南の島キャンプ始まる その二 ~フォレスター艦隊?~
7月17日――
夏休みが始まり、フォレスター家所有の南の島マトゥールで、キャンプを行うことになった。
フォレストピア駅にメンバーは集合し、これから出発だというギリギリのところでジャンが現れたのだ。
「あれ? 店の方は閉めたのか?」
「んや、キャンプの間、親戚の叔父上に店を任せることになった。隣のポッターズ・ブラフ地方に住んでいたので、頼み込んできたのだよ」
「なんだ、ジャンの親戚もこの地域に住んでいたのね」
ラムリーザとソニアの二人も、去年は一年間、ポッターズ・ブラフ地方に住んでいる親戚の家に下宿していたのだ。
「叔父上も、学生の間は思い出作りが一番と言ってくれて、快く送り出してくれたさ」
「それはよかった、それじゃ行こうか」
そこに丁度電車が入ってきて、一同はゾロゾロと乗り込んでいく。結構な大所帯であり、こうなるとソニアはいつも通り嬉しそうだ。
電車は駅を出発し、帝都方面の東へと向かう。ヘンカラ峠を越え、ポッターズ・ブラフ駅に到着。そのまま同地方を通過して、この地方最東端のエンカラ峠を越えていった。
余談だが、ヘンカラ峠とエンカラ峠はよく混同される。
ポッターズ・ブラフ地方とフォレストピアを隔てているのがヘンカラ峠、逆に帝都方面と隔てているのがエンカラ峠。
元々はその峠に生息するヘンコブタの名前が由来なのだが、ヘンコブタはエンコブタとも呼ばれている。だから、ヘンカラ峠とエンカラ峠なのだ。ただしブタの呼び名はどちらでも正しいため、峠の名前もどちらでも良いというわけではないが、あまり地理に詳しくない者はよく間違えるのだ。
エンカラ峠を越えた次の駅で、電車を乗り換える。ここからは東の帝都に向かうのではなく、帝国最南端の港町、アントニオ・ベイを目指すことになる。
電車内での座席は、各自適当に自由に位置取りをしていた。
ラムリーザの周りは六人掛けで、そこにはラムリーザとソニア、リリス、ユコ、ジャンの五人が座っていた。
「はぁ、大丈夫かしら」
ユコが少し浮かない顔を見せる。既にホームシックか?
「どうした? 忘れ物があったとしても、島にある町で日用品ぐらいは調達できるよ」
しかしユコの悩みは別の所にあった。
「ココちゃんが気がかりですの」
「は? ココちゃん?」
ラムリーザは少し考えて、それはソニアとユコが集めまくっているぬいぐるみ――いや、クッションだと思い出した。
フォレストピアに進出した帝国のチェーン店、ココちゃんカレー。新店舗出店記念で、最強の辛さのカレーを完食できたら「ココちゃんぷにぷにクッション」をプレゼント、という企画はまだ続いているようだ。
「いや別にぬいぐ――クッションを旅行に持ってこなくても、あれ大きいから荷物になるく――いや、そんなに一緒に居たいのか?」
ラムリーザの発言は、言葉を選びまくっている。ぬいぐるみと言ってしまえば、隣からけたたましい声で訂正が入るのが分かっているので、間違えずにクッションと言わなければならない。
「カレー屋の限定品、キャンプに行っている間に全部無くなってしまえばもったいないですの」
どれだけ集めたいのだ、とラムリーザは突っ込みたくなる衝動を必死で押さえ込んだ。
「そんなに要らないでしょう?」
だがリリスの方から突っ込みが入る。リリスも一度激辛カレーを食べているので、一体は所持しているはずだ。
「まだ二十二個しか集まっていませんの」
「そんなに要らんやん!」
リリスが突っ込んだことも有り、今度はラムリーザも普通に突っ込んでしまった。しかし話はおかしな方向へと進む。
「ええっ、二十二個? あたしまだ十六個しか持ってないのに!」
「いやいやいや、お前ら同じぬいぐるみをそんなに集めまくるのおかしいって」
ジャンも突っ込んでくるが、突っ込み方を間違えてしまっていた。
「ぬいぐるみじゃなくてクッション!」
ソニアとユコは、同時に訂正を求めてくることになったのである。
