三つ目の呪文と砂金集め

 
 7月25日――
 

 マトゥール島で見つけた三枚の不思議な石版。一枚は地図で、残りの二枚には呪文が刻まれていた。

 この日の朝からラムリーザは、呪文の解読は一旦置いておいて、地図の方を確認していた。

 地図のバッテンは四箇所あり、そのうち北の二箇所では石版を見つけていた。残りの二つは東の海岸の少し北寄りの場所と南西の海岸辺りに記されていた。

「おや? 今日も考古学者かな?」

 そこに兄のラムリアースがコテージにやって来る。

「もう少しで解読できそうなんだけどね」

 これは嘘である。未だにさっぱり分からない。

「解析は日が落ちてからでもできる。さあ、日中は出かけるぞ」

 ラムリアースに促されて、ラムリーザは石版をテーブルの隅に重ねて片付けると、後を追ってコテージを出て行った。

 今日はみんなを良い場所に案内してやろうといったラムリアースの計らいで、全員コテージ前に集められた。しかしラムリアースの言った事は単純な事だった。

「よし、これからみんなで東の方に流れる川へ行くぞ」

「えー、川なんて面白くなーい」

 最初に拒否したのはソニアだった。

「そうね、川より海の方が奇麗だわ」

「地味ですの」

 リリスとユコもソニアに同意する。

「仕方ないな、男子だけで行くぞ」

 ラムリアースは女性陣を海へ残して、島に用意されているバンに乗り込もうとした。このバンは、先日島一周に使ったものである。

「海だけでなく、たまには川釣りもいいもんだ」

 そう言いながらリゲルは釣り道具をバンに積み込む。

「俺は川の流れを見ながら、帝国の行く末を案じる事としよう」

 レフトールなどは、意味のわからないことを言っている。

 そして出発間際にラムリアースは女性陣にも聞こえるようにつぶやいた。

「その川では砂金が取れるのだぞ。釣りも良いけど、今日は砂金集めとしゃれ込むのも良いぞ」

 リゲルは「ほう」とだけ言い、レフトールは「金だと?」と少し興奮気味だ。そしてジャンとユグドラシル、マックスウェルは「へー」といった感じだ。

 一方女性陣は、それを聞きつけて騒ぎ出した。

「砂金?」

「砂金ですって?」

 ソニアたちは慌ててバンの方へと駆けて来た。

「砂金集めに置いていくなんてずるい!」

「そうですわ、ずるいですの! 男子だけで行くなんて男女差別ですわ!」

 ソニアとユコは騒ぎ立てるが、ラムリアースは平然としたものだ。

「川は面白くないから、奇麗な海で遊ぶのじゃなかったのかな?」

「ラム兄のいじわる!」

「奇麗な海より砂金の方が奇麗だわ」

 一方ソフィリータとロザリーンは文句は言わない。この辺りが庶民と貴族の違いか。しかしミーシャは一言も発しない、というよりバンの外にミーシャが居ない。

 バンの入り口で、ソニアとリリスがどっちが先に乗り込むかで揉めている間、リゲルはミーシャの姿を探していた。

「リゲルおにーやん、誰を探しているの?」

 リゲルはすぐ後ろからミーシャに声をかけられて驚いた。

「お前いつの間に乗り込んだ?」

「ミーシャ最初から乗ってるよ」

 ミーシャは川は面白くないというソニアたちの意見に賛同せず、ちゃっかり男性陣に混じってバンに乗り込んでいたようだった。

「しょうがないな、重石代わりに連れて行ってやるよ。ソニアはコテージで留守番を頼むな」

「なんであたしが留守番? ラムも一緒に留守番するなら残る。ラムが行くなら行く!」

 ソニアはラムリーザにしがみついて、バンから降りようとしない。

