一発芸大会? プロレス大会?
8月8日――
今夜は一発芸大会。
朝一番で決まって、今日一日で何ができるようになるのかわからないが、夕方を過ぎた頃からなにやら砂浜に集まって何かを作っている集団もあった。よく見れば、島民も何人か手伝いに来ている。
「一体何をやっているのだい?」
ラムリーザは気になって、陣頭指揮を取っているジャンに尋ねてみた。
「すげーだろ、プロレスリングを作っているんだ」
「プロレス? なんでまたそんなことを?」
「レフトールがやろうって言い出したんだ。それを聞いて俺もやってみたいなってな、島から丁度良い素材を集めてリングを組み立てているんだ」
確かに良く見てみると、プロレスリングっぽい。
周囲には四つの鉄柱が立てられていて、その間に少し高くなった場所に板を張っている。この辺りは島にある素材で流用できたらしいが、ロープは太目の縄が使用されていて少し格好が悪い。
「すごいな、僕もプロレスにしよう。隠し芸とか一発芸じゃないけど、プロレス大会でいいや」
「俺も出ることにした。プロレスらしいプロレスを見せてやる」
「よしレフトール、僕が相手だ」
「なっ、ラムさんと? まぁプロレスならガチんこやらないから無茶しないでくれよ」
「お互い様にね」
一方女性陣は、あまりプロレスはやらなそう。しかしこのリングは、一発芸を披露する舞台として丁度よさそうだ。
ミーシャなどは、リングの上でダンスを疲労する、などと言っている。
「これではまるようだったらさ、フォレストピアにプロレスジム作ってやろうぜ。プロレスの戦い方を学んでやる」
なんだかジャンは楽しそうだ。
「フォレストピア・プロレス旗揚げ?」
「んー、ひねりが無いなぁ。エンシェント・ドラゴンズ・プロレスとかどうだ?」
「レスラーはみんな竜族という設定なのね」
「待てよ、それだと色物になってしまう。やっぱり王道がいいかな」
ジャンはそこで腕を組んで考える。
「フォレストピアだけでなく、ユライカナンのレスラーも集めてやるから、世界的である感じが良いかもしれないよ」
ラムリーザのアドバイスで、ジャンは「それなら国際プロレスかな――」と言いかけて、「地味だ、名前はあとで考えておく」と締めくくった。
そこにソフィリータがやってきて、「私もやってみたいです」と言い出した。
プロレスの話に乗ってくる人は、一発芸を思いつかなかった人だろうということは、この際触れないことにしておこう。
「相手は誰? ロザリーンとか?」
「いえ、私はちょっと……」
ロザリーンはしり込みしてしまう。格闘技は、それほど得意とはしていないのだろうか。ハッキョイのリーグ戦では優勝したけどね。
「あたしが相手する!」
そこに飛び込んできたのはソニアだった。
「いや、お前Lはプロレスって身体じゃないだろ?」
「何よ、それだったらドロヌリバチもあまり鍛えてないじゃないのよ」
「おっ言ったな? 俺は内部筋肉が優れていて、外からは分からないが内側はガチガチに鍛えられているのだ」
「むー……」
ジャンの謎理論で、ソニアは納得してしまった。何故ソニアがジャンのことをドロヌリバチと呼ぶのかは、当人にしかわからないことだ。
「別にソニア姉様でいいですよ。プロレスはガチではなくてショーみたいなものですから。それにソニア姉様は何かと頑丈ですから」
「頑丈なおっぱいのふえぇちゃん」
ジャンはソニアを変な呼び方をして、無用な争いを生み出してしまうのだった。
「それよりもさー、みんなこっち向いてー」
今度は何やらミーシャがビデオカメラを持ってうろうろしている。マトゥール島でのキャンプの様子を記録に残しているそうだ。
「また媚び媚び娘が生命カメラで霊魂抜き取ってる!」
「ふえぇちゃん笑ってー」
「誰が笑うか!」
ソニアが怒鳴った瞬間、そこにリリスが後ろから抱え込むように抱きついてきて、ソニアの胸を揉み始める」
「ふっ、ふえぇっ!」
「こらこらまた変なことをする――って、なっ?!」
リリスを止めようと向かうラムリーザを、カニバサミで転倒させるジャンであった。
「よっしゃ、押さえていろよー」
そこにレフトールが駆け込んできて飛び上がり、ラムリーザに肘打ちを仕掛けた。しかしラムリーザはうまく身を捻り、レフトールは砂浜に打ち付ける自爆攻撃をすることとなった。
既にプロレスは始まっており、それらの瞬間はミーシャのカメラにしっかりと収められていたのであった。
日が沈み、リングの周りにかがり火を並べて明るくし、いよいよ一発芸大会かプロレス大会か、ごっちゃになっているイベントが始まった。
