うらにわにはにわにわとりがいる その二
4月30日――
この日の昼休み、ラムリーザは昼食を終えてさて何をするか、とソニアと二人で校庭に出たところで、生徒会長ユグトラシルの訪問を受けた。
ユグドラシルは周囲を伺って、近くに他に誰もいないことを確認してから訪ねた。
「ラムリーザ君、知っていたらでいいのだけど、学校の裏山について何か知っていることは無いかい?」
「う、裏山? ごほんごほん……」
ユグドラシルの唐突な質問に、ラムリーザは思わず咳き込む。その様子を見て、ユグドラシルはラムリーザが何かを知っているということを確信したようだ。
「あっ、やっぱり何か知っているね? 裏山で何かが起きているようなのだけど、誰も話そうとしないんだ。自分に教えてくれないかな?」
「いや、ニバスさんに口止めされているんでダメなんだ。あいやいや、知らないよ、と言ってももう遅いな……、どうしよ」
ラムリーザはソニアに助けを求めるように顔を見たが、ソニアも顔を赤くして答えられないようだ。そうだろう、そうだろう。
「そう、そのニバスが何かやらかしているみたいなんだ。そのことについて聞きたいんだよ」
「自分で裏山に行ってみたらいいんじゃないかな?」
ラムリーザは、なんとか話をはぐらかそうとしている。ソニアと裏山へチュウチュウドラマの再現をやりに行っているなんて言えるわけがない。
「そうしようとしたんだけど、裏山の大分手前で止められて行かせてもらえなかったんだ」
ああ、そうなっていた。確か見張りを立てていて、ニバスの目論んでいる目的と違うと思われる者を近づけさせないようにしているのをラムリーザは知っていた。
ユグドラシルは、ラムリーザの両肩をがっしりと掴んで離さない。今日は何が何でも聞き込むつもりらしい。そこでラムリーザは、仕方なく聞いてみた。
「ユグドラシルさんは、多様な価値観を認めますか?」
かなり抽象的な質問だが、具体的に切り出すわけにはいかないのでこのように聞くしかないのだ。
「自分は生徒の自主性を大事にしているつもりだよ。それに、ユライカナンの文化を取り入れてみようとしているのも知っているだろう?」
「うん、それもそうですね」
それを聞いてラムリーザは、ユグドラシルなら何を見ても頭ごなしに否定はしないだろうと考えた。それにユグドラシルならニバスも怒らないだろう。
「ニバスは裏山で何をしているのかな?」
「えーと、それを知るためにはまずはカップルを作ってください。ユグドラシルさんが以前追い払われたのは一人で行ったからです。独身は裏山進入禁止ってニバスさんは決めているのです」
「独身ってそんな、結婚しないとダメなのかい?」
「いやまぁそうじゃなくて、あそこはカップルで行く場所なんですよ。仕方が無いからこれから行こうと思うので、ユグドラシルさんも誰か引っ掛けてきてください」
「いきなり難題だねぇ」
しかしユグドラシルも、そうするしかないのならと考えて、一旦ラムリーザの側から離れていった。
「ラム、今日は裏山で遊ぶの?」
「久しぶりに、行ってみようかな。なんか裏山の話しをしていたら、あのお気に入りの場所でのんびりしたくなったよ」
「チュウチュウドラマをやりに行くのね」
「いや、ぴちぷにょをやりに行くの」
「やだ」
「でもソニアもエロいことやろうとしているぞ」
「あたしはいいの」
「なんで?」
「リリリリリン調査を済ませているから」
「調査? 何の?」
などと、二人でどうでもいい会話をしている所に、ユグドラシルが戻ってきた。ユグドラシルは、困ったような顔をしている。
「ラムリーザ君ダメだ、誰か紹介してくれ、ちときっついわぁ」
散々からかわれたのだろうか? ユグドラシルの欠点は、女性の前であがってしまうことだ。ユグドラシルは、顔中汗だらけになっている。
「ソニアを貸してくれ、ラムリーザ君は代わりにリリスを――」
