のだま対戦 ~死闘の彼方には何がある?~
4月21日――
休日の運動公園、のだま対決は一回の攻防が終わった時点で、ラムリーザチームがソニアチームを四点リードしていた。
ソニアチームの反撃なるか、というところで、二回の表の攻撃、先頭打者は四番のロザリーンからだ。
ラムリーザチームのバッテリーは、一回と同じく投手リゲルに捕手ラムリーザ。このコンビに、ソニアチームは一回の攻撃では手も足も出なかったのだ。
「ここから好打順、一気に追いついて逆転するよ」
リリスはやる気満々だが、ソニアはなんだか気落ちしているみたいだ。
ソニアは投手を買って出たが、一回の裏に四失点という結果になってしまった。それだけならともかく、ラムリーザが敵に居るということが、ソニアの胸に重くのしかかっていた。おっぱいも重くのしかかっているが、まぁそれはどうでもいい。
打席に入ったロザリーンを見て、リゲルは少し複雑な表情を見せた。ソニアが付き合っているラムリーザと対決したように、今度はリゲルが付き合っているロザリーンとの対決が始まった。
しかしリゲルは、ソニアのように感情的になるタイプではない。これはゲームだ、と割り切ってロザリーンに対して真っ向勝負を挑んだ。
ラムリーザは、自分から見て左方向に居るロザリーンを確認し、内角低めにグラブを構えた。しかしリゲルは横に首を振って、外角に構えるよう指示した。
スレンダーなロザリーンに対しては、ソニアに行なったような内角低めのおっぱい攻めはできない。それならばリゲルは外角攻めをして、球威で押して打たれたとしても流させる作戦に出たのだ。流せば一塁方向にボールは飛び、そこは一回の攻防でかなりの運動神経を見せたソフィリータが守っている。彼女なら打球の処理はなんとかするだろう、といったわけだ。
リゲルは、ロザリーンに対して振りかぶって第一球投げた!
カツッ
ロザリーンはなんとかボールにバットを当てたが、振り遅れのかすり球、ボールは一塁側フィールドの外へと転がっていった。
「ファールゥ!」
審判のごんにゃ店主の巻き舌判定の声が響く。
ロザリーンも、振り遅れて流してしまうとソフィリータの方へとボールが飛ぶのがわかっている。攻めるならば、守備の下手なミーシャの居る二塁を狙うべきだ。しかしリゲルの球威がそうさせない。
ソフィリータは前屈姿勢で打球に備えているのに対して、ミーシャは右手の人差し指をくわえてぼんやりと立っているだけだ。
リゲルは二球目も二塁側に飛ばさせないように、外角へ全力投球をやった。
ロザリーンは、二球目は球筋と速度をじっくりと観察して動かなかった。
「ストオォルアァ~イクゥ!」
ツーストライクに追い込んで、リゲルの三球目も同じコースへと速球が飛び込んでくる。
「同じところね、その球見切ったわ!」
ロザリーンは狙い済ましたかのように、外角球を打ち込んできた。
パカーン!
いい音を出して、ボールは飛んでいった。それでもリゲルの速球は、多少は振り遅らせたらしい。一塁側へとボールは高く上がった。
「なにっ?!」
狙い通りに打たれたとしても引っ張らせずに流させたのだが、リゲルは女子供には打たれない自信があったのかもしれない。ロザリーンの打った打球を振り返って、驚きの表情を見せる。
「やったわ、ここから反撃よ」
リリスは次の打者ソニアを打席に送り込みながら言った。
しかし、ソフィリータは諦めずにボールを追いかけていく。その様子を見て、リゲルはすかさず指示を出す。
「よし、そのまま振り向かずに全力疾走だ」
「え? あれを取る気ですの? ってかあの娘走るの速すぎ」
リゲルに言われたとおり全力疾走をするソフィリータを見て、ユコは驚きの声をあげる。
「まだよまだよ、走れ走れ」
リゲルはソフィリータに指示を出し続ける。打球よりも多少は走るほうが速い。ソフィリータは飛んでいる打球を追い越して走り続けた。
「よし止まって振り返れ」
リゲルの指示で、ソフィリータは走るのを止めて振り返った。外野まで飛んだ打球は、外野まで走ったソフィリータの立ち止まったところへいい具合に飛んできた。結局ロザリーンのクリーンヒット性の当たりは、ソフィリータにノーバウンドで捕球されてしまった。
