ごはんパン
10月26日――
夕方ジャンの店、フォレストピア・ナイトフィーバーにて。
夏休み明けから大きく変わったことがあった。それは、ユライカナンでエド・ゲインズが経営している舞台とネットワークで繋がり、ライブ演奏をお互いに流せるようになったのだ。
これでエド・ゲインズショーがいつでもジャンの店で見られるし、またこちらに居ながらエド・ゲインズショーに出演できるのだ。まさに交流都市、姉妹都市ならではの企画だった。
そのことにより、ラムリーザたちはジャンの店に居ながら二箇所掛け持ちが可能になっている。そしてユライカナンの演奏を映像で流している間は休憩できるので、ラムリーザたちの演奏時間は無理が無い程度に減ったというのもあった。報酬は――、まぁ気にしない。
空いた時間はスタジオで練習したり、観客席で演奏を見物しながら食事したりといろいろ楽しめるのだ。
今ではスタジオ練習が部活動のようなもの、学校での部活は全くやっていない。そもそも部長がまだ決まっていない部活、すでに部活としての体裁は整っていなかった。そして話題に上がらない限り、ソニアもリリスも普段は部長のことは忘れている。
「そう言えば部長――」
「あたし!」
「私!」
などと口論の火種になるので、ラムリーザ自身その話題を避けていた。
ただし最近は文化祭の準備の為に、再び部室で活動を行っていると言っておこう。
そんなこともあり、ラムリーズのメンバーは交流が増え、今ではリゲルの中学時代の友人レグルスたちが集まってできたグループのローリング・スターズや、ユライカナンのグループと親密になりつつあった。
「ラムリーズは演奏はそれなりだけど、全くオリジナル曲が無いね」
仲が良くなって、より深いところまで語るようになると、レグルスはそんなことを言ってくる。
「こいつらあほだからな、まともな歌詞を考えつけないのだ」
などと、宇宙の理論を歌詞と言い張るリゲルが言っている。自分の歌詞もまともではないが、知的な内容だからあほではないとでも言いたいのだろうか。
「あほはないだろう、僕だって歌詞の一つや二つ、作ってみせるさ」
レグルスがリゲルの返事を聞いて笑うので、ラムリーザはちょっとムキになって言い張った。
「それなら作ってみろ」
「言われるまでもない」
リゲルに急かされて、ラムリーザは思い浮かんだ言葉をまずは詩のように朗読してみた。
風船飛んだ、屋根まで飛んだ――
「――ってダメだよそんな歌を作ったら!」
ラムリーザは慌てて朗読を中断する。なんでそんな火種になるような歌詞しか思いつかないのだ、などと自己嫌悪に陥りながら。
「童謡みたいなのができるんじゃないかな?」
でもレグルスは好意的に見てくれる。だが真意はそんなところには無いのだ。
「風船だけでなく屋根まで飛んでいって全て破壊されるという暴力的な歌になりそうだったから止めたんだよ」
だからラムリーザは、こう誤魔化しておいた。
「それじゃ、私が作ってあげるわ」
そこにリリスが絡んできたが、嫌な予感しか全くしない。どうせラムリーザが風船と口走ったのを聞きつけて、便乗しただけなのだろう。
あなたの声聞きたくて、消せないアドレスLのページを指でたどっているだけ――
「待て、それはいかん」
ラムリーザは、すかさず口を挟んでリリスの邪魔をする。
「いや、いい感じの出だしじゃないのか?」
何も知らないレグルスは、またしても好意的だ。そうじゃない、そうじゃないのだ。
「そんなんならあたしが歌詞作る!」
それを聞きつけてソニアがやってきた。もうだめだ。
あたしはやぶっ蚊吸血鬼、ぶ~ん、ぶ~ん――
「エルの思いつく歌はそんなところね、くすっ」
「何よ! これは吸血ソング、リリスの為に作ってるの!」
「な、レグルス見ただろ。こいつらに歌詞作成は無理なのだとさ」
口論を始めるソニアとリリスをリゲルは冷ややかな目で見つめている。
というわけで、いつもの混沌時間がやってまいりましたとさ、めでたしめでたし――めでたくないけどね。
「え~い、喧嘩やめ~い」
そこにジャンが現れた。
ジャンは実りの無い口論をしている二人の間に割って入ると、籠に入った物を差し出した。
中に入っている物は、一見何の変哲も無いパン、所謂コッペパンと呼ばれるものだった。だが一般のコッペパンよりは若干大きい。
「パンだ!」
「笹の葉でも食べるのかしら?」
「そのパンじゃない!」
「さっきパンじゃなくて、パンダって言ったわよ」
パンが出てきても、ソニアとリリスの口論は収まらない。なぜこの二人はいつもこうなのだ?
