雑談の場と化した部室での光景
4月18日――
今年に入ってから、ほとんど部活動としての体裁が整わなくなった学校の部室だが、たまには顔を出しておくということで、今日は部室に集まっていた。
演奏の練習をするなら、フォレストピア・ナイトフィーバー内にできたスタジオでやった方がいいので、現在ここはほぼ雑談の場と化している。
今日はレフトールも顔を出している。どうやらバンドグループに入ろうと考えているのは本気のようで、普段は子分たちとつるんでどこかで遊んでいるらしいのだが、部室に集まるときはこちらを優先しているようだ。
「ラムさん、ドラム教えてくんろ。あ、ラムさんだけにドラム担当ってわけ? ドラムさん、宜しく頼むわー」
レフトールは妙なこじ付けをしながら、ラムリーザをドラムセットの所まで引っ張っていき、なにやら頼み込んでいる。
「やだよ! ラム以外のドラムなんて認めない! レフトールなんか、ドレフでもやってたらいいんだ」
すぐにソニアは文句を言い放った。ソニアは、ラムリーザと二人でバンドの土台を固めているといった自負があるのか、ただ単純にラムリーザと一緒に土台を楽しみたいのか、恐らく後者だが、ラムリーザ以外がドラムをやろうとすると、すぐ怒る。
「だから俺がドラムの時はベースはリゲルだって。その時はラムさんがリードボーカル。待てよ、ジャンもギターだから、いっそ男四人で独立すっか? こんなうるさいおっぱいちゃんはほっといて、ラムトルズでも立ち上げようぜ」
「やだ! ラムを取るな! 独立するならあたしとラムが二人で独立する!」
「はいはい、夫婦漫才」
「漫才じゃない!」
レフトールの壮大な構想に、ソニア一人が噛み付いている。微妙に違うのは、リリスなどに対しては「寝取るな」と言うのだが、レフトール相手では普通に「取るな」である。ノーマルな考えしか持っていないのだろう。
それよりも、ソニアが普通にレフトールに文句を言っている。以前のレフトール相手なら考えられないことだ。それだけレフトールは、仲間として馴染んできたのだろう。
どっちにせよ、ソニアが周囲で騒ぐので、ラムリーザは落ち着いてレフトールをコーチできない。ソニアの狙いもそこなのだろう。ずっとソニアとレフトールのやりとりを聞いているだけだった。
ピアノの周りでは、ロザリーンがいつものように奏で、リリスとユコはその周囲に集まって雑談している。
いずれこの部室内には、このピアノしか無くなるだろう。
そうなった後で、この部室内で主要な場所となるであろうソファー周囲には、ジャン、リゲル、ソフィリータ、ミーシャが集まっていた。
「しかし帝都組が揃うとはな、今年に入るまで想像もしてなかったぞ」
リゲルは、隣に腰掛けたミーシャの顔を見ながら言った。
「俺は驚かせようと思って隠していただけだけどな。ただ二号店の話は大分前からしていたはずだぞ?」
今年からジャンは、フォレストピアにできた二号店の経営を始め、ソフィリータもラムリーザと合流して屋敷に住み、今年からこちらに来ている。
「二号店はあまり気にしていなかった。ミーシャも言ってくれればよかったのに」
「ミーシャもリゲルおにーやんを驚かせようとしただけだよ。ほら、びっくりさせるって話していたはずだぞ?」
リゲルのぼやきに、ミーシャはジャンの口調を真似て答えた。そこでリゲルは、大事なことに気がついてミーシャに尋ねてみる。
「そういえばミーシャ、お前は今いったいどこに住んでいるのだ?」
リゲルは、ミーシャの一家が戻ってくる人事は聞いていないし、あの父親ならそのような人事は絶対にやらないだろうと思っていた。
リゲルの問いに、ミーシャは誇らしげに答えた。ただし、声色は去年ラムリーザが帝都で会った時に感じたそのまんま、甘ったるい媚びた声で。
