第二回フォレストピア首脳陣パーティ
5月4日――
今日は、月に一回行なうことにした、フォレストピアでの首脳会議と称した進捗報告会議の日だ。
ラムリーザは、去年まではオーバールック・ホテルで行われていたパーティに参加していた。
しかし伴侶を見つけるといった当初の目的は既に必要なく、この地方の有力者との顔合わせも一通り終わっていた。前者はソニアとの仲がほぼ決定事項だし、後者の内フォレストピアの開拓に必要な人たちは、今年から新たに始めた進捗報告会議の方に参加している。
さらに今回からは、会議を兼ねたパーティは、フォレスター家の屋敷のホールで行なうことになった。
先月は、まだ屋敷に引っ越したばかりでパーティに使うには早すぎたので、駅前の大倉庫にある会議室を借りて行なった。だがそこから一月経って、ようやく屋敷の方が落ち着いたので場所を変えたのだ。
「あらぁ、皆さんお揃いですの?」
初めてパーティ用のドレスを身に纏ったユコが、ラムリーザたちの側に来た。
この地方全般の運送を取り仕切っているのは、リゲルの家であるシュバルツシルト家だが、このフォレストピアに限っての運送を纏めているのは、ユコの父親になっていた。
ユコの父ボビーは先月ラムリーザに話した通り、今回から娘のユコも連れてきたというわけだ。
「ドレスを身に纏って、呪いの人形もいよいよ本格的だねっ」
早速要らない事を言うのはソニア。パーティでは初めて会うメンバーに対して、初めて着たドレスを貶してくる、メイドと執事の娘というただの平民。
ラムリーザ周辺の他のメンバーが、先ほど述べたシュバルツシルト家のリゲル。一流ナイトクラブ、フォレストピア・ナイトフィーバーの店長ジャン。そしてポッターズ・ブラフ地方の首長を務めているハーシェル家のユグドラシル、ロザリーン兄妹。そして、ラムリーザの妹のソフィリータだ。
よく考えてみたら、ほぼラムリーズのメンバー全員だ。
「ユコも有力者の娘に格上げか。この豪華メンバーの中で、使用人の娘だというソニアだけがあまりにも見劣りしすぎる。恐らくパーティ開始五分で、地の底へと沈むだろう、くっくっくっ」
いつものように、ソニアに対して冷徹な攻撃を仕掛けてくるリゲル。
「何よ! あたしは実は皇帝陛下の隠し子なのよ!」
どう考えても嘘にしかならない反撃をする時点で、ソニアはリゲルとは勝負にならないことが判明していた。そんなソニアが互角に戦えるレベルの相手と言えば――。
「これはいかんな」
神妙な顔つきで、ジャンはつぶやいていた。ジャンは、今この場に居ない仲間のことを考えていた。
ユコが参加するようになったので、この場に居ないのはリリスだけになった。もっとも、レフトールとミーシャも居ないわけだが、少しばかり長い付き合いのリリスはその二人とは別格のはずだ。
「どうしたジャン?」
「ん、いや、リリスだけが居ないのはちょっとな、と思ってね。やっぱり近いうちに俺はリリスに対して動くことにする」
「んんん? 魔女がパーティに来たら、マッチを撒き散らしてハチャメチャメッチャンコになるから来なくていい!」
ソニアはリゲルにやられた腹いせを、今この場に居ない人に向けている。
「ほう、エルは居てもいいと言うんだな? リリスが居たら楽しいパーティになると思うが」
ジャンは、ニヤリと笑みを浮かべてソニアの方へ振り返った。
「エルって何よ?」
「エル、エル、エルはラムのエルエル」
ジャンはそのまま、メロディに乗せて歌うように語りだした。意味は分からないが、「ラムの」というフレーズにソニアは反応する。
「ラムのエルって何よ!」
「エル、エル、エルはカップのエルエル」
「カップのエルって……あっ、誰が風船だ!!」
「静かにしろよ!」
Lカップの胸をからかわれていると気がついて騒ぎ出すソニアに、リゲルはうんざりしたような視線を向ける。
「何よジャン! 焼肉のタレみたいな名前むーむーむーっ!」
パーティ会場で騒がれると注目を浴びて仕方が無いので、ラムリーザに捕まって口を塞がれるソニア。しかしそこにジャンがさらに追い討ちをかける。
「おい、エルがお前を見つめているぞ。何かを決めたみたいだ」
「いや、もうエルはいいから」
「カエルって緑色しているのが多いよな?」
「いやもうリゲルも煽らなくていいから」
また前回と同じような展開になりそうな気配を感じたラムリーザは、さっさと雑談を終わらせて進捗報告を受けることにした。ジャンやリゲルのさらなる攻撃に晒されないように、ソニアを引き連れて会場を移動しはじめた。
この一ヶ月で決まったことは、まずはユライカナン産の食文化。リョーメン屋のごんにゃとスシ屋のドドメセが新たにフォレストピアで店舗を開くことになった。
それ以外ではカレー屋のココちゃんカレーが、国内のチェーン店だが店舗を開いている。景品のココちゃん目当てで、ソニアたちが激辛マグマカレーにチャレンジしたことが記憶に新しい。
後は店舗として独立して店を開いているわけではないが、せそ汁という物も入ってきている。
ユライカナンの人たちに言わせれば、せそ汁は主食じゃないので定食のおかずとして加えると良いとのことだった。
街の施設などの命名も進み、中央公園はストロベリーフィールズ、メインストリートは曲がりくねっていないけどロング・アンド・ワインディング・ロード。