「だから喧嘩やめ~いって。ただのパンではないぞ。市民からの差し入れで、先程届いたものだぞ。帝国のパンにユライカナンの物を混ぜて作ったハイブリッドだ」
いただきまーすというわけで、二人は食べ物を与えられて口論を中断してかぶりつく。ラムリーザも手渡された物を頂いてみて、
「んん?」
パンだと思ってかぶりつき、その中に入っていたものに違和感を感じる。
「中に何か入っているよー」
ソニアもすぐに気がついたようで、ジャンに尋ねていた。それは白くてやわらかいもの。パンもそんなものだが、パンではないもうちょっと粘り気のある、そしてバターでもクリームでもない――
「これはお米ですわね」
一番にそれに気がついたのはユコだった。そう、パンの中には米を炊いた物が入っていたのだ。まるでおにぎりをパンでコーティングしたような?
「え? ごはんパン?」
それを聞いてリリスは、適当に名前をつけたようだ。ごはんパン、主食と主食を掛け合わせた物?
「米とパンを混ぜるなんて、挑戦的ですね。帝国の主食のパンに、ユライカナンの主食の米を掛け合わせるとは」
ロザリーンも、感心しているのか不思議がっているのか、そんな感想を述べていた。
「そう、ごはんパン。スシ屋の店主が考えて作ってみた試作品だ。彼は米を使ったいろいろなものを考えているからね。それで、どうだった?」
「おいしかったー」
真っ先に答えたのは、食いしん坊のソニアだった。
「おもしろかったー」
続いて元気一杯のミーシャが、彼女なりの捻った感想を述べた。面白い食べ物とは、こういったものを言うのであろうか?
「米より小麦を練った物の方がいいかも」
リリスは少しいまいちだったか?
「それだと小麦と小麦の組み合わせになりますわ。私もめずらしいもので面白かったかな」
ユコは、ミーシャ寄りの感想であった。
「主食と主食の組み合わせでも、こういった味が生まれるのですね。これを中身を卵ご飯とかにすれば、もっとおいしいかもです。作るのはそれほど難しくないような気がします」
ロザリーンがさりげなく改良案を述べた。
「あっ、それいい、すごくいい。ミーシャ、たまごごはんパンが食べたいなぁ」
「炭水化物と炭水化物の組み合わせか、確かに卵が入っていたほうがいいかもな」
リゲルはロザリーンやミーシャに同意する。
「普通にクリームパンがいいなぁ……」
一方ソフィリータは、いまいちのようであった。
「俺の店のメニューで、このごはんパンは隠しメニューにしようと考えているぞ。卵入りと注文したら、卵ご飯にしてやろう」
「たまごごはんパン一個!」
ジャンの宣言に、早速ミーシャが注文した。
「慌てるなって、まだ試作品しか受け取っていない。今後スシ屋の店主と相談しながら、うちの厨房にも取り入れていくから今日はこれだけ」
「むー」
ミーシャはむくれるが、仕方がない物は仕方が無い。
唐突な差し入れで、ソニアとリリスの口論はどこかへ行ってしまったように見えたが――
「ところでずっと気になっていたこと今聞くけど、ソニアさんだっけ、ベースの娘、なんでしょっちゅう後ろ向いて演奏しているんだ?」
「いやそれは――ねぇ」
レグルスの指摘はもっともで、ソニアはよく後ろを向いて観客席に背を向け、ラムリーザを見ながら演奏している。ソニアはただラムリーザが見たいだけで振り返っているだけだが、観客から見たらそれは不思議な光景に見えるだろう。
だからラムリーザも上手く説明できずに口篭ってしまった。
「下手なのがばれないように誤魔化しているだけよ、くすっ」
ところがリリスがまた余計なことを言って、くだらない口論の再開となるのであった。何かを話せばしょうもない煽り合いに発展する二人はいったい何なのだろうか?
