ラムリーズの飛躍 ~話を大きくしすぎだよ~
6月8日――
週末は、去年から引き続きジャンの店、フォレストピア・ナイトフィーバーでライブをしている。
場所が帝都からフォレストピアへと変わり、移動が楽になった分週末以外にも演奏することはあるが、週末は必ずやっていた。
ジャンにとっては店の目玉になるし、ラムリーザたちにとっても小遣い稼ぎになる。所謂一つの持ちつ持たれつの関係というやつでしょう。
ライブは時間内に交代制で行われていて、ラムリーザたちの作ったラムリーズは、一番馴染んでいるということで一番手と最後で二回演奏をやっていた。最初に演奏して、それが終わって最後までの間、ジャンの店で晩御飯にするのがいつものパターンであった。もっとも最近は、ココちゃんカレーに行こうと、主にソニアとユコの両名から提案されるのだが。
ラムリーズ以外では、ジャンがユライカナンからスカウトしたメンバーや、リゲルの中学時代の友人が作ったグループなどが演奏していた。
リゲルなどは、旧友のレグルスと会う機会が増えてよかったのだ。
「そういやさリゲル、今年に入ってからいつの間にかお前、踊り子ちゃんと復縁してなくね?」
ユライカナンのグループが演奏している間、控え室でローリング・スターズのリーダーレグルスは、リゲルの傍にミーシャが居るのに気がついてそう言った。彼の中では、ミーシャが居なくなったからリゲルはそれに代わる楽しみとしてバンド活動を始めたことになっていた。
「元々別れたことはないから復縁ではないぞ」
「それじゃあお前の演奏でミーシャが踊るやつ復活したのか? そっちは最近見ないが……」
「ミーシャね、リゲルおにーやんとやってもいいけど、今はソフィーたんとS&Mやってんだよ。動画投稿サイトに載せているから見てよ」
ミーシャは嬉しそうに自分の携帯端末を開いてレグルスに見せた。
「お、リゲルお前ミーシャに振られて、そのソフィータンとかいう奴に取られたか?」
「たわけ、その動画見てみろ」
「ん、ん?」
レグルスはミーシャの差し出した携帯端末の画面を覗き込んだ。そこには公園で踊っているミーシャと、その伴奏をしている女の子が写っていた。
「なんだ、ソフィータンって女か。以前商人スースータンって男が居たからてっきり男かと思ったよ。変わった名前の娘だな」
「ソフィータンが本名じゃなくてそいつの名前は――」と言いかけて、リゲルは「ふん」と鼻を鳴らして顔を背けて続けた。
「俺が説明する必要ないか。別に名前はそれでもかまわん」
そう言い残して、リゲルはロザリーンの方へと立ち去っていってしまった。ロザリーンの前ではミーシャと仲良くするのは避けるようにしているが、今でもミーシャとの思い出を大切にしているというのは変わらない。
「なんだよ、気になるじゃねーか。ま、えーわミーシャ、ソフィータン紹介して。このソフィータンも結構綺麗な娘じゃんかよ」
「ソフィーたーん」
ミーシャは「たん」は敬称のつもりだが、レグルスは知らないので「タン」まで含めて名前だと認識している。
「はい、私がソフィリータです」
ミーシャに呼ばれて、ソフィリータが軽やかなステップで現れた。
「ソフィリータ? ソフィータンじゃないのか?」
「そう呼んでいるのはミーシャだけです」
「ソフィーたんはね、ラムたんの妹なんだよ」
もはやミーシャの言っていることは、誰のことだかさっぱりわからなかった。
丁度その時、演奏時間が一区切りして今度はレグルスのグループ、ローリング・スターズの出番となった。
そこでラムリーザたちもステージ前のテーブルへと移動して夜御飯にすることにした。
「ココちゃんカレーに行きたいですの」
「あたしもココちゃんカレーがいい」
「正直に言えば――」
「「ぷにぷにクッション!」」
「――今日は行かない」
ラムリーザに否定され、二人はふくれてしまった。
ラムリーザは、二人の要望よりもジャンの店での食事を優先しただけだ。
それに激辛など食べたら、この後の歌唱にも影響が出かねない。というより、あの激辛カレーを食べた後は毎回二人は放心状態でココちゃんを抱いて家に帰っている。今日はそうなるわけにはいかなかった。