そして今現在、住民の間で話し合われているのが二番街の名前である。これはもうしばらくしたらなんとなく決まりそうで、こちらはペニー・レインと命名されそうだ。
この辺りの命名については、ラムリーザは住民任せで、よほど変なのをつけられない限りすべて住民の感性に頼ることにしていた。
それらの内、中央公園にある運動広場で休日に遊んだのだまについては、元から国内でも規模は小さいが浸透していたことなので割愛。のだまのスポーツクラブを開いてもよいが、そこは住民任せでいいだろう。
後は、フォレストピア・ナイトフィーバーで演奏するバンドグループ不足を補うために、ユライカナンから来てくれそうなグループを探しに行ったぐらいだろうか。これもラムリーザ主導ではなく、店長のジャンが自ら斡旋しに向かっていたが、言葉の壁が無いのが楽なところだった。
おとぎ話では、巨大な塔を建てて天まで登り、神の世界まで支配しようとした王が神の怒りに触れて人々の言葉をバラバラにしてしまったという物があるが、この世界にはそんな強欲な王は居なかったということである。
以上で進捗報告はおしまい。ラムリーザは、ソニアを連れて再びグループの所へ戻っていった。
ユグドラシルの姿を見てラムリーザは、オーバールック・ホテルで最後に参加した時の事をふと思い出した。
「ユグドラシルさん、そういえばオーバールック・ホテルでのパーティで、次に何かやってみたいことがあるって言ってませんでしたか?」
「えーとっ、自分何か言っていたかな?」
ユグドラシルは、二ヶ月前のことは忘れかけていたようで、しばし考える。それからぽんと手を叩いてから言った。
「そうそう、あれだよ。ほら去年のパーティではよく一緒に演奏したじゃないか。あれで新しい曲を演奏しようかな、と思っていたんだ」
「ああ、そういうことですか。そうですねぇ、ユグドラシルさんもラムリーズに加わります?」
「ラムリーズ? 軽音楽部? 僕は楽器はバイオリンぐらいしか扱ったことないけどいいのかい?」
「部活? ああ、そうなるか」
ラムリーザは、今年に入ってからはジャンの店でのライブのことしか考えてなくて、部活の事はソニアやリリスに任せっきりなので、一瞬何のことかわからなくなってしまったが、すぐに持ち直した。
「去年の生徒会長だったジャレス先輩や部長のセディーナ先輩みたいに、生徒会活動がメインであまり部活には顔を出さないと思うけどなぁ」
「まあそうなりますねぇ」
実際ラムリーザ自身も、去年まで部長をやっていた先輩のことはあまり印象に残っていなかった。
「ああ、でも部活をやらないと合わせて練習できないかぁ。うん、ちょっと考えてみるよ」
そんな感じに平和的な雑談もしていた。ジャンやリゲルがソニアをからかわなければ、平和なのだ。
しばらくした時、その雑談の場にユライカナンから新たにやってきた人が加わった。
「兄ちゃん、バクシングという競技があるんだけどやってみないかい?」
「バクシングですか?」
そういえばラムリーザは聞いたことがあった。ユライカナンにはプロレス以外の格闘技として、主に拳を使って戦うもの、バクシングというスポーツがあることを。
「ユライカナンでジムを経営していてね、このフォレストピアにも作ってみたいんだ」
「わかりました、明日実際に体験してみましょう。場所はどうしましょう? 仮店舗、いや、仮ジムとして駅前の大倉庫に用意できますか?」
「大丈夫大丈夫、このパーティが終わったら早速倉庫の一室を借りて仮ジムを作り上げるさ。明日の昼過ぎには仕上がるようにするから、それから来てくれたら体験できるさ」
「では何人か連れて参加してみますね」
文化は食料だけではない。スポーツの文化も体験していきたいものである。
その後、ユライカナンの食文化の一つとして、新しいメニューと店舗出店依頼があがった。
そのメニューは「ギュードン」だ。主に牛肉と米を使ったメニューだそうだが、これも一度食べてみるという話になった。
休日である明日は、先程バクシングの予定を入れてしまったので、こちらは来週の終末に、またメンバーを集めて仮店舗を訪れるという話でまとまった。
あと、「二十相面」というメニューも上がった。
これは最初に体験したリョーメンに似ている麺類だが、麺を作る際に油を加えるといった違いがあるらしい。これも後日体験してみようということになった。
こうしていろいろ話が決まり、この一ヶ月で当面体験していくのはスポーツの「バクシング」であり、食文化では「ギュードン」に「二十相面」だ。
二番街の名前が決まるのも時間の問題。
後は、街とは関係ない個人的、というかバンドグループ的な話だが、ジャンの提案でレコードを作ってみようという話になっている。
これはユライカナンでレコードが流行っているというのもあり、国内よりも先にユライカナンでデビューしてしまうという謎な展開になりそうな事柄であった。
以上の内容が、今回の進捗報告会議で決まった内容である。
「ところでエル」
「何よ、焼肉のタレ」
話が一段落すると、再びジャンはソニアをからかいにくる。この辺りは、ソニアの存在自体が突っ込みどころが多いので仕方が無いと言えば仕方が無い。
そういえば二年前に帝都で暮らしていた時もこんな感じだったな、とラムリーザは二人の様子を見て思い出していた。
ジャンもなんだかんだでソニアとくだらない口論を楽しみたいのだろう。そういうのもあって、フォレストピアに二号店を作ったのかな?