「あのぬい――クッション、そんなに良いか?」
ジャンは、今度は間違えずに質問する。一瞬間違えかけたのは気にしないでおこう。
「白くてずんぐりむっくり、うれしそうな表情、可愛いですの」
「クッションなのにクッションらしくしなくて、バタバタバタバタするところがいいの」
ユコの理由はそれなりに分かるが、ソニアの理由は謎だ。
「リリスは集めないのかな?」
ラムリーザの質問に、リリスは「三個ある、でももう要らないわ」と答えた。ラムリーザの知らないところで二個増えていた。
聞く話では最初の日以降、ユコと一回、ジャンと一回激辛カレーを食べたのだそうだ。その過程でジャンも一回食べていて、ココちゃんをひとつ獲得していた。そういえば、ジャンの店に一個飾られていたような気がする。
ラムリーザは、自分の部屋に十六個も転がっていて邪魔だと感じているのに、二十二個もあったらどうなるのか? と考えた。
結局のところ、十六個も二十二個も、無駄に多いということだけは変わらないのだ。
長いトンネルを通り抜けると、窓の外の景色に群青色の海が加わった。
「霧は出ていませんの?」
ユコの問いに、ラムリーザは「出てないよ」と答える。雲一つ無い快晴だ。
「なんで霧を気にするのだ?」
ジャンの問いにユコは「なんとなく」と答えた。いまいち要領を得ない。
とにかく港町アントニオ・ベイ沖に、霧は出ていないようだ。
間もなく電車はアントニオ・ベイの駅に到着し、そこからは船まで徒歩で移動だ。それほど距離があるわけではない。
それからは、船に荷物を積み込む作業だった。
ラムリーザたちは自分たちの簡単な私物を持ち込むだけなので、それほど時間はかからない。ただ、ラムリーザが別途に用意してあった箱を積み込むのを見て、ソニアは尋ねた。
「ラムそれなぁに?」
「へっへっ、これか? ユライカナンでお祭りの時に使うものらしい。面白そうだから、島で使ってみよう」
「ふ~ん、ユライカナン産のおもちゃかぁ。なんだろうなぁ」
リゲルは箱の中を確認してみる。中には棒状の物や筒状のものがたくさん。筒も細いものから大きいものまでいろいろ。大きいものはそれほど数は無いようだ。
「うむ、初めて見るな」
「一度だけごんにゃ店主が一本使っているのを見せてくれたことがあるけど、結構奇麗だったよ。夜に使うともっと奇麗らしい」
「へ~、なんか楽しみ~」
そんな感じに積み込んでいくのだった。
荷物を積み終わったところで、港町で出発前の昼食。南海の海の幸、リゲルなどは好物のカニを堪能するのであった。
食事中にジャンは、「クリスタルレイクってところにも行ってみたいぞ」と言い出した。それに対してリゲルは、「来年か再来年にまた行こうか」と答えた。
再来年となれば大学か。ソニアたちに勉強を叩き込むか、大学は諦めてもらうか、そんなことをラムリーザは考えているのだった。
食事後、改めてこれから乗り込む船を確認。
フォレスター家が所有している船は、全部で五隻。客船とまで大きくは無いが、長さ30m程の大きさで、ボートと呼ぶには大きい帆船だ。
「ほら、こっちだぞ。僕たちが乗るのはこの一号船だよ」
ラムリーザは、部活動のメンバーを率いて五隻の内の一隻に乗り込んでいった。
「二号船とかあるのかしら?」
リリスの問いに、「二号船には僕の家族が乗る」と答えた。
ラムリアースは、一号船と二号船どっちに乗るか迷っていたようだが、連れてきた嫁のラキアのことを考えると、家族同伴がよいだろうと考え二号船に乗り込んだ。
これにて一号船には、船員を除いた客人はラムリーズのメンバーのみとなった。
「あっちの三号船は?」
「あれにはコックとか医者とか、家で抱えている使用人が主に乗り込むことになっているよ」
「残る二隻は、客船って感じじゃないな。なんかでかいし」
「あれは護衛艦、空母みたいなもの。飛空挺とかも搭載しているよ」