「へえぇ~、あのお嬢ちゃん、かなりいい足しているね。あ、アウト! 外野フライね、外野じゃないけど」
ソフィリータの運動能力を、ごんにゃの店主も感心している。
「ちっ、なんなのよあの娘は」
リリスは舌打ちするが、悔やんでいても仕方が無いのでソニアに打席に入るよう促した。
「ふえぇ……」
一方ソニアもがっかりしている。
「ソニア、作戦よ、ミーシャの方へ打ちなさい。ソフィリータの方に打ってはダメ」
リリスは作戦を立てるが、それができたらヒットを量産できるだろう。しかし、リゲルのピッチングがそうさせないのだから仕方が無い。わかっているのだが、それができないのだ。
ソニアは、しょんぼりとした感じで打席に入った。あまりラムリーザの方を見ないようにしている。
ラムリーザは、ソニア最初の打席と同じように、内角低めの死角へとグラブを持っていく。リゲルは首を横に振って外角攻めを要求するが、ラムリーザは、あるジェスチャーをリゲルに見せた。
まず両手で自分の胸の辺りに大きな円を描く。まずリゲルに巨大なおっぱいを提示した。次に左手で大きな胸を抱えるよう仕草を残したまま、右手の人差し指を自分の目の側に持っていき、そこからゆっくりと人差し指を左手の位置まで持っていく。その角度を保ったままさらに人差し指を下ろし、胸の下辺りで円を描く。
そのジェスチャーを見て、リゲルはプッと吹きだした。どうやらソニアの死角を理解したようだ。
そこでようやく、ソニアに対するリゲルの第一球目、投げた!
ボールは内角低めのストライクゾーンギリギリを通過する。ボールの見えないソニアは手出しできなかった。
「ストオォルアァ~イクゥ!」
「ふっ、ふえぇ……」
「まずいですわ」
そこでようやくユコは、相手のバッテリーが何を考えているか理解できたようだ。
「どうしたのさ、ユコ」
リリスに聞かれて、ユコはリリスの耳元でヒソヒソとつぶやいた。
「たぶんあの球のコース、ソニアはバストが邪魔で見えてないですわ」
「なんですって?」
リリスとユコがヒソヒソ話をしているのを尻目に、リゲルは第二球目も同じコースへと投げた。
「ストオォルアァ~イクゥ!」
ソニアはもう何もしない。リゲルの方と、見えない足元へ視線を行き来させ、神妙な顔つきをしている。
三球目も同じコース、ソニアはスイングすらしなかった。
「ストオォルアァ~イクゥ、バッターアウッ!」
棒立ちのまま、見逃しの三球三振。見えていないのだから、正確に言えば見逃したわけではない。しかしルールでは三振だ。
「問題は、次の左打ちのリリス――」
「ふっ、ふええぇぇ~ん!」
ラムリーザが、次の打者を攻める方法を考えようとした時、ソニアが突然号泣してしまった。
「なっ、ななっ?!」
ソニアは、持っていたバットをリゲルの方へと投げつける。しかしリゲルまでは届かず、バッテリーの中間点へコロンと転がった。
「ふえぇ~ん、こんな胸があるから打てないんだ、引きちぎってやる! ふえぇ……」
「おっあっ、ちょっ、ちょっと待て!」
ラムリーザは慌てて立ち上がって、ソニアの側に駆け寄り両腕を掴んだ。
「バカっ、バカバカっ、ラムのバカ! ふえぇ~ん!」
ソニアは、ラムリーザに両腕をつかまれたまま、ラムリーザの胸元へ頭突きを繰り返しながら泣き叫んだ。
そこでラムリーザは、ソニアに対して姑息な手段で攻めていたことに気がついた。ただの遊びにしてはやりすぎた。
「ごっ、ごめん、やりすぎたよ。だからもう泣かないでっ」
「ふえぇ~ん!」
ラムリーザの胸に顔をうずめて、ソニアは泣いている。
リゲルはチッと舌打ちして、顔をそむけた。リリスとユコはどう声をかけたらいいのか迷っているし、ミーシャは指をくわえたままポケーッと眺めている。
ラムリーザは、ソニアをなんとかなだめようとして抱きしめた。
「ごめんよ、もう試合はやめよう。好きなだけ打たせてあげるから、気分を直して」
ソニアは、ラムリーザに抱かれたまま嗚咽を繰り返している。
「こほん、どうするのかな?」
とんだ事態になってしまい、審判を務めていたごんにゃ店主は困ったようにラムリーザに尋ねた。
「うんまぁ、こういったわけだからもう試合は終わり。普通に打たせてあげることにしたよ」