「ほら喧嘩してないで、ラムリーズの出番だぞ」
ジャンにステージへ促されるまで、二人の口論は続いていた。あと数分遅ければ、ソニアのブタガエンが炸裂していたかもしれない。ソニアはそれが入った小瓶を、いつも持ち歩いているのだ。
みんなは誰でも隠れてる~、みんなの股間に隠れてる~
自由自在に君は憑かれる~、遥かな蟲のタコから~
変人だし職業天然エロ人~、変人だし職業天然エロ人~
ナマズの無知を乞えて、爆走人力車~
何曲か馴染みの歌が続いた後、これも厳密に言えばオリジナルではないコピーではあるが、新曲が始まった。珍しく、ミーシャがボーカルを担当している。
「妙な歌だな……」
舞台袖で聞いていたジャンは、そうつぶやいた。曲の出だしはおおっ? と思ったが、実際に歌が始まってみるとなんだかよくわからないものであった。
「ありがとうございます、爆走人力車でした」
ラムリーザの挨拶で、ラムリーズの受け持ち時間は終了した。そして舞台袖に引っ込むと、ジャンが早速質問を投げかけた。
「最後のあの歌、初めて聞くが何か妙なものだったな」
「あれミーシャがネットで見つけてきたものだよ」
「ネットで? そんなのあったっけ? なんでまた?」
「んーとね、んーとね、なんだか笑ったら殺すとか紹介されていて、面白そうだったから録音して、台詞だけお嬢様に楽譜書いてもらったのー」
「ちょっと、何ですのその台詞だけお嬢様って!」
ミーシャに妙な呼ばれ方をして、ユコは憤慨する。ユコだけでなく、他のメンバーはミーシャに妙なあだ名をつけられていた。例えば太鼓打ちだのエロトピアだの。
とにかくその歌は、ミーシャが見つけたということで、ソニアとリリスはしぶしぶリードボーカルを譲ったのであった。
その時、ジャン宛に電話がかかってきたらしく、彼は舞台から出て行った。その間、ラムリーザが代行で司会をすることとなったので、「次はローリング・スターズの登場です!」とだけ言っておいて、後は彼らに任せることにした。
その間、ラムリーザたちは再び歌詞作りの話となっていく。とりあえずラムリーザは、「悪口は歌わないこと」と念を押しておく。
「思いついた! ごはんパンの歌!」
ソニアは先ほど試食したごはんパンが気に入ったのか、早速歌として何かを思いついたようだ。
「歌ってみなさいよ」
リリスに急かされて、ソニアはベースギター片手に弾き語りを始めた。
ごはんパンがありまして
大きなごはんパンありまして
とってもごはんパンがありまして
おいしいごはんパンで食べまして
そこまで歌うと、ソニアは得意げな顔を一同に向けた。
「適当すぎるわ!」
ソニアが即興で作った歌は、ごはんパンを連呼するだけで歌になっているとは言えなかった。やはりラムリーズに歌詞作りは無理なのであろうか? この調子である。
そこにジャンが戻ってきた。何やらうかない顔をしている。
「どうした? さっきの電話? 何かあったのか?」
ジャンの表情が気になったラムリーザは、すぐに尋ねてみた。何か悪いことでも起きたのだろうか?
「いや、さっきの歌な……」
ジャンは、ちょっと決まりの悪そうな苦笑いを浮かべながら話し出した。
「何よ! あたしがせっかくごはんパンの歌を作ったのに、ドロヌリバチまで文句言うの?!」
「なんだよそのごはんパンの歌は?」
ソニアが迫ってくるが、ジャンはアレを聞いていたわけではないので戸惑うだけだ。
「適当にごはんパンを連呼しているだけの台詞よ」
リリスが説明するが、もはや歌と言ってくれなかった。
「それで、何?」
ラムリーザは、騒ぎ立てようとするソニアを押さえ込んで尋ね返した。ソニアはラムリーザの腕の中でジタバタもがいているが、抜け出すことはできない。
「あの~……、エロ人のやつ……」
「変人だし職業天然エロ人~」
ジャンがぼそっと言ったのを聞き逃さなかったミーシャが、その部分を代わりに歌う。実際にはその部分は早口で言っているだけで、そう聞こえるだけだ。本当は違う言葉なのかもしれないが、そうとしか聞こえないからそうなのだ。
「それな、ユライカナンからの要望で演奏は控えて欲しいとのことだとさ」
「えー、なんでー。ネットではすごい盛り上がっているんだよ」
「いやどうもそれな、ヌマゼミのとあるカルト宗教を茶化しているみたいなんだよ。ネットの閉じたコミュニティで盛り上がるのは良いが、ここのような公的な場所ではちょっとな……」
「えー」
「無用のトラブルを避けるためだ。ヌマゼミに関係にはあまり関わらないようにしたい。ほら、夏休みのユライカナンツアーでもあっただろ? あの国はヤバいって」
「むー」
ミーシャは不満そうだが、出典が微妙な物は避けておいたほうが良いのは確かだ。
こうしてジャンの店、フォレストピア・ナイトフィーバーでは、爆走人力車は放送禁止となったのである。その代わりにソニア作のごはんパンの歌が採用される――ことはなかった。