疲れてきてラムリーザに手伝いを求めた。だがラムリーザは、丁寧にお断りした。
「そんなことやめて、次の動画を作れよ」
「あーもう飽きてきた! つまんない! こんなことを一晩中するリリスも頭おかしい!」
五十歩百歩、ソニアもリリスもおかしい。
「いつぞやの対戦ゲームで対戦してやってもいいぞ」
ラムリーザは、ソニアを変な事から止めさせるために、わざわざハメ殺される道を選んだりもしてみた。しかしソニアは、クリックを止めない。
「あー、何か自動的にこれできないかなぁ」
ソニアはそういって、左手の指でマイコンのキーボードをクリックしながら、右手で携帯型情報端末を操作して何かを調べ始めた。器用なことをする奴だ。
一方ラムリーザは、対戦ゲームを一人で始めていた。
「ん、自動クリックツール?」
ソニアは、何かを見つけたようだ。キーボードのクリックを止めて、別の操作をやり始めた。
「これでもうクリック地獄から開放される……」
そうつぶやきながら、マイコンの操作を終わらせて、ようやくラムリーザの傍へ戻ってきた。
「ん、クリック作業は終わったのか?」
ラムリーザは、ひとまず一安心して尋ねてみた。
「うん、自動でボタンをクリックし続けてくれるツール見つけて、それを仕込んだからもうリリスに負けないわ」
気になったラムリーザはマイコンの画面を見にいってみたが、そこではソニアの動画を延々と自動で更新し続けている画面が映し出されていた。
「気味が悪いな……」
自動クリックツールが延々と画面を更新している様は、見ていてそう思わせるのに十分だった。
「ラム、対戦してくれるってさっき言ったよね、ほら来て対戦して!」
嫌な予感がして振り返ったが、思った通りいつぞやの緑色の軍服男が待ち構えていた。
ラムリーザは、自分の言い出したことだから逃げ出すわけにはいかない。
結局寝る前の時間まで対戦は続き、ラムリーザは四十七連敗しましたとさ。
「さてと、今日はそろそろ寝るか」
ラムリーザは、いい時間になってきたので、少し早いが寝ることにした。正直対戦にうんざりもしていた。
「もう一本!」
「もう十分勝っただろう、飽きないのか?」
ソニアは飽きないのだろうか? 対戦をしていると言っても、ずっと同じキャラで、ずっと同じハメ攻撃ばかりやっている。
「だってあたしがラムに勝てる少ない分野の一つなんだもん」
そうか、僕に勝ちたいのか、とラムリーザは思った。妙な所で負けず嫌いなことがあるものだ。
「もう疲れた、もう眠い、もう参った、降参です」
ラムリーザは、頭を下げて負けを認めてソニアをいい気にさせることにした。これは効果があり、ソニアは気分を良くしてゲームを終了してくれたのだった。
ラムリーザは、やれやれと溜息を吐いて、マイコンの画面が目に入り、再び溜息を吐いた。
ソニアは、寝る前にマイコンの画面を確認して、ちゃんと動いているのを確認してからベッドに入り込んできた。
そこでラムリーザは、ふとあることに気がついて、「ごめん、寝る前にちょっとトイレ」と言って、ベッドから出て行った。
そして、自分の携帯型情報端末を手に取って部屋から出る。
ラムリーザは、リリス宛に一本のメールを送った。
送信内容は、「ソニアは自動クリックツールなるものを見つけ出して、自動で動画の画面を更新している。リリスも徹夜でクリックし続けるぐらいなら、そのツールを探して仕掛けなさい」といったものだった。
ラムリーザは、我ながら馬鹿馬鹿しい情報を送っているというのと、ソニアと戦っているリリスに対して、ソニアに対してスパイ行動をしているという気分の悪さもあったが、リリスが徹夜続きでぐったりするのを見ていられなかったので、ここは心を鬼にして情報を流したのだ。
少し待って、リリスから「情報ありがとう」との返信を受け取ってから、ラムリーザは部屋に戻ってソニアの待つベッドにもぐりこんだ。