七夕の誓い
7月9日――
定期テスト後の休日明け、その翌日にラムリーザたちの通っている学校でも、イベントとしてミルキーウェイ・フェスティバルが行われた。
生徒会長のユグドラシルが、フォレストピアでのこの新しい祭りの準備や本番に参加し、いろいろと情報収集をし、可能な範囲で学校内で再現させてみせたのだった。
とは言っても、お祭り自体はよくある屋台を並べたようなもので、メインのササ祭り以外は帝国建国祭とさほど変わらない。
この日ラムリーザたちは、グループで集まらずに個々で好きに動いていた。すでにグループで同じ祭りに参加しているので、今日はそれぞれ好きなようにすることにしたのだった。
ラムリーザは、ソニアと二人で祭り会場となっている学校の運動場をブラブラしていた。見た感じでは、文化祭の簡易版といったところか。運動場の中央に、ササの木が飾られている所を除けば、さほど変わりは無い。
「あっ、いかめし売ってる!」
ソニアは、屋台の一つであるいかめし屋を見つけて、ラムリーザの手を引っ張って駆けていった。
ここのいかめし屋は、もちろん生徒産。料理に慣れた生徒が、見様見真似で作っているものだ。そしてここのいかめしは、ユライカナン産と違って、いかの中には小麦団子が入っていた。
「あっ、ここのいかめしは帝国産だ。でもお米が入っているのも美味しかったなぁ。ねぇ、ラムはどっちが好き?」
「迷ったときは両方」
「またそれだー」
ラムリーザのよく取る行動として、二つのものが有りどっちがいいかなと迷ったときは、あまり深く悩まずに両方を手に入れることにしていた。贅沢な考えだが、そのためのお金は十分すぎるほど持っているので可能な手段だった。
「実行委員のテントから短冊を受け取って、願い事を書きササの木に飾りましょう。叶えられる範囲で叶いますよーっ」
中央の方では、ユグドラシルの声がマイクで拡張されて響いている。しかし願い事選手権は、やらないようだった。
「そういえばラムは願い事を書いていないね」
「向こうでは僕も実行委員みたいなものだったから仕方ないさ」
「あたしまた願い事書くよ!」
ソニアは再びラムリーザの手を引っ張って、中央のササ広場の方へと向かおうとする。
ラムリーザは、ソニアの掴んでいる手を握り返して引っ張り留める。「なぁに?」というソニアに、しっかりと言い聞かせるように述べた。
「確定事項を願い事として書くのは禁止ね」
フォレストピアでの祭りでは、ソニアに『ラムと結婚できますように』と書かれて恥ずかしい思いをしたものだ。それがここでも行われるということはなんとしても避けたかった。
「確定事項って何よー」
「う~む、それなら同じ願い事を書くと、天の川の二人に『しつこい』と思われて、逆に叶わなくなるらしいよ」
ソニアが理解していないみたいなので、ラムリーザはとっさに作り話を仕立て上げることにした。織星と彦姫の名前を覚えていなかったのが惜しい。
「じゃあ何を書けばいいのよ」
「そうだな、学校生活限定で願い事を書こう。僕が見本を見せるから、ソニアも後に続くんだ」
そう言ってラムリーザは、短冊の置いてある実行委員のテントへと向かっていった。
「ラムの馬鹿!」
ラムリーザが書いてササの木に吊るした願い事を見て、ソニアは怒り出してしまった。
「なんだよ、僕は本心からそう思っているのに」
ラムリーザの飾った短冊には、しっかりとした文字で「ソニアの頭が良くなりますように」と書いてあった。
ソニアはプリプリと怒りながら、ササの木広場から離れていってしまった。ラムリーザは、「そんなに怒るようなことじゃないだろ」と言いながら、後を付いていく。
「何よ、ラムはあたしが馬鹿だって言いたいの?」
ソニアは急に立ち止まって振り返り、ラムリーザの目を睨みつけながら言った。
ラムリーザは、「馬鹿だなぁ」と言いそうになるのをすんでの所で留め、「ソニアは馬鹿じゃなくて、個性的過ぎるのだよ。そのために、妙な行動に走ることが多々ある。だから、もっと考えてから行動するように、という意味で頭が良くなりますようになんだよ」と説明した。
「そんなにあたし、妙?」