いや、今日だけではない。これまでもライブ演奏日は、ココちゃんカレーには二人を連れて行くことはなかった。
「おつかれい!」
そこにローリング・スターズの案内を終えて手が空いたジャンがやってきた。カレーの話をしてきたから、かれい、と掛けてきたのかは不明だ。
「ナリオかれい!」
それに対してソニアが少し変な挨拶で返し、リリスは「くっ」と顔をゆがめる。まだナリオカレーのことをリリスは根に持っているようだ。
今日ジャンが持ってきた話は、ラムリーズのメンバーにとって興味深いものであった。
「あのさ、ちょっと前にレコード作ってユライカナンに持っていったじゃんか。あれな、俺が結構宣伝した甲斐もあってか、ユライカナンのヒットチャートで十七位まで上がったんだぜ? どうだ、すごいだろ、俺を褒めろ」
「えー、一位じゃないのー?」
なんだかソニアは不満そうだ。
「いきなり一位なんて普通無理だって、しかも外国だよ? 十七位でも十分だよ、だってデビューシングルでしょ?」
ラムリーザはソニアの頭を小突きながら十分満足そうだった。
「ジャン、あなたがレコードを買い占めたんじゃなくて?」
リリスはさらっととんでもないことを言った。
「んな馬鹿なことを――ん? 待てよ、それも手だったな。多少買い占めていたら、あと五位ぐらいは上げられたかもしれん」
「おいおい……」
リリスの冗談を本気で考えようとするジャンに、ラムリーザは心配そうに声をかけた。
「で、だ。帝国ではデビューしていないのに、ユライカナンではチャートにランクインするという歪みを解消させるために、帝国でのオーディションを受けてもらう」
普通は国内で有名になってから外国デビューとなるのだが、ラムリーズは逆になっている。もともとフォレストピアはユライカナンとの交流の場として作られた場所だが、そこはどうなのだろうと考えさせられるのだ。
「そもそもさ、どう宣伝したのだ? いや、ジャンの宣伝能力を疑うわけではないけど、それにしては出来がよすぎない?」
ラムリーザの問いに、ジャンはへへんと胸を張って答えた。
「ユライカナンと友好のために創られた街、フォレストピアの領主がリーダーを務める交流バンド」
「なんやそれ? 曲や歌の出来とかでなく、話題性だけじゃないか」
「だって実績も知名度も帝国のバンドとしては無いからなぁ。しかも俺の自費でレコード作ってユライカナンで売ったからな、かなりの冒険だったぞ? というわけで、帝国デビューだ。今から全員十八歳な」
「なんやそれ?」
「帝国のバンドオーディションは、十八歳から受け付けてあるからだ。なぁに、一年ぐらい年齢詐称しても問題なかろう」
「あたしまだ十六歳だよ」
十二月が誕生日のソニアは、そう口を挟んできた。ユコもリリスもまだ十六歳のはずだ。
「うっさいな、じゃあユライカナンで二枚目出す。また選曲しといてくれな」
ジャンはそう言い残して、ステージの方へと戻っていった。
その後、他のメンバーの演奏を聞きながら、しばらくの間晩御飯を取っていた。
その後ジャンは戻ってきて、「選曲できた?」と聞いた。
「いや、食事していたから考えてない」
「一枚目はソニアがA面を歌ったから、今度は私にA面歌わせて」
リリスの提案は、ソニアとミーシャを除いてすんなりと受け入れられた。ソニアは二枚目も自分がA面を歌うと言い張り、ミーシャも歌いたいと言ったのだ。
「そうだなぁ、ミーシャまで出すとなったら三人だしなぁ」
「良い方法があるわ」
リリスは、怪しげな微笑を浮かべながら言った。その微笑が、ジャンは大好きだった。
「私がA面、ミーシャがB面、ソニアがC面を歌えばいいと思うの」
「何よそれ! レコードの表と裏以外に何があるのよ!」
変なところに回されたソニアは、当然のごとく噛み付いた。
「隠れキャラよ。レコードを縦に回転させたらソニアの歌が聞けるの、二秒ぐらいだけどね」
「何それ意味わかんない!」
リリスがからかいソニアが騒ぐ、いつものパターンになった外野を放置して、ジャンは腕組みをしてつぶやいた。
「三人以上リードボーカル取るなら、シングルレコードではなくアルバムレコードを出すべきだな」
「話を大きくしすぎ。アルバムって何曲必要なんだよ?」