「それじゃあコテージに残って石版の解読を進めるか」

 今更金にそんなに執着を見せないラムリーザは、砂金集めよりも石版解読を選ぼうとした。

「ダメ! ラムも砂金集めに行くの!」

 ソニアの発言は一貫性が無いが、こうして一同は東へ向かって出かけることになったのだった。

 同じく北にある本館を目指して、島民の居住区に入る。そこからは海岸沿いから外れ、河口を登っていく道へと方向を変えた。

「東の海と言えば、あの気色悪い岩のある海岸ですの」

 ユコの一言で、フォースデビルズヘッドを思い出してバンの中は静かになる。

「ん? あの岩を見たのか? あれは絶対に人工物だよな」

 運転手のラムリアースも知っているようで、「いつ誰が作ったかは知らんが、自然にできたにしては顔過ぎるな」などと言っている。

 とにかく崩れたような顔が四つ並ぶ岩山は、その不気味さから女性陣には特に不評だった。

 

 ………

 ……

 …

 

 しばらく川沿いに進み、林の手前で車は止まった。少し離れた場所に見える川には、数人の作業員が何かやつているように見えた。

「この林の手前辺りで砂金が採れるって話だぞ」

 車のエンジンを止めながらラムリアースが説明すると、ソニアたちは我が先とばかりにバンから飛び出していった。

 そして川岸に一番乗りしたソニアは、えいっと川に飛び込んでその辺りを無茶苦茶にかき回す。しかし取れるのは砂利のようなものばかりで、無駄にソニアは汚れてしまうだけだった。

「泥しか取れないよー」

「こらこら、そんなにかき混ぜたらダメだよ」

 ソニアは、作業員に怒られてしまった。二番手だったリリスは、ソニアの様子を見て川に飛び込むのをためらっていた。

 そこに、大きな椀のような物を持ったロザリーンが到着。

 ラムリアースの説明で、ロザリーンはお椀を使って川底の砂を掬い取って、川の中で軽くゆすっている。

 リリスは川岸から、ソニアは川の中からその様子をじっと見つめていた。

「お椀の中に、小さく光るものが残りますね」

「ん、それが砂金だから、そうやって少しずつ集めたらよい。作業員の邪魔にならんようにな」

 説明を終えたラムリアースは、川岸に寝転がって休みだした。ラムリーザも砂金集めには参加せずに、ラムリアースの隣で横になるのだった。

 リゲルも砂金集めには参加せず、もっぱら一生懸命になってるミーシャを見守っていた。

 逆にレフトールなどは、妙に必死になっている。いつもぼんやりさんのマックスウェルも、今だけは少しばかり真剣な表情だ。

 そしてソニア、リリス、ユコの三人は大騒ぎ。川底の砂をすくっては流してを必死で繰り返している。大暴れすぎて効率が悪そうだが……

 一方ロザリーンとユグドラシル、ソフィリータとジャンは談笑しながらのんびりと作業していた。

「ふっ、庶民とそうでないものの差が顕著に出ているな」

 リゲルはその様子を冷めた瞳で眺めながら鼻で笑った。

「あっ、これ小さくキラキラ輝いてる。金が取れたよーっ」

 しかしミーシャの報告を聞くと、「うんうん、よかったなぁ」と優しげな微笑を浮かべるのだった。リゲルきもい。

 

 その時ラムリーザは気がついた。確かこの辺りが、石版に描かれていた地図のバッテンが合った場所だと。

 いつも持つようにしていた地図を書き写した紙切れを取り出して見てみる。確かにこの辺りだ。

 ラムリーザは起き上がると、周囲を眺めてみた。あるのは川だけ、ということはこの川のどこかに?

