意味があるのかどうかわからないパレードをやってみたり
8月20日――
この日の朝、ラムリーズのメンバーは大きな部屋で全員一緒に朝を迎えることとなった。昨日の事件が原因で、特に女性陣が個室で別個に泊まる事に反対したわけだ。
夜更けに大急ぎで布団などを一つの部屋に移動して、まるで修学旅行の宿泊のような雰囲気を作り上げていた。そうすることで、安心を得ているわけだ。
他人の目があっては同衾もできぬと、ミーシャが同じ布団に入り込んでこようとすると、リゲルは「こらっ」と言って追い返していた。その一方で、ソニアは当たり前な顔をしてラムリーザの布団にもぐりこんでくるのであった。
今日はライブは休みだが、朝からパレードが予定されていた。
ラムリーザはジャンに「自分たちはそこまで大物じゃないのにパレードなんて」と反対したが、「友好親善国の領主が小物なわけがないだろうが」と一蹴されて決行することになった。
ただし昨日の今日なので、警備体制をより強化させるということもあり、予定よりも開始時間は二時間程遅らされる事となった。
昨日の事件の後、レイジィから帝国本土の方、主にラムリアース宛に連絡が飛び、そのラムリアースの命令で帝国からも護衛の増員を派遣させ、ユライカナン自体の警備も増強せよとの指令が下ったのだ。
そして捕らえられた暴漢は、ラムリアース主導で尋問が行われているという。
「これで三人目か……」
「え? なんだって?」
ラムリーザのつぶやきに、ジャンは素早く反応した。
「なんでもな……、僕は君の事が好きだと言ったのだ!」
「気色悪い変なことを言うな!」
ラムリーザには初めての事ではないのである程度余裕が有り、そのことを知っているジャンも、いつもどおりラムリーザと軽口を叩き合っている。
「ふふっ、臆病者が」
そしてソニアは、朝から口数の少ないリリスやユコを煽っている。一番恐怖を感じたのは、やはりこの辺りだった。
「なんですの……、あなたは怖くないの?」
「いちいちこんな怖がっていたら、ラムの恋人なんて務まらないよ。さっさと寝取るの諦めたらいいのに」
「くっ……」
リリスとユコは、これ以上ソニアにでかい顔をさせておくことも癪なので、なんとか平静を保とうと努力していた。
「でも去年、レフトールが襲い掛かってきた時、あなたすごく焦っていたじゃないのよ」
リリスは去年のことを思い出して、ソニアに反撃を試みる。
「だってあの時はレイジィもソフィーちゃんも居なかったし」
しかしソニアも、しっかりと対処してくる。これにはリリスも黙るしか無かった。
「そう、思えばあの時期が一番危なかったし、狙うならあの時期だった……」
「え? なんだって?」
再びラムリーザのつぶやきに、ジャンが反応する。
ラムリーザは、ソニアの言ったことを聞いて、護衛を置かずにポッターズ・ブラフで生活していた時のことを思い出した。初めての地で生活することに気を取られていて、基本的なことを忘れていたのだ。むしろ、そのような時だったからこそ、護衛が重要な時期であったにも関わらずだ。
「護衛も無しに、クリスタルレイクまでよく遊びに行ったな、と思っただけだよ」
「むっ、来年はそこでキャンプな。俺行ってないし!」
だが今はもう大丈夫。護衛のプロであるレイジィが、ラムリーザの生活の妨げにならないようにうまく潜みながら、常に周囲に気を配っていた。
パレード開始までの待ち時間、気を取り直したリリスとユコは、ソニアと一緒に再びホテル内のゲームセンターに遊びに行っていた。
今をときめく流行の最先端となっているバンドのメンバーであっても、実態はただのゲーム好きだった。
まだフォレストピアには流れてきていないゲームを楽しんでいた。なんだか風船を背負った人が、同じく風船を背負った敵の風船を攻撃して撃墜させれば勝ちというルールのようだ。
最初は協力して敵を退治していたが、操作ミスでソニアがリリスの風船を割ってしまって以後は、壮絶な同士討ちの戦いが繰り広げられることになってしまっていた。
ソフィリータとミーシャは、ビデオカメラ片手にホテル内をあっちに行ったりこっちに行ったり、投稿動画のネタ探しでもしているのだろう。