ラムリーザは、やはり自覚は無く天然だったかと思いつつ、「例えばココちゃん、あのぬいぐるみがなんで僕の部屋に十体以上もあるのかな?」と、ソニアの奇行のために最近困って――は居ないけど、うんざりしていることについて尋ねてみた。
「ココちゃんはぬいぐるみじゃなくてクッション!」
そう言われてみて「しまった」と思うのだった。全くもってめんどくさい。
ココちゃんは所狭しと転がっていて、邪魔で仕方が無い。飾ろうとしたら「クッションを飾るなんて変!」と怒られる。確かにぬいぐるみは飾ることはあるが、クッションを飾るのはあまり聞かない。
「同じクッションをあんなにたくさん集めてどうするんだよ?」
「ユコは二十体も持ってるのに?」
「いや、ユコもおかしいけど……」
よく考えてみたら、ソニアの周りには妙な人が多い。リリスとかユコとか――
二人は並んで歩いているうちに、いつの間にか誰も居ない校舎の中の教室へ辿りついていた。部屋の明かりは点いていないが、外から祭りの明かりが差し込んでいて、真っ暗ではない。それでもいつもは賑やかな教室が、薄暗くシーンと静まり返っているのを感じると、まるで別世界に居るような錯覚に捕らわれてしまいそうだ。
窓の傍に寄ると、運動場に並べられた屋台の明かりがまぶしいほど輝いている。ラムリーザは、ソニアと並んで窓際にもたれて外を眺め、そっと肩に手をまわした。
「ラム、あたし以外の女の子から一人選べって言われたら、誰を選ぶの?」
しばらく沈黙が流れた後、ソニアはぼそっとラムリーザに尋ねた。ソニアは祭りの景色をじっと眺めたままで、ラムリーザが見たのは明かりに照らされたその横顔だった。
「選べるわけないだろ? 僕はソニア一筋だからね」
これがラムリーザの偽りのない本心だ。ソニアが一人、寝取られる寝取られると騒いでいるだけで、ラムリーザの気持ちはぶれたことはない。
「じゃあもしもあたしが居なかったら?」
ラムリーザは、ソニアが一体何を求めてこういった質問をしてくるのか真意を知ることはできなかったが、どうしても聞きたいようなので無難に有り得る展開を述べた。
「一人でこっちに来ていて、しかも何も周りで起きなければ、普通に考えたらケルムさんと政略結婚かな。これ、どこかでも言ったような気がするけど」
「リリスじゃないの?」
ソニアは、自分にとって一番危険だと思っている相手の名前を挙げた。
「ソニアが居なかったら、リリスと出会っていたかどうか不明。むしろ会ってなかったと思うよ」
「そうなのかなぁ……」
ソニアは少し不満そうに答えた。そこにラムリーザは、思い出したかのように付け加えた。
「でもケルムさんは僕的には苦手な人だから、ひょっとしたら隣に居るのはロザリーンだったかもしれないね。彼女もこの地方の首長の娘、政略結婚相手に十分なりうる」
「ロザリーンか、あの仮面優等生も警戒対象だったのか!」
「いや、ソニアが居なかったらって前提の話だろ? ソニアが居たらお前しか選ばないよ」
それを聞いて、ソニアは黙り込んだ。ソニアは結局一人で勝手に敵を作り出して騒いでいるだけだ。
「リゲルには悪いかもしれないけど、こうして二年目に元カノのミーシャが戻ってくるのならその方が問題なかったかもな」
「あたしよりロザリーンと付き合うことが問題ないの?」
「お前が居なかった場合だからな」
ソニアは自分が作り出した前提を忘れて、何度も責めてくるから困る。
「家族でもいいならソフィリータ」
「なによこのシスコン」
それでも、ソニアが居なかったらどんな歴史になっていただろうか? ラムリーザはふとそんな想像をしてみるのだった。
去年通っていた、オーバールック・ホテルのパーティに参加することにはなるので、リゲルとロザリーン、ケルムに出会うことは確定だろう。リゲルとは友人になり、ケルムとロザリーンを比較して、ロザリーンと親密になっていた可能性が高い。
逆にソニアが居ないとなると、音楽活動はやっていなかったかもしれない。元々ソニアがやろうと言い出して始めたことだ。だからその場合、軽音楽部に入ることもなく、リリスやユコと出会うことは無かっただろう。
そうなると連鎖はさらに続く。
ラムリーザとリリスが知り合わなければ、ジャンがリリスを知ることもなく、彼女に熱を上げることも起きなかっただろう。リリスも気の毒だが、文字通り根暗吸血鬼のままだったかもしれない。
