修学旅行の班決め
5月7日――
さて、今日も教室ではいつもの光景が繰り広げられていた。
ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの仲良し四人組は近くに集まって雑談している。それを面白そうに聞いているジャンと、隣に引っ付いてきているソニアに背を預けてもたれかかり、外の景色をぼんやりと眺めているラムリーザ。
今日はカササギガモが、隣の校舎の屋根の上をよちよちと歩いている。まるで白黒半分な鳥だ。
リゲルはラムリーザの後ろの席で静かに天文学の雑誌を読んでいて、レフトールは子分たちと共にどこかへ姿をくらましていた。この辺りも、いつも通りだ。
「まー病って知っているかしら?」
リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答える。今日の話題は、聞いたことも無い病気の話のようだ。先日、「はなく病」という奇病について話しをしていたっけ。しかし、はなく病もまー病も、そんな病気にかかったというニュースは聞いたことが無い。
「その病気にかかると、『ま~』としか話せなくなるのよ」
リリスの言う症状を思い描いてみると、それはゾンビとしか思えない。ゾンビは、「ま゛~」などと呻きながら、のたのたと移動するものだ。
「その病気の感染源は何ですか?」
これまたロザリーンが、いつものように真面目に質問をしてくる。リリスが適当なことを言っているのなら、質問攻めをして問い詰めてやれば良い。
「治療法も発病する原因もいまだ不明なのよ」
「なにそれ怖い!」
リリスの答えに、ソニアが悲鳴をあげる。
「まー病の初期症状として挙げられる例があるのよ」
「それは何?」
ロザリーンはリリスに詰め寄る。妙に真剣な顔だ。
「髪の毛が緑色に染まっていくの」
「何よそれ! リリスの髪の毛は腐ったような色しているくせに!」
ソニアが騒ぎ出し、ロザリーンはふぅと溜息を吐いてリリスから顔を話して背もたれに深くもたれて伸びをした。髪の毛の話を持ち出され、一気に話が嘘としか思えなくなったのだ。
「ぱー病の初期症状って、髪の毛が黒く染まっていくんだよね!」
「何かしら? そのぱー病って」
「くるくるぱーのぱーよ、リリスはぱー病」
「私がぱー病なら、そのぱーよりテストの点が悪いあなたは何かしら? まー病だから点が悪くても仕方が無いか、くすっ」
「リリスは貧乏だから、まーめんしか食べられないの、かわいそーっ!」
「ラムリーザのおすそ分けで生活しているあなたに言われたくないわ」
またソニアとリリスの低レベルな口論が始まった。
ロザリーンは自分の席に戻り本を読み始め、ユコも前へ向き直って机に突っ伏してしまう。ジャンだけが面白そうに二人を眺めていた。
そもそも口論の原因が、リリスの言い出したありもしない適当な病気の話なのだから救いが無い。この二人は、虚像を元に喧嘩しているのだから、止めさせる術も無ければ、原因を取り除く術も無い。
こんな低レベルな口論を繰り広げるぐらいなら、それこそ「まー病」だの「ぱー病」だのにかかって、まーまーぱーぱー言い合っていたとしても――、鬱陶しいだけか。
しょうもない戦いは、結局担任の先生が現れるまで続くことになった。
「はい、静粛に静粛に!」
そこに教室へやってきたクラス担任の掛け声が響き、二人はにらみ合ったまま休戦状態へと移っていった。
今日の朝礼での連絡事項は、修学旅行についてだった。近日中に、学年全員で旅行に行くイベントらしい。
今年の修学旅行の行き先は、隣国ユライカナンということに決まったそうだ。既にユライカナンまでの線路は完成していて、国同士の貿易が始まっている。その路線を使えば、外国旅行もお手軽なものである。
そういえばラムリーザたちはまだユライカナンに行った事はない。これは良い機会かもしれなかった。
朝礼の残りの時間は、修学旅行の班決めだった。六人から八人ぐらいで一つのグループを作る、という話になった。
「あたしはラムと同じ班になる。リリスはあっち行け、クリボーとでも組んでろ」
ソニアとリリスはまだ口喧嘩続行中、というか班決めの自由行動になって再開したというか。
「私とユコ、ラムリーザとジャン、後はリゲルとロザリーンで丁度六人ね。ソニアはぼっち行動でもしていたらいいのよ」
「はいはい、それでいいから。レフトールはどうする?」
ラムリーザは、二人の口喧嘩を無視して話を進めた。これまでの六人にジャンを加えて七人。ひとまずはこれでいいだろうということで、レフトールにも声をかけてみた。
「ん~、ラムさんと同じ班になるのも魅力的だが、俺はマクスウェルたちと組もうか」
レフトールは、一人だけでラムリーザの班に入るのを避け、子分たちと組むようだ。六人から八人で班決めということで、あと一人は入れる。
「チロジャル~、こっちおいでよ~」
ソニアは、今年から同じクラスになったチロジャルを呼びつけた。旅行中いじり続けるつもりだろうか?