「そんなことをしたらリリスを呪う」
ユグドラシルはソニアを借りようとするが、妙な理屈で断られてしまう。
なんだか話がごちゃごちゃになったので、ラムリーザはユグドラシルの相手を任せられる相手を連れてくることにした。ユグドラシルなら無茶はしないだろうし、無茶をされても自衛できる娘に心当たりがあった。
今度はラムリーザがその場を離れ、ソニアとユグドラシルが残されることになった。
ラムリーザが居なくなったところで、ユグドラシルはもう一度ソニアに頼み込んでみた。
「君とカップルになるのはダメ? 今日の調査だけでもいいんだけど」
「やだ。買い物に行くとかならでも嫌だけど、裏山に行くのはもっと嫌」
「やっぱり裏山には何かあるな……。しかたないか……。ソニア君はラムリーザ君のどこが好きなのかな?」
仕方が無いので雑談をして時間を過ごすことにするユグドラシル。彼の問いにソニアは迷わずに即答した。
「ラムと一緒にいたら安心できるの。例え世界中のみんながあたしの敵になってしまっても、ラムだけは味方で居てくれる。ラムの側は、世界で一番安心できる場所なの」
「凄いこと言うねぇ、ラムリーザ君がうらやましいよ。ソニア君は、ラムリーザ君の良い所はいくつ言えるかな?」
「あ、んこ」
ソニアは、以前リリスにからかわれたことを思い出して言葉に詰まった。リリスの計略にはまって確か先に悪い所を列挙させられて、その結果良い所を一つも言えなくなってしまった妙な思い出がある。だから、その問いには答えなかった。
そこにラムリーザが、一人の女子生徒を連れて戻ってきた。
「ユグドラシルさん、潜入捜査のパートナーを連れてきましたよ」
そのパートナーは、ラムリーザに少し似た所のある女の子だった。
「あっ、ソフィーちゃん」
「その娘は確か、ラムリーザ君の妹さんじゃなかったかな?」
ソニアは当然だが、ユグドラシルもフォレストピアのパーティで見かけていたので知っていた。
「ソフィリータです、兄がいつもお世話に――、なっていますか?」
微妙にぎこちない挨拶。それでもユグドラシルは気にせずに答えてくれた。
「お世話にしてもらっているはずです」
よくわからないやりとりだったが、こうしてユグドラシルのパートナーはソフィリータということになった。
「ああそうだ、無茶はやらないでね。まぁソフィリータも抵抗するだろうけど。仮だよ仮、今日のところはね」
「無茶? 無茶とは何のことを言っているのだい?」
「おっと、とにかく調査だけにしてね。ソフィリータもユグドラシルさんが狼に変身しそうになったら逃げ出すんだぞ」
「おいおい、自分を狼男にしないでくれよ」
「狼に変身するときは、顔の皮を剥ぎ取ってからにしますか? それともまずは手が伸びていって、全身に毛が生えますか?」
ソフィリータの質問もさらっと聞くだけだと気味が悪い。
「顔の皮を剥ぐとか物騒だな、なんだよそれは」
「ミーシャと一緒に見に行った映画にありましたよ」
ラムリーザの質問に、ソフィリータはサラッと答えるのだった。
そういえばミーシャは誰の影響か知らないが、恐怖映画が好きなのだったな。ラムリーザは、年末年始の休暇にミーシャに連れられて見に行った映画のことを思い出した。
あの時見たのはヨンゲリアというゾンビ映画で、リゲルもその映画を元ネタにしたシナリオでテーブルトークゲームのゲームマスターをしていたな。最初にリゲルがゲームマスターをしたシナリオも、死体が蘇る気味の悪い話だったな。
そこまで想像の幅を広げて、ラムリーザは何かがピシッとはまるのを感じた。
「ひょっとしてミーシャの恐怖映画好きって、リゲルの影響じゃないのか? いや、その逆もありうるが、どうなんだろう?」
割と当たっているのだが、ラムリーザには知る由もなかった。
さて、裏山に近づいた所で、いつもの検問に出くわす。
