TRPG第三弾「カノコ誘拐事件」 第三話
2月22日――
さて、一日空けてテーブルトークゲームの続きをすることになった。
ちなみに昨日は、本来のバンド活動の練習に充てていた。毎日遊ぶのはよくないということで、一日遊べば一日練習する。この形は今年に入ってからは崩していない。
「さて、そろそろ学年末試験期間に入って、部活動の練習禁止期間に入るので、なんとか今日終わらせますよ」
「ゲームの日は練習していないんだけどねっ――と、どこからだったっけ」
ラムリーザは軽口を叩こうとしたが、ユコに軽く睨まれて話を修正させる。
「ええと――」
「三角関係で、リーダーは贔屓をしてはいけないという話だったわ」
リリスはユコの発言を遮って、余計なことを言う。またあの話を復活させるのか?
「違うっ、その話はやめようっ、ゲームが進まないぞっ」
ラムリーザは、開始早々慌てふためく。前回は下校のチャイムに救われたが、部活動の開始時間からこの話をやられたのではたまらない。
「カノコが人形にされて、リンナのアンティークショップに行くか、カノコと関係のあったエレンウェンとテュリウスの魔術師ギルドに行くかという話でしたわ」
ユコは、今回はリリスにつられずに状況説明をしてくれた。
「魔術師ギルドって、ギルドに関係ない人も入れましたっけ?」
「入れないかもしれないから、まずはリンナの所に行ってみよう」
「じゃ、ユウナに案内されてリンナの経営するアンティークショップへやってきた一行ですの」
ラムリーザたちは、とりあえずリンナの方から話を聞くことにした。
「さて、カノコらしき人形はあるかな?」
「やっぱりラムリーザはカノコにぞっこんね」
リリスはくすりと笑ってラムリーザを見やる。ラムリーザはとんでもないと言った感じに、
「いや、念のため探してみただけ。マスター、リンナは居るのか?」
と、話を進めようとした。
「アンティークショップの前では、筋骨隆々とした女性が箒で道をはいていますの。んで、いらっしゃい。おや、ユウナかい? 珍しいね、店から出るなんて、と笑いながら言ってきました」
「さて、知っている事を教えてもらおうかしら」
リリスはユコに詰め寄るような仕草を見せつけながら、静かに問い詰める。
「な、何ですの?!」
ユコは、リリスを押し返しながら言う。リリスの聞き方ではダメだと言わんばかりに、ロザリーンは改めて問い直す。
「リンナさんに、カノコさんが失踪してるんだけど最近みかけてないですか? と尋ねます」
「リンナは、カノコは最近ぱったりと見かけなくなったと答えました」
そこにソニアが乗り出してきてさらに尋ねる。
「人を人形にする、ラブドールだっけ? の話は?」
「それはダッチワイフですの! リップルドール!」
「ものすごい間違いだな」
ラムリーザは、ソニアの頭を小突きながら感心したように言った。
「それで、最後にカノコさんに会ったのはいつになりますか?」
ロザリーンが的確に質問をしてくれる。戦闘ではなくこういった情報収集では、前衛の二人は役に立たない。
「カノコと初めてあったのは、数ヶ月前で、リンナたちのチームの中じゃ一番新しいメンバーだそうですの」
「いえ、初めてじゃなくて最後なのですが」
「あ、間違えましたの。えーと、最後に会ったのは一週間前ぐらいで、何でももう少しで論文が仕上がるって部屋と図書館を往復してたっけ、と答えました」
「ここでもやっぱり一週間前か」
ラムリーザとロザリーンは、互いに顔を見合わせて頷く。
「ちなみに、どんな論文を書いていたと思う?」
ラムリーザは、思わずユコではなくリゲルに聞いてしまった。どうも参謀的立場にあるリゲル、助言を求めてしまう癖が付いていた。
「リンナは脳筋だから、論文は書けない。カノコは占いについてだろうな」
「リンナって脳筋?」
ラムリーザは、今度はユコに尋ねた。
「知りません!」
「いや、ユコが用意したNPCじゃないのかな?」
「こほん、その辺で、なにか変わった事はありませんでしたか? だれかと、カノコさんが喧嘩してたとか?」
ロザリーンが居なければ、つくづくテーブルトークゲームを進めることはできないな。とは誰も考えていなかったが、実際そんな感じになってしまっている。
「喧嘩っていうか、エレンウェンが一方的に突っかかってるだけなんですけどね!」
ロザリーン以外がわき道にそれてばかりなので、ちょっとユコは不機嫌になっている。
「よっぽど気に食わないんですね」
「エレンウェンって学院の講師なんだよね、なんでつっかかって行くのかな?」
今度はラムリーザが尋ねる。二番目に真面目なプレイヤーだ。
「う~ん、エレンウェンはプライドが高いからね。よっぽど新人のカノコが活躍するのが気に食わないんだろうね、とリンナは答えましたの」
「その二人は何故そんなに仲が悪いのでしょうか?」
ロザリーンの問いに、ユコは少し声のトーンを落として答えた。
「リンナは、今から話すことをだまっていられるかい? と聞いてきましたよ」
「もちろん、口は固いよ」とラムリーザ。
「私も大丈夫」とロザリーン。
リゲルとリリスは黙っているが、口は固そうだ。リリスは微妙だが、あまり他の人と話す機会は無さそうだ。
「あたしはしゃべるかなぁ」
空気を読まずにソニアは邪魔をしてしまう。
「んじゃソニアは店の外に出ていてもらうということで話を進めよう」
「やだ、聞く」
「じゃあしゃべるな」
「うん」
