文化祭実行委員会議
10月11日――
この日の放課後、教室の一角に集まって第一回文化祭実行委員会議が開催されようとしていた。
メンバーはレルフィーナを筆頭に、強引に指名されたラムリーザ、ラムがやるならのソニア、ソニアに引っ張り込まれたチロジャル、それを守ろうと飛び込んできたクロトムガ、レルフィーナのクラスに馴染んでもらおうの計らいで加えられたフィルクルの六人がい実行委員のメンバーだ。
レルフィーナは座席をコの字に並べ替えようとして、この教室の机と椅子は一体化していて、しかも床に固定されていて動かないのに気がついて、う~んと首を捻った。
「どうもこの教室は、小さな会議をするのに向かないなー」
「だったら軽音楽部の部室に行くか? あそこなら備え付けのテーブルがあったよ」
というわけで、急きょ場所移動。六人は部室へと移動した。
「それでーはっ、第一回文化祭実行委員会議をはじめまーすっ」
テーブル席に、六人は囲むように座った。
一番奥側の席に議長のレルフィーナが座る。そこから左右に向かい合うように、ラムリーザとソニア、クロトムガとチロジャルが並び、レルフィーナと向き合う形になる入り口から近い席にフィルクルが座った。
「まずはじめにー、クラスメイトだし今更かもしれないけど、委員会メンバーの親睦を深める意味で、改めて自己紹介しようと思いまーす」
レルフィーナは、これはラムリーザたちのためではなく、転校生のフィルクルを気遣っての物だった。クラスで人気者のレルフィーナは、それ相応の人を思いやる意識に長けていた。ただし今回の問題は、個々の人間関係にまでは気が回らなかったことだろう。
「まずあちきから、あちきはレルフィーナ・ケプラー。趣味はカラオケで、好きな食べ物はクロカンブッシュ。将来はより良い自分に近づくために、文化祭のようなお遊びではなく本当のカラオケ喫茶を経営したいと考えています。はい次っ」
お遊びと評されてしまったが、ラムリーザたちにとって一日中演奏するのはそれなりの重労働であった。それでも学生が集まってわいわいやるお遊びであることには変わりないので、ラムリーザはそのまま流しておいてやることにした。
「えーと、ラムリーザ・フォレスターです。趣味はドラム演奏、あと少しゲーム遊び。だけど本当に好きなのは昼寝かな。好きな食べ物はひまわりの種で、将来の夢は、フォレストピアを世界一の街に創り上げることです。以上っ」
ラムリーザが自己紹介を終えたとき、どこかから「ふんっ」と鼻を鳴らす音が響く。しかし誰も、気に留めていない様子であった。
「あたしソニア・ルミナス、帝国女爵閣下。趣味はゲーム、対戦で勝つ事が好きです。好きな食べ物は豆乳――は飲み物かー。チョコレート! 将来の夢は、ラムのお嫁さんです」
一部突っ込み所のあるソニアの自己紹介。本気で女爵を名乗り通すようだ。男爵の女版と捕らえてやるなら、閣下でもいいだろう。しかしチョコレートとは大きく出すぎ、通常は手に入らない物を選んでいる。
「クロトムガ・トンボー、チロジャルとは幼馴染。趣味は――、趣味とか必要か?」
「あるなら聞きたいなー」
レルフィーナは、仲間の様子を知りたがっていた。
「わかったよ、趣味は料理だ。将来もより良い自分に近づくために料理を生かした仕事をやりたい」
「あはっ」
突如笑い声が上がった。見るとソニアが口元を押さえて、目をきょろきょろとさせている。
「なんだこら」
クロトムガは、自分の趣味を笑われてソニアを睨みつける。
「だってクロトムガ、料理って顔してないじゃん」
旗色が悪いと悟ったのか、ソニアは開き直って無茶苦茶なことを言ってくる」
「料理はツラでやらねーよ。チロジャルの弁当も俺が作っているんだぜ」
チロジャルは恥ずかしそうにうつむき、ソニアは大笑い。
「面白いのーっ、あっはっはっは――」
しかしすぐに、ラムリーザやレルフィーナ、クロトムガの蔑んだような視線に気がついて、気まずそうにしおしおとうなだれた。
ソニアみたいな奴が居るから、いつまでたっても男女平等にはならないものである。