 そこで川岸に沿って、近辺を散策してみるのだった。木が生えていたら、洞があるかどうか確認して回る。

 川の中にあるとは思えない。それなら下流に流れて行ってしまうか、石版の表面が削れて何も見えなくなってしまうはずだ。ラムリーザは川を避けて周囲を徹底的に探してみるのだった。

 川の上流は南西の林の中に入っていて、その林を抜けた先はリン鉱石の採掘場になっているはずだ。林の中で石版を一枚見つけていたので、ここも林の中か、それとも同じ場所には隠されていないか、二つに一つだった。

 周辺を一通り回った後、今度は川の中を眺めてみる。

 浅い部分は砂金集めをしている人たちで一杯、川の中央部もそれほど深くは無いが、特に目立ったものは無かった。小島でもあればそこが怪しいと言えるのだが……

 

 探し疲れたラムリーザは、再びラムリアースの傍まで戻ってきて腰掛けた。

「ん? どこに行ってた?」

「例の石版の地図、バッテン印は確かこの辺りなんだよ」

「ふーむ、川の中だと流れて行ってしまうので、陸のどこかにあると思うけどな」

「僕もそう思うよ」

 そう答えながらラムリーザは、付近の石の中で薄く平らな物を選んで拾っては裏表確認している。しかしそう簡単には見つからない。前回木の洞ですぐに見つかったのが奇跡という物だろうか。

「ところでだが、フォレストピアは順調に開発できているか?」

「うん、スタッフに恵まれて効率よく開発できているよ。リゲルは物知りだし、ジャンは人をまとめて動かす能力に長けている。細かい計算はロザリーンが得意だし、ユライカナンから来た店の人たちもいろいろとイベントを進んで取り仕切ってくれるんだ。さらにユグドラシル先輩は、学校の方にまで文化の紹介をしてくれているんだ」

「それはよかったな、ユライカナンとの交易、それに伴う利益はフォレスター家の物となる。今は母上が手伝ってくれているけど、将来的にはお前が取り仕切るんだぞ」

「高校卒業したら、正式に領主になるみたい。でも文化交流と言っても入れるばかりで、向こうに送っているものはあまり聞かないけどなぁ」

「それはお前の領分ではないからさ。お前はフォレストピアでユライカナンの文化を取り入れるのが役目だ。こちらの文化を提供するのは、他の所でやっている」

「ふーん」

 そこでラムリアースは、にやりと笑って話を続けた。

「ま、近いうちにお前らも文化提供の一環を担ってもらうことになる。このキャンプが終わった辺りから正式に通達が入るはずだ」

「何をやるんだろう……」

「それはそうと――」

 ラムリアースは、唐突に真剣な顔つきになってラムリーザの顔をじっと見ながら言った。

「ヒーリンキャッツ家には気をつけろよ。俺らの事業を乗っ取ってこようとするかもしれん」

「彼女は苦手だからあまり関わらないようにしているよ」

「お嬢は手先のようなものだ、本体は他にある。フォレスター家だってお前は手先みたいなものだろ?」

「まぁ、そうなるかなぁ」

 確かにラムリーザは前線の町を経営しているだけで、フォレスター家の本体は当主のラムニアス・ミレニアム・フォレスター、帝国宰相であるラムリーザたちの父親だ。

「これは公には話されていないが、もともとフォレストピア――という名前はお前が考えたものか。最西端の新開地は、ポッターズ・ブラフ地方の領主であるヒーリンキャッツ家が取り仕切る話になっていたのだ。しかしそこに異を唱えてお前をねじ込んだのが、今の帝国宰相なのだ。宰相の一存で、その新開地はフォレスター家で発展させる事になった。非公式の話であり、記録には残っていないし公表もしていないが、こういった裏の事情が合ったりするのだよ。だからヒーリンキャッツ家には気をつけろ」

