フォレストピア・ナイトフィーバー開幕

 
 4月13日――
 

 軽音楽部の部員及びラムリーズのメンバーは、二年目に突入したところで増加しつつあった。

 去年までの六人に加えて、まずはジャンとソフィリータとミーシャの三人が増え、さらにレフトールまで加わったのだ。

 レフトールは興味本位で部活に参加しただけで、まだ楽器をまともに扱えないのでメンバーに加えるかどうか審議がなされた。

 しかし、同じようにあまり楽器を扱えないミーシャを入れて俺はダメだとは何だ? というレフトールの意見を取り入れて、自由にさせてやることにした。ミーシャは良いとしても、レフトールはそのうち飽きて離れるだろう。

 そういう背景があっての今日は、フォレストピア・ナイトフィーバーでの初ライブだった。

 去年までは帝都シャングリラに通っていたが、今年からはホームタウンのフォレストピアで演奏できる。移動の手間が省けてすごく楽になっていた。

 ここは、帝都にあった一流クラブ、シャングリラ・ナイトフィーバーの二号店で、地名にちなんでフォレストピア・ナイトフィーバーと命名されている。

 一般市民は、帝都では会員制で会員になるのは難しかったが、ここでは今のところはまだ客の数自体が少ないので、会員になるのはそれほど難しくない。それに今なら創業からのファン、つまり古参勢になれるという特典もあった。

 店の雰囲気は、帝都と新開地という差もあり、かなりのんびりとしている。

 

 開演前に、ジャンがラムリーザの所へとやってきた。

「まだバンドグループの数が足りてない、というかラムリーズだけなので、今夜は一番客が多いと思われる時間帯、約三時間ほど演奏を続けてもらいたいけど、大丈夫かな?」

「なんとかなると思うよ」

 去年の文化祭ではカラオケ喫茶をやって、始まりから終わりまでずっと六時間以上伴奏をしていたようなものだ。そんなこともあり、長時間演奏の経験があったので大丈夫だろう。

 しかし、ここでは目玉バンドグループとして扱ってくれるとは去年から聞いていたが、演奏するグループが一つだけというのはどうだろうか? などと思ったりもする。一つでは一番上手であると同時に、一番下手という理屈も成り立つ。だがラムリーザは、それほど深くは考えないことにした。

「それよりも、スネアが余っていたら一つ用意して欲しいな」

 ラムリーザは、レフトールが自分に憧れてドラムスをやりたがっているのを知っていたので、とりあえず今日は、基本的な物であるスネアだけでも自由に叩かせておこうと考えた。曲に合わせて、好きなように叩け、ということだ。

 ソフィリータはまだレフトールに警戒の視線を向けていたが、ラムリーザと親しくしているのを見て、徐々に警戒を解いているようだ。

 それに加えて、ユコが「なんちゃって転校騒ぎ」を起こしたものの、結局残ることになったのは大きかった。ユコ本人はともかく、リリスなどはとても感謝しているみたいだし、ラムリーザも助かっていた。なにより、去年と同じようにできて、そこにメンバー追加となるのがありがたい。

 レフトールと同じく楽器のできないミーシャは何をしているかと言うと、「ミーシャ、タンブリン持って踊るよ、踊るよ」などと言うので、ラムリーズ専属のダンサーが加わったということになった。

「それでは一曲目は新しい曲から行きます!」

 ラムリーザの合図で、本日のライブは始まった。

 

 あけてももかんたまてばこ~

 

 独特の変わったコーラスが気になる曲だ。

 先日のリョーメン大食い競争で、一応ソニアの方がたくさん食べたということでメインボーカルを担当し、リリスがサブでハモる。所々のコーラスは、ユコやソフィリータ、ミーシャが担当していた。

 

 あぶらかだぶらくるりんぱぴゅ~ん

 

 パート振り分けで、ロザリーンが独特なコーラスを恥ずかしがって遠慮したのもなんとなくわかる。このコーラスは、ミーシャのようなノリじゃないと歌えないような雰囲気だった。

 それでも、オープニングを飾るにはもってこいの、アップテンポな派手な曲だ。

 

 観客は帝都のライブ時とは違い、フォレストピアで働いている様々な従業員、現場関係者、商店関連などで、中には運輸関係者のユコの父親や、先日訪れたリョーメン屋「ごんにゃ」の店主の姿もあった。

 ユコの父親などは、娘がこんな舞台で演奏しているのを初めて見てびっくりしているようだ。

 あとは、レフトールが呼びつけた子分たちが集まっていた。

 そんな感じに、やけに庶民的だ。

 だがそのような雰囲気も、ラムリーザは好きだった。なにしろ、自分が治める領土の臣民が集まるのだ。これほどうれしいことは無い。

 二曲目は、珍しくユコがリードボーカルを取る。一応ユコ復帰、という意味で持ってきたのだが、帝都と違いここではどっちみち客にとっては初顔なので、あまり意味は無いようだ。

