部長は居ないけど部員は増える軽音楽部
4月8日――
さて、今日から新年度の部活開始日だ。
ラムリーザたちが所属している軽音楽部は、去年まで部長をやっていた先輩が卒業してしまったこともあり、現在三年生の部員は在籍していない。そんなわけで、まず最初に部長をだれがやるのかを決めなければならなかった。
本来ならもっと早くに決めておく必要があったが、一年生の時の後半は、テーブルトークゲームに夢中になりすぎて、そういった事務的なことは誰も頭の中になかった。
「僕はやらないから、君たちの中でだれかやりたい人が居たら立候補してくれ」
ラムリーザは、いつもの部室内のソファーに部員を集めて言った。
現在部員は、ラムリーザ、ソニア、リゲル、リリス、ユコ、ロザリーンの六名。先輩が抜けラムリーズのメンバーが、そのまま残る形になっていた。
「あたしやるよ、やるよ」
真っ先に立候補したのはソニアだ。
ラムリーザはそれでいいと考えた。こういうのは、やりたい人にやらせているのが一番だ。部長の仕事は何があるのかまでは知らなかったが、ほとんど部室に顔を出していなかった先輩でも務まったのだから、ソニアにもできるだろう。
「だめよ、あなたが部長だなんて」
ソニアが部長になると、リリスは自然にその格下となってしまう。それが気に入らないリリスは、対立候補として名乗りをあげた。
この場合は、ユコ辺りがやれば波風立たないのだが、ユコは一歩下がって裏方に徹する傾向があったため、二人のにらみ合いを黙って見ているだけだ。リゲルとロザリーンは、天文部の挨拶を済ませてから、後でこちらに来ると言っていて、今はここには来ていない。
「ええと、ユコは立候補しないか?」
ラムリーザは、それでも声をかけずにはいられなかった。ただし、ユコが部長をすることに、ソニアとリリスが納得するとは思えなかったが。
「私は黒幕でいたいんですの」
「なんやそれ……」
一方激しく火花を飛び散らかせながらにらみ合っていたソニアとリリスだが、ふっと二人とも視線を緩ませてつぶやいた。
「そうなるとこれは――」
「部長の座を賭けて超人オリンピックで戦うのね」
ソニアの言うことは意味が分からない。超人とは何か?
「それでもさ、またユコと一緒になれてよかったよ。楽譜を書いてもらうのも、ゲームマスターをやってもらうのも、ユコはいろいろな面で重要だからね」
「ラムリーザ様の私を思う気持ちが強かったので、私は戻ってきたんですの」
ラムリーザがユコを持ち上げると、ユコは調子に乗って問題発言を発する。
「めんどくさいことになるから、そういうことは言わないの」
「呪いの人形は捨ててもいつの間にか手元に戻ってくる気味の悪い物だからね!」
ほら、ソニアが噛み付いた。いわんこっちゃない。
「ラムリーザ様の側を離れようとしないお化けは何ですの?」
「誰がお化けよ!」
「風船――」
「ところでユコ、フォレストピアの住み心地はどうだい?」
ラムリーザは、口論をぶった切って話題を転換させた。ユコは何かを言いかけたが、ラムリーザに話しかけられてソニアから視線を外した。
「うーん、リリスと遊び難くなりましたわね。それにまだあまり遊ぶところが無いし、結局エルム街に出掛けることになりますわ。だからここんところ休日は、家に篭ってゲームとか楽譜作成ばかりですわね」
ユコの手厳しい指摘に、ラムリーザは少したじろいだが、今はまぁ仕方が無い、始まったばかりだ。
「施設はこれからどんどん増えていくよ。手始めに、運動広場に手をつけた。近日中にスポーツをやって遊ぶ場所ができるよ」
「スポーツですかぁ」
ユコは、スポーツはあまり得意ではなかった。
「大丈夫、広場ができたら、みんなで『のだま』でもやりにいこう」
「のだまねぇ……」
ユコはあまり乗り気ではなさそうだが、とにかく場が荒れるのだけは防ぐことができた。……と思ったが、二人は今度は「のだまで勝負」とか言い出した。もう勝手にやってくれ。
「しっつれーすっるぞー!」
その時、部室の入り口が開いて、一人の男子生徒が元気良く飛び込んできた。
「あ、ジャン。そっか、今年からジャンもここに来ているんだっけ」