一方リゲルとロザリーンは、ホテルのロビーラウンジでソファーに腰掛けて割りと真面目な会話中。
「私たちも、将来的にこういうことに慣れていかないとですね」
「ああ、首長というのもこういったことは大変だな。今のうちに、フォレスター家に取り入って保護を受けたほうが賢明だな」
「リゲルさんは、フォレスター家に?」
「うむ、マトゥール島を見てきたことで、考えを強化することにした。フォレスター家は、帝国から独立しようとしたらできる力を持っている。これが何故宰相の地位に留まって満足しているのか――、ラムリーザの父親はお人好しなのか……」
リゲルは、マトゥール島周辺に眠る莫大な資源を見てきた。この資源は、一つの国を形成させることも可能なものだ。それが、フォレスター家の管理下にあるのだ。
「重要なことを忘れていますよ。ラムリーザさんの母親は、皇帝陛下の姉君であらせられます」
ロザリーンの一言に、リゲルは固まった。
少しの間沈黙が流れた後で、ようやくリゲルは口を開いた。
「……それは壮絶な見落としだった、いろいろと納得したぞ。親父から実権を引き継いだら、積極的にフォレスター家に取り入ろう。しかし奴も先見の目があったというわけか……」
「誰です?」
「レフトールだ。あいつは誰よりも早くラムリーザに取り入ろうとしてきた。元々ケルムの配下だったのを、あっさりと乗りかえてな」
リゲルは一つ大きく息を吐いて、ソファーの背に大きくもたれかかって大きく伸びをした。
その一方で、ラムリーザはジャンと共に、これから行われるパレードの打ち合わせを念入りにしているのだった。
結局パレードの開始は大幅に遅れ、昼食後の開始となった。
メンバーは、バスのような乗り物に案内され、その屋上に登った。そこは手すりのようなもので囲まれていて、周囲からよく見える場所だった。
「やりすぎだろジャン!」
ラムリーザは、あまりにも本格的な設備に戸惑い、立案者のジャンを問い詰めた。これではまるで、何かの大会で優勝したような行進だ。
「いいんだよ、人集まっているだろ」
しかしジャンは、どこ吹く風だ。
ジャンの言うとおり、ホテルの駐車場から出た場所から、既に人だかりだった。ざっくり見た感じ、まだ学生と見える人が全体の半分以上ほとんどで、残りは大人以上の人と警備員の人が半々程度。
「警護がやたら目につくな」
「昨日の今日だし、警備体制が三倍になったらしい」
警備員のガードで、バスの5メートル以内には入れないようになっている。さらにラムリーザたちと同じ屋根の上では、隅の方にレイジィが控えている。
最初ミーシャが馴れ馴れしくレイジィに近寄ってカメラを向けようとしたが、素早くリゲルはミーシャの手を引っ張って引き剥がした。
「警護の人に関わってはいけない。邪魔をするんじゃないぞ」
「はーい」
なんだかんだとミーシャはリゲルに素直であった。
ミーシャは逆に、観衆の方へとカメラを向ける。撮影者と被写体が逆転しているような気がするが、気にしないでおこう。
パレードのバスは、大通りをゆっくりと南の方へと進んでいった。
ソニアはいつものように、不思議な踊りに必死になっている。妙な光景だ。
しかしリリスとソニアは戸惑っている。ユコなどは、フラフラとラムリーザの傍へと近づいてもたれかかった。
「どうしたユコ、疲れたか?」
「いえ、こんなところで私たち、どうしたらいいんですの?」
ラムリーザはくすっと笑って、ユコを引き剥がしてしっかりと立たせてから言った。
「簡単だよ、笑顔で手を振っていればいいのさ」
ラムリーザは右腕を掲げ揚げた。すると観衆がワッと沸いた様な気がした。それを見てユコも、顔を赤らめながら手すりの傍で小さく縮こまって手を振ってみるのだった。そして「やっぱり場違いすぎますの」とつぶやくのだった。
一方リリスは、すでに目立つことは諦めて、後方へと移動してぼんやりと遠く離れていく観衆を見つめていた。
リゲルはと言えば、最初から観衆の前に姿を晒すのは避けているらしく、屋上の床に座り込んだままで全然顔出しをしていない。
ビデオ撮影に飽きたミーシャは、カメラをソフィリータに渡して続きを撮影させ、自分はソニアに合わせて同じ踊りを踊りだした。不思議な踊りが二人、妙な光景が奇妙な光景へと進化した。