 曲名は、世界の何処かで。ロザリーンの弾くピアノの伴奏が軸になっていて、それにリリスのギターが音を重ねるが、あくまでリズムに徹していて派手には弾かない。そこにユコの奏でるキーボードのやわらかいフレーズがメインを務め、ソニアのベースで固めている曲だ。基本的にこの四人で演奏は完結している、スローテンポなバラードだ。

 この曲はドラムスのパートはなく、ウインドチャイムを途中間奏から戻ってくる時に一度、それと曲の最後の締めに鳴らすだけなので、この曲では同じく暇そうにしているリゲルに目配せをして近くに呼び寄せた。

 ユコが歌っている間、ラムリーザはリゲルと小声で雑談していた。

「去年よりグループの規模が大きくなって、おもしろくなったね」

「うむ、オープニングからエロゲソングを飛ばすところも変わっていないしな。しかもマニアック」

「あれか、リゲルの言ってた夏のなんとか、まぁマニアックなら知らない人が多くて、変わった曲にしか受け取られなくて気にしなくてもいいかもね」

「ラムさん、この曲で俺は何したらいいんだ?」

 ラムリーザが全然動いていないので、レフトールも動くわけにもいかずに近寄った。

「ああ、こういった曲はドラムスの休憩曲。そういうのが所々入るから、そこで休むといいよ。おっと――」

 ラムリーザは、慌ててウインドチャイムを鳴らした。途中間奏から後半パートへ移るときに一度鳴らす場面があるのだ。

 そこにミーシャも集まった。

「この曲スローテンポすぎて、踊りにくい、ひんまー」

「バラードだからな、ミーシャのイメージじゃないから仕方が無い」

 相変わらずリゲルは、ミーシャと話すときは嬉しそうにする一方で、ロザリーンの方を気にしている。

「ねえねえリゲル兄やん、久しぶりにあれやろうよ、あれ」

「あれかぁ、俺はあまり歌うのは趣味じゃないんだけどな」

「リゲル兄やんの低音が効いた渋い歌声、ミーシャ、また聞きたいなぁ」

「う~ん、歌うか。ラムリーザ、次はあれを頼む、破戒僧グリゴリー。ミーシャの為のダンスソングだ」

「了解――、っとぉ」

 ラムリーザは、雑談しながらも曲のエンディングを締めるウインドチャイムの音を鳴らした。

 次の曲は、ラムリーザのドラムソロからスタートした。それに合わせて、ミーシャはタンブリンを叩きながら踊り始める。そこにリリスの奏でるギターのフレーズが重なり、すぐにリゲルのリズムとソニアのベースが続く。

 だが歌の内容は、北の国ルジアの破戒僧グリゴリーがハーレムを築き上げるが、徐々に妬まれ憎まれていって、最後は謀られて毒殺されるが死なず、矢を射掛けられても死なず、川に沈めてやっと溺死させたという物騒な内容だ。

 リゲルの歌に合わせてミーシャはクルクル踊っている。その回転の勢いでスカートが浮き上がって下着が見えているが、そこはサービスということで。

 そういえばこの曲は、去年の夏休み明けごろにソニアとリリスが授業中にふざけて職員室で説教を受けている間に、リゲルと二人で演奏しかけたことをラムリーザは思い出していた。

 その時にもリゲルは言っていた、ミーシャの為のダンスソングなんだ、一人で歌っても何にもならんと。あの頃から既に、リゲルとミーシャに関するフラグは立っていたのだが、ラムリーザはその時は全然気がついていなかった。

 

 一方リゲルも、楽しそうに踊っているミーシャを見ながら、内心複雑な心境だった。

 あの別れの日以来、三日後の今日、ライブが始まる前に久しぶりに顔を合わせていた。

「リゲルおにーやん、これは返すね」

 ミーシャは、自分の首飾りを差し出した。先端にレンズの付いた、逢わせ眼鏡の片割れだ。

 リゲルは何も言わずに受け取った。

「逢わせ眼鏡の力は本当だったよ、再会できたからね。でも残念ながら、心までは上手くいかなかったみたいだね」

 ミーシャの口調は穏やかで、リゲルの耳には吹っ切れているように聞こえた。

「すまな――」

「それはもう聞いたからいいよ、でもおにーやんはおにーやんでいてね」

「もちろんだ」

 もうあの頃の様に、目立った触れ合いはできない。でも、見捨てる必要は無いはずだ。

 リゲルは、自分の恋人はロザリーン。ミーシャとは、付き合う前の関係に戻ろうと割り切ろうとしていた。

「だから今日のライブ、久しぶりにあれやろうね」

「あれか……」

「ね、最後に一回」

 それが今、演奏とダンスの楽曲「破戒僧グリゴリー」であり、二人の馴れ初めの曲であった。

 そして今、別れのダンスになった。

 

