帰り道で見つけたアクマ式ドロップス
10月23日――
この日の放課後の出来事。
ユコはレフトールをゲームセンターへ誘って行ってしまった。何やら新しいゲームが入ったらしいので、その様子見だそうだが、文化祭に向けた新しい楽譜作成は良いのだろうか?
まぁたまには息抜きも必要なので、そのぐらいはいいでしょう。
ユコは元々ゲームセンターには興味はあったが怖くて行けなかったというのがあった。しかしある意味怖い元凶とも言える存在のレフトールと知り合ってからは、彼を盾にしてしょっちゅう通っている。
リゲルはロザリーンと天文部の出し物の準備をしに行った。リゲルもごんにゃ店主から年に一度月が一つに見えるようになる日のお祭りについて聞いてから、二つの月が一つになるまでの過程を記録していた。
その記録では、日を追うごとに少しずつ月が重なり、ユライカナンで言うエルナークの夜、すなわち二つの月が完全に重なり地上からは一つにしか見えなくなるまでを毎日夜空の写真を撮影してまとめていた。
一方クラスの出し物だが、レルフィーナは今日は休憩日と言って集まりは無しということになったので、ソニアはリリスを誘って帰ろうとした。
「ちょっと待ったー」
そこに待ったを掛けたのはジャンである。
ジャンはソニアとリリスに足止めをかけてから、ラムリーザの傍へとやってきた。
「おいラムリィ、ソニアを誘ってどっかに行け」
「突然何だよ。言われなくても行きたければ行くし、行く気がなければ行かないよ」
「今は行く気になれ、どこでもいいから」
ラムリーザは、ソニアとリリスの二人を見て、なるほどねと思った。リリスはいつもはユコやソニアと一緒に行動している。そしてユコが居ないのは、今日のようにゲームセンターへ出かける時だ。そこでラムリーザがソニアを引き剥がすと、リリスが一人きりになる。つまり、ジャンは難なくリリスと二人きりという状況を作り出せるというわけだ。
「ソニア、ちょっと来い」
「なぁに?」
「何か買ってやるから一緒に帰ろう」
「やった、それじゃリリスばいばいー」
あっさりとソニアとリリスの分断に成功。ラムリーザは、ジャンがリリスを誘って二人で去っていくのを見届けてから、少し遅れてソニアと教室を出て行った。
「最近は軍団で居ることが多いけど、こうして二人で廊下を歩いていると最初の頃を思い出すね」
ソニアは謎の軍団を作っているようだ――、というのは置いといて、確かに初めてこの地方に来たばかりの頃は、他に知り合いがいるわけでもなく、いつもラムリーザとソニアは二人だけだった。どの部活動を選ぼうかなとか話し合っていた日が懐かしい。
その階段の降り方はいつも通りだね、ラムリーザは思わず声に出しそうになったところをすんでのところで堪える。
ソニアの階段の降り方、壁に背を預けて横向きに降りる不思議な降り方。正面だと巨大な胸で足元が見えないから、仕方なく編み出した苦肉の策だ。
「膝裏とかなめさせたね」
だからラムリーザは別の事を口に出したが、それはそれでちょっと気味の悪い思い出であった。
「あたしそんなことさせてない」
「こいつは……」
都合の悪いことは忘れるソニア、ひょっとしたら悪魔の素質があるかもしれない。
その時、正面からケルムがやってきた。ソニアは「やばっ」とつぶやいて隠れようとしたが、ここは廊下、すぐに隠れられそうな場所は無い。しかしケルムは、ラムリーザたち二人を一瞥せずにそのまま通り過ぎてしまった。ソニアはしばらくの間、遠ざかっていくケルムの後姿を見つめていた。
「やっぱりあの日のこと怒っているのかな」
「まあそうだろうね。でも下手に関わられるよりは、嫌われて相手にされないほうがまだマシかな……?」
どうも夏休み明けから、ややこしい人が増えたものだ。ラムリーザは、ケルムやフィルクルの顔を思い浮かべて軽くため息を吐いた。
下駄箱でチロジャルと遭遇。なにかちょっかいを出そうとするソニアを引っ張って校舎から出て行く。こちらがややこしい人だと思われるような行動をするのだけは避けよう、というわけだ。
下駄箱から出た場所は、すぐ左側に小さな池があって鯉が数匹泳いでいた。
「鯉っておいしいかな?」
「食べてみたら――ってやめなさい」
ソニアが池に手を突っ込もうとしたので、慌てて引き剥がす。やはりお月様にご無礼をしてから、ソニアの食いしんぼは悪化しているような気がする。