「そっか、それなら丁度いい。おっちゃんはそろそろ夜の食事時に合わせて仕込みをやらなくちゃいけないところだったんだ」
「審判やってくれてありがとう、またお店のほうにリョーメン食べに行くよ」
「へいへい、今後とも贔屓にしてくだされ」
そう言い残して、ごんにゃ店主は運動公園から去っていった。
「あ、折角だから店主の名前を聞いておけばよかった。それはそうとして、ほらソニア、バットを持って打席に戻って」
「やだ! もうのだまなんてやりたくない!」
「そう言わずにさ」
ラムリーザは、ソニアが投げたバットを拾ってきて持たせると、打席に連れて行って構えさせる。それからラムリーザ自身も、再び捕手の位置に座った。
「というわけでリゲル、試合は終わり。ちょっと外角気味にスピードを落とした球を投げてくれ」
リゲルは、ソニアに対して打ちごろの球を投げるのは面白くなかったが、仕方ないかと首を横に振り、試合のときとは全然違うゆるい球を投げた。しかしソニアは、バットを振らなかった。
「ん? どうしたんだ? ボールは見えてる――、じゃなくてこの球なら打てそうだろ?」
ラムリーザはリゲルに返球し、再び同じコースに投げてくるよう指示をした。
今度はソニアは、不貞腐れたような顔をしながらもバットを振った。ボールはバットにかすり、リゲルの正面に転がっていった。
「えっと、私たちはどうすればいいのかしら?」
試合は終わり、ソニアに好きなだけ打たせるということになり、リリスたちはぼんやりと見ているだけになったので尋ねた。
「ああ、うん、適当に守りについてくれ」
ラムリーザにそう言われ、リリスは仕方ないかといった表情をしながら、言うように適当な位置へと守備についていった。
それからしばらく続いた後、ソニアも慣れたのか次第にいい音を出しながら打てるようになった。だが、ボコスカ打たれるとリゲルとしては面白くない。
ある時、ソニアのスイングはジャストミートし、ミーシャの居る方向へと高く上がった。リゲルは「ミーシャ、行ったぞ」と指示するが、ミーシャは飛んでくる球を見ておたおたしているだけだ。ダンスの技能は高いが、球技の技能は低いらしいミーシャは、練習の時同様フライを頭で受けてしまった。
「ふにゅ~ん、難しいよぉ」
甘ったるい声で不満をこぼすミーシャ。
「やってられっか!」
リゲルはマウンドを下りて、ロザリーンの元へと向かった。投手が居なくなったので、今がチャンスとばかりにリリスが代わりにマウンドへと上がってきた。
「むむっ」
ソニアも、投手がリゲルからリリスに代わった事で、更なる闘志が湧き上がったようだ。ほんの数十分前に大泣きしていた人と同じとは思えない変わりっぷりだ。
「勝負よソニア! 三振とかゴロに打ち取ったら私の勝ち、ヒットならあなたの勝ち。次の新しい歌のリードボーカルの座を賭けた勝負!」
「よーしこいっ」
ソニアは、打席で構えたまま、バットの先端をグルグルと回して威嚇する。
「待ってよ~、ミーシャも歌うんだから~っ!」
そこにミーシャが割り込んできた。二塁後方から、マウンドまでかけてきた。
「じゃああなたはフライが取れたら歌わせてあげる」
「うん、ミーシャフライ取る!」
ミーシャはそう言うものの、これまでの練習で一度もフライを取れたことはない。しかもリリスのすぐ隣で守備についている。いざとなったらリリスに突き飛ばされるのが見え見えだ。
「えーと、勝負と言ったら僕はどうしたらいいのかな?」
「ラムリーザは私が投げる所に構えていたらいいの」
リリスはそう言って、投げる場所を告げずに投球動作に入った。
「いやちょっと待って、どこに投げるか示していないし!」
ラムリーザはリリスの強引な行動に一瞬戸惑ったが、リゲルと違いリリスの球なら投げた後にでも確認して捕球できるだろうと考え、すぐに落ち着きを取り戻した。だが、少しばかり嫌な予感も感じていた。
「投げられるものなら投げてみろ!」
ソニアはリリスを挑発するが、これは逆だ。投手側が「打てるものなら打ってみろ」と言うのなら解るが、投げることを打者は止める術は無い。
リリス、振りかぶって、第一球、投げた!