「ミーシャね、いろいろ調べたんだよ。まず去年の帝都でのライブでリゲルおにーやんを見つけた時、ソフィーからあそこでぽこぽこ太鼓叩いている人がソフィーの兄だって聞いたんだ。その人と一緒にいるのなら一緒の学校かなーってね、それでソフィーが来年からこの帝立ソリチュード学院に通うって聞いて、リゲルおにーやんもここに居るって確信したの。それでミーシャもここに来ようって決めたんだ。それでね、それでね、調べたらこの学校には学校指定の寮があるってわかったんだよね。だからミーシャは、桃栗の里に入寮したんだ。今はそこに住んでるよ、リゲルおにーやんと同じ学校に行くためにねっ」
「くうぅ~っ、泣かせるねぇっ。ミーシャの一途な気持ち、本物だぜ?」
ジャンはおどけて言うが、どうやらミーシャのリゲルに対する気持ちは本気のようだ。
しかしリゲルは、ロザリーンとの関係もあるし、父親との摩擦も発生するかもしれないので、「ううむ……」としか唸れなかった。
「スティックの握り方が違うよ」
一方ドラムセットでは、ラムリーザのコーチが始まっていた。いつの間にかソニアは、リリスたちの居るピアノの方へと移動していたので、ようやくレフトールと落ち着いて話ができるようになったのだ。
「そう全体でぎゅっと握り締めるのではなくて、親指と人差し指でつまむように、残りの指は軽く添えるだけでいいんだよ」
「おっ、ラムさんのあの圧倒的な握力は、ここから来ているのかなっ?」
「いや、それは格闘技の方からだと思うけど、まぁ握る力もあるに越したことはないと思うよ。あ、でもドラム叩くときは、力を抜いてね」
「ん~、細かいな」
「じゃあまずは、ゆっくりなテンポから叩いてみよう」
ラムリーザは、側に置いてあるメトロノームを操作して、テンポ60で動かし始めた。部室内に、カチカチという小さな音が鳴り始めた。
「最初に四分音符で四つ、次に八分音符で八つ、これを繰り返してごらん」
「四分音符って何?」
「そ、そこから?!」
ラムリーザのレフトールに対するドラムの基礎レッスンは、本当の基礎の基礎、音楽の知識からスタートとなったようだ。
「ええと、このカチカチというメトロノームの音に合わせて一つずつ叩くのが四分音符。一回のカチで二度叩くのが八分音符。わかるかい?」
「うーん、わかるようなわからないような」
それでもレフトールは、ラムリーザの指導の下、タンタンとドラムを叩き始めた。
しばらくの間、部室内にはソファー周辺でジャンたちのグループ雑談と、ピアノの周りでロザリーンの演奏とソニアたちの雑談、ドラム周りでレフトールのたどたどしい演奏が流れていた。
夕暮れ時には、全メンバーがソファー周りに集結して雑談タイムとなっていた。
「で、部長は誰? テーブルの上に俺が出した入部届けが残ったままになっているぞ」
ジャンの爆弾宣言が発動されてしまった。
「部長はあたし、入部届けはあたしが預かる」
「待って、部長は私。あなたが入部届けを管理していたら、すぐに無くしそうだから怖い」
「何よ、リリスが管理したら読まずに食べそうだから怖い!」
「何その山羊さん」
「お前ら喧嘩ばっかしだな、ラムさんが部長やればすんなり片付くんじゃねーの?」
ソニアとリリスの言い合いを見て、レフトールはうんざりしたような視線をラムリーザに向けてぼやいた。
「いや、僕は街の事で忙しいから、部活は他の人にやってもらう。そこまで面倒見切れないよ、バンドのリーダーもやっているからね」
「めんどくさ、じゃあリゲルがやれよ」
「興味無いな」
リゲルは、左右をロザリーンとミーシャに固められて、それどころではなかった。
部長をラムリーザはやらない、新入りがやるのは論外だと言う、ロザリーンはソニアやリリスに遠慮する、リゲルは興味無し、残るユコも部長争奪戦には興味無さそう。
「新しく入った人のパートは、ジャンさんとソフィリータがギター、レフトールさんがサブパーカッション、ミーシャは……、ミーシャは何?」
このように、楽譜作成のレパートリーが増えたことにしか興味を持っていない。
「ミーシャは歌うの専門でいいよ」
お得意の媚びた声で、答えるミーシャ。しかしこれが、またしてもソニアリリス組の言い争いに燃料をそそいでしまった。
「「ダメ!」」