「なんだお前は? 人の事を笑えるぐらい自分は料理ができるのか?」
「せそ汁作った! ラムもおいしいって言ってくれた!」
「なんやそれ」
残念ながらソニアの功績は、まだ一般には広まっていないユライカナン料理では伝わらなかったようだ。
「口論はそこまでー、次チロジャルさん」
レルフィーナの司会進行は適格だ。ほっとけば延々と口論を続けるソニアを制して、話を先へと進めた。普段はラムリーザなどが放置するから、ソニアはリリスと喉がかれるまで口論を繰り広げる。そしてたいていソニアが「ふえぇ」とやり込められるか、最近ではリリスがブタガエンを振りかけられるまで続いていた。
「ち、チロジャル・プルンピーです。皆さん、お手柔らかにお願いします」
「好きな食べ物は何なの?」
短い挨拶をなんとか終えたチロジャルに、ソニアはずけずけと質問を浴びせかけてくる。
「ぜっ、ゼンマイ仕掛けのまくわうりです」
「珍しいものが好きなんだ」
などと、嗜好品の中の嗜好品であるチョコレートを挙げたソニアが言う。チロジャルの言ったものは、まくわうりという果物をベースとした、帝国に古くから伝わる郷土料理だ。ひょっとしたら劇のように、帝国建国前から原住民の間で広まっていたものかもしれない。
「ああ、それは俺も得意とする料理だぞ。作り方教えてやろうか? まずはまくわうりをゼンマイ状に――」
「三分間ホラークッキングはまた今度、次はフィルクルさんよ」
話が長くなりそうなので、レルフィーナは素早くクロトムガの話に割り込んで止めさせた。
「ホラーじゃねーよっ」
すぐに不満を言ってくるが、レルフィーナも「あちきも食べてみたいから今度作ってきて。講釈よりも物品でっ」との言葉で一応は納得したようだ。
「はいどうぞ」
レルフィーナはフィルクルに自己紹介を促す。
「フィルクル・ナンワキ、です」
フィルクルは、遠慮がちに名乗る。ただし名乗っただけで、次が出てこない。
「好きな食べ物は何なの?」
だからソニアは、チロジャルの時と同じように、馴れ馴れしく声をかけた。先日ラムリーザに噛み付いたことは、忘れているようだ。風船割りゲームも、風船のことを忘れて数日後には普通にプレイしていたからそんなものなのだろう。
「七面ちょ――って、あんたに教える必要ないね」
「あっ、七面鳥のお肉おいしいよね。ラムが熱いのダメだから、冷たい七面鳥とかよく食べるよ」
フィルクルは眉をひそめて、馴れ馴れしいソニアの顔を睨みつける。
「ソニア、口を挟んじゃダメだよ。フィルクルさん困っているだろ?」
ラムリーザは、フィルクルの方に乗り出しているソニアを引っ張って戻す。そして「フィルクルさんごめんよ、ほら続けて」と言った。
「ふん、言い人ぶってもあんたみたいな人間の本性知っているんだから」
しかしフィルクルは、ラムリーザから顔を背けてそう言い放った。
「それでは第一回文化祭実行委員会議を始めます」
すぐにレルフィーナの、本日二度目の開催宣言がなされた。レルフィーナとしては、あまり話をしたがらないフィルクルに気を使っただけで、本題はここからだ。
「二度目の宣言した」
空気を読まないソニアが突っ込むが、レルフィーナはソニアの方にベーッとべろを出してしかめっ面をしてみせただけだった。いわゆる、あっかんべという奴だ。
「出し物は先日決めたとおり、カラオケ喫茶で行くことにします。お題が決まっているだけで、具体的な活動内容は決まっていません。本日の会議はそれを決定するためのものです。諸君の活発な提案と討論をあちきは希望します」
レルフィーナは一気にまくし立てて、得意げに一同を見回した。ソニアはじっとレルフィーナを見つめている。ラムリーザは大あくびをして、レルフィーナに頬をつねられた。チロジャルはうつむいたままで、クロトムガはぼんやりとラムリーザとレルフィーナのやり取りを見つめていた。
「だるいな、休憩所でいいよ」
口調は活発ではないが、最初の提案をしたのはフィルクルだった。
「それは具体的な出し物が決まらなかった、やる気のないところが仕方なくやることなの。というわけでラムリーザ」