「ねぇリリス――」
そういいかけて、ソニアは口をつぐむ。今日はリリスとは一緒ではない。口喧嘩ばかりしているが、なんだかんだとソニアはリリスに構っている。世の中には毒舌を投げかけあう友情も存在するらしいから、そんなものなのであろう。
「リリスってジャンと付き合うのかなぁ?」
ソニアは、ラムリーザに尋ねているような、独り言のような、曖昧な感じでつぶやいた。
「逆かな。ジャンがリリスと付き合いたがっているのだよ」
ジャンが隠さないので、リリスを狙っているということは、ラムリーザたちの間では公然の事実となっていた。
「リリスの癖に彼氏ができるなんて生意気だ」
どこが生意気なのかわからないが、ソニアはジャンとリリスが付き合うことが気に入らないようだ。
「リリスとジャンが付き合うのに反対?」
「なんか納得できない」
「なんで?」
「だってリリスだよ」
理由になっていない。
ソニアが不満そうなので、ラムリーザはこう言ってみた。ただし、以前もどこかで言ったような気がする台詞だが。
「リリスとジャンが引っ付くと、リリスは僕とくっつかないよ。つまり、寝取りに来なくなるよ」
「あっ、それいい! すごくいい! むしろそのほうがいい!」
なんだかソニアはうれしそうだ。相変わらず単純な考えでしか語らない娘だ。
二人は校門を出て、ポッターズ・ブラフの駅へと続く静かな田舎道を歩いていった。
今年に入って最初の頃は、何度か間違えて去年住んでいた親戚の屋敷へと向かいかけたこともあったが、最近ではその間違いはほぼ無くなっている。
「あとはユコが誰かと引っ付けば、あたしの邪魔者は居なくなる」
「ユコねぇ……」
ソニアのつぶやきにラムリーザは、そういえばユコはレフトールとゲームセンターか、と思うのであった。
しばらく田舎道を歩き、駅に到着した。
フォレストピアの登場で、この駅も去年よりは少しばかり人が多くなったような気がする。それに、駅の売店などにはユライカナンから仕入れたお菓子などが並べられていて、それが珍しさを呼んで人を集めていた。つまり、ユライカナンからの物資は、フォレストピア駅だけでなくここポッターズ・ブラフ駅にも少しばかり行き渡っているのだ。
駅のプラットホームに入ろうとすると、そこにジャンとリリスの姿を発見した。どうやら学校は先に出たものの、電車の待ち時間の関係でラムリーザたちは追いついてしまったようだ。
このまま会ってしまうと結局四人になってしまうので、ラムリーザは気を効かせてソニアを引っ張った。
「そうだ、何か買ってやるって言ってたな。売店に行こうぜ」
ソニアはリリスが居たのに気づいていなかったのか、素直にラムリーザに従った。
「でもすぐに電車来るよ」
「その次の電車に乗りたい気分なんだ」
「なにそれ、次の電車に乗ると事故が発生するって予感?」
「そんな縁起でもないこと言うなよ」
そんな会話をしながら、駅の入り口の傍にある売店に到着。新聞や雑誌、お菓子や土産物が所狭しと並んでいる。
「チョコレートが欲しいなぁ」
ソニアはチョコを要求してくるが、滅多に手に入らない高級嗜好品がこんな田舎駅の売店に売っているわけがない。実際に口にしたのは、去年の冬にリゲルからもらったものが最後となっていた。
「これなんだか面白そうな名前しているから、これにしよう」
ラムリーザが手に取ったのは、手のひらサイズよりも少し大きめの平たい缶だった。缶の上部に丸い蓋がついていて、振るとカラカラ音がする。そして缶には、アクマ式ドロップスの文字が。ラムリーザはこのアクマ式という名前に興味が引かれたわけだ。聞いたことない名前なので、おそらくユライカナン産のお菓子だろう。
「それアメだよ、チョコの方がいいな」
ソニアは知っているようで、不満そうな声を上げる。
「チョコはもっと南の熱い国で原料を生産しているので、なかなか手に入らないのだよ。だからこのアメで我慢するんだ」
「じゃあそれでいい」
結局ソニアはアメを買ってもらうことにした。蓋を開けて振ると、中から白いアメが出てきた。そのアメを口に運ぶと、すぐにソニアは不満そうな顔になった。
「これおいしくない」
「アメだろ? おいしいとかおいしくないとかあるのか?」
「なんかあまり甘くなくて口の中がスースーして嫌」
「なんだそれは」