 その後ジャンも加わって、あっという間に三時間は過ぎていったのだった。

 去年の文化祭のカラオケ喫茶の経験は伊達じゃなく、本当に三時間程度なら平然と演奏しきるグループになっていた。その間踊り続けたミーシャもたいしたもので、一時間弱無茶苦茶に踊って翌日全身筋肉痛になったソニアとは大違いだ。

 

 演奏が終わった後、会場はフリータイムとなってラムリーザたちはステージを下りて裏方へと向かい、それからジャンに建物の三階へと案内された。

 フォレストピア・ナイトフィーバーは十階程の大きな建物で、パーティ会場になっている一階や、吹き抜けになっていてステージを見下ろせる二階席の他、五階から上の階は旅行客などが宿泊できるホテルのようなものにもなっていた。

 四階は主に倉庫、ラムリーザたちが案内された三階の一室は、いろいろと機材の置かれた部屋だった。

「ここはスタジオだよ。帝都の店には無かったので、一度作ってみようと思っていたんだ」

 ジャンの説明で、ここは音楽の練習や録音などをするスタジオだとわかった。

「三階の部屋は全てスタジオにしてみたよ。そのうちの一部屋は、ラムリーズが自由に使ってもいいという特等室にしようと思ってる。どうだ、俺は優しいだろ?」

 ラムリーザがジャンの親友であるという特権が発動された。こうしてラムリーザたちは、バンドの練習に最適なスタジオを得ることになった。

「これは良いぞ、部室を引き払ってここで活動した方が良いかもしれない」

 ラムリーザはそう思った。事実、あの部室に居ると遊ぶことを優先しがちな気がする。去年の冬以降は、遊ぶついでに練習すると言ったほうが正しいと言えたかもしれない。

「ソファーや机も持ってくるの?」

「いや、あれは学校の備品だから持ち出せないよ。スタジオにソファーとかあったらまた遊び場になっちゃうので、要らないってことにしておくよ」

 ソニアはまだ遊ぶ気満々だったようだが、ラムリーザは部室とスタジオで、きっちりと分けるために言い切った。そもそも部室で遊んでいること自体が間違いでもあるのだが……。

 リリスは特に反応を示さないが、ユコはスタジオが使えることに興味津々といった感じだ。さすが音の作り手だけはある。

「明日にでも部室のドラムセットを移動させよう。あれは僕が買ったものだから持ち出してもいいはず。部室には代わりにほとんど使っていない、折りたたみ式のエレキドラムを置いておこうか」

 これは、去年の夏に帝都でリリスたちと買い物をした時に買ったもので、折りたたみ式だから持ち運びがやりやすくてキャンプなどに持っていったのだが、それ以外ではほぼ屋敷の部屋の片隅に片付けられたまま埃を被っていた。

「ピアノは部室の備品でしたね」

「ジャン、高級品じゃなくて小型のでいいからスタジオにもピアノを置いてくれよ」

「合点承知之助」

「なんやそれ……」

 ロザリーンの要望を受けてラムリーザはジャンに要求するが、ジャンは謎の言葉を返しただけであった。

「あれ? 知らんの? ユライカナンでは流行っているらしいぞ?」

「知らんよ」

「やっぱりソファーがあった方がいい、疲れたときに休憩する場所が無いよ」

 ラムリーザは、ソファーを置くことに抵抗があったが、ソニアやリリスなどが強く要望するので、ここではあくまで休憩のため、遊び始めたら撤去してもらうということにして、ジャンに要望を出しておいた。

「任せておけ、徹夜で活動できるようにしてやるよ」

「いやいや、そこまではせんでええよ」

 そんなわけで、みんなの意見を取り入れたところ、結局これまで過ごした部室のレイアウトをそのまま真似るという形にすることに決まった。

「しかしここだと終電を気にする必要が無いから楽だね、やっぱり」

 ラムリーザは、同じ街に住んでいるのでそのまま歩いてでも自分の住む屋敷へと帰れる。ソニアとソフィリータもラムリーザ同様だ。

 ジャンはこの建物に自室を作って住んでいるし、ユコも今年からフォレストピアの住民だ。

 リゲルとロザリーンはリゲルの運転する車で移動しているから時間は関係ないので、リリスとレフトール、ミーシャの汽車組だけが帰る時間を気にしていればよい。

 それでも去年までの帝都通いでは片道二時間弱はかかったものだが、これからは帰るのに三十分ぐらいあれば大丈夫になった。これは本当に楽になったものだ。

「リリスはここに泊まっていってもいいぞ? なんなら住み着いてもいいし」

 ジャンは、本気でリリスを口説きにかかっている。ラムリーザはソニアと同棲しているから人の事は言えないが、もしリリスがここ、フォレストピア・ナイトフィーバーの五階以上の居住区に住み着いたらジャンと同棲しているとも取れる。

 だがリリスは、今は「考えておくわ」と答えただけで、住み着くつもりは無さそうだ。

 そんなことをやっているうちに、夜の十時を過ぎたので今日はお開きにして別れたのであった。

 これが、フォレストピア・ナイト・フィーバーでの初めての夜だった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き