ソニアとリリスは、妙なところで息が合って同時に答え、顔を見合わせてにらみ合う。
「なんでー、ミーシャ、歌を歌えるよ」
「歌ぐらいなら俺も歌えるぞ」
レフトールがすかさず口を挟む。
「ダメよ、このグループのボーカルは二枚看板、私とソニアだけだわ。もっとも私だけでもいいけど、おまけと情けでソニアも」
「リリスなんか尻で歌っていたらいいんだ」
「何その腹話術もとい、尻話術……」
「こほん、ミーシャの歌を聞いてみたい。ちょっと気になるから何か歌ってみて?」
ラムリーザは、ソニアとリリスの言い合いからミーシャを抜き出して尋ねてみる。ミーシャの甘ったるい媚びた声で歌われたらいったいどうなるのか。
先日のクラブハウスでのライブでは、ミーシャはコーラスに専念していたので、歌っているところは聞いていなかったのだ。
「ん、ミーシャ歌うよ」
ミーシャはそう言うと、鞄から携帯型情報端末キュリオを取り出して、ササッと何かの操作をする。すぐに音楽が流れ出して、ミーシャはそれに合わせて歌い始めた。
ぼーくは、たーだの、子供に見えるけどー、ホントはあの有名な「おまぁた少女」なーのさっ
ラムリーザは、うーんと唸った。おまぁた少女の意味はわからないが、この声はこれで一つの特徴になるかもしれない。
「この声は使えますわ」
楽譜担当のユコも絶賛する。声も一つの楽器とはよく言ったものだ。コーラスだけに埋もれさせているのはもったいない。
ラムリーザは、二枚看板を三本柱に変えようかな、などと考えていた。
「さーてと、部室での練習は今日が最後。ドラムセットはジャンの所のスタジオに送るから、レフトールは次からはフォレストピアにあるジャンの店に来てね。あっちの方が設備がいいからね」
「その部活動はいつやるん?」
レフトールはラムリーザの心象を良くするためか、真面目な部員を演じているようだ。
「そだねー、週三回、始めと真ん中と終わりに練習のために集まろう。休日は自由行動とする」
「りょーかい、やっぱラムさんが部長でええんとちゃーう?」
「――ということを、ソニアもリリスもできるようになろうね」
ラムリーザは、あくまで部長の座には就かないつもりだ。ソニアとリリスのやりたい方がやればいい。
「私はできると思うけど、ソニアが邪魔をするからできないの」
リリスは、ソニアのせいにして自己弁護する。そうすると、当然ソニアは噛み付いた。
「あたし邪魔してない! リリスが退部すればあたしが部長で決まるから、リリスは出て行って」
「あなたが出て行きなさい。あなたが居るせいで、この部室は牛小屋って呼ばれているって噂よ」
「だっ、誰が牛よ! 噂ならこの部室は吸血部屋って呼ばれているわ!」
「何それ、意味が分からないわ」
また始まったソニアとリリスの口論に、ラムリーザは溜息をつき、ミーシャはなんだかワクワクしたように、目を輝かせながら眺めている。リゲルとロザリーンとソフィリータは、あまり関心が無いように表情を変えないが、ジャンは引きつった笑顔を向けている。
部長のことはちゃんと決めなければならないが、やはり禁句であるようだ。二人ともお互いに譲る気が全く無い。
その一方で、ジャンはリゲルに頼みごとをしていた。
「ああそうだリゲル、この西部地域である程度演奏できるバンドグループを知っているか? 有名でなくてもいい、とりあえず形になっててノリが良ければ、うちの店では十分だ」
「ん、心当たりがあるような気がする」
「思い出したら連絡してくれ、じゃあなっ」
それだけ言うと、ジャンは口論の場からそそくさと立ち去っていってしまった。ジャンはそろそろ店の準備もあるし、その意味でも店のスタジオでの部活動は都合が良かった。
こんな具合が、今年に入ってからの部活動である。相変わらずな部分もあるし、新しい部分もある。部長選出の進展は全く無いが、それぞれおかしく楽しく、やっているのであった。
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