司会進行役を引き受けたジャンが、リング上に立って進める様は、まるでラムリーズの公演を見ているようだ。
「会場にお集まりの皆さん、こんばんは! これより第一回隠し芸大会を開始します!」
会場に集まっている人は、ラムリーザたちの一行の他は、島民が数人見ているだけのなんとも寂しいものだ。それに、いつの間にか一発芸が隠し芸に変わっている。
ジャンの決めた順番で、まずはロザリーンとユコ、ユグドラシルとリリスがリングに上がり、ロザリーンのオカリナを主体とした音楽が披露された。ロザリーンのオカリナは自前のものだが、ユコのキーボード、リリスとユグドラシルのギターは島から借りてきたものらしい。
続いてミーシャとリゲルがリングに上がり、リゲルのギターを伴奏にしてミーシャが踊る。
この踊り子ちゃんとリゲルのコンビ、彼らの二年より前を知らないラムリーザやジャンには馴染みはないが、ユグドラシルなどは昔から何度か見かけていた光景だった。
そしてここから、一発芸大会の雰囲気がガラッと変わっていく。
「それではふえぇプロレスの旗揚げマッチを行います!」
ジャンの適当につけた団体名でのプロレス旗揚げ戦が始まった。
「なんやそのふえぇプロレスは、弱そうな団体だな」
ラムリーザは小声で突っ込んだ。一方ふえぇの自覚が無いソニアは、キョトンとしているのだった。
「それではオープニングマッチ! 青コーナーより銀の金槌、マックスウェル・シルヴァーハンマーの入場です!」
入場テーマなどという洒落たものは用意されていなかったが、マックスウェルはゆっくりとリングイン。
「赤コーナーより、青春のエスペランサ、ジャン・エプスタインの入場です!」
ジャンはマイクを投げ捨てると、リングを転がって降りて、マックスウェルの対角側からリングに入りなおした。わざわざコーナーポストを昇って飛び降りるという無駄な行動を付け加えて。
両者、リング中央でガッチリと組み合う。
「こういうのって実況中継あるよな」
リングサイドで観戦していたレフトールは、ラムリーザの傍によってきて言った。
「だな、ソニアとリリスは実況プレイが好きだったみたいなので、やってもらおうか」
「実況プレイなんか知らないわ」
リリスは真顔で答える。やはりゲーム実況プレイは、完全に歴史の闇に葬り去られているようだ。
「あーっと、最強のマックスウェルが、糞雑魚のドロヌリバチ・ジャンと組み合っています! 会場のオッズでは、マックスウェルの12に対してジャンはマイナス2! 120%ジャンが負けます!」
一方でソニアはマイクを持って、調子に乗って声を張り上げている。なんだかいろいろと間違えているみたいだが、ジャンに負けろと言っているのだけは分かる。
ジャンのドロップキックは空振り、マックスウェルのラリアットは空を切り、ロープに走ったジャンは、縄のロープが背中に食い込んで悶絶する。
これではプロレスをやっているのか、何だかよくわからない別物をやつているのかわからない。素人が遊びで好き勝手にやると、こんなものだという良い例だろう。専門用語を使えば、スイングしていないとでも言うのだろうか。
「あーっと、チャンピオンのマックスウェル優位に試合を展開していますっ!」
その間、ソニアは大声でまるで偏向報道のようなマックスウェル贔屓の実況が続いているのだった。
「殴って悪し、蹴って悪し、飛んで悪しのドロヌリバチ・ジャン! 貫禄のある王者マックスウェルの猛攻にたじたじっ!」
実際にリングの上では、うずくまったジャンにマックスウェルはストンピングの嵐。たまらずジャンは場外に転がり下りた。
「あーっとジャン、敵前大逆走でありま――、ああっ放送席に乱入! このままでは実況が続けられない、悪党ジャンが放送席に乱入! これはいけませんねぇ、解説のラムどう思う?」
「は?」
突然話を振られてラムリーザは固まる。目の前では、ジャンとソニアがマイクをお互いにつかんで引っ張り合いをしているだけだ。
「あっ、ジャンが何か取った。なんか小さな袋に入った赤いのを取った。放送席を離れてリングに戻っていきましたー」
ちなみに放送席など無い。ソニアはリングサイドにラムリーザと並んで、マイクを持って騒いでいるだけだ。
ジャンはリングの外からコーナーポストに登り、そのまま何もせずに飛び降りてリングイン。その瞬間を見計らっていたかのように、マックスウェルのラリアットが今度は命中。
倒れたジャンに、マックスウェルは上から覆いかぶさってフォール。しかしレフェリー役を設定していない!