「戦争じゃねーかそれは」
ジャンは船べりに乗り出して、護衛艦を眺めながら突っ込んできた。
「戦争だな。残る一隻は、どう見ても戦艦だ。大砲とか普通についてあるし」
リゲルの言うとおり残り一隻は、それなりの大きさの戦艦であった。フォレスター家ほどの規模になると、艦隊なども所有しているようだ。言うなれば、フォレスター艦隊だ。
「旗艦はどれですの?」
「べつに軍隊じゃないから決めていないよ」
「面白くないですの」
何故かがっかりするユコ。そこでソニアが提案した。
「ねぇ、この一号船を旗艦にしようよ」
「ん、それでいいよ」
ラムリーザは適当に流す。軍隊の艦隊じゃないので、旗艦を決めたところで意味が無い。だがソニアたちは、一番偉い旗艦に乗っているのを誇りたいのだろう。それならむしろ、当主が乗る二号船が旗艦になるはずだ。
「ねぇラム、旗艦の名前決めてよ」
ソニアは、ラムリーザに船の名前を決めるよう促した。
「めんどくさいなぁ。それじゃあク・ホリンでいいよもう」
ラムリーザは、適当に思いついた名前をつけることにした。しかしソニアはなぜか反対してくる。
「それなんかやだ、なんか味方の艦とぶつかって岩にはさまれて撃沈しそう」
理由は不明だが、物騒な未来図を描いてくる。
「んじゃ、まんぷく丸でいいよ」
ラムリーザはさらに適当に答える。ソニアのプレイしていたゲームに、たしかそんなのがあったはずだ。確かゲームの内容は、大きな魚に乗った少年が海の中を進み、流れてくるほたて貝や昆布、たらこなどを網で取りながら進んでいくゲームだったと思う。
その後なんだかんだの論争が繰り広げられ、結局ロザリーンの提案した「聖なる種火丸」という無難な名前に決定したらしい。ラムリーザにしてみたら、割とどうでもよいことだ。
「あれっ、この船にも大砲がついているよー」
船に乗ってから、あちこちうろうろ移動しまくっていたミーシャが、船主の方で大砲を見つけてそう言った。ミーシャは大砲に張り付き、砲口を覗き込んだりしている。
「一応この船も武装しているのか。危ないから近づいてはダメだ」
リゲルはミーシャの手を引っ張って大砲から引き剥がす。
「弾はどこにあるんですの?」
ユコも大砲に興味津々だ。
「その下が倉庫になっていて入っているけど、今は必要ないので触らないように」
ラムリーザはそう説明するが、必要になる時がきたらヤバい時なのでは? と乗り込んでいる面々のうち何人かはそう思うのだった。
「準備できたかー?」
隣の船から、ラムリアースの声がする。
「できたよー」
ラムリーザはすぐに返事を返す。
「それでは出発ー!」
ラムリアースの宣言で、船は港を出て南へと向かい始めた。
ソニアやユコなどは「こっちが旗艦なのに」と不満そうだが、勝手に決めた旗艦だから権限などは残念ながら皆無だ。そもそもこの艦隊に旗艦など無い。もっと言えば、艦隊ではない。
こうして、ソニアたちが勝手に命名したフォレスター艦隊は発進した。
先頭に戦艦を配備して、二番目にラムリーザ一家の乗る二号船、真ん中にラムリーザたちの乗る一号船、そして三号船と続き、しんがりを務めているのが護衛艦だった。
ソニアなどは、船橋に上がって進行先を指差して得意気だ。ときおり風が吹くと、いつもの際どい丈のミニスカートが以下省略。
「なにあなた、海賊船長にでもなった気分かしら」
リリスの突っ込みに、ソニアは「山賊より海賊の方がかっこいいでしょ?」と答えた。
しかしユコは、「容量の都合で切り捨てられる職が、海賊であり僧侶なのよ」などと言って、またしてもソニアとの口論が始まるのであった。リリスなどは、「海賊船長は負け役」などと言って火に油を注ぐ。
青い空、白い雲、どこまでも続いているかのように見える大海原。水平線は日の光が反射して、キラキラと輝いていた。
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