気弱なチロジャルは、ソニアの誘いをきっぱりと断ることができずにおろおろしている。しかし、すぐに二人の間に割って入る者が居た。
「こらまたお前か! チロジャルをいじめるな!」
こうしてチロジャルの彼氏クロトムガに遮られて、チロジャルがソニアと同じ班に加わることは無くなった。
ところで、旅行となると宿泊もある。ラムリーザとソニアにとっては今更だが、念のために確認してみた。
「先生! 宿泊もあると思うけど、男女混合の班で問題ないのですか?」
先生の答えは、宿泊先では男女別に数人ずつの部屋分けになるので問題ないとのことだった。
それならラムリーザは、リゲルとジャンとの三人部屋で良いか。宿泊先でもレフトールは、子分たちと行動をするようだ。
「まー病がうつるからリリスと同じ班は嫌だ」
ソニアはいらん話をまた蒸し返す。
「みんなでそのまー病とやらにかかれば同じだから、どうせなら仲良くまーまー言い合おうではないか」
めんどくさくなったラムリーザは、ソニアに感化されてよくわからない返事をしてしまった。
「ちっぱい!」
「風船女!」
これはもうダメだ。
ラムリーザは、ソニアとリリスはこのまま放置することにして、まだ見ぬユライカナンについて想像の翼を広げてみることにした。
ジャンは、バンドグループを探すために一度行ってみたと言っていたので、ラムリーザはジャンを呼びつけて、席を立ちソニアとリリスから離れて話しをした。
「ユライカナンってどんな感じだった?」
「ん~、言葉で説明しにくいなぁ。俺も観光で行ったわけでなく、仕事で行ったからそんなに見て回ったわけじゃないし。まぁ、行ってみたらわかるんじゃないかな。観光や遊びで行くのなら、俺も初めてだ」
「ああ、そうなっちゃうのね」
こうなったら、ラムリーザには想像を続けるしか手段はなかった。
「ラム~、戻ってきてよ~」
ソニアは、ラムリーザが側から離れただけで、リリスとの口論を中断して呼びつけた。この辺りが、先日ユグドラシルに話しをしていた「ラムリーザと一緒にいたら安心できるの」に繋がっているのだろう。結局、ソニアはラムリーザという精神的支柱があって強がっているだけなのかもしれない。
「おやつはいくらまで?」
ラムリーザを呼びつけて一番に聞いたことがこれである。遠足じゃあるまいし、現金を持っていけばよかろうに。
「おやつは無し」
だからラムリーザは、あえてソニアが求めているような答えではなく、反対側の返事をしてやった。
「おやつなんて持っていかないわ。向こうで欲しいものがみつかったらラムリーザに買ってもらうの」
何故かリリスはラムリーザにたかる気満々だ。
「なんで?!」
「ソニアにはおすそ分けしてあげるのに、私にしてくれないのは差別よ」
リリスは、ラムリーザの目を誘うような視線で見つめながら、なまめかしく語った。
「いやそれは去年の生活環境が――」
去年はラムリーザとソニアの二人は、親元を離れて二人で生活していた。そこで生活費は、まとめてラムリーザに送られていた。だから、そこからソニアの生活費を分けていただけなのだ。
だが今年からは、再びお互いの親と同居が再開された。ソニアも母親から小遣いをもらっているはずだ。
そもそもソニアもリリスもジャンの店でライブ活動をしていて、高額ではないが報酬を貰っている。二人ともお金には困っていないはずだ。
「リリスちゃんよ、欲しいものは俺が買ってあげるよ」
ラムリーザに対する助け舟か下心か、おそらく高確率で後者であろうが、ジャンがリリスに貢ごうとしているようだ。