そこにミーシャがリング内に飛び込んで、スライディングカウントを慣行。ツーカウントでジャンはマックスウェルを跳ね飛ばした。
そこにリゲルもリングに入った。そしてミーシャに一言二言何かを言ってから、ミーシャをリングから下ろさせる。リゲルは残っているので、どうやらミーシャには危ないと判断したリゲルがレフェリーを引き受けたようだ。
ちなみにソニアの実況は「あーっと、リゲルが乱入してジャン対マックスウエル対リゲルの三つ巴マッチになりました」と現実を語っていない。
ジャンは起き上がって、マックスウェルを素早くヘッドロックの体勢に固める。ジャンは何かをマックスウェルの耳元でつぶやいているようだが、気にしない。
「あーっと、ジャンのまぐれ攻撃が極まっています。ギブアップしたほうがいいぞーっ」
偏向実況は未だに続いている。
マックスウェルはヘッドロックから逃れると、場外に転がり落ちた。
「チャンピオン、一旦引いて戦況を整えます。ジャン死ね」
そこでジャンは、ラムリーザに何か指示を出した。ラムリーザはすぐにその意図を読み取って、ソニアからマイクを取り上げた。
「あっ、マイク取られた! ラム返してよーっ」
「僕が実況する。マックスウェル、リングに戻りました。ん? 何かを隠し持っているみたいだぞ?」
偏向実況ではないが、勢いの無い淡々とした実況に切り替わった。
リングに戻ったマックスウェルは、ジャンをロープに振ると見せかけて、レフェリーのリゲルにぶつけてしまった。ジャンとリゲルは揃ってリングに転がる。
マックスウェルは、左手でジャンの髪をつかんで引き起こすと、右手を掲げ挙げた。手に持っている金物が、かがり火の明かりを反射してキラリと光った。
銀色の金槌だ!
マックスウェルは、金槌をジャンの額に叩き付けた!
ジャンは額を抱えてのけぞる。その指の間から、かなりの量の赤いものが――
リングサイドは一部騒然となった。
ユコなどは悲鳴を上げるし、ミーシャなどはすごーい! と目を輝かせる。
実況は完全に止まってしまい、離れた位置で見ていた少数の島民はざわついた。
ジャンは額を真っ赤にし、顎からポタポタと赤いものを垂らしながら、リングに転がった。マックスウェルは、素早く金槌をリングの下に落として知らぬ振りをしている。
そこでレフェリーのリゲルが起き上がって、ジャンの先頭不能を告げて試合を終わらせてしまった。負傷レフェリーストップで、マックスウェルの勝ちだ。
だがそれどころではない。
ユグドラシルやロザリーンはリングに駆け上がり、頭から血を流して倒れてしまったジャンに駆け寄る。ミーシャも上がってきて、血まみれジャンを嬉しそうに眺めていた。ちょっと怖いぞミーシャ。
しかし、この惨劇を引き起こしたマックスウェルも、レフェリーを引き受けていたリゲルも平然としている。
その様子に違和感を覚えたラムリーザは、マックスウェルが落とした金槌を拾いにいった。それは、本物そっくりにできた軽い物質でできたおもちゃだった。
「おいっ、気をつけろ! 何かあるぞっ!」
ラムリーザは、心配そうに覗き込むユグドラシルたちに忠告したが、少し遅かったようだ。
「脳みそをくれぇ!」
ジャンは真っ赤な顔をしたまま突然飛び起きた。これにはユグドラシルとロザリーンも驚いて後ろにのけぞった。ユコなどはまた悲鳴を上げ、リングから数歩下がっていった。
ミーシャはきゃっきゃと騒ぎながらリングを逃げ回り、それをジャンは面白そうに追いかける。
既にリングの上は、わけのわからない状態になっていた。
周囲が落ち着いてから、ジャンは濡れたタオルで顔を拭きながら笑っていた。
額に傷などどこにもなかった。
「どうだ、俺の一発芸驚いただろう」
どうやらジャンは、プロレスと言う隠れ蓑を使って、大怪我をするといったドッキリを見せ付けたようだ。プロレスは王道が良いといった意見は、何処へ行ってしまったのだろうか。
「趣味が悪すぎるですの!」
人一倍驚いたユコは、一人憤慨している。
「ゾンビ度80点」
謎の採点をするミーシャも居る。
「マックスウェルもナイスな演技だったぜ」
ジャンとマックスウェルは、お互いにハイタッチして健闘を称えあっている。
「あたしジャンが赤いのなんか持ち込んだの見てた!」
ソニアは、一人真相を知っていたとでも言わんばかりに、ジャンのトリックの元ネタみたいなものを言う。しかしジャンも平然としたものだ。
「次はエルの試合だからな。俺の試合よりも、もっと盛り上がる試合を期待するぜ」
それを聞いて、ソニアはむっとして口をつぐむ。そして対戦相手のソフィリータの方を振り返った。ソフィリータは流血騒ぎにもそれほど驚いていないようだ。
こうして一発芸大会は、プロレス大会へと変わるかに見えたが、やはり一発芸大会のまま進んでいくのであった。
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