「お、ラムリーザとソニアか。ん? 生徒会長が何の用かな?」
「自分はこのソフィリータ君と一緒に遊びに来たのだ。何か問題あるかな?」
ユグドラシルは、ソフィリータと繋いだ手を検問に見せ付けるように差し出した。その様子を見て、検問はニヤリと笑って言った。
「ほー、今年の生徒会長は火遊びがお好き、と」
「火遊び?」
少しずつユグドラシルの表情に不安が広がっていく。それでも四人は、検問を通り過ぎて裏山へと入っていった。茂みに入る前に、ラムリーザはユグドラシルをある場所へと誘い出した。
「ラムリーザ君、ここは?」
「この地の主に挨拶していったらいいですよ、まぁ知った顔ですけどね」
「おー、ユグドラシルじゃんか。お前が来るとは珍しいな、というか女引っ掛けることができたんだ」
ラムリーザの連れて行った場所に立ち入ると、聞き覚えのある声が迎えてくれた。
「ニ、ニバス?! 君はいったい……!」
ユグドラシルは、まさにその行為中のニバスを目にして驚き口をパクパクとさせる。行為中が何を指すのかは割愛。
「カップルの聖地へようこそ、まあゆっくりと楽しんでいってくれや。あ、その前にユグドラシルの彼女紹介してくれ、見てみたいわ」
「えっと、えっとね……」
すっかり慌てふためいてしまっているユグドラシルに代わり、ラムリーザが答える。
「僕の妹のソフィリータです。ニバスさんとはパーティで入れ違いになってて会うことができなかったけど、今年から同じ学校に通うことになりました」
「領主の娘と首長の長男カップルか、割と最強だな」
ニバスは、ユグドラシルとソフィリータの組み合わせをそう評価する。もっとも、今日は潜入調査のための仮カップルなのだが。
「それじゃあ僕はソニアと遊んでくるから失礼するよ」
「ちょっ、ちょっとラムリーザ君待ちたまえ……っ」
ユグドラシルは、今現在自分が置かれている状況を改めて意識して、ラムリーザに救いを求めてくる。しかし、ここはラムリーザの言うような遊ぶ場所である。しかし、しかし――
「リザ兄様!」
ソフィリータが、茂みに消えようとするラムリーザとソニアを追いかけてきた。
「なんてところに連れ込むのですか!」
ソフィリータは少しばかり怒っている。ラムリーザはソフィリータを連れ出すときに、ユグドラシルの潜入調査の手伝いをして欲しいと頼んだが、その内容までは話していなかった。
ラムリーザは、ニバスに聞こえないところまで離れてから説明した。
「うんまあ、そういうことなんだ。ユグドラシルと調査したらそのまま帰ってもいいよ」
「調査って、こんな所調査したくありません!」
「うんまあ、そうだろうねぇ。帰っていいよ、というのもまぁ、うん、なんというかだな、うん、帰るか」
ラムリーザは、ソフィリータの見ている前でソニアと遊ぶわけにもいかず、このままソフィリータを一人で帰すのも気の毒だと思ったし、実情を知った今ではユグドラシルの調査に付き合うことも嫌だろう。というか、現に今嫌がっている。
仕方が無いので、今日は遊ぶのを諦めて三人で裏山から立ち去ることにした。
それから数日間、ラムリーザは母親にソニアとの状況をソフィリータに黙っていてもらうために、頭の上がらない日が続いたのであった。
ちなみにあの後ユグドラシルは、固まったまま遊んでいるニバスを呆然と見つめているだけで、それから数日間、「女を連れ込んだのに遊べなかった男」としてニバスにからかわれることになるのであった。
そんなこともあったため、ユグドラシルは裏山での出来事を語ることができず、禁止するのもニバスに負けを認めることになると思って、このことは記憶の中に封印して黙認することにしたのだった。
こうして裏山は、主にニバス派のグループが支配する、カップルの聖地として残ったのであった。
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