ラムリーザはともかく、ジャンはナイトクラブ経営者であり金持ちだ。そういえばリゲルも、この地方の輸送を取り仕切っているシュバルツシルト鉄道経営者の子息だった。何気に金持ち集団だ。
「ジャンって、実は優良物件なんだよ」
ソニアは、リリスのねだり先をラムリーザからジャンへと誘導させるために、リリスに聞こえるようにつぶやいた。
「こらこら、人を物扱いすんな」
ジャンにも聞こえてしまい、苦笑交じりに非難した。
ラムリーザはよくジャンにリリスのことについて尋ねられていた。よく聞くのが、「こんな美少女が何故この地方では売れ残っていたのだ?」といった類のものだった。
さらにジャンは、「都会と違って田舎では、美少女に遠慮してしまうのか?」とか「ここが帝都だったら、間違いなくモテモテのはずだ」と言ってくる。
しかしラムリーザは、その度に「過去がねぇ……」とだけ答えておくのだった。さすがにリリスの過去を広める気にはなれなかった。さらに過去だけでなく、リリスの内面をよく知るに連れて、最近の言動ではソニアと同レベルの妙な娘だということを、うすうす感じ取っていた。
なにはともあれ、ラムリーザたちの班は七人で決まった。レフトールを除く、ラムリーズのメンバーがそのまま集まっただけだった。
この日の放課後、部室に行く前にラムリーザは、別に悪いことはしているわけではないがケルムに捕まってしまった。
最近はあまり接することは無くなったが、ケルムはここポッターズ・ブラフ地方の領主の娘である。最初の頃は、服装が乱れがちなソニアによく絡んできたものだが、ここ最近はそんなことは無くなった。
ソニアは普通のサイズのブラウスでは、巨大な胸が収まらない。そこで先月に、仕立てもできるフォレスター家メイドのナンシーに、Lカップまで成長してしまったソニアでも普通に着られるブラウスを特注で作ってもらい、今では胸をはだけさせてはいないところもある。
そんな感じでとんとご無沙汰だったので、ラムリーザはケルムに話しかけられてびっくりしていた。もっとも、ラムリーザの方から積極的にケルムと関わろうとはしていなかったのだが。
「最近パーティで見かけないけど、どうしたのでしょうか?」
ケルムが聞きたかったことは、オーバールック・ホテルで行なわれているパーティについてだった。
ラムリーザは去年までは参加していたが、今年に入ってからは同じようなパーティをフォレストピアで自分で開いて、街の開発などの進捗を聞く場所にしている。このため、オーバールック・ホテルのパーティには参加していない。
あいかわらずなのか、久しぶりに見たなのかどっちでもいいが、ケルムは気の強そうな鋭い目つきでラムリーザを見つめている。
ラムリーザは、フォレストピアでパーティをしていることや、その関係でオーバールック・ホテルのパーティには参加しなくなった旨をケルムにそのまま話した。
ケルムはその話を、少し不満そうな顔をして聞いていたが、一通り聞き終わった後でもう一つ尋ねた。
「そこではまだあのソニアという娘と一緒なのでしょうか?」
「そうだよ」
ラムリーザは、ソニアと付き合っていることは隠すつもりはなかったので、これもそのまま素直に話した。
ケルムはしばらく何かを考えていたようだが、やがて「わかりました」とだけ答えて、ラムリーザの前から立ち去って行った。
ラムリーザは、離れていくケルムの後姿を見て、何故か安堵してほっと肩を落とすのだった。やはりどうもあの娘は苦手なものだった。
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