ラムリーザは昔からの親友の登場に、またジャンと学校生活が送れて楽しいぞ、などと考えていた。二年前まで、ジャンと日々過ごしたことを思い出して、思わず顔がにやける。
「おっ、リリス居るじゃないか、もう大丈夫か?」
ジャンが心配したのは、昨日のラーメン大食い事件のことだ。
「だ、大丈夫よ」
リリスは、自分の醜態を思い出して、顔を赤らめながら答えた。
「いつものメンバーだな。あれ? ユコは転校したんじゃなかったっけ?」
「引っ越しただけですの、フォレストピアに」
「ああそうだったな。しかしそうだとすれば、俺が企画したあの盛大なお別れイベントはなんだったんだよって話だ」
ユコは、ペロリと舌を出して笑ってごまかした。
「そうだよ! あのイベントのせいであたしユッコにココちゃん取られた!」
ソニアは、また話を蒸し返した。数日間ココちゃんが居なかったことが、どうしても許せないらしい。
「何ですの! 昨日持っていったじゃありませんか! 返しましたの!」
ユコも面白く無さそうに、憤慨してそれに応じた。
「しっかっし! 間近で見るとやっぱりいいねぇ、そのミニスカニーソ、絶対領域がいい感じに出来上がっている」
その発言を聞いてラムリーザは、ジャンは「エロ助」だったと思い出した。リリスのブルマニーソを写メで要求されたことも何度かあった。
「ジャンさんって、そんな人だったのですの?」
ユコは明らかに嫌そうな感じでラムリーザに耳打ちした。ラムリーザは、「まぁ、気にしないでやってくれ、エロいけど根はいい奴なんだ」とこっそり言い返した。
一方ソニアは「この靴下嫌い」と文句を言い、リリスはあからさまにジャンに見せ付けるように、サイハイソックスをずらして見せたり、足を高くあげて組みなおしたりと、ジャンを挑発している。
「美しいよ、リリス」
にやけていたジャンは、突然真顔になってリリスに語りかけた。とたんにリリスは、頬を赤らめる。
実のところ、リリスは美しいと表立って言われたことのない、根暗吸血鬼の過去があった。むろん、今とは容姿が全然違うのだが。
「しかしジャン、ここは部室だぞ。部外者が居座ったら顧問の先生に怒られるぞ。もっとも顧問の先生なんて、誰だか知らないし、見たこともないけどな」
ラムリーザの注意に、ジャンは飄々と答えた。
「ああその件だけどな、俺もこの部活に入るわ。軽音楽部だろ? ギターできるから入部資格はあるよな?」
もともとジャンは、そのつもりで部室を訪ねたのだった。
「まぁ楽器ができなくても、興味があったり練習したいからって入るのもアリだと思うけどな」
「というわけでよろしく。この入部届けは誰に出したらいいんだ? 部長誰?」
「あたし!」「私!」
騒ぎ出すソニアとリリスを、ラムリーザは制する。
「決まってない……」
それから頭をかきながら答えた。現在は、ただ人が集まっているだけで、部活としての体はなしていない。
「んじゃ事後承諾で、今日から俺も部員な。黒縁眼鏡の卓球部員~」
「卓球部じゃないし、お前眼鏡かけてないじゃん」
「へっへっへっ」
なんだかよくわからないが、ジャンは機嫌がよさそうだ。
「そういえばソフィリータも今年からここに通うようになったから、部活でJ&Rを復活できるかもね。ソフィリータがここに来たらだけど」
その時、部室のドアが勢い良く開いて、二人の人物がなだれ込んできた。
「おー、遅かったなリゲ――じゃない、ソフィリータか」
ジャンは入り口を振り返って、入ってきた二人を確認した。一人はジャンも馴染みの、ラムリーザの妹ソフィリータだ。
「あ、こんにちはジャンさん。あ、お兄様もこちらでしたね。今日から私も皆さんとご一緒させて頂きたく思ってやってきました」
「ミーシャも入りまぁす!」
ジャンは、笑顔で二人を迎える。
「歓迎するよ、入部届けは要らんけど、あるなら部長に出してくれ。ところでそっちは誰?」
部長は自分だと言いそうになるソニアとリリスを制してジャンはソフィリータに尋ねた。ソフィリータと一緒に入ってきたのは、紫色のツインテールの似合う小柄な女の子だった。