「なんでまたそんなややこしいことを――?」

「お前のためだよ。俺は父上の後を継げばいいが、お前の行き場所が無い。だからフォレストピアにお前の場所を作ったんだよ」

「そんなことしなくても……。僕は小さな屋敷でも与えてくれて、そこでソニアと二人で幸せに暮らしていけたらそれで十分なのに」

「そんな素朴なところがお前の良い所だな。あんな庶民チックな仲間がたくさんできるのも珍しいものだよ。仲間は大事にしろよ」

「分かってるよ、ソニアと家族の次に大事なのが、あの仲間たちさ。今ではレフトールもね」

 ラムリーザは、ラムリアースの前であえてレフトールの名前を挙げてみる。

「ふふっ、あいつか。一昨日あいつも一緒に船釣りに出かけたけど、じっくり話をしてみると粗暴ではあるがユーモアのあるやつだな。適当に番犬にしておけば十分使えるぞ」

「彼は自分でそう言っているけどね、番犬だの騎士だのね」

 ラムリーザは、兄がレフトールを許していることに安堵した。確かに敵として立ち塞がったけど、今ではもう仲間なのだから、兄も過去の事は水に流してくれたら助かると思っていたのだ。

「まぁあいつも誰かの刺し槍でお前を襲ってきたのだろうな。あいつは話してくれなかったけど、俺にも隠すとなるとそれなりの大物、となるとヒーリンキャッツ家の者しか考えられんな」

「まさかケルムさんがレフトールをけしかけて? 何の意味で?」

「憶測に過ぎないから、俺にもわからん。あいつもこれに関しては、いずれ時が来たら話すとしか言わないからな」

 そこでお話は終わった。気がつけば、太陽は天頂からすこし西へ傾いた所に移動している。いつのまにか午前中が終わっていたようだ。

「おーい、昼食にするぞ」

 ラムリアースの合図で、一旦砂金集めは中断して、ここの作業員が使っている食堂へとお邪魔するのであった。

 

 食堂で食事中、ラムリーザは壁にかけられたある物に気がついた。

「あっ、あれは?!」

 ラムリーザはテーブル席から立ち上がると、壁の傍へと駆け寄った。そこには、一枚の石版が壁にかけられていたのだ。

「てっ、店主さんっ!」

 ラムリーザは慌てて店主を呼びつける。

「はいはいなんでしょう?」

「この石版は?」

「へえ、だいぶん前にここの川岸で見つけたものです。何か呪文のようなものが刻まれているので、魔除けにと思って飾っておるのです、はい」

「これを譲って――もらわなくてもいいか」

 ラムリーザは、持ち歩いているメモ帳を取り出して、石版に書かれた呪文を書き写した。

「えっと……、ムイルコベレトジシヨキマ……。やっぱり意味不明の文字の羅列だね」

 ラムリーザは、ひょんなところで石版の呪文を見つけ出したのだ。これはラムリーザにとって、砂金よりも価値のある発見だった。

 その一方で、ソニアはリリスたちと取れた砂金の量について優劣を競い合っているのだった。

 

 こうしてこの日は、日が西に傾くまで砂金集めに夢中になっていたのだった。

 そしてラムリーザとリゲルも、途中から見ているだけはつまらなくなって参加していた。

 終わったときに、みんな取れた量がバラバラだったので、ラムリアースは公平さの徳をフル活動させたのだった。

 まずは全員の砂金を回収して、ここの作業員が砂金を集めている場所へと持ち込む。そして今度は同じ量ずつ、みんなが集めた砂金よりも多くの量を買い取る。そして目薬サイズの透明な小瓶に分けて、全員に配ったのだった。

 みんな同じだけ、採ったよりも多くの砂金をプレゼントしてもらえて、よい土産ができたと満足そうだった。しかし、ラムリアースのちょっとしたいじわるも発動。

 配ってもらうのが一番最後になったソニアの目の前に、ラムリアースは砂金の入った小瓶を差し出す。

「ほれっソニア、あげようか?」

「早く頂戴!」

 ソニアは手を伸ばしてラムリアースの持っている小瓶を取ろうとするが、ラムリアースはその手をひょいとかわすと、その小瓶を空に掲げ挙げたのだった。

「ほ~ら、あげたぞ」

「ふえぇっ!」

 くだらぬな、ちゃんちゃん。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き