「はい?」
「あなたたちが根幹を支えることになるから、今年は去年よりもさらに選曲を増やしてね」
「そ、それはユコ次第かなぁ」
基本的に、ラムリーザたちのグループであるラムリーズの音楽は、オリジナルは皆無でユコがコピーした楽譜を元に演奏している。元々ユコは耳コピして楽譜を作るのが趣味なので、去年の文化祭から一年経過しているのでそれなりに曲は増えていた。中にはユコのオリジナルサウンドがあるのだが、それなりの歌詞を書けるメンバーが居ないため、オリジナル曲が演奏されることはない。
「ちぇっ!」
レルフィーナとラムリーザが会話をしていると、フィルクルが大きく舌打ちをする。レルフィーナはすぐにそれに気がつき、尋ねた。
「どうしたの?」
「結局この会合も、貴族の機嫌取りじゃないか」
レルフィーナは、思いもしなかったことをフィルクルに言われて驚く。
「ええっ? 何それー?」
「あっ、こいつそんな奴だった、意味不明な奴だった」
戸惑うレルフィーナに、先日のことを思い出してとたんに悪態をつきはじめるソニア。会議場にいきなり不穏な空気が流れ始めた。
「素人のバンドじゃなくて、ちゃんとした名のあるグループを呼ぶべきだと思う」
フィルクルの意見に、一瞬場が凍りつく。去年の盛り上がりを経験しているレルフィーナには、思いもよらぬ意見であった。そもそも外部から人を呼ぶと、クラスとしての出し物の範疇を超えてしまう。
「ラムリーズはちゃんとした名のあるバンド! ジャンの店で堂々と演奏してる!」
唯一反論できたのはソニアだけだ。他の人はフィルクルに対して、この人何を言っているのだろう? といった感情だったのに対して、ソニアだけが言葉通りに捉えて反論したのだ。
「貴族の店で勝手にそうしているだけで、貴族が遊びでやっているだけ。どうせたいした実力も無いのに、貴族だからって周りから上手い上手いとちやほやされて調子に乗っているだけ。そんなのに任せられないと考えます」
フィルクルは一気にまくし立てる。それを呆然とした顔で見つめ返す一同。
「馬鹿みたい」
ソニアはぼそっとつぶやき、フィルクルは鋭い目つきで睨みつける。
「え……、えっと、去年のように客の注文を聞いて、それを演奏してもらって客に歌うことを楽しんでもらうことをコンセプトにして、今年はそれ以外の喫茶部分を強化しましょう」
流れを引き戻そうと、レルフィーナはフィルクルの意見をスルーして話を進めた。フィルクルの意見を取り入れていたのでは、コンセプトからひっくり返ってしまうので取り入れられないのだ。
「喫茶店もいいけど、軽食店でもいいぞ。俺が入ったのだから、料理の方面でも強化できるぞ」
ここで料理が趣味で得意だというクロトムガが話し合いを盛り上げる。
「あたしクロトムガが脇の下で握った饅頭とか食べたくないなぁ」
「気持ちが悪いことを言うな! ってか誰がそんなことするか!」
だがソニアが茶々を入れて、無用の言い合いが始まる。ソニアの発想は、いつもながらぶっ飛んでいる。想像するだけで気持ち悪い光景だ。
「はいそこ、気味が悪い会話は終わり。ソニアが又の間で饅頭を握るパフォーマンスを挟むことで解決。ところでラムリーザ、選曲どんな感じ?」
ソニアは何か言いたそうだが、レルフィーナはラムリーザに話を振ることでソニアの茶々をスルーすることにしたようだ。ラムリーザを味方につけておけば、ソニアの暴走は無視できる。しかし――
「この一年で演奏できる曲はだいぶん増えたよ」
「さっすがー、やるじゃんラムリーザ。これで今年もお客さんの心はわしづかみ」
「ほらみろ!」
レルフィーナがラムリーザと話をしている所にフィルクルが割って入った。
「フィルクルさんどうしたん?」
レルフィーナは、まだラムリーザとフィルクルの関係を知らないので、この時点では普通に聞いてくる。
「結局貴族の機嫌取りをしているだけじゃないか。どこもいっしょ、馬鹿みたい」
フィルクルは、相変わらずラムリーザ、というより貴族全体を嫌悪している。ラムリーザはその代表格として槍玉に挙げられているのだ。