「私の友達のミーシャです。まさかミーシャもこの学校に来るとは思ってなかったのでびっくりしました」
ジャンは初顔だったがラムリーザは、ミーシャと呼ばれたその娘には見覚えがあった。去年の年末年始休暇に帰省した時、ソフィリータの友人として紹介されて、一緒に恐怖映画ヨンゲリアを見に行った、少し変わった女の子だった。
「あ、ひょっとしてS&Mの? そういえば見覚えあるわ」
そこでジャンは、動画共有サイトで有名な、ダンスユニットを思い出した。
ソフィリータは「そのとおり」、ミーシャも「うん」と元気良く答えた。
「おいラムリーザ、これは結構強力な部活になるぞ。俺もソフィリータもギターの腕は確かだし、そっちのミーシャちゃんは、……あー、ミーシャは何ができる?」
ラムリーザもジャンも、ミーシャはダンスを踊りながら歌っているところしか見たことが無い。
ミーシャは、首をかしげて一生懸命考えているようなそぶりを見せながら答えた。
「んーとね、んーとね、ダンスと歌」
ラムリーザは覚えていたが、相変わらず媚びたような甘ったるい声で話す娘だ。
「それはわかってるよ、楽器は?」
ジャンに尋ねられて、ミーシャは「タンブリン!」と答えた。
そして、まるでタンブリンを叩きながら踊っているような動きを見せながら歌いだす。さすがにダンスで名が知られているだけあって、ソニアの不思議な踊りとは違って、即興でも滑らかな踊りで思わず見惚れる。
わっ、わっ、タンブリンのわっ
「いやいやいや、それは――まぁ楽器だけど、ん~」
ジャンは、踊り始めたミーシャを慌てて止めた。一人でここで踊られても困るのだ。
「タンブリンも立派な楽器。これで今年は部員が三人増えたね。去年と比べて、先輩が二人抜けたけど三人増えたから一人増えた。これで九人だね」
ラムリーザは順調に部員が増えていくことを喜んだ。後は部長を決めるだけだが、ソニアとリリスはお互いに譲ろうとしない。自分が部長を引き受ければ丸く収まるのは知っていたが、部活の長ぐらいはソニアかリリスにさせたかった。
「あと二人は誰だ?」
ジャンの問いにラムリーザは、「リゲルとロザリーンだよ、知っているだろ」と答えた。
「ああ、あの二人か、なるほどね」
「リゲル? やっぱりここに居るんだ」
ジャンに続いて答えたのは、ミーシャだった。
「何だい? ミーシャちゃんはリゲルのこと知ってるの?」
ラムリーザの問いに、ミーシャは「これ、なーんだ」と甘ったるい声を出しながら自分の首にかかっている首飾りを見せた。
「首飾り? 何かのレンズかな?」
ラムリーザには、首飾りの先についているのはレンズのようなものにしか見えなかった。
「おしい! おしすぎて死の首飾りを贈呈したくなるほどおしい! 正解は、合わせレンズなのだ。これがあれば、もう片方のレンズを持つ人と、必ず再会できる呪いがかけられているありがたぁい首飾りなんだ」
ミーシャの言っていることは、ほんとうにありがたいのかどうかわからない。やたらと呪われていそうだ。
「へ~、すごいね。それで再会の呪いがかけられている相手は誰なんだい?」
ラムリーザも、ミーシャに乗ってやる。ソニアの奇行によくつき合わされている身、ミーシャの突拍子も無い話にも、十分対応できる。
「んーとね、んーとね――」
ミーシャがもったいぶっていた時、再び部室の入り口が開いた。ようやくリゲルとロザリーンがやってきたようだ。これで全員集合。
「ん、ちょっと向こうの挨拶が長引いて遅れた。どうだ? 今年の新入部員――」
何かを言いかけていたリゲルは、部室の中を見て固まった。何か恐ろしいものでも見かけたかのように、目は驚きで大きく見開いている。
「あっ! リゲルおにーやん!」
「えっ?」
ミーシャの嬉しそうな叫び声と、その他メンバーのきょとんとした顔。
「な、なんだ? リゲルはミーシャと知り合い?」
ラムリーザの問いかけは他所に、ミーシャは嬉しそうな顔、リゲルは驚きで固まった顔で、二人は見つめあったまま時だけが静かに過ぎていった。
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