「ん~、十曲から十六曲ぐらい? でも楽勝だろ? 去年カラオケ喫茶をやるためにレパートリー増やしたし」
「オリジナル曲は一曲も無いけどな」
ラムリーズのメンバーは、誰も作詞ができない。妙だったり不気味だったり、歌として歌うような内容でなかったり、ただのゲームで出てきた台詞のパクりとか、そんなのばかりだった。
「ジャン、二曲じゃなくて四曲入ったレコードにしようよ」
リリスと口論中だったソニアは、割と建設的な意見をジャンに述べた。
「四人目は誰が歌う? 俺か? 俺でもいいぞ。そうだ、ロング・ジャン&シルヴァー・ラムリーズとかいう名前でやっていくのも手」
なんか知らんけど、ジャンはラムリーズを乗っ取る気になっているようだ。
「却下だわ、それにロング・ジャンって何かしら?」
リリスにあっさりと否定され、ジャンはがっかりしたような様子を見せてぼそぼそと言った。
「改名して売るのも手。芸名みたいなものかな?」
「芸名で改名? じゃあソニアは風船おっ――」
「ストップ! えーと、ラムリーズはリリスとソニアとミーシャの三本柱体制は変えないよ。やるならJ&Rで別名義でやろう」
リリスがまた要らんことを言いそうになったので、ラムリーザは急いでそれに被せて意見を述べてやった。
「俺も入れて四天王?」
ジャンはまだ加わる気満々のようだ。そもそもジャンは、今の所正規メンバーなのかどうかも怪しいところなのに、どうするのだろう。店のライブでは進行をやっているので、演奏には参加していないのだ。
「ジャンが入るならラムも入るべき」
ソニアはラムリーザ推しだ。簡単に言うが、五人も主役が居たら大変だ。ミーシャは主役になりうる魅力があるから加えたのであって、誰も彼もが主役に持っていけるわけがない。
もっともバンドはグループだから、みんなが主役、とも考えられるのだが。
「それだと四天王にならないね。五人だと何かな?」
ラムリーザはソニアにそう尋ねて、答えられなければソニアの提案自体無くすつもりだった。
「む~、五人で四天王でもいいと思う。五人揃って四天王!」
「なんやそれ……」
あまり建設的な会話にはならない。まぁソニアとの会話では、今に始まったことではないのだが。
「まあいいや、とにかく二枚目のシングル出す。ファーストアルバムも出すから、明日から暇なときはスタジオに集合。ちまちまと録音進めるから、そのつもりでっ」
ジャンは仕切るようにそう言い残して、再び進行のためにステージへと戻っていった。
今はラムリーズをラムリーザがリーダーやっているが、もともとリーダーとしての適正はジャンの方が上で、かつてのJ&Rではジャンがリーダーだった。
「ああそうそう、今度ユライカナンでおっきなライブやるから、というかコンサートみたいなのやるからそのつもりで」
ステージへ行きかけたジャンは、思い出したかのように追加すると、その場を離れていってしまった。
「……話を大きくしすぎだよなぁ」
ラムリーザがそうぼやくと、レフトールはそんなことはないと言った。
「根暗吸血鬼とかおっぱいちゃんとか踊り子ちゃんとか、三本柱は俺的にはどうでもいいけど、一地方の領主がやっているバンドだろ? すごいって。そのメンバーのギターは鉄道だろ? ピアノは首長の娘だろ? 組み合わせがでかいんだよ」
「ソニアはは蛮族の娘、くすっ」
「何よ! リリスは悪党の娘の癖に!」
さらっとレフトールに悪口を言われていた二人は、気がつくこともなくいつもどおりの罵り合いとなってしまった。内容に進歩が無いのが悲しい。
「さすがに俺は、ユライカナンコンサートはパス。付いていけないし、そこまで大物でもない」
レフトールはそう言って引っ込んでしまったが、ラムリーザも外国のコンサートなんてそこまで考えたことは無かった。ただの学生バンドをそこまで話を持っていく、ジャンのプロデュース力の怖さを見たような気がするのだった。ラムリーズをユライカナンに持っていったのは、ジャン一人の力なのだ。
「あ、次は君たちだったわ。後半の出番、頼む」
突然ジャンがまた戻ってきてそう言った。それを聞いてラムリーザたちは、今日最後の仕事へと戻っていくのだった。