ラムリーザとソニアの、どうでもいいようなやり取りがあった後で、ユコは先ほどと同じトーンで語りだした。
「じつはね、私ら五人は皇帝陛下じきじきにとある生物に関する研究をしているのさ」
「とある生物とは?」
「風船おっぱいお化けのことでしょう?」
リリスが要らんことを言うが、あえて無視をして話を進める。一人憤っているが、これも気にしないで話を進める。
「まだ私たちにも正体のつかめない未知なる生き物です。皇帝陛下はソレを「エーリアン」と呼んでいた、とリンナは言っていますよ」
「まんじゅうじゃなかったの?」
ソニアの突っ込みも無視してユコは話を進める。
「で、カノコはソレの論文を書いていたけれど、エレンウェンはどうもソレが気に入らない、と言ってますの」
「どうしてですか?」
「エレンウェンが腹を立ててるのが、カノコがラムリーザ様のお気に入りだってことですの。エレンウェンはある意味ラムリーザ様の狂信者だからね」
「ちょっと待った」
ラムリーザは、ユコの作り上げた物語にある不審な点を見逃さなかった。というより、この展開はあからさまに無茶苦茶すぎる。
「なんで僕がカノコを気に入っているんだよ」
「あら、結構かばっていたみたいですけど」
リリスは、ここぞとばかりに攻勢をかけてきた。むろんラムリーザを煽っているわけではない。煽りの対象はソニアだ。
「依頼者を保護していただけだよ。ユコはなんかカノコを危険な目にあわせるような物語展開にしていたし」
「危険から守っているうちに芽生えてくる恋の物語」
「そんなことは、ない」
ラムリーザは、きっぱりと答えた。ソニアが騒ぎ出す前に話を進めよう、と思ったが、今の流れはまずい。ゲームマスターが勝手にラムリーザの感情を作り上げてしまっている。
「カノコもそうだけど、うるさいだけの娘より、頭のいいエレンウェンの方がいいんじゃないのかしら? ――あっ?!」
しゃべっていたリリスが突然悲鳴を上げる。彼女に向かって鞄が投げつけられたからだ。投げつけたのはもちろんソニア。
「ナリオ狂信者のリリスは黙ってろ! 一万エルドも貢いだくせに!」
ソニアの怒声に、リリスはピクッと反応する。ソニアの言ったことは半分事実だ。
「さらにエレンウェンにほれてるテュリウスが話をややこしくしてくれているんですの」
「テュリウス→エレンウェン→ラムリーザ←カノコね、さすがモテモテのラムリーザ。ソニア、あなたは諦めてクルスカイと平凡な人生歩んだ方がよいんじゃなくて?」
リリスは、ソニアを煽り続けている。強引にラムリーザを、別の女の物にしたがっているのがまるわかりだ。
「リリスがナリオと相思相愛になるのなら検討する!」
ソニアは、ナリオ攻撃一点張りだ。今のリリスは、まだナリオ騒動の傷が完全に癒えてはいない。
「とにかく! 怪しいのはエレンウェンということでいいかな?」
ラムリーザは、細かい所は誤魔化して話を進めようと試みた。
しかしソニアはリリスを睨みつけたままだし、リリスも笑みを浮かべてソニアを眺めている。ロザリーンは、この場をどう纏めたらいいか思案中だが、結論が出ていないようだ。
「エレンウェンが怪しいどころか断定しても良いんじゃないか?」
ラムリーザは、リゲルに意見を求めた。リゲルなら、この荒れた場でも冷静な判断をしてくれるはずだ。
「ラムリーザは英雄の名にふさわしい男だが、神ではない。二股どころか三股をして生きていくという過ちを正さなければならないのは、俺にとっても辛いものだ。しかしそれが、エルドラード帝国にとっての最良なのである」
「なんやそれ……」
物語の中でエレンウェンやカノコが一方的にラムリーザに惚れているだけで、現実のラムリーザは、リリスやユコの誘惑を振り切って、ソニア一筋で通していたはずだ。三股とか言われる筋合いはない。
「とりあえず、それでいいから話を先に進めて」
ラムリーザは、埒が明かないのでユコにお願いすることにした。
「ええと、リンナは、この人形はやっぱりカノコだわ。ユウナ、早く解毒剤を飲ませてあげな! と奥から人形を一体持ってきて言いましたの」
「え? カノコの人形があったんかい」
「やたらとカノコに似た人形が売られてきたんですの。しかも本人が行方不明の間にね。怪しいと思ってとっておいたのさ、とリンナは言ったよ」
どうやら、リップルドールの影響で、カノコは人形にされていたようだ。これが本当に人形にされていたカノコならば、行方不明事件も解決だろうか?
「とりあえず、カノコ人形が人質になる状況はさけられたか」
その後は、ヒーラーのユウナが、カノコ人形を持ち帰って解毒させて元に戻すということになった。めでたしめでたしか?
「事件解決ですね」
ロザリーンも同じ考えのようなので、ラムリーザは、変な方向へと話が進みかけた物語が終わることに安心した。
「ちなみに、その人形持ってきた奴は?」
「さすがにエレンウェンでもテュリウスでもなかったようですの」
「ん~、まいっか」
ラムリーザは、不穏なソニアとリリスから離れようと、鞄を整理し始めたが――
「待って、何か釈然としない!」
ソニアが騒ぎ出した。
「ラムに手を出そうとするエレンウェンをとっちめてやらないと気がすまない!」
「無事カノコが戻ってきたから、問題は解決したんだよ」
ラムリーザは諭してみるが、リリスも納得できないといった感じに反論する。
「今回戦ってないし、はっきりとした犯人を知りたいわ」
まだエレンウェンが犯人だというはっきりとした証拠はない。