ラムリーザはソニアから缶を奪い取って、内容物を確認する。イチゴやオレンジ、メロンに混じってそこにはハッカの文字があった。
「ああそれはハッカかな。ミント系、ペパーミントの味だね」
「やだなぁ……。なんだか歯磨き粉舐めているみたい」
「お口さわやかにならないかい?」
「そんなの要らない。やっぱりアメよりチョコがいい。あの南の島でチョコの原料を作れないの? せめてあたしが食べる分だけでも生産してよ」
「む、その手があったか。あの島なら南の国と同じような気候だから生産できるかもね」
ここでソニアの発想から、南の島のマトゥール島で、チョコレートの原料を生産してみようかという計画が考えられたのであった。
「そうだ、久しぶりに去年住んでいた屋敷に行ってみよう」
「車で来た時に寄った」
「駐車場だけだろう?」
こうして二人は、ジャンとリリスの乗る電車とずらすために、一旦駅を出ることにしたのだ。駅を出て、去年毎日のように通った道へと向かう。馴染みの道に辿りついたとき、ラムリーザはソニアに尋ねてみた。
「ソニアは去年の二人きり生活と、今の母さんやソフィが一緒の生活とどっちがいい?」
「ん~、どっちもラムと一緒に居られるから変わらないけど、それならソフィーちゃんも居るほうがいいかな」
ソニアはにぎやかな環境が好き。ジャンと違って今更ラムリーザと二人きりとかあまり求めない。二人きりの場面など、これまでに腐るほど存在していた。ただし恋人としてではなく、ただの幼馴染として。
道すがら、ソニアは新しいアメを缶から取り出した。コロンと一粒転がり出たアメの色は紫色。ブドウか何かだろうか、口に運んだソニアは何も不満をこぼさなかった。
そんなことを話しているうちに、去年住んでいた親戚の屋敷に到着。呼び鈴を鳴らすと、親戚のおばちゃんに「あら久しぶり」と迎えられた。
二人の住んでいた部屋は綺麗に整頓されていて、当時のままほとんど動かさずにそのまま残っている。ラムリーザが泊まりにきた用の部屋として常備しておく余裕のある大きさの屋敷でもあったのだ。
今住んでいるフォレストピアの屋敷にあるラムリーザの部屋は、この部屋の間取りをそのまま流用している。だからいつもと同じ場所に帰ってきたのだと錯覚してしまう。ただし、今はこちらの部屋の方がかなり整頓されていて住み心地はよさそうだ。
「ん~、こっちの部屋の方が整頓されていて住みやすそうだね」
「ゲーム機無いからやだ。ドラムセットも無いけどいいの?」
家具などはそのままだが、そういった趣味のアイテムは残しておいても使わないのはもったいないのでフォレストピアに持っていっていた。
「わかった! ココちゃんが居ないからすごく快適なのだね。すごくまともに見える」
現在ラムリーザの部屋は、ソニアの集めたココちゃんというぬいぐるみ――じゃなくてクッションが十八個も転がっている。ソニアは楽しんでいるが、ラムリーザから見たら邪魔でしょうがない。
「なんでよ! ココちゃんは必要!」
当然の如くソニアは噛み付いてくる。必要なのはわかるが、同じクッションが十八個も必要だとはあまり考えが及ばない。
「過ぎたるは及ばざるが如し、という言葉があってだな」
「風船言うな!」
「言っとらん」
しょうもない言い合いなどやってないで、ラムリーザはバルコニーへと出ていった。そこには、愛用していたリクライニングチェアがそのまま置いてあったので、久しぶりに座って横になった。半年振りぐらいに使われた椅子は、ギシッときしむ音を立てた。
「ここで最後のバーベキュー大会やったのよねー」
後からついてきたソニアは、去年ここにみんなで集まってやったパーティーのことを思い出していた。それとも酷くなった食いしんぼが思い出させたのか? とにかくあのパーティが、ここでの最後の思い出として開催されたのは事実だ。
「またやろうかなぁ」
「うん! あっちの庭でやろうよ!」
庭園アンブロシアでバーベキュー大会。それもまたよかろうと思いながら、ラムリーザはスッと目を閉じた。ラムリーザが横になっている傍にソニアが寄り添ってくる。それはまるで去年と同じような光景であった。
この日の晩御飯は久しぶりにポッターズ・ブラフの屋敷で頂き、帰りは執事を呼んで車で帰ったのであった。
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