レフトールは――、と考え始めたところでふいにソニアの言葉が耳に飛び込んできた。
「ラムは政略結婚しかしないの? ユコとか」
今度はユコを槍玉に挙げた。
「ユコはなぁ、熱狂的に僕を尊敬しているみたいたけど、たぶん彼女とは価値観が違うと思う」
「ロザリーンとは価値観良いの?」
「ソニアを選べないのなら、有力者の娘を選ぶのが普通だからね。むしろ今は、僕のわがままを無理矢理通してもらってソニアをここに連れてきたんだ」
ソニアは、去年の春の出来事を思い出して目を伏せた。あの頃は、ラムリーザと離れ離れになるのが嫌で、気分が塞ぎ込んでいた時期だ。一緒に連れて行ってもらえると聞いたとき、どれだけ目の前が明るく輝いたことか。
「あたしが有力者の娘じゃないから役に立たなくて残念だけと思ってる?」
「どうしてそう思うんだ? 馬鹿なことを言う奴だ。ソニアは僕の心の清涼剤。いつでも心を楽しさで満たしてくれる、そんな娘でいいんだよ。ああそうそう、そんな馬鹿な質問をしないように『頭が良くなりますように』って願い事をしたんだよ」
「んんん~む……」
ソニアは、口を尖らせて不満そうな顔をする。
「街のことは気にしなくていいよ、僕自身の手で動かすことのできるし、リゲルやジャン、ロザリーンと言った有能な参謀も居る」
「またロザリーンが出てきた!」
「ソニアは僕の心を支えてくれる人、辛いときにもソニアを見れば辛さも吹っ飛ぶような、いつも僕に楽しさを与えてくれるような娘になってください。ソニア、好きだよ、愛しているよ」
「んっ、んん~」
なんだかんだでソニアは嬉しそうな表情になってくれた。困り顔や悲しそうな顔は似合わない。いつも笑顔のグリーンフェアリー。
「そういやソニアは今日の祭りでまだ願い事書いてないね」
「あたし願い事今思いついた!」
ラムリーザは、窓辺から離れて運動場へと向かおうとするソニアの手を素早く掴んで引き戻した。
「待て、事前に確認しておく。先日みたいな願い事されたら敵わんからな。結婚とかそういうのは禁止ね」
「それはもうやったから別のだよ」
「うかがおう」
そこでソニアは、ラムリーザの手を振りほどいて一歩下がり、ラムリーザの顔を正面から見据えて右手を掲げて元気良く言った。
「あたしとラムは、生まれた日、時は違うけど兄妹の契りを結び、心を同じくして助け合うことを誓う。そして同年、同月、同日に生まれることはなかったけど、願わくば同年、同月、同日に逝けますように!」
「いや、同年に生まれているから。あと兄妹の関係で良いのな? まぁそれは良いとして、なんかかっこいい台詞だな、何の受け売りだ?」
「あたしが今考えたの、とうえ――七夕の誓い!」
ちなみにミルキーウェイ・フェスティバルは、ユライカナンの言葉では七夕祭りとも呼ばれているらしい。
「ほんま? とうえ?」
ラムリーザはソニアの目をじっと見据えた。ソニアは、右上に目をそらした。
「嘘だな、というか思い出した。四国志のどっかの場面でそんな台詞が出てきた気がする。あのゲームやってたとき、何かのムービーシーンでそんな台詞が流れたような――」
「違うっ! あたしが考えたの!」
ソニアはあくまで自作にしたがっているようだ。むろん視線はラムリーザの方を向いていない。
ラムリーザは軽くため息をついて、言葉を続けた。
「しょうがないな。それなら僕も悪乗りしてそんな感じの願い事を書き直すか。そうだな、二人の死が二人を分かつまででなく、死後の世界も来世も共に歩みたい。こうしよう、これも七夕の誓いね」
「ラムがお墓に入るとき、あたしも殉死して一緒のお墓に入るの?」
「ムード壊すな。そもそも同時に死にたいって先に言ったのはそっちだろ?」
「じゃああたしが死んだらラムも死んでくれるの?」
「ほんとムード無いな……、願い事変更。ソニアが空気を読めるようになりますように」
「何よそれ!」
ラムリーザは、めんどくさくなってソニアの顔を両手でガッと挟んで動けなくし、そしてそのまま口付けを交わした。それを受けてソニアもラムリーザにぎゅっと抱きつき、腕だけでなく足も絡めてきて――