「フィルクルさん、そんなに突っかかっているだけだと話し合いにならないよ」
それでもクロトムガは、冷静に諭す。ソニアの茶々もうるさいが、フィルクルのそれは周囲に不快感しか巻き起こしてなかった。ソニアの「脇の下」発言も不快だが、それとはベクトルが違う。
「これは平民の祭りでしょ? 貴族は大人しく屋敷に篭ってふんぞり返っていればいいんだ」
再び会議場に冷たい風が流れてシンと静まり返る。
「えーとラムリーザ、新しい曲は?」
「えーと――」
「ふんっ!」
レルフィーナは場の雰囲気を戻そうと声を出すが、フィルクルは完全に会議に否定的だ。議長のレルフィーナがラムリーザに話しかけてばかりに見えるのも、彼女の機嫌をより損ねているのだろう。
「なによこのピクセル! いちいちラムに突っかかって! みっともない! みっともないとすてーしょん!」
フィルクルの否定的な態度にブチ切れたのはソニアだ。ソニアにとっては恋人を理由も無く悪く言われているようなものなので我慢がならない。
理由と言えるのは、過去にフィルクルが貴族に酷い目に合わされたと予測できるぐらいだが、ラムリーザがやったわけではない。フィルクルがやっているのは、過去に一握りの人が悪さしたからと言って、無関係の現在の他人に謝罪や賠償を求めているのと同じだ。
それは悪さをされた当事者に言うべきであって、それ以外の人に罪を問うのはお門違い。まるで親の罪が子に及ぶようなやり口だ。
「ピクセルじゃなくてフィルクルなんだけど。それにあんたは貴族の犬だから同じような物、名誉貴族みたいなもの。犬は犬らしく地べたを這ってたらいいんだ」
「何をこの持たざる者! 面白く無い存在!」
「騒ぐなよ」
ラムリーザは、立ち上がって激昂するソニアを座らせてなだめる。しかしフィルクルに対しては何もいえないので黙っていた。何かを言ったところで火に油を注ぐ結果になるのは見えていた。
この問題は、ラムリーザには解決できないだろう。そしてラムリーザ自身も、苦労して解決する必要はないと考えていた。人は誰も、万人に好まれるということはありえないのだから。
「フィルクルさん、何故そこまでラムリーザに突っかかっていって邪魔をするのですか?」
さすがにレルフィーナも、フィルクルの態度に我慢できなくなって、不満を表した口調で問い詰めた。
「あんたも貴族の犬ね。貴族優先の会議、こんなくだらない会議意味が無いので先に帰らせてもらう」
フィルクルは席を立つと、荷物をまとめてさっさと部室から出て行こうとした。
「あ、ちょっと――」
レルフィーナが何かを言い出すのを待たずに、フィルクルは立ち去ってしまった。
部室には呆然とした三人と、怒りの表情を見せているものが一人取り残された。沈黙のまま少しの間時間が進む。
「えと、ラムリーザお前彼女に何かやったのか? 機嫌直してもらうとかできんの?」
クロトムガは、遠慮がちにラムリーザに問いかける。傍から見れば、一方的にフィルクルがラムリーザを嫌っているようにしか見えない。
「ラムはなにもやってない!」
「強いてあげるなら、教室でぶつかりそうになったことかな。その時は謝ったけど、どうやら許してくれなかったみたい。なんかいろいろ無理っぽいし、様子見をしているだけ」
ラムリーザは、想像に頼るところは廃して、事実のみを述べた。フィルクルを知ってからこれまでに接触した内容といえば、それだけだ。
「それだけ? それだけであそこまで嫌われるのか? ちょっとヤバいなあいつは」
それだけということが、クロトムガが恐ろしく感じるのも仕方が無い。
「そう、ラムは悪くない! あいつが勝手に一人で嫌っているだけ! あたしもあいつ嫌い!」
ソニアのものすごい剣幕に、チロジャルはずっと縮こまったままだ。
困ったのはレルフィーナ。フィルクルをクラスに溶け込ませようと計らった事が、思いもしなかった事で失敗しつつある。
「ええと、今日は顔合わせと自己紹介ということで、お開きにしましょう」
そう締めるのが精一杯であった。