ロザリーンはある程度しっかりしているのか、最初から愛想笑いを浮かべて観衆に応えている。首長の娘だけあって、人前に出ることにはしっかりと慣れているようだ。
「それで、このイベントは何の意味があるのだ?」
ラムリーザは笑顔で観衆に向けて手を振りながら、隣に居るジャンにそのまま話しかけた。
「アイドルというものは、こうしたパレードみたいなツアーをやることがあるだろ? それを真似て再現してみただけだぞ」
ジャンが言うには、どうやら思いつきで試してみただけらしい。
「馬鹿な、誰がアイドルだ? もしも観衆が集まらなかったらどうするつもりだったんだよ? という彼らは本当に観衆か? ひょっとしてほとんどサクラとか――?」
「んなわけないだろ。一応最初に出したレコードは、ユライカナンのヒットチャートで十七位という結果を出したんだぞ」
「それもジャンが買い占めて出た結果だとリリスたちは噂しているぞ」
「それをやるなら一位にしていたさ」
「いや、それだとあからさまだから、適当な順位でお茶を濁したとか」
「だったら十七位という中途半端な場所じゃなくて、七位とかラッキーセブンめざしていたさ」
「そもそも帝国でオーディションも受けていない、非公式なバンドがこんなことやっていいのか?」
「甘いな、これはバンドの活動のように見えるが、半分はそうでももう半分の真の意図とは違う」
「何だそれは?」
「ユライカナンとの交流イベントの一環だ。領主様のお披露目会なのさ」
「う~む……」
ラムリーザは、ジャンにうまく丸め込まれたようだ。
「いずれは逆に、ユライカナンの方から人気バンドを呼んできて、パレードをフォレストピアでやるかもしれないからな」
ジャンの理論が正しければ、いずれそんなイベントも発生するはずだった。
ただし、「そのためにはまずはうちの店で公演を開いてもらう必要があるがな」と追加した。商魂たくましいというかなんというか、である。
「それにしても警備員の列が途切れないな、いったい何人集めたんだ?」
「ずっと同じ場所で警備しているわけじゃないさ。バスが通り過ぎてしばらく進めばそこはもう警備する必要がなくなるので、手の空いた警備員は別の車で素早く移動して先の警備に移動するわけさ」
「なるほどねー。あーもう手を振り続けるの疲れてきた」
最初から手を振るのを放棄しているのも数人居る中、ラムリーザは律儀にも観衆に応え続けていた。
「だめだ、これはお前のためのパレードだ。いずれは逆のも計画するが、今はお前ががんばれ」
「一番がんばっているのはソニアだけどね」
そろそろ30分を過ぎようとしているが、ソニアはまだ不思議な踊りの真っ最中。もうしばらくしたらダウンするだろう。そしてまた筋肉痛騒ぎか……
そこでラムリーザは気がついた。
「ひょっとして明日は公演だよな?」
「ああ、スケジュールではそうなっている」
ジャンに確認を取ってから、ラムリーザは手を振るのをやめてソニアの方へと向かっていった。そして踊っているソニアを捕まえると、そのまま自分の傍まで引っ張った。
「なっ、何?」
「明日筋肉痛で倒れられたら困るから、ダンスはこれでおしまい」
「えー? あたし踊ってない」
ソニアの一言に、ラムリーザは絶句する。やはりあの行動は無意識のうちにやっていることだった。逆に言えば、無意識のうちに適当に踊っているものをコピーするミーシャは大したものだと言える。
「ほら、観衆に応えて手を振って。ほら、あの人はソニアに向かって手を振っているよ」
「えっ? どこどこっ?」
ソニアは手すりから身を乗り出して、ラムリーザが示した方向へ手を振り出した。
ラムリーザはそれを見て、これなら問題は無いかと、あとはパレードが終わるまでソニアが踊りださないように監視しておくのだった。
バスは地方都市サロレオームとその隣の町をぐるりと一周して、夕方前まで続くのだった。
ラムリーザは、これに意味があるのかどうかまだよくわからなかったが、それなりに盛り上がったので良しとした。運営は全部ジャンに丸投げだ、任せてしまおう、そう考えているのだった。
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