「いやちょっと待って!」
ラムリーザは再び同じことを言って止めるが、もう投げた後だからどうしようもない。先ほど感じた嫌な予感は的中した。リリスは、ソニアの死角となる内角低めに投げたのだ。
「痛い!」
しかし次の瞬間、ソニアが悲鳴をあげる。
リゲルと違って、細かいコントロール技術を持たないリリスは、内角低めを狙ったはいいが、狙いが少し外れてソニアの足にボールが当たってしまったのだ。跳ね返ったボールが、ミーシャの足元へと転がっていった。
「取ったよ」
ミーシャはボールを拾って嬉しそうに掲げて見せるが、リリスは「フライじゃないからダメ」と言ってボールを奪おうとした。
「わざとぶつけたな!」
そこにソニアの怒声が重なる。ソニアはバットを放り投げて、マウンド上のリリスの方へと向かっていこうとした。しかしその途中で立ち止まって、ボールの当たった辺りの足を押さえて屈みこんだ。
「おい、大丈夫か?」
ラムリーザも心配して立ち上がってソニアの側へと向かおうとしたが、それよりも早くソニアは再び立ち上がって、リリスの方へと向かい始めた。ボールの当たった足が痛いのか、片足を抱えて片足飛びで向かっていく。
「あのぐらいの球を避けられなくてどうするの? ああ、風船が邪魔で見えなかったのね、くすっ」
「黙れ! 黒魔女!」
「ちょっ、何を――」
ソニアは、足を抱えて膝を突き出したまま、リリスに体当たりをぶちかました。突然膝をぶつけられて、リリスはバランスを崩してしりもちをつく。
「こらこら、乱闘はいかん」
ラムリーザはソニアの後を追ってマウンドへと向かうが、ソニアは立ち上がったリリスに対して再び膝をぶつけていく。
「そっちがその気なら!」
リリスも相手にしないか逃げればいいのに、わざわざソニアと同じように片足を抱え、膝を立ててソニアにぶつかっていく。
ソニアとリリスの二人は、なんだかよくわからないけど片足飛びをしながらお互いの膝をぶつけ合っていた。側に居るミーシャは、不思議そうに二人を眺めているのだった。
「喧嘩はやめんか――って、喧嘩じゃないなこれは。一体何なんだよ?」
膝をぶつけ合う二人の側まで来たラムリーザだったが、どう収拾をつければいいのかわからず、ただ立ち尽くすだけだった。
「えいっ」
「何だ?」
突然後ろから軽い衝撃を受けて、ラムリーザは少し驚いて振り返った。すると、ミーシャがソニアたちと同じように片足を抱えて飛びながらラムリーザに膝をぶつけてきているではないか。
「えいっ、えいっ」
ラムリーザは、リリスのように立ち向かっていかず、素直に逃げ出そうとした。しかし、その瞬間足をもつれさせてその場に転倒してしまった。
「やったー、ミーシャの勝ちっ!」
「いや、勝負なんてしてないって」
「こぉーらぁーっ! リザ兄様に危害を加えたなーっ!」
一塁方向から、ソフィリータがラムリーザを助けるためにものすごい勢いでかけてくる。
「いや、そこまで怒らんでも――」
ラムリーザはソフィリータを止めかけたが、彼女の次の行動を見て言葉を失った。ミーシャの側まで駆け寄ってきたソフィリータも、ソニアたちと同じようにおもむろに片足を抱えると、そのまま片足飛びでミーシャに膝をぶつけていったのだ。ほんとうに、わけがわからない。
ミーシャは片足で立っていたところにソフィリータの突撃を食らったが、うまくバランスを取って転ぶことは無かった。ボールを受けることはできないが、ダンスが得意なだけあってバランス感覚だけは優れているようだ。
「何か楽しそうなことやってますのね!」
そこにユコまで駆け寄ってきて、同じように片膝を抱えてぶつかっていった。
マウンド上では、座り込んでいるラムリーザを尻目に、五人の少女たちが片足で跳びながら立てた膝をぶつけ合うといった意味の分からない光景になっていた。
「最後まで立っていた者が、次の歌のリードボーカルよ!」
「みんな! リリスを集中的に狙え!」
「えっ? 私にもリードボーカルのチャンスをくれるのですか?」
「ダメだー、ミーシャが歌うんだー」
「ええい、うっとうしいですわね!」
なんだかよくわからないが、楽しそうな五人であった。
外野の方ではそんな騒ぎは無視、とでも言った感じにリゲルとロザリーンはキャッチボールをしていた。
もう既に、のだまどころではなくなっていた。
一人ぼんやり座っているラムリーザは、妙な疎外感を感じながら、不思議な宴を眺め続けているのだ。
そろそろ空は夕焼けに染まりつつあった。こんな具